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第57話 修学旅行17
しおりを挟む俺は全力で麗華の元へ向かって走り出した。
「麗華!今行くぞ!!」
だが、その瞬間、冷たく鋭い声が俺を制した。
「そこで止まりなさい、飯田雷丸。」
麗華の声――だけど、それはいつもの彼女の声じゃなかった。冷たく無感情で、まるで彼女自身じゃないみたいだった。
俺は思わず足を止めた。そして目を向けると、麗華が俺に向けて手を突き出していた。その動きには、明確な拒絶の意思が込められていた。
「麗華……」
俺は震える声でその名前を呼んだ。これまで何度も呼んできた、俺にとって特別なその名前。でも今、その名前を呼ぶたびに胸が締め付けられるような感覚が襲ってくる。
彼女はゆっくりと俺を振り返る。その動きには微塵の感情も見えなかった。そして――その瞳。血のように赤く、不気味な光を放つその目が、俺をじっと見据えた。
冷たく光るその瞳に、いつもの麗華の暖かさなんて欠片もない。まるで彼女自身じゃなくなってしまったようだ。その顔は無表情で、まるで人形のように感情を失っている。それでも、確かに目の前にいるのは麗華だ。俺の知っている、俺にとって大切な――麗華なんだ。
胸が締め付けられる。どうしてこんなことになってしまった?どうして彼女がこんな姿に――。
「麗華!?なんで……?」
俺の声は震えていた。困惑、焦り、そしてほんの少しの恐怖が混じったその声は、まるで彼女に届かないかのようだった。
一歩でも彼女に近づきたい。彼女に手を伸ばしたい。だけど、俺が一歩を踏み出したその瞬間――
「警告は、したわ。」
鋭く響いた彼女の声は、まるで刃物のように俺の胸に突き刺さった。いつもの麗華の声じゃない。冷たくて、感情のかけらもないその声は、聞くだけで心を凍りつかせるような響きだった。
そして彼女のその手に、黒い闇のようなエネルギーがまとわりつき始める。禍々しく、不気味で、まるで生き物のようにうごめくその闇は、ただ見るだけで全身が震え上がる。
次の瞬間、彼女の手から黒いエネルギーが放たれた。それは禍々しく渦を巻きながら、一気に俺に迫ってくる。
「――――ッ!!」
咄嗟に横へ飛びのき、その攻撃をかわす。だが、それで終わりじゃなかった。その黒い闇は、まるで生き物のように方向を変え、再び俺を追いかけてくる。まるで俺の動きを読んでいるかのようだ。
「麗華、何やってんだよ!!」
必死に叫ぶ俺の声は、闇の中で反響するだけだった。麗華は何も言わない。無言で、冷たく俺を見つめ続ける。その目には、俺への怒りも憎しみも、ましてや慈悲もない。ただ、どこか虚無的で感情のない光が宿っているだけだった。
彼女は再び手を動かし、闇のエネルギーを操り始める。黒い闇は俺を囲むように動き、逃げ道を塞いでいく。その動きには隙がなく、ただ俺を追い詰めるためだけに存在している。
「俺だぞ、雷丸だ!!」
必死に声をかける。だけど、その声は虚しく響くだけで、麗華の耳には届いていないようだった。いや――それどころか、彼女は俺の声すら意識していない。まるで、ただ標的を仕留めるための存在に成り果ててしまったようだった。
「本気なのか……麗華……!?」
彼女の無言の行動、そして俺に向けられるこの圧倒的な殺意――それが俺を深い混乱に突き落とす。こんな麗華、俺は見たことがない。いや、これは本当に麗華なのか?俺が知っている麗華は、どこに行ったんだ?
「くそっ…………!!」
歯を食いしばりながら、俺は全身の力を振り絞った。そして迫りくる黒いエネルギーに向けて拳を叩き込む。
「雷撃拳!!」
俺の拳から放たれる雷のエネルギーが黒い闇と激突する。衝突の瞬間、轟音と共に黒いエネルギーが霧散するように四方へ飛び散った。やったか――そう思ったその瞬間、霧散した黒いエネルギーが再び形を変えた。
「なっ……!」
黒いエネルギーは蛇のようにうごめきながら俺の腕にまとわりつき、手首をぐるぐると巻き込んでいく。その動きはあまりにも素早く、俺は振り払う間もなく捕らえられてしまった。
「くそっ、離れろ……!」
俺が力を込めて振りほどこうとするが、黒い闇はさらに強く締め付けてくる。ミシミシと嫌な音が響き、手首に激痛が走る。まるで生きている蛇に噛みつかれたかのような感覚――いや、それ以上に不気味で、逃れられない圧迫感だ。
「ぐあっ……!!」
闇の締め付けは徐々に強くなり、手首だけではなく、腕全体をじわじわと侵食してくる。冷たい感触が肌を這い上がり、血の流れを止められていくような感覚に襲われる。
「麗華……!やめろ、頼むから……!」
俺は必死に彼女に呼びかけるが、麗華は無表情のまま冷たく見下ろしている。その瞳には、一片の迷いも、感情の揺らぎもない。ただ、俺を完全に排除しようとする意志だけが宿っていた。
その時、聞こえてきたのはアカマターの冷静な声だった。
「いいぞ、麗華。我が妻よ」
アカマターが麗華に向けて優しい声をかける。その瞬間、麗華の頬がほんのり赤く染まった。
「アカマター様……お褒めに預かり光栄です。」
麗華のうっとりとした声が耳に響く。――嘘だろ。俺は目の前の光景に言葉を失った。まさか、麗華が本気であの蛇妖怪に心を奪われてるのか……?
「ちょ、ちょっと待てよ麗華!!」
俺は慌てて叫んだ。
「本気でそいつがいいのか!?相手は蛇だぞ!?何がいいんだよ、そんなうねうね野郎のどこが!!」
俺の言葉は麗華に届くどころか、空中で弾き返されるようだった。彼女の赤い瞳は、俺ではなくアカマターだけを映し出している。その視線は優しく、それでいて何かに深く溺れているようだった。その表情――それは俺を完全に無視し、アカマターへの絶対的な信頼と心酔を示すものだった。まるで彼女の世界はアカマターだけで成り立っているように見えた。
俺は絶望感に襲われながらも、さらに言葉を投げかけた。
「麗華……お前、伊集院家はどうするんだよ……?」
俺は絞り出すような声で問いかけた。
「静香さんの跡を継ぐって、そう言ってただろ……?家族を守るために頑張るって、誓ってたんじゃなかったのか?」
彼女がかつて語った決意の言葉を思い出し、必死に訴えかける。だが、彼女の答えは――俺をさらに絶望へと追いやるものだった。
「家のことなんてどうでもいい。」
麗華は冷たく、そして断固とした口調でそう言い放った。
「アカマター様がいれば、それでいいわ。」
俺の心臓が一瞬止まるような感覚がした。
「どうでもいい」――その言葉が胸に深く突き刺さる。あんなに大事にしていた家族や誇りを、こんなにも簡単に捨ててしまうのか?それほどまでに、アカマターの存在は麗華を支配しているのか?
「麗華……本気でそんなこと言ってるのか?」
俺は震える声で問いかける。
「伊集院家は、お前の家族だろ……。静香さんの期待を、お前は――」
「黙って。」
麗華の冷たい言葉が俺の声を遮った。その言葉に宿る鋭さと冷酷さが、まるで剣の刃のように俺を切り裂いた。
「私にはもう家族も家も必要ない。」
彼女の言葉は静かだが、その一つ一つが俺を打ちのめす。
「アカマター様が私のすべて。私はそれだけで十分なの。」
彼女の言葉は揺るぎない確信に満ちていて、そこには過去の麗華の姿が微塵も感じられなかった。あの優しくて、冷静で、どこか照れくさそうに笑っていた麗華は――もうどこにもいない。
胸が締め付けられる。この状況を理解したくない、認めたくない。それでも俺の口から次の言葉が漏れてしまった。
「じ、じゃあ……俺は?」
俺の声は震えていた。手を強く握り締めて、何とか気持ちを落ち着けようとする。けど、心の中では嵐のような感情が渦巻いている。
「俺と……結婚する、約束してたよな……?」
最初は静香さんからの提案だった。伊集院家の発展のため、俺を取り込むための政略結婚――それだけのはずだった。あの時、麗華も反対の素振りを見せていたし、俺自身も本気で受け止める気なんてなかった。
だけど、この沖縄での修学旅行を通して、俺たちは確かに言葉を重ねた。お互いの過去や考え方を話したりして、少しずつ距離を縮めていった。
馬鹿ね、と言いながらも優しく微笑んでくれた麗華。いつも冷静で強がる彼女が、ふと見せる柔らかい表情に、俺はどれだけ救われたことか。
俺は思った。政略結婚なんてどうでもいい――俺はただ、彼女とずっと一緒にいたい。守りたい。
そして今の麗華なら――あの時の麗華なら――きっと俺のそばにいてくれるはずだという願望が、無意識のうちに形となって、俺の口をついて出たのだ。
だけど――
麗華の赤い瞳が、静かに俺を見つめる。その視線には、俺が知っている温かさも、優しさも、何も感じられない。ただ冷たく、そして哀れむような光が宿っているだけだった。
「……結婚の約束?」
彼女は小さく首をかしげた。だが、それは戸惑いや迷いからではない。まるで俺の言葉をただの戯言として聞き流しているような態度だった。
「そんなもの、覚えてないわ。」
短く冷たい返事が返ってくる。その言葉が胸に突き刺さる。
「嘘だろ……?」
俺の声がかすれる。麗華が覚えてない?そんなはずない――いや、そんなこと、あってはならないだろ!
「手を離さないでねって、言ってくれたじゃないか!俺の隣にいてくれたじゃないか!それなのに――」
麗華は冷静なまま、静かに首を振った。
「過去のことに興味はないの。私は今、アカマター様と共に生きる。それだけよ。」
彼女の言葉は、俺の心にとどめを刺すかのようだった。
「アカマター様がいれば、私には他に何もいらない。」
その言葉が俺の心に突き刺さる。鋭い刃のように、迷いのない彼女の言葉が、俺の胸を深く切り裂いていく。
そんなはずはない――何度も心の中で否定しようとするが、その冷たく、赤い瞳を見るたびに、現実の重さがのしかかる。
俺は拳を握り締め、唇を噛んだ。歯を食いしばり、何とか崩れそうな自分を奮い立たせる。
「俺は……!」
声が震える。喉が詰まりそうになるのを無理やり押さえ込んで、彼女に向かって叫んだ。
「俺は……麗華がいないと駄目なんだ……!」
言葉は、心からの叫びだった。
初めて会った時の麗華の冷たい態度、俺に厳しく指摘してきた言葉――全部覚えている。けど、その裏にある彼女の優しさも、気遣いも、全部感じ取っていた。
一緒に過ごした時間、一緒に笑った日々――その全てが俺の中で大切な宝物になっていた。
俺は全力で言葉を紡いだ。
「お前が俺にとってどれだけ大事な存在か、分かってるのか!?お前がいるだけで、俺はどんな戦いだって乗り越えられるんだ!」
拳を震わせながら、俺は彼女に向かって真っ直ぐに気持ちをぶつける。
「麗華!頼むから戻ってきてくれよ!!俺の隣にいてくれよ!!」
俺の全てを込めた叫び――心の底からの言葉が虚空に響いた。その瞬間、麗華が一瞬だけ俺をちらっと見た。
赤い瞳が俺を捉えた――その一瞬の視線に、俺は希望を見出した。そうだ、やっと俺の声が届いた!やっと麗華が俺を見てくれたんだ!
「麗華……!」
しかし、次の瞬間、彼女は視線をアカマターに戻し、深いため息をついた。まるで俺の存在そのものがため息の原因だと言わんばかりに。
その仕草に、俺の心が音を立てて崩れ落ちた。
「麗華ぁぁああぁぁ!!!!」
俺の必死の叫びも虚しく響くだけだった。麗華は、アカマターにすがるように寄り添い、その声にはもう俺への感情なんて微塵も感じられた。
――嘘だろ!?俺、蛇に負けたのか!?人間の俺が、蛇に……。
心の中で必死に否定しようとするが、目の前の光景が残酷な現実を突きつけてくる。
だけど……思い出せ。タクシーの中で麗華が言ってた。「アカマターは洗脳して支配するタイプ」だって。
――そうだ、これは洗脳だ!麗華は騙されてるだけなんだ!
俺はその考えにすがりつきながら怒りを爆発させた。
「てめぇ!!麗華を洗脳しやがって!!洗脳変態野郎!!」
拳を強く握りしめ、アカマターに向かって全力で叫んだ。
「俺と麗華のラブラブな関係を引き裂きやがって!!絶対にゆるさねぇぞ!!」
だが、アカマターは涼しげな笑みを浮かべるだけだった。その態度が俺をさらに追い詰める。
――ヤバい。このままじゃ本当に麗華が取られちまう……!!
「麗華、よくそいつとの未練を断ち切った。褒美に今夜はお前に子種をくれてやろう。」
アカマターのその一言で、時間が止まったように感じた。俺の心臓がドクンと大きく跳ねる。麗華の顔が歓喜に輝き、まるで天から祝福を受けたかのような表情を浮かべて応じた。
「……いいのですか?アカマター様……♡」
その瞬間、俺の中で何かが壊れた。
「や、やめろぉぉぉ!!その言葉をそんなトキメキ顔で受け取るなぁぁぁ!!!」
頭が真っ白になり、心の中で絶叫が響く。そして、俺の口から飛び出たのは、必死の叫びだった。
「麗華ぁぁああぁぁ!!俺は寝取られは趣味じゃねぇぞ麗華ぁぁあぁぁ!!!!」
泣き叫びながら手を差し伸べるが、麗華は俺の方を見ようとしない。むしろ、その背中からは「元々貴方のものじゃないし……」という冷たい心の声が聞こえてくるような気さえする。
――え、麗華、お前本当にそう思ってるのか!?これまでの俺たちの絆、何だったんだよ!?ってか、「子種」ってフレーズでそんな反応するなんてどういうことだよ!!
俺はもう泣きながら必死に叫んでいた。だけど、麗華はもうアカマター一筋って感じで、俺の言葉なんて耳に入っていない。むしろ「今夜の約束」に心が浮かれてるっぽい。
「お前!そいつの子供なんか作ってどうするんだよ!?蛇だぞ!?子供だって絶対に蛇なんだぞ!?ベビーカーに小蛇がうじゃうじゃなんて、想像してみろよ!!!」
だけど、俺の言葉に麗華が反応する気配はまるでなし。むしろ、さらに夢見心地の顔でアカマターを見つめてやがる。完全に俺の存在、無視されてるじゃねぇか!!
「麗華ぁぁああ!!頼むから目を覚ましてくれよ!!俺、こんな蛇に負けたくねぇんだよぉぉぉ!!!」
俺の絶叫は虚しく響くばかり。――ってか、今の俺、めっちゃ惨めじゃねぇか!?
麗華が完全にアカマターの言葉に夢中になっている中、俺は地面に膝をついて、もうどうしようもない気持ちで泣き叫んでいた。
「麗華ぁぁぁぁ!!俺を置いて蛇にいくなんて!それだけは許せねぇぇぇ!!!」
涙がボロボロとこぼれ落ちる中、俺は泥だらけになりながら地面に拳を叩きつけた。まるで修学旅行の班行動で自分だけ一人取り残された気分だ。
「俺たち、ハーレム仲間だろ!?一緒にハーレム音頭を踊った仲だろ!?それがなんで、蛇に寝取られるんだよおおおお!!」
俺の叫び声はどんどん情けなく響くばかりだった。でも、麗華は俺を振り向きもしない。むしろ、アカマターにぴったり寄り添い、微笑みながらうっとりとした顔をしている。
「麗華、お願いだ!そいつは冷たいんだって!ベッドで隣に寝たら絶対に凍えるぞ!それでもいいのか!?おい、蛇だぞ!?」
俺はもう完全にパニック状態。何を言っても届かないこの絶望的な状況に、心の中で「俺は負け犬なのか……?」とさえ思い始める。
「うぅぅぅ……蛇に……負けるなんて……」
涙と鼻水でぐしゃぐしゃになりながら、俺は地面にへたり込んだ。泥だらけの俺をアカマターがちらっと見て、満足そうに笑っている。その顔が俺には、「哀れな負け犬」と言っているように見えた。
――くそっ、でもどうしようもねぇぇぇ!!!
「麗華ぁぁぁああ!!どうして俺を選んでくれないんだぁぁ!!」
俺の絶叫は虚しく響き、風に流されて消えていった。
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