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第55話 修学旅行15
しおりを挟む俺は戦い疲れた体を引きずりながら、全力で麗華のもとに向かっていた。巨大な蛇の妖怪――アカマターと戦っている麗華を助けなきゃならねぇ! 頭の中は麗華のことでいっぱいだ。
「麗華ぁぁぁぁぁぁぁ!!!!今すぐ助けに行くぞ!」
広場に突っ込んだ瞬間、俺の足がピタリと止まった。広がる光景に、思わず口がポカーンと開く。
――何だこれ?
妖怪たちが地面にゴロゴロと転がっている。いや、転がっているというより……完全に倒されている。しかも、どれもピクリとも動かねぇ。まるで巨大な力で一気にブチのめされたみたいじゃねぇか! これ、まさか麗華がやったのか……?
俺の頭は混乱でぐるぐる回り始めた。麗華って、こんな無双キャラだったか!? ちょっと待てよ、あの優雅で冷静な麗華が、こんなことできるのか……?
「いや、待て……もし麗華が、本気を出して戦っていたら……?」
そう思った瞬間、俺の頭の中で妄想が暴走を始めた。まるでアニメの無双シーンみたいに麗華が妖怪たちを次々と叩きのめしていく光景が浮かび上がる。
「ふんっ!その程度で私に挑むとは、笑わせるわね!」
麗華が拳を握りしめ、妖怪たちを次々と叩き伏せ、まるで嵐のように倒していく姿。しかも無表情で、「お前たち、私のティータイムを邪魔した罪は重いわ」とか言いながら、妖怪を一掃していく。
もう、妄想が止まらねぇ!麗華が超スピードで妖怪たちを次々にぶっ飛ばしてる光景が頭の中でぐるぐる回って、笑いが止まらなくなった。俺はその場で腹を抱えて爆笑しちまった。
「いやいや、ありえねぇ!麗華がそんなことやるわけねぇだろ!アハハハ!」
笑いながらも、俺は足を進めた。だが――次の瞬間、息を飲んだ。
目の前には、信じられない光景が広がっていた。
妖怪たちの死体の山。血と瘴気が辺りを満たし、空気がまるで重く押し潰されるようだった。その死体の山の上に、悠然と腰掛ける一人の男の姿があった。
黒い法衣に身を包み、腰には日本刀を帯びている。その目――冷酷で感情の色が一切感じられない瞳が、俺をじっと見据えていた。無数の死体を背にしてなお、その存在感だけで全身が押し潰されそうになる。男の周囲には、ただ静寂があるのに、まるで心臓を握られているような恐怖が全身を支配する。
まるで死神だ――いや、それ以上だ。
その男は動かない。ただじっと俺を見下ろしている。それなのに、全身にゾワッと鳥肌が立った。
「――――飯田雷丸か。」
低く冷えた声が、まるで冬の寒風のように俺の全身を凍らせた。その一言が放つ圧だけで、俺の身体が硬直する。
コイツはヤバい。
全身が警鐘を鳴らしている。異世界での戦闘も含め、今まで戦ってきたどんな敵とも違う。トップクラスにヤバい――直感じゃなく、本能がそう叫んでいた。
俺の呼吸が荒くなる。鼓動が早くなり、身体中が戦慄している。声を出すのもやっとだった。
「……お前、は、誰だ?」
絞り出すような声でそう尋ねる。だが、男は微動だにせず俺を見下ろしている。まるで、俺がここで何をするのか――いや、何もできないことを見透かしているかのようだった。
「……この妖怪たちを、お前がやったのか?」
俺が続けてそう問うと、男はわずかに口元を歪めた。笑っている……いや、違う。俺の言葉が愚かだと嘲笑っているようだった。
――瞬間、空気が変わった。
男は無言で立ち上がる。その動きだけで、周囲の温度が数度下がったように感じる。息が詰まるような威圧感が広がり、まるで目に見えない巨大な手が俺を押しつぶそうとしているかのようだ。妖怪たちの死体が彼の足元で崩れ落ちていく音がやけに耳に残る。
俺の体は反射的に動いた。拳を握りしめ、全身に力を込める。
「……やるってのか……?」
恐怖を振り払うようにそう問いかけた俺に、男は一言も答えなかった。
そして――次の瞬間。
――何が起きたか、分からなかった。
視界がブレる。次に目にしたのは、目の前に立つ男の姿。いつの間にか俺の至近距離に移動している。その動きは、まるで瞬間移動のようだった。
「――――――は?」
言葉を紡ぐ間もなく。
〈ガゴン!!!!!!〉
圧倒的な衝撃が体を襲い、俺は地面に叩きつけられた。全身に響く痛み、息が完全に止まる。肺に酸素を入れようとするが、苦しさしか返ってこない。意識が一瞬飛びそうになるのを、必死に耐えた。
「ガハッ……!」
血の味が口の中に広がる。目の前がチカチカして、地面の冷たさだけが現実感を与えてくれる。俺は油断なんてしていなかった。全神経を集中させていた。それなのに――。
まるで反応できなかった。
「……なんだ、それが全力か?」
男の冷たく、感情のない声が耳に響く。俺はうつ伏せのまま、必死に顔を上げた。
――目の前には、ただ立っているだけの男。
その姿は、圧倒的なまでの余裕に満ちている。まるで、虫けらを踏みつけたような感覚でこちらを見ている。その態度に怒りが湧くが、それ以上に身体が動かない現実に苛立つ。
男は首をわずかに傾げ、信じられないような言葉を口にした。
「……おい。」
冷たく、それでいて低く響く声。
「本気を出せ。」
「――――――は?」
思わず声が漏れる。ふざけた言葉を言われた気分だった。
「お前の力を見せてみろ。」
その言葉が、全身を突き刺す。
ふざけるな。
俺はすでに根源解放をしている。これは全力だ。手加減なんて1ミリもしていない。それなのに――。
「……これが、今の俺の……全力だよ……!」
かすれた声で答えると、男の目がわずかに細まった。期待外れだ、とでも言いたげなその表情に、全身が煮えたぎるような感覚に包まれた。
俺は拳を地面に叩きつけて、なんとか起き上がろうとするが、体は思うように動かない。
――その時。
「おやおや、いけませんねぇ、黒瀬さん。」
突然、耳元にふわりと響く柔らかな声。その声に反応して顔を上げると、白い装束の男が目に入った。
「――誰だ、お前……?」
ふわっとした優しい雰囲気だが、明らかに得体の知れない何かを感じる。
「乱暴はよくありませんよ。こんなに可愛い坊やを傷つけるなんて……」
――可愛い坊や!?
俺は心の中でツッコミを入れるが、それどころではない。この男、ただ者じゃない。
「初めまして、飯田雷丸君。私は烏丸天道。妖怪崇拝派のトップです。」
「――は!?妖怪崇拝派!?トップって……お前もヤバい奴じゃねぇか!!」
俺は仰天して叫んだ。今まで見たことないタイプのヤバさだ、この男。
烏丸は穏やかな笑みを浮かべながら、さらに信じられない言葉を続ける。
「そして、あそこにいる仏頂面の男が黒瀬禍月。妖怪殲滅派のトップです。」
視線を向けると、黒瀬禍月が無表情でこちらを見つめている。その目は冷たく鋭い。全身が再び凍りついた。
「――妖怪殲滅派!?トップって……ちょっと待て!!なんでお前ら二人がここにいるんだよ!!」
必死に現状を整理しようとするが、烏丸は相変わらず穏やかな笑みを浮かべている。
だが、その背後から漂う不気味なオーラがヤバすぎる。
こういう静かで柔らかい奴が一番怖いんだよな……。
烏丸天道の笑みは、表面上は穏やかだが、背後に底知れない威圧感が漂っていた。その柔らかい声と物腰とは裏腹に、存在そのものが異様な重圧を与えてくる。
――何だ、この空気は。
俺は必死に体を支えながら、視線を黒瀬禍月に向けた。烏丸の言葉通りなら、あの仏頂面の男が妖怪殲滅派のトップ……。一体何の冗談だ? こんな奴らが揃いも揃ってここにいるなんて。
「まあまあ、焦らないでください、雷丸君。私はただ、貴方に興味があって来ただけですから」
目の前の烏丸天道は、柔らかな笑みを浮かべながら言葉を続ける。その口調は穏やかだが、背後に感じるプレッシャーは尋常じゃない。
「……興味だって?」
「えぇ、私は……いや、私たち呪術師全体が、貴方に大変興味を持っています。」
その言葉に、思わず苦笑いがこぼれた。俺に興味? 冗談だろ?
「俺ってば、大人気かよ……。」
烏丸はゆっくりと頷いた。その動きは妙に真剣で、余計に背筋が寒くなる。
「はい、大人気ですよ。『異世界帰り』――それ自体が、呪術界では極めて珍しい存在です。貴方のような存在は、崇拝派でも殲滅派でも、極めて貴重な研究材料なのですよ。」
「ちょっと待てよ!研究材料ってなんだよ!?しかも崇拝派と殲滅派が揃って俺を狙ってるって……!」
額に浮かぶ冷や汗をぬぐう。大人気がこんなに不安を煽るものだとは思わなかった。
「雷丸君、貴方が持つ『異世界の力』、そして妖狐や雪女を含めたハーレム――これは、呪術界の未来を左右する可能性を秘めているのです。皆、貴方の行動一つ一つを注視していますよ。」
「いやいやいや!俺そんなすごいことしてねぇって!?ただハーレム王目指してるだけだぞ!」
俺が慌てて言い返すと、烏丸は肩をすくめ、柔らかく微笑んだ。
「そうでしょうか?貴方の目指すハーレム――それはただの軽い夢ではないように思えます。実際に多くの妖怪や美少女たちを仲間にしている。そのカリスマ性、そして未知なる力は、私たちにとって非常に興味深い。」
「カリスマ!?俺、ただ仲間と楽しくやりたいだけなんだけどな!!」
俺の叫びに、黒瀬が無表情のまま呟く。
「……興味を持っているのは事実だが、それが好意的な意味だと思うな。」
その冷徹な一言が、まるで鋭い刃のように突き刺さる。うわ、めちゃくちゃ怖ぇ!!
「……なんか……怖くなってきた……」
俺の心臓はバクバクと鳴り、冷や汗が止まらない。そんな俺を見て、烏丸が微笑みながら口を開いた。
「怖がらせるのはやめなさい、黒瀬さん。彼がどちらかを選ぶ時に不利になりますよ?」
烏丸の声は柔らかいが、その背後には底知れない威圧感が隠れている。俺は不安そうに烏丸と黒瀬を見比べながら問いかけた。
「ど、どちらか……?何を選ぶって……?」
烏丸は微笑を深め、優雅に首をかしげた。
「えぇ、殲滅派か崇拝派、そして中立派。貴方がどちらに傾くか、それを呪術界では注目しています。どちらを選ぶかで、大きくパワーバランスが崩れる可能性がありますからね」
「……俺が、どれかを選ぶ!?」
「そうですよ、雷丸君。」
烏丸はまるで夢物語を語るように、柔らかい口調で続けた。
「崇拝派に参加してくれれば、貴方のハーレムは妖怪の力を得て、より強大なものになるでしょう。貴方の持つ異世界の力、そして仲間たちの力を最大限に活かし、新たな神々の王として君臨することができるのです。」
――神々の王!?
その提案に、俺の脳内で警報が鳴り響いた。烏丸の口調は甘いが、その裏にはどう考えてもヤバいことが隠されている気がする。
「な、なんだよそれ!?神々の王って……俺はただハーレムを作りたいだけなんだって!」
焦りを隠せない俺の言葉に、今度は黒瀬が無表情で口を開いた。
「お前が崇拝派に傾けば、混乱を生むだけだ。妖怪を崇めるなど愚かな幻想だ。力を持つ者が、弱者を淘汰し、すべてを支配すべきだ。それが真の秩序だ。」
「――おいおい、殲滅派ってそんな物騒な思想だったのかよ!?」
俺は思わず後ずさった。崇拝派が怖いと思っていたが、殲滅派はさらにヤバい匂いがする。
「崇拝派か殲滅派か、選ぶ時が来るのは近いです。どちらに転んでも貴方の運命は変わります。」
烏丸は淡々と微笑んでそう言ったが、俺の頭の中では「俺の人生のどこでこんな選択肢出てくんだよ!?」というツッコミが全力で渦巻いていた。
――どっちかに傾いたら、俺の平和なハーレム計画がぶっ飛ぶじゃねぇか!
その時、黒瀬が低く呟いた。
「物騒と言えば、崇拝派も変わらないだろう。お前、今回の妖怪騒動が起こった原因を知らないのか?」
その言葉に、俺はピクリと反応した。黒瀬が指差した先――そこには、微笑を浮かべたままの烏丸がいた。
「えぇ、この沖縄の妖怪騒動を引き起こしたのは私です。」
――は!?
「……って――えぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!???」
俺は思わず後退った。――何だこいつ、自分で言ったのか!? 信じられねぇ!
「首里城の封印をですね、解放しました。」
「解放しましたって……」
「だって、妖怪たちが可哀想じゃないですか?」
「……可哀想……?」
烏丸は当たり前のように頷き、淡々と続ける。
「えぇ、あんな首里城に閉じ込められて……そりゃ、ちょっと酷いですよねぇ。」
――いやいやいや、酷いも何も、今回の妖怪たちって……完全にバケモンだろ!? 封印されるべきだろ!!
俺は絶句した。こいつ、自分がやったことのヤバさをまるで理解していない。むしろ堂々としてやがる。
「相変わらずのサイコ野郎が……」
黒瀬が静かに呟く。その低い声には、あからさまな軽蔑が込められていた。だが、烏丸はまったく動じず、にこやかな笑顔を浮かべている。
「私はサイコ野郎ではありませんよ、黒瀬さん。ただ、少し優しすぎるだけです。」
――どこが優しいんだよ!!
首里城の封印を解いた時点で、優しさのベクトルが完全に狂ってるだろ!!
俺は頭を抱えた。この二人、どちらも規格外だ。しかも、俺をその渦に巻き込もうとしている。平和なハーレム生活どころか、俺の人生そのものが危機だ。
「……お前ら、俺たちをどうするつもりだ!?」
俺が絞り出すように問いかけると、烏丸は相変わらず穏やかに笑った。
「何もしませんよ、今は。ただ、雷丸君。あなたは私たちにとっても重要な存在です。崇拝するか、殲滅するか――それはあなた次第です。」
――崇拝するか、殲滅するかって……どっちに転んでもヤベぇ選択肢じゃねぇか!!
「……ふざけんなよ! 俺はどっちにもつかねぇ!俺は俺の道を進むだけだ!!」
そう叫ぶ俺の声は、この重苦しい空気の中で、かすかに響いて消えた――。
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