天然天使にご用心♡

七々虹海

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天界の掟

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 小鳥の囀ずる声が聞こえて、涼くんの隣でぼんやりと目覚める朝。なんて、幸せなんだろう。
 涼くん。半開きの口も寝癖なんだろう髪のハネ具合も、長くてバサバサしてる睫毛も全部、全部愛しい涼くん。
 また涙が出そうになるのは幸せだから。このまま、天使と人間ていう関係のままでも幸せじゃないかって思ってしまう自分と、しっかり羽を切ってもらってから涼くんの元に来なければ本当の幸せではないと思ってる頑固な自分。

 ごめんね、こんな事に巻き込んで。僕が君を見つけなければ、好きにならなければ、君は普通の一生を歩めたのにね。初恋の天使は絵画のままで、君は普通に人間と恋をして結婚して、年老いて子供に看取られる一生がきっとあったはずだよね。
 僕みたいな異端な者が君の人生に関わってしまって、ごめんね。
 決断の時よ来ないで、今の時間よ永遠に続けと涼くんの触り心地の良い髪を撫でた。好きだよ。だけど好きになってごめんね。繰り返す気持ち。
 うっすら目を開ける涼くん。

「うぅ……あぁ、おはようルヒエルくん」
「おはよう涼くん」


*


「お世話になりました。すっかり自分の家みたいにくつろいじゃって」
幸福な時間は短く感じる。涼くんと、涼くんのお母さんと過ごした時間。教会まで一緒に走ったり、始めて食べたケーキが美味しくて、涼くんのお母さんが喜んでくれて、僕の頭をよく撫でてくれて。本当にこの家の一員になった気分だった。
「いいのよ。くつろいでくれた方が私達も楽しいから。また来てね、ルヒエル」

「はい、また来たいです。涼くんと美紗子さんと過ごせて楽しかったです」
「涼~、元気な姿見せてくれた上に、いい子連れてきたじゃない。今度はお嫁さんとして連れてきてもお母さんびっくりしないわよ」

 俺を引っ張ったかと思ったら、近くでそんな事を言われた。何言ってんだか。
「あんまり人に執着しないあんたが連れてきたって、そういうことなんでしょ」
「えっ」
 母親ってこえぇな~。そんな事言われるとは思いもしなかったよ。
「あんたの初恋の天使さまそっくりだもんね。……じゃぁ、気をつけてね。ルヒエル、本当にまた来るのよ?」
「はい、ありがとうございました」



 そう母親ににこやかに答えたルヒエルくんだったんだけど、電車に乗ってからはなんだか考えごとをしているかのようで、真面目な顔をしていた。
 俺といるときになかなか見たことのない顔。話しかけて良いのか分からず、スマホの画面を見ながらも、チラチラと横目でルヒエルくんの顔を覗き見ていた。
 真剣な表情はずっと変わらず、ルヒエルくんから話しかけてくることもなかった。
 出会ってからまだそんな長い時間を過ごしたわけではないけれど、胸騒ぎがした。
 もうじき、いつもの生活圏内の駅に着く。


 駅に着いたら解散てわけじゃなくて、うちに寄ってくと思ったんだ。何か、心配事があるなら電車内じゃなくうちでゆっくり訊けば良いと。それなのに。
「涼くん…誘ってくれてありがとう。楽しかった。僕、これから少し用事があるから、しばらく来られないと思うんだ。待ってて……ううん、あまりに来なかったら僕の事を忘れてほしいんだ」


「えっ…」
「涼くんの所へ戻ってくるつもりではいる。でも万が一、万が一だよ?戻って来られなかったら、僕の事をすっかり忘れてほしいんだ…お願い」
「そんな、永遠のお別れみたいなの嫌だよ。せっかく、せっかくお互い同じ気持ちになれたと思えたのに。また今まで通りアパート来てくれたり、また実家に一緒に行ったり…。これからだと思ってたのに………俺の事からかってたの?」

「それはない。涼くんだけをずっと見てきたよ。愛してきたよ。その気持ちは変わらないどころか一緒にいて増してるくらい。僕だって一緒にいたい。その為には今のままじゃダメなんだ」
「ルヒエルくん…」

 緊張と決意が見えた。分からないけれど、下手したら戻ってこられないん何かがあるんだ。
「戻ってきたらさ、涼くんのお母さん…美紗子さんが言ってたみたいにお嫁さんにしてくれる?」
「聞こえてたの?!うっ、そりゃ、もち、もちろんだから!ずっとずっと、あの天使さまが俺の一番だったから!ずっと…」
「その言葉が聞けて良かった。着いたね、じゃぁね涼くん」

「ルヒエル!」

 ルヒエルくんは窓側にいた俺を置いて、席を立ち、走っていった。順番におりる為に並んだ乗客たちが、大きな声をあげた俺の方を見ている。なんで?一緒におりて駅前で別れれば良かったじゃん。何をそんな焦ってるの?こっちまで不安になってくるよ。
 一生の別れにはならないんだよね?ねぇ、ルヒエルくん。万が一って何。俺は待つだけしかできないの?ルヒエルくん、もうちょっと具体的な事教えていってほしかったよ……。


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