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第56話 修学旅行16
しおりを挟む「ふざけんなよ!俺はどっちにもつかねぇ!俺は俺の道を進むだけだ!!」
そう叫ぶ俺の声は、この重苦しい空気の中で、かすかに響いて消えた――。
だが、烏丸はまるで俺の反応を楽しむかのように、柔らかく微笑みながら言った。
「まだ、どちらにつくか決めるのは難しいと思います。なので、まずはぜひ私の寺院へ――――」
その時だった。
目の前の烏丸と黒瀬が急にピタッと動きを止めた。
「チッ……!」
黒瀬が不機嫌そうに舌打ちをする。その険しい表情は、まるで今にも爆発しそうな勢いだ。
「おお……まさか……!」
一方で烏丸は目を輝かせ、興奮気味に呟いている。な、何が起こったってんだ!?俺の頭の中はますます混乱するばかりだ。
――――何かを感じ取ったのか?俺には全く見えない何かを……
そう考えた矢先、二人が同時に動き出した。いや、“走り出した”ってレベルじゃない。まるで稲妻のように猛スピードで駆け抜けていった。
「おい、待て!!」
俺もとっさに二人の後を追いかけて走り出した――が。
「――早い!?嘘だろ!?」
瞬間、俺は驚愕した。異世界帰りの俺だぞ!?ただの人間に負けるわけねぇだろ!と自信満々だったのに……。この二人、完全に化け物じみたスピードじゃねぇか!?
「……おかしいだろ!?なんで俺がスピードで負けてんだよ!?」
全力で追いかけてるってのに、どんどん離されていく。
何だこの感覚!?こんな屈辱、生まれて初めてだ!
「クソッ、早すぎるだろ、待ちやがれ!!」
俺は全力疾走しながら心の中で叫んだが、二人はまるで俺の声なんて聞こえないかのように、ただひたすらに進み続けている。
全身に汗が流れ、息が荒くなる。焦りと苛立ちが胸の中で渦巻く中、ふと胸の奥がギュッと締め付けられるような感覚に襲われた。
――なぜだろう、妙な胸騒ぎがする。
息が切れそうな中で、心のどこかが叫んでいる。
――何か、取り返しのつかないことが既に起きてしまったんじゃないのか?
そんな予感が、頭から離れない。胸の奥から湧き上がる不安が、俺の足をさらに速めさせる。
「くそっ……間に合え……!」
俺は歯を食いしばり、全力で足を動かし続けた。そしてついに、二人が止まった場所に辿り着いた。
そこで見たのは――――。
「……麗華…………?」
そこに立っていたのは、妖怪アカマター。そしてその隣には、赤い目をした麗華がいた。だが、彼女の姿はいつもの麗華ではなかった。血のように紅い口紅をし、花嫁のような不思議な嫁入り衣装をまとい、何か別の存在に変わり果てていた。
胸の奥がざわつく。心臓が痛いほど早く鼓動している。
目の前で何が起こっているんだ?
麗華が……アカマターと並び、その赤い目で静かに立っている。しかも、花嫁衣装なんて――。
「……麗華、なんだよ……その格好……それに、その目……」
声が震えてしまう。こんな麗華、見たことがない。無表情で、俺のことを完全に無視している。まるで、全く別の人みたいだ。
「おい、飯田雷丸」
突然、黒瀬が冷静な声で俺に話しかけてきた。
「お前、伊集院麗華の友人か?」
「……友人なんてもんじゃない。俺の大切な人だ」
俺は迷わず答える。だけど、次の瞬間、黒瀬の言葉が俺を凍りつかせた。
「……そうか」
黒瀬は一瞬だけ、どこか同情するような目をして続けた。
「伊集院麗華――中立派伊集院家の跡取り。だが、今日をもって彼女は人間を辞めた」
「――――は?」
「――あれはもう人間じゃない」
俺の頭が完全にフリーズした。何を言っている? 冗談だろう?
黒瀬は冷酷な目で俺を見て、さらに言葉を重ねた。
「伊集院麗華。彼女は妖怪に変貌した。“妖怪アカマターの妻”として。――――元に戻ることはない」
「――――――――――。」
絶句する。
信じられない。いや、信じたくない。
目の前にいる麗華は、俺に冷たく赤い目を向けて、まるで俺を拒絶しているみたいだ。感情が一切見えない。まるで……アカマターの傍にいることが当然かのように、静かにそこに立っている。
「嘘だろ……麗華………………?」
信じられない現実を前に、俺は呆然としていた。
麗華が妖怪に?アカマターの妻に?
一体どうしてこんなことに?
「妖怪アカマターは女を虜にして自分の番に変える。伊集院麗華もそうされたのだろう。」
「……そんなの……冗談だろ……」
頭がぐらぐらする。こんな話が現実に起こるなんて、夢にも思わなかった。
胸の奥でざわざわと湧き上がる感情。それが怒りなのか、それとも恐怖なのか、自分でも分からない。ただ一つ確かなのは――これが現実だということ。
「素晴らしい!!」
突然、鳥丸が興奮した声を上げた。その声は異様に弾んでいて、場違いなほど喜びに満ちていた。
「おぉ、アカマター、麗華さん!なんと麗しいお二人でしょう!お祝いに駆けつけた甲斐がありましたねぇ!」
鳥丸の声はまるで結婚式の司会者のように朗らかだ。その祝福の言葉が空気をねじ曲げるように響く。
「いやぁ、本当にめでたい!今日のこの日、アカマターがついに素晴らしい伴侶を得た瞬間、歴史的な日ですよ!お二人とも、おめでとうございます!」
俺はその言葉に腹が立つどころか、頭が真っ白になった。
「見てください、この麗華さんの美しさ!その赤い瞳、妖艶さ、そしてアカマターの隣に立つ姿……あぁ、まるで神話の一幕を見ているようです!あまりにも美しい!これはまさに神の結びつき!」
鳥丸は完全に自分の世界に入っている。彼の目には、アカマターと麗華が理想的なカップルとして映っているらしい。アカマターもその言葉に満足げな表情を浮かべながら、麗華に舌を伸ばしている。
「皆さん!アカマター様と麗華さんの幸せを心から祝福しましょう!いやぁ、めでたい!本当にめでたい!」
――ふざけるな。
俺の拳は知らず知らずのうちに固く握りしめられていた。
「これぞ人間の行き着く先、その理想形!これでアカマターは増え続けることができる!!」
鳥丸の言葉に、怒りが沸騰した。
「……理想だと?」
俺の低い声が、自分でも驚くほど冷たく響いた。鳥丸を睨みつけると、彼は全く意に介さず、さらなる熱弁を続けた。
「そうです!これはまさに、妖怪崇拝の極み!麗華さんが妖怪アカマターと一つになり、彼の力を支え続けるのです!なんと神聖なことか……!」
――何が神聖だ。
頭の中がぐるぐる回る。怒りと焦りが交錯する中、何とかこの状況を打破しようと必死に考える。
「――――――麗華、しっかりしろ!お前はアカマターなんかに支配されるような奴じゃないだろ!?俺たちの麗華だろ!?」
必死に呼びかけるが、麗華は一切反応しない。ただ、赤い目で冷たく俺を見つめている。その瞳には何の感情も宿っていない。まるで、完全に別の存在になってしまったかのようだ。
「いや、これでいいんです」
鳥丸が優雅に微笑みながら言った。その声には、妙な確信と満足感が込められている。
「これで、彼女は真に強く、神聖な存在になったのです。アカマターの番として、永遠に彼を支え続ける……まさに、理想的な人の結末の形です!」
「――――――そんな結末あるかよ!!」
俺は拳を握りしめた。全身が怒りで震える。麗華をこんな妖怪の手に渡すなんて、絶対に許さない。
その時、黒瀬が動いた。無駄のない動作で腰の日本刀を抜き放つ。その刃先は闇を裂くように鋭く光り、冷たい殺気が周囲に満ちる。
「――――妖怪は、殺す」
冷徹なその声が、まるで実際の刃となって俺に突き刺さる。黒瀬の言葉の鋭さに、俺は思わず息を詰まらせた。全身に鳥肌が立つ。この男の覚悟――冗談ではない。本気だ。
「ちょっ、まてよ!」
俺が叫ぶと黒瀬がチラリとこちらを見た。
「麗華は人間だ!! お前が考えているような妖怪じゃねぇ!俺の麗華が――。」
「いいや、伊集院麗華はもうアカマターの番になった」
冷たい声で、まるで事実を告げるかのように黒瀬が言う。その言葉は俺の心臓を鷲掴みにして、ギュッと締めつけた。
麗華がアカマターの番になっただって!?何を言ってんだ!ふざけんなよ!そんな馬鹿な話があるか!俺は頭の中で必死に叫び続けた。でも、黒瀬の目は鋭く冷たいままだった。まるで、もうそれが運命だと言わんばかりに。
「麗華は俺の大事な仲間なんだ!!」
「大事な仲間なら尚更だ」
黒瀬は冷たく言い放ち、そのまま続ける。
「妖怪アカマターの妻になった人間の末路を教えてやろうか?」
「妻なんて聞こえはいいが、つまるところ奴隷だ。永遠にアカマターの子を産み続ける存在になるだけだ」
俺の全身に寒気が走った。その言葉がどれほど残酷で、そして現実味を帯びているか――嫌でも理解させられる。
「それを、あの伊集院麗華が望んでいると思うか?ならばいっそ、人間としての尊厳を保った今の状態で殺してやる方が、あいつのためにもなる」
黒瀬の冷酷な言葉が胸に突き刺さる。俺の全身が硬直して、まるで縛られたかのように動けない。呼吸が荒れる。心臓が嫌な音を立てている。
麗華を助けなければいけないのに、俺は何もできないのか?
その時――
「おやおや、黒瀬さん。それはいけませんねぇ」
あの鳥丸が、冷静な口調でスッと黒瀬の前に立ちはだかった。
「アカマターと麗華さんの結婚、そのめでたい場所に、あなたは乱入させませんよ」
鳥丸の目は相変わらず冷静そのものだが、その笑みには明らかな挑発の色が浮かんでいる。俺の目の前で、二人の間に見えない火花が散るような緊張感が漂う。
「チッ!」黒瀬は苛立たしげに舌打ちをし、鳥丸を鋭く睨みつけたが、鳥丸はそれを楽しむかのように穏やかに微笑み続けている。
二人の間の張り詰めた空気を感じながらも、俺は全力で麗華の元に向かって走り出した。目の前には、未だにアカマターの横で赤い瞳を輝かせている麗華の姿が見える。
俺の頭の中は混乱している。でも、今はそんなことを考えている場合じゃない!とにかく、麗華を助けなきゃならない!
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