異世界帰りのハーレム王

ぬんまる兄貴

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第156話 ワールドカップ51

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「……は?」


 
 一瞬、頭が真っ白になる。

 思考が、止まった。

 

 ピッチのど真ん中。数万人の視線が俺たちに集中する中――

 アントニオ・ソルダードは、まるで昼休み明けの会話でも始めるように、ごく普通の口調でそう言ったのだ。

「まだまだ、見せ足りないものがあるんだ。君も、同じだよね?」

「…………………………。」


 

 なにを……言ってるんだ?

 

 この数分間、俺は全力で走って、全力でシュートして、全力で守って――全力で戦ってきた。

 

 息は上がり、汗は滴り、足の筋肉も張っている。

 

 それが“ウォーミングアップ”?

 

 ――冗談だろ。

 観客はどう見ていた?

 立ち上がり、拳を握り、口笛を鳴らし、拍手を送っていたじゃねぇか。

 

 この“エース対決”に、スタジアム全体が総立ちで沸き立っていた。

 

「すげぇ!!」
「なんだこの二人は!!」
「これが決勝かよ……!!」

 

 スーツ姿の解説者ですら立ち上がって拍手を送るほどの熱量だった。

 

 だけど――

 目の前の“太陽の王子”は、まったくブレていない。

 瞳の奥にあるのは、余裕。そして、“まだ先を見ている者の視線”。

 

(……俺が“全力”で立っているこの場所を、こいつは……まだ、序章だと思っている……)

 

 ゾクリと背筋に冷たいものが走る。

 

 アントニオ・ソルダード――

 
 この男の“本当の実力”は、まだ、ここからだというのか。



目の前のアントニオが、ふと立ち止まる。

 

 静かに、深く、一度だけ――目を閉じた。

 

 そして、

 

 ――開眼。

 

 その瞳に宿った光は、まるで万華鏡。

 金と蒼と深紅が、複雑に混ざり合い、螺旋を描くように揺らめいていた。

 

(……なんだ、その眼……!?)

 

 ぞくり、と背筋に戦慄が走る。

 視線を交わしただけで、“違う”と分かる。

 空気が変わった。否――“現実”そのものが変容したような、そんな感覚。

 

 その時だった。

 

 アントニオ・ソルダードが、動いた。

 

 その動きは、別に特別速いわけじゃない。爆発的な加速もない。音もない。

 

 ――スッ。

 

 ただ、それだけ。

 

 だというのに――

 

 気がつけば、俺の横を、抜かれていた。

 

「………は?」

 

 脳が反応する前に、身体が置いていかれた。

 まるで“先に起きたこと”に、あとからついていくような感覚。

 

(何が起きた……?俺、今の、反応できなかった……?)

 

 理解できない。

 

 とにかくもう一度――仕掛ける!!

 

 だが、何度向かっても結果は同じ。

 

 アントニオは、俺の動きに一切触れず、しかし完璧にかわしてみせる。

 

(……なんだ、この手ごたえの無さは……!?)

 

 攻めるたびにスルリと交わされる。
 まるで、最初から“俺がそう動くと知っていた”かのように。

 

「次は左、だろ?」

 

 その声が届くよりも先に――俺の足は、左に動こうとしていた。

 

「な……なんでわかんだよ、全部!」

 

 焦りと混乱が脳内で爆ぜる。

 数分前までの互角の攻防が、まるで幻のようだ。

 

(……これは、“違う”)

 

 これはもう、戦術でも技術でも反応でもない。

 

 これは――“別格”だ。

 

「………………お前、なにした!?」

 

 吐き出された言葉は、怒号ではなかった。

 呼吸がうまくできず、喉が乾ききったような、本能の奥底から絞り出される“怯え”にも似た叫び。

 

(見えてる……俺のすべてが、まるで……)

 

 そして俺は、言わずにはいられなかった。

 

「それが……お前の本気の“俯瞰”の能力なのか!?」

 

 そう叫びながら、息を荒くしてアントニオを睨む。

 だが――奴はまったく動じない。

 むしろ、ほんの少し困ったように眉を下げて、静かに――

 

 にこり、と笑った。

 

 まるで「それ、まだ入口だよ」とでも言いたげに。

 

「俯瞰は――“僕の眼”の能力の一つだよ」

 

 一つ……?

 

「……は?」

 

 その言葉に、頭の奥がグラリと揺れる。

 

 アントニオは、スッとその場に立ち止まり、俺の正面で、はっきりと告げた。

 

「僕の眼の名前は――《ディヴァイン・ヴィジョン(神視の未来)》」

 

 その瞬間、彼の瞳が淡く、螺旋のように輝いた。

 金と蒼と赤が混ざり合う、まるで天球儀のような光。

 

「この眼が持つ能力は、大きく分けて二つある」

 

 指を二本立てる。

 

「ひとつは――“空間支配”。」

 

「フィールド全体を、高所から俯瞰するように視認できる能力。どこに誰がいるのか、どのコースが空いているのか、すべてが見える。君たちが“俯瞰”と呼んでいたのは、これだね」


 

 アントニオは続けた。

 

「――そして、もう一つがあるんだ」

 

 彼の瞳が、さらに深く光を帯びた。

 

「“感情共鳴”。」

 

「相手の“感情”を読み取る能力。怒り、焦り、迷い、闘志、希望――プレイヤーの思考や動きの“原動力”を、僕は感じ取ることができる」



 アントニオの声はどこまでも静かだった。

 だが、その静けさは、“予言者”が真理を語る時のような静寂だった。

 

「君が、次にどこへ進もうとするのか。
  なぜ、そうしようとしたのか。
  ――その“理由”まで、視える」


 

 そしてアントニオは、最後にゆっくりと言った。

 

「この二つを重ね合わせたとき、僕の眼は――未来を映し出す」

 

「それが僕の眼、《ディヴァイン・ヴィジョン》」

 

 世界の動き。相手の感情。未来の断片。

 それらを“眼”で捉える、神の領域。

 

 観察でもない。
 予測でもない。
 反射神経でもない。

 

 “理解した上で、確定している未来”を見ている――

 

(こいつ……人間じゃねぇ……!)

 

 呆然と立ち尽くす俺に、アントニオは穏やかに微笑む。

 

「さあ、雷丸君。次は――どんな未来を、見せてくれる?」

 

 その声はあまりにも穏やかで、柔らかくさえあった。

 だが――その眼差しは。

 

 まるで天から地上を見下ろす“神”の視座。

 慈しみでも、憐れみでもない。ただ“知っている”という絶対的な視線。

 

 ――その瞳が、俺を見ていた。

 

 次の瞬間、アントニオが動いた。

 

 しなやかに。なめらかに。まるで風が草を撫でるように。

 

 ――来る。

 アントニオ・ソルダードが、静かに前に出た。

 その歩幅は小さく、ゆるやか。
 だがそのたび、ピッチ全体の空気がピリッと張り詰めていく。

 

(目線は左……いや、フェイクか? 右足が軽い……重心が、揺れてる……)

 

 すべてを読もうとする俺の目に映ったのは――

 アントニオの右足が、軽くインサイドに転がすような動き。

 

(こっちだッ!!)

 

 反射で左足を一歩、踏み出す。
 だが――その瞬間。

 

 アントニオの右足首が、“くにっ”と逆に返った。

 

 まるで魔法のような、足首の柔らかいひねり。

 それまで進行方向だったものが、“真逆”に跳ね返る。

 

(――なっ!?)

 

 次の瞬間には、ボールは俺の背後に転がっていた。

 アントニオの身体が――俺の“正面”から、“横”へ、そして“背後”へと音もなく移動していく。

 

 足が、ついてこない。

 いや、脳が判断するよりも早く、身体がバランスを崩した。

 

 足元が絡まる。

 膝が内側に入る。

 スパイクのポイントが芝に引っかかる。

 

 ――グラッ。

 

「っ……!?」

 

 あらゆる感覚がスローになる。

 世界が、傾いて見えた。

 

 右足を支点に踏み直そうとした瞬間、膝がグニャリと内側に折れ――

 

 ――ズシャッ!!

 

 その瞬間、ピッチに土煙が舞い、観客が総立ちになる。

 

「雷丸が……っ!!」
「完全に抜かれたァァァァ!!」
「アンクルブレイクッ!! 完全に足を折られたァァァァ!!」

 

 地面に横たわる俺の視界には、アントニオの背番号10がゆっくりと遠ざかっていく。

 身体を返すようにして再びこちらを振り返り――

 

 あの、涼しげな笑み。
 
 

「大丈夫?でも、君なら――まだ立ち上がってくるよね?」

 

 その一言が、地面に倒れた俺の胸に刺さった。

 

(……くそっ……!)

 

 芝生の匂い、地面の感触、そしてアントニオの声――すべてが、今の“現実”だった。

 

 これが、“神視の未来”。

 これが――アントニオ・ソルダード。

 



 俺が倒れたままの隙を逃さず、アントニオは日本のゴールエリアへと滑るように攻め込んでいく。

 

 そして突然、アントニオが左手をすっと伸ばし、ある一点を指し示す。

 

「……そこだ」

 

 ブラジルのフォワードが、その指先を一瞬見ただけで頷き――動いた。

 

(え、今……指示?ここで?)

 

 戸惑う日本ディフェンス。

 

 だが、次の瞬間。

 

 アントニオが、パスを出した。

 

 見た目には、ただのインサイドキック。

 だが――そのパスの“意図”に気づいた瞬間、俺たちは本能的に叫びたくなった。

 

(――は!?無理だろ!!)

 

 ゴールエリアは、まるで“渋滞中の交差点”のように人で溢れていた。

 4人、5人、いや、それ以上の日本ディフェンスが、完全に縦横のラインを封鎖している。

 

 一歩でもズレれば当たる。触れれば跳ね返る。そんな“鉄壁の密集地帯”。

 

 誰もが思った――こんな場所に、パスなんて入るはずがない。

 

 だが、アントニオ・ソルダードは、その“ありえない領域”へ――ボールを出した。

 

それはまるで、ただのインサイドパス。

 威力も、奇をてらった軌道もない。

 

 だが、その瞬間。

 ピッチ上の空間すべてが、“異質な静けさ”に包まれた。

 

 ――ズルリ。

 

 一枚目のDFの股下を通過。

 なぜ通った?としか思えない、“通るはずのない場所”を滑っていく。

 

 二枚目のDFは体勢を変える直前だった。

 ――一歩、踏み出す“前”。

 

 その一瞬の“空白”を、ボールが見事にすり抜ける。

 

 三枚目――身体を左右に揺らして牽制しようとしたDFの“逆足の裏”を、ギリギリの回転で抜けた。
 
 

 まるで、彼らの“未来の動き”を見てから蹴ったような――いや、“見えてなければ蹴れない”精度。

 

 密集するゴール前。そこにこそ“空白”があった。

 

 ――アントニオ・ソルダードだけが知っていた。

 その“空白”が、未来に生まれることを。

 

 結果。

 ボールは、誰の足にも引っかからず、奇跡のように一直線に――ブラジルのフォワードの足元へ。

 

 ピタリ。

 

 受け取ったフォワードが、目を見開く。

 

 味方ですら、そこに“来る”と信じていなかったパス。

 

 だが――

 

「――――撃て」

 

 静かに、確かに。アントニオが背後から放った命令。

 その声に、フォワードが弾かれるようにシュートモーションへ移行する。

 

〈ズドォォォォォン!!!!〉

 

 ネットが跳ね上がった。

 弾丸のようなボールが、ゴール左隅に突き刺さる。

 

 日本のDFたちは――誰一人、反応できなかった。

 

 ただ呆然と、口を開けたまま、足を止めていた。

 

 ――ゴールが決まった瞬間、スタジアムは静寂に包まれた。

 

 いや、正確には――「声を出すことすら忘れた」ような沈黙。

 

 喉が詰まったような空気が、ピッチ全体を覆っていた。

 

 観客席の一部では、誰かが小さく悲鳴を上げた。

 

「えっ……?」
「な、何が起きたの……?」
「今の、マジで……見えてたの……?」

 

 言葉にならない声が、いくつも重なり、ざわめきに変わっていく。

 震える指先で口元を押さえる者。

 立ち上がったまま、椅子に腰を下ろせず呆然と突っ立つ者。

 

 そして――実況席。

 

「なっ……なんだ今のは……!?」
「え、え? あのパス……あの中に通したんですか……!?」
「DFが……密集していたはず……誰も触れてない!? いや、触れられなかった……?」

 

 実況アナウンサーの声が、徐々に上ずっていく。

 

「信じられません……!あれは……人間に出来るプレーなんですか……!?」
「誰一人、触れられなかった……!まるで、動く前を読まれていたように……!!」

 

 カメラはピッチ全体を映していたが――そこにはただ、静かに微笑むアントニオ・ソルダードの姿。

 
 感情を荒立てることもなく、拳を振り上げることもなく。

 ただ、「当たり前のことをしただけだ」とでも言うように。

 

 その異様な光景に、観客も実況も、ただ――凍りついた。



 ディヴァイン・ヴィジョン――《神視の未来》。

 

 それはただのビジョンではない。

 “生きた世界”すべてを把握し、感情を読み、そして――

 

「未来を導く手」だ。

 

 その神の手が、ただ一つの空白を切り裂き、ゴールを決めさせた。

 

 スタジアム全体が、沈黙と衝撃に包まれる中――

 

 アントニオ・ソルダードが柔らかく微笑むその姿は、あまりにも静かで――あまりにも、“神々しかった”。







 ――――――――――――




 

 ――失点後、ピッチの中央に選手たちが集まり、リスタートの準備に入る。

 

 その中で、俺は焦るように、けれど真剣に声を張った。

 

「みんな、集まってくれ!!今すぐだ!!」

 

 俺の必死な呼びかけに、日本代表の面々が集まってくる。

 どこか呆然とした表情で、額に汗をにじませたまま。

 

 村岡が眉をひそめながら、思わず口を開いた。

 

「な、なんだよ……さっきの……。マジで何が起きたんだ……?」

 

 俺は息を整える間もなく、一気に言い放つ。

 

「わかったんだ、アントニオの“能力”。あいつの正体が……!」

 

 全員の目が、鋭く俺に向けられる。

 

 副キャプテンの藤井が戸惑いながら問い返す。

 

「能力?俯瞰じゃなかったのか?ピッチ全体を見てるだけじゃ……」

 

 俺は強く首を振った。

 

「違う。俯瞰は“能力の一部”だ。あいつの本当の力は……“未来視”だ」

 

「……未来視?」と、長谷川キャプテンが言葉を反芻するように呟く。

 

 その言葉に、チーム全体がざわつく。

 

「未来って……マジで言ってんのか、お前……?」

 

 村岡も目を見開いたまま、俺の顔を凝視する。

 

 俺はうなずいた。汗をぬぐう間もなく、真剣な声で続けた。

 

「あいつの眼《ディヴァイン・ヴィジョン》は、フィールドを俯瞰するだけじゃない。感情も読める。……そしてその両方を掛け合わせて、行動の“少し先”を視るんだ」


「……じゃあ、俺らの動きも全部……?」

 
「あぁ。目線、足の角度、息の速さ、迷い、焦り……全部読まれてんだよ。だからさっきのパスも、あのルートも――“見えてた”んだ、全部!!」

 

 俺の声が静まり返った円陣の中に落ちると、まるで時間まで止まったような沈黙が訪れた。

 

 息を飲む音だけが、やけに大きく響いた。

 

 長谷川キャプテンが小さく唇を噛み、深く視線を落とす。

 

「……確かに、それならあのパスも納得がいく。予測じゃねぇ。“見えてた”としか思えない精度だった」

 

 ピッチの向こうでブラジル代表がリスタートの準備を進める中、わずかな時間を使って、俺たちは頭をフル回転させていた。

 

 その時、大久保が声を上げる。

 

「具体的には、どう対策する?……未来が見えるなんて相手に、正攻法が通じるのか?」

 

 難問だ。でも、黙ってる暇はない。

 

「……例えば、“見えなく”させる。安直だけどな」

 

 俺は言った。

 

「高身長のDF3人で、アントニオにべったりマークをつける。“視界”を潰して、“感情共鳴”の情報量も減らす。見せない、感じさせない。……とかどうだ?」

「でもそれじゃ守備が薄くなるぞ?」

 

 藤井が食い気味に突っ込んできたが、俺は即座に返す。

 

「その分は――俺が埋める!!」

 

 皆の視線が一斉に俺に集まる。

 

「3人分の穴、全部俺が走って埋める!足だけは誰にも負けねぇ!!ピッチを駆け回ってやるよ!!」

 

 言い切った瞬間、円陣の中に火が灯ったのが分かった。

 

 長谷川キャプテンがニッと笑って、頷いた。

 

「よし、それでやってみるか」

 


 センターサークルに戻る途中――そこに、例の男が現れた。

 

 アントニオ・ソルダード。

 

 ニコニコと、まるで散歩の途中みたいな顔で、近づいてきた。

 

「作戦会議は終わったかい?」

 

 軽く手を振りながら、呑気な声。

 

「お、おう……まぁな」

 

 そう返すと、アントニオはさらに笑顔を深めてきやがる。

 

「で?対策はできそう?」

 

 その目は、ワクワクしている子供のようで――こっちは真剣勝負してるってのに、完全に“楽しみにしてます!”の顔だ。

 

「おい……それって、煽ってんのか……!?」

「煽りじゃないけど?」

 

 無邪気に首をかしげる。

 

「君が考えた作戦だろ? すごく興味があるんだ。君が僕にどう挑むのか」
 
「……お前なぁ……ちょっとはビビれよ!普通、対策される側は焦るもんだろ!?」

 

 それでもアントニオは、にこりと笑って――言った。

 

「だって君が、“本気”で僕を攻略しようとしてくれてるんだろ?楽しみに決まってるじゃないか」





 

 日本ボールでの再開。

 

 俺がパスを出そうとボールを構える――その瞬間、

 

 「8番にパスするつもりだよ。ルイス、ついて」

 

 アントニオの指示が響いた。まるで、俺の脳内をそのまま読み取ったかのようなタイミング。

 

(……チッ!)

 

 ならばと、俺は後ろに戻そうとボールを引く。

 

 だが――

 

 「後ろに戻すんだ?……らしくないね、雷丸くん」

 

 またもアントニオの“声”が飛んでくる。まるでナビゲーションアプリのように、俺の行動を言い当ててくる。

 

「お前、ほんっとに未来見えてんだな!?その調子で次の俺の寝坊も予知してくれよ!!」

 

 叫ぶ俺に対し、アントニオは涼しい笑みを絶やさず、肩をすくめて返す。

 

「……ふふっ、目覚ましより正確かもね」

 

 その無邪気な調子に、逆にイラッとする。けど――逆に燃える。

 

 (なら……俺の“空”で魅せてやるよ)

 

 ――スカイウォーク。

 

 空中からの奇襲、高速ジャンプでの空間支配。

 俺がエンリケ戦で編み出した、俺だけの空中突破法だ!

 

 足に力を込める。爆発的な跳躍。

 

 俺は――跳ぶ!

 

 だがその瞬間、アントニオの“声”が飛ぶ。

 

「――来る。スカイウォークだ」

 

 その一言が、ブラジル代表の中で即座に“行動”へと変換される。

 

「了解、アレシャンドレ!」

「後ろ、もう取ってる!」

 

 声が飛び、迷いなくポジションチェンジが始まる。

 

 だが――異常だったのは、そこからだ。

 

「アレシャンドレはそこから45度に三歩、マテウスはそこから真後ろに六歩」

 

 アントニオの声は、淡々と――それでいて確信に満ちていた。

 

「雷丸君は着地後、そこにボールを落とす。……そこで挟んで」

 
 

 アントニオが、俺の“次の一手”を既に語り終えていた。

 

(……ウソだろ)

 

 まだ何もしていないのに、もう――読まれてる。

 

 空中という“フリー”な領域にいながら、俺は――詰んでいた。

 

 着地。

 

 右足が地を捉えた瞬間、左右から同時に鋭い圧力。

 

「ッ――!?」

 

 ボールをコントロールする前に、アレシャンドレの右足が、マテウスの体の切り返しが、それぞれ“ぴたり”と挟み込む。

 

 ボールが、消えた。

 

 完全なる“未来のトラップ”。

 

 空中ですら逃げ場はなかった。

 

(……見えてた?全部、最初から……!?)

 

 俺が地に足をつける“前”に。

 既に地上のピースは、勝負を決していたのだった。
 
 

 実況が絶叫する。

 

「スカイウォーク――止められたァァァ!!」

「雷丸の空中アタックすら、アントニオに読まれている!!この男、本当にどこまで……!?」



 俺のスカイウォークが防がれた瞬間、ピッチの空気が一変する。

 

 ブラジルが素早くボールを奪い返し、即座にカウンターへ。

 

 日本もすぐに態勢を立て直し、作戦通り――アントニオに三人のマーカーが張りつく。

 

 長身DFの岩本、永瀬、そして松岡。

 

 左右と正面、三方向から包囲するように立ちはだかり、鉄の檻のように進路を遮断。

 

「これでさすがに――止めたッ!」

 

 そう思った、刹那。

 

 アントニオは、ふっと首をかしげて――微笑んだ。

 

「え、それ――悪手じゃない?」

 

 その言葉に、俺の背中に冷たい汗が走る。

 

 まるで、すでに“罠にかけた”とでも言いたげな余裕だった。

 

 囲まれたまま、アントニオはボールを足元でそっと動かす。

 

 ――直後

 

 〈ドンッ!!〉

 

 轟音。

 

 その瞬間――“見えなかった”。

 

 アントニオの体が完全に死角になり、誰も彼の動作を視認できなかったのだ。

 

 次の瞬間、ボールはゴールへ――信じられない軌道を描くカーブシュート。

 

 アウトに逸れたかに見せかけて、急激に曲がり、ゴール右隅に――

 

〈ズバァァァン!!〉

 

 ネットが破れるかのように揺れた。

 

「ゴォォォォォォォォォォォル!!!!」

 

 実況が叫ぶ。

 

「アントニオの一撃!!まさかの――ロングカーブ!!」
「マークが逆に“目隠し”となった!!GKは一歩も動けない!!」
「こ、これは一体……!? な、なんなんだこの男はああああ!!!」

 

 ゴール直後、すぐにリプレイ映像が再生される。

 

 そこには――日本のゴール前に立ちはだかる三人のマーカーが、完全にアントニオを隠し、

 蹴ったモーションが、誰一人見えていないという事実が、はっきりと映し出されていた。

 

 ボールがネットを揺らすまで、誰も動いていなかった。


 

 チーム全員が、言葉を失っていた。

 DF陣も、振り返って自分たちの立ち位置を確認しながら、唇を噛みしめていた。

 

 “守ったはず”の陣形が、逆に“視界を奪う”という致命的な盲点となった。

 

 そして、アントニオは――

 ゴールに背を向けたまま、ゆっくりと振り返る。

 

 笑っていた。

 

 どこまでも穏やかに、楽しそうに。

 

「“3人”いるとね、ちょうど見えなくなるんだよ。……キミたちのゴール前から」

 

 背中越しにそう囁いたその声は、まるで“神の導き”だった。





 ――――――――――――


 


 ブラジル 2 - 0 日本。

 

 スコアボードが突きつける現実は、重く、冷たく。

 


「パスくれ!俺が奪い返す!!」

 

 気づけば、俺の声は焦りに満ちていた。

 

 だが――

 

 どれだけ仕掛けても、アントニオの“予見”は揺るがない。

 

 まるで俺の未来が“既読”であるかのように、俺のすべての技が潰されていく。

 

 偽装の一閃(フェイントフラッシュ)――

 

 パスかシュートか分からない奇襲のはずが、

 

「パスじゃなくて、シュートが来るよ」

 

 アントニオはキーパーに声をかける。

 

「カウント、3…2…1…0。はい、キャッチ」

 

 ボールは、まるで吸い込まれるようにキーパーの腕の中に収まった。

 

 何度仕掛けても、同じ。

 タイミングをズラしても、モーションを変えても。

 

 ――通らない。

 

 気づけば、俺の息は肩で荒くなり、膝に手をつくほど疲弊していた。

 

 そんな俺を前に、アントニオは、まるで昼休みに余裕をもって紅茶でも啜ってるかのような顔で立っていた。

 

「雷丸君、本気出していいんだよ?」

 

 その問いかけに、俺は苛立ちを隠さず、叫ぶように返す。

 

「もう出してんだよっ!!」

 

 だがアントニオは、どこまでも穏やかに――それでいて悪魔のような笑みで、続けてくる。

 

「ほら、トーレスやエンリケ、ヴォルカーノにやった時みたいにさ。なんか、“奇策”をさ。期待してるんだけどな」

 

 俺は、肩で息をしながら、精一杯の強がりも出せず、ただ言葉を漏らした。

 

「ねぇよ……」

 

 その一言が、まるで“試合終了”の宣告に聞こえた。

 

 アントニオの表情が変わる。

 優雅な余裕が、冷たい失望へと反転した。

 

 ふと眉をひそめ、首をかしげる。

 

「え……雷丸君、本当に策ないの?マジで、それで終わり?」

 

 その呆れたようなトーンに、俺は思わず「は?」と口を開く。

 

 あの太陽の王子が――

 あのアントニオ・ソルダードが――

 まさかの、“がっかりした”顔をしていた。

 

 なんだよ、その態度は。

 

 俺は反射的にヤケクソ気味で飛び出した。

 

 雷速ステップ。

 俺の十八番。

 

 だが――スタートを切ったその瞬間。

 

 すでに、アントニオは――前にいた。

 

 コースも、動きも、すべて読まれていた。

 

 目の前でボールが、ピタリと止まっていた。

 

 俺の脚は止まれず、勢いそのまま――

 

「お、おい、待てよ、このままだと――!」

 

 ――ドゴッ!!

 

 受け身も取れず、顔面から派手に地面に突っ込む。

 

 目の前がぐるぐると回り、鼻に砂の匂いが入り、額に熱い痛みが走った。

 

 痛ぇ……だけじゃない。

 

 恥ずかしすぎて、泣きそうだ。

 

 何してんだ、俺。

 

 さっきまで“ハーレム王”とか“奇跡のエース”とか言われてた男が――これかよ。




 俺の視界が、ぼやけていた。

 地面に突っ伏したまま、ただ砂の匂いと、芝の感触だけが妙にリアルで――

 それ以外は、全部、霞んで見えた。

 

「……なんだよ、これ……」

 

 自分で呟いたその言葉が、自分でも信じられないくらい弱くて、震えていて。

 心の中で何かが、静かに、でも確実に砕けていくのが分かった。

 

 辛い。

 苦しい。

 

 なんて、閉塞的なサッカーだ。

 

 体が思うように動かなくなってるわけじゃない。

 足は動いてる。声も出せる。根性だって、捨てちゃいない。

 

 それでも――追いつけない。

 読まれてる。

 見透かされてる。

 抗おうとすればするほど、まるで“見えない天井”にぶつかって、跳ね返されるような感覚。

 

 そして、思ってしまった。

 

 ――――楽しく、ない。

 

 あんなにも熱く、自由で、爆発的だった俺のサッカーが、今はこんなにも苦しく、冷たく、閉じている。

 

 ぐらりと、体を起こす。

 顔を上げると、視界に“太陽”がいた。

 

 アントニオ・ソルダード。

 

 その存在は、これまでは眩しかったはずなのに――今は、遠い。

 

 まるで光年の彼方にある星を、地上から見上げているような、そんな距離感。

 

 彼の瞳は、確かに俺を見ていた。

 けれどそこに――“熱”はなかった。

 

 透き通るような琥珀色の眼差しは、どこまでも静かで、どこまでも冷たかった。

 

 まるで、舞台の幕が下りたあとの、観客の視線。

 まるで、“終わってしまった芝居”を前にした、失望の沈黙。

 

 アントニオは一歩だけ、俺に歩み寄る。

 けれど、手は差し伸べない。

 

 ただ、静かに、淡々と――

 

「――――やれやれ、こんなものか。」

 

 その声に、棘も怒りもない。

 あるのは、ただ一つ――「がっかり」だけ。

 

 俺の胸の奥に、鋭く突き刺さる。

 

 あの“すべてを見通す眼”の持ち主が、今、確かに――俺を「見る価値のない存在」として見ていた。

 

 感情を読み取れるアントニオだからこそ、今の俺の“空っぽさ”に気づいていたのかもしれない。

 だから、失望した。

 だから、興味を失った。

 

 “神視の未来”を持つ男の、その眼から――

 

 俺は、“未来の選択肢”から外された。

 

 この瞬間、俺の心が、音を立てて――崩れた。



 
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