【完結】王女様の暇つぶしに私を巻き込まないでください

むとうみつき

文字の大きさ
86 / 135
夏休み

86 ディアナ王女とオリビア様① ※俯瞰視点

しおりを挟む

グンっと、意識を強く引っ張られるような感覚に驚いて、オリビアは顔を上げた。

目の前には同じように驚いた顔のディアナ。

「今のは…」

「シッ!」

ディアナが小さな声でオリビアを制す。

ガタンガタンと、あまり揺れない筈の馬車が大きく揺れて止まる。

その揺れに隣りに座っていた侍女の体が傾いた。
意識を失っているようだ。

馬車の窓はカーテンが閉められていて外の様子は分からないが、争う気配はなく、時折り護衛達の馬が不安気に嘶く声がする。

「賊でしょうか?」

オリビアは小声でディアナに聞いた。
ディアナは外の物音に耳を澄ませていたが、小さく頷いてオリビアを見た。

「そのようですわ。おそらく闇魔法の何かの術で護衛達の意識を失わせたようです」

「魔道具かもしれませんわ」

広範囲に及ぶ闇魔法には大量の魔力が必要だ。
外にいた護衛達を一度に昏倒させたのであれば、とてつもない量の魔力が必要になる。
それ程の魔力を持つ者はそういないだろう。

魔道具なら少しずつ魔力を貯めていき、一気に開放することで同等の効果を得ることが出来る。

「そうですわね。ただ、これ程の効果を出せる魔道具の所有者となると…」

二人の顔が曇る。

ディアナはバレンシア王国の王女であり、レオナルド王太子殿下の婚約者として王妃教育を受けている。
オリビアも三年前まではアーサー第二王子の婚約者として王子妃教育を受けていた。

だからこそ知っているのだ。

人の精神を操る闇魔法は、大陸全体で使用に制限をかけている。
その管理は各国の王家の役割だ。

今現在、悪用されそうな闇魔法を使った魔道具が製造されることはない。
そもそもの製造方法が、各王家によって秘匿されているからだ。

過去に作られた強力な魔道具も国によって収集され、王族しか入れない宝物庫で管理されている。

つまり、強い効果を生む闇魔法の魔道具を使うということは、いずれかの国の王族が関わっている可能性が高いのだ。

「スタンピードの混乱に乗じてディアナ様を人質に取り、何か後ろ暗い交渉を持ち掛けるか、戦争でも起こすつもりでしょうか…でも、メネティスとことを構えて利益のある国があるでしょうか…。もしくはゼオン王子の仕業とか?」

オリビアが最近知ったアズバン王国のゼオン王子の名を出した。

「アズバン王国が狙うならシェリル様でしょう。わたくし達に害をなしても、立場が悪くなるだけですわ」

メネティス王国からしたら、小国群のアズバン王国など小指で潰せるくらいの存在でしかない。
未来のメネティス王妃であり、海を隔てるとはいえバレンシア王国の王女であるディアナを害する理由はないだろう。


「おーい、そっちの御者も縛っておけよ。すぐには起きないだろうけど、追いかけられたら厄介だからな」

馬車の外から聞こえた声に、二人は身を固くする。

「アニキ~、馬車ん中はどうすんだ~」

「それは最後でいいぞ。まず起きたらヤバい奴らからしっかり縛っておくんだ」


馬車に近付いて来た足音が、ズルズルと何かを引き摺りながら離れて行く。

二人は同時に息を吐いた。


「何処の誰が、何の目的でこのようなことをしているのかは分かりませんが、殺すつもりはないようですわね」

ディアナが言うと、オリビアも頷いた。

「それにしても…」

ディアナが続けて言った。

「かなり強い術でしたわ。よく耐えられましたわね」

精神操作系の魔術は魔力量の多さで成功率が変わる。
今回使われた魔力はかなり多く、効果の強いものだった。

その言葉を聞いたオリビアが苦く微笑む。

「これでもハイベルグの娘ですから、ほかの人達に比べたら魔力は多いほうですの。それに…精神操作系の魔術は散々経験しましたから…」

今度はディアナが苦い顔になる。

オリビアは第二王子アーサーの婚約者だった時、シュトレ強硬派の手先に王子妃教育を受けていた。
彼等は、精神操作系の魔術に耐える訓練と称して、まだ幼かったオリビアに洗脳の魔術をかけていたのだ。

自我を潰され心を壊したオリビアが、その呪縛から解かれたのはつい最近のことだ。

「ディアナ様、そんなお顔なさらないでくださいませ。わたくしは大丈夫ですわ。
それよりも、実はわたくし……」


「アニキ~こっちは終わったぜ~」

「おう!こっちももうすぐ終わるぞ。お前は先に馬車ん中の女を縛っといてくれ」


ディアナとオリビアは目を合わせると、咄嗟に気絶したフリをした。


バタンッ

馬車のドアが開く。



「アニキ~」

「どうした」

「女が三人いる~」

「なんだと?」

ザックザックと足音が近付き、馬車の中を覗き込む気配がした。

「この手前の女は違う。縛っとけ」


ガタッ、ズルズル……。

オリビアの隣りで気を失っていた侍女が馬車から降ろされ引き摺って行かれる音がした。


「う~ん」

「アニキ、どっちが目的の女?」

「う~ん」


アニキは迷っているようだ。


「俺が聞いたのは、金髪で」

アニキの声と同時にオリビアは自分に視線が向けられたことが分かった。

「背が小さい女」

続けて言ったアニキの声と同時に、今度はディアナが視線を感じた。
『小さい』の部分に思わずピクリと反応してしまったが、気付かれなかったようだ。


「「う~ん」」


賊は迷っている。


「どっちかな?」

「アニキ~」

「なんだ?」

「とりあえず両方連れて行く?」

「……そうだな。金髪のと小さいのと、両方連れてけば間違いないな!」


アニキはそう言うと、ディアナとオリビアの手首をロープで縛り口に布を巻き、馬車のドアを閉めた。


ガタンッと馬車が動き出す。


ディアナとオリビアは目を開き視線を合わせた。

口に布が巻かれているせいで会話は出来ないが、金髪で背が小さい女と言っていたことで、奴等の狙いがシェリルであったことは二人にも分かった。

シェリルを逆恨みするシュトレ強硬派の残党の可能性と、アズバン王国のようにシェリルの魔法研究を狙った輩の可能性がある。


二人は同時に頷いた。

今騒ぎ立てて逃げ出したところで、慣れない夜道を歩いてマクウェン領まで行くのは難しいだろう。
助けを求めるにしても、人家がある場所も分からない。


二人は拘束されたままゆっくりと体を横たえた。

今は少しでも体力と魔力を温存しておかなくてはならない。

走る馬車の揺れを感じながら、二人はそっと目を閉じた。
しおりを挟む
感想 123

あなたにおすすめの小説

無魔力の令嬢、婚約者に裏切られた瞬間、契約竜が激怒して王宮を吹き飛ばしたんですが……

タマ マコト
ファンタジー
王宮の祝賀会で、無魔力と蔑まれてきた伯爵令嬢エリーナは、王太子アレクシオンから突然「婚約破棄」を宣告される。侍女上がりの聖女セレスが“新たな妃”として選ばれ、貴族たちの嘲笑がエリーナを包む。絶望に胸が沈んだ瞬間、彼女の奥底で眠っていた“竜との契約”が目を覚まし、空から白銀竜アークヴァンが降臨。彼はエリーナの涙に激怒し、王宮を半壊させるほどの力で彼女を守る。王国は震え、エリーナは自分が竜の真の主であるという運命に巻き込まれていく。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

悪役令嬢エリザベート物語

kirara
ファンタジー
私の名前はエリザベート・ノイズ 公爵令嬢である。 前世の名前は横川禮子。大学を卒業して入った企業でOLをしていたが、ある日の帰宅時に赤信号を無視してスクランブル交差点に飛び込んできた大型トラックとぶつかりそうになって。それからどうなったのだろう。気が付いた時には私は別の世界に転生していた。 ここは乙女ゲームの世界だ。そして私は悪役令嬢に生まれかわった。そのことを5歳の誕生パーティーの夜に知るのだった。 父はアフレイド・ノイズ公爵。 ノイズ公爵家の家長であり王国の重鎮。 魔法騎士団の総団長でもある。 母はマーガレット。 隣国アミルダ王国の第2王女。隣国の聖女の娘でもある。 兄の名前はリアム。  前世の記憶にある「乙女ゲーム」の中のエリザベート・ノイズは、王都学園の卒業パーティで、ウィリアム王太子殿下に真実の愛を見つけたと婚約を破棄され、身に覚えのない罪をきせられて国外に追放される。 そして、国境の手前で何者かに事故にみせかけて殺害されてしまうのだ。 王太子と婚約なんてするものか。 国外追放になどなるものか。 乙女ゲームの中では一人ぼっちだったエリザベート。 私は人生をあきらめない。 エリザベート・ノイズの二回目の人生が始まった。 ⭐️第16回 ファンタジー小説大賞参加中です。応援してくれると嬉しいです

白い結婚を言い渡されたお飾り妻ですが、ダンジョン攻略に励んでいます

時岡継美
ファンタジー
 初夜に旦那様から「白い結婚」を言い渡され、お飾り妻としての生活が始まったヴィクトリアのライフワークはなんとダンジョンの攻略だった。  侯爵夫人として最低限の仕事をする傍ら、旦那様にも使用人たちにも内緒でダンジョンのラスボス戦に向けて準備を進めている。  しかし実は旦那様にも何やら秘密があるようで……?  他サイトでは「お飾り妻の趣味はダンジョン攻略です」のタイトルで公開している作品を加筆修正しております。  誤字脱字報告ありがとうございます!

悪役令嬢は大好きな絵を描いていたら大変な事になった件について!

naturalsoft
ファンタジー
『※タイトル変更するかも知れません』 シオン・バーニングハート公爵令嬢は、婚約破棄され辺境へと追放される。 そして失意の中、悲壮感漂う雰囲気で馬車で向かって─ 「うふふ、計画通りですわ♪」 いなかった。 これは悪役令嬢として目覚めた転生少女が無駄に能天気で、好きな絵を描いていたら周囲がとんでもない事になっていったファンタジー(コメディ)小説である! 最初は幼少期から始まります。婚約破棄は後からの話になります。

積みかけアラフォーOL、公爵令嬢に転生したのでやりたいことをやって好きに生きる!

ぽらいと
ファンタジー
アラフォー、バツ2派遣OLが公爵令嬢に転生したので、やりたいことを好きなようにやって過ごす、というほのぼの系の話。 悪役等は一切出てこない、優しい世界のお話です。

異世界の片隅で、穏やかに笑って暮らしたい

木の葉
ファンタジー
『異世界で幸せに』を新たに加筆、修正をしました。 下界に魔力を充満させるために500年ごとに送られる転生者たち。 キャロルはマッド、リオに守られながらも一生懸命に生きていきます。 家族の温かさ、仲間の素晴らしさ、転生者としての苦悩を描いた物語。 隠された謎、迫りくる試練、そして出会う人々との交流が、異世界生活を鮮やかに彩っていきます。 一部、残酷な表現もありますのでR15にしてあります。 ハッピーエンドです。 最終話まで書きあげましたので、順次更新していきます。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

処理中です...