15 / 15
番外編 王妃殿下と暖炉の火
しおりを挟む「これで大団円かしら」
わたくしはそう言って、東の港町からの報告書をテーブルに置いた。
あの浅はかな娘は港町で出会った漁師と結婚したらしい。
最後の最後で自身のおこないを認め反省したあの娘は、身の丈にあった人生を歩み始めたようだ。
わたくしは侍女達を下がらせ本棚に手を伸ばす。
我が子アランも新しい伴侶を得て、失った信頼を少しでも取り戻そうと日々精進している。
子が残せれば誰でもいいとすら思っていたけど、娶った妃は思いがけずしっかり現実を見据え、前に進む力を持っていた。
何より、アランの悪評に耳を傾けるよりも、アラン自身を見て評価をしてくれた。
「捨てる神あれば拾う神ありね」
ローゼリアに捨てられあの妃に拾われたアランは、前向きな妃に引っ張られるように、少しづつ先に進むようになった。
本棚の一角。
比較的簡素な装飾の背表紙を押すと、下からカタンと音がして、本棚の下部にある隠し棚の扉が微かに開いた。
中にはくたびれたノートが一冊。
アランとローゼリアが婚約した頃から、思い出しては書き、見返してきた。
この国を舞台にした乙女ゲームについて書かれたノート。
そう。
わたくしは転生者だ。
隣国で王女として生まれ育ち、この国に輿入れして、無事アランを出産し、愛しい我が子と政略結婚ながら優しい夫に囲まれて順風満帆だった。
アランの教育には力を入れた。
次期国王になる者として良き為政者にする為、細心の注意を払い教育を施した。
おかげでアランは、真摯に物事に取り組む勤勉で賢い子になってくれた。
アランの婚約者には、将来国王となった時後ろ盾としてアランを支えてもらう為、国内随一の権力と最大派閥を要するバレット公爵家の娘を迎える事になった。
そして…
「ローゼリア・バレットでございます」
まだ幼い少女を見てわたくしは思い出した。
鮮やかな赤い髪と紫の瞳。
悪役令嬢、ローゼリア・バレット!
ここは、わたくしが前世で唯一やった事がある乙女ゲームの世界だったのだ。
そのゲームをやり終えたわたくしの感想は、悪役令嬢可哀想、だった。
幼い頃からの婚約者を奪われた上、断罪されて処刑された悪役令嬢ローゼリア。
ゲームはヒロインの為にある。
だから仕方ない事なんだろうけど、何となく納得いかなかった。
そんな、可哀想に思った悪役令嬢のローゼリアが、まだ幼い姿でわたくしに挨拶して来たのだ。
ローゼリアは、公爵家の令嬢らしく、お行儀のいい美しい少女だった。
少し我儘な所もあるけど、素直で人の話しを良く聞く事の出来る子だった。
変化が現れたのは我が子アランと婚約してしばらくした頃。
ローゼリアがアランに執着し始めたのだ。
調べると仲の良かった兄が留学し、親しんでいた辺境伯の弟も領地へ帰り、元々忙しい公爵夫妻とは王妃教育のせいですれ違っていた。
寂しさから婚約者であるアランに入れ込んでしまっているのだろう。
わたくしは考えた。
この世界が乙女ゲームの世界だとしても、ここで生きる者達にとっては紛れも無い現実だ。
ローゼリアはこのままだとゲーム通りの悪役令嬢になるだろう。
どんなに苛烈な悪女であっても彼女がバレット公爵家の娘である事に変わりはない。
王太子であるアランが自身の不貞を棚に上げ、ローゼリアを断罪し処刑するという事は、バレット公爵家を敵に回すという事だ。
わたくしは戦慄した。
生まれた時から大切に大切に育ててきた愛しいアラン。
国内随一の権力を誇るバレット公爵家を敵に回して、国を治めて行くのは並大抵の事ではないだろう。
ヒロインがどんなに素晴らしい女性だとしても、わたくしの可愛いアランが苦境に立たされるのは我慢ならない。
乙女ゲームのシナリオ通りに事を進めさせてはいけない!
わたくしは愛しいアランを守る為、忘れかけていた前世の記憶を振り絞り、たった一度遊んだゲームの内容を思い出してはノートに書いていった。
同時にローゼリアの教育を大幅に改変させた。
ローゼリアを悪役令嬢にしないように、アランに相応しい聡明な女性になるように教育を施した。
教師達には勉強を教えるだけではなく、ローゼリアとの関係性を築く事を重視してもらい、家族と会えない時間も穏やかに楽しく過ごせるよう配慮した。
公爵夫妻にもなるべくローゼリアとの時間を作ってもらうよう頼み、わたくし自身もローゼリアの教育に携わり共に過ごす時間を作った。
元々素直で人の話しを聞く事の出来たローゼリアは、落ち着きを取り戻し、勉強に励み、学園入学前には、賢く聡明で王妃となるに相応しい完璧な淑女になっていた。
アランとの関係も順調で、真摯なアランと聡明なローゼリアが治める我が国の未来は、明るいものになるだろうと誰もが期待を持っていた。
「乙女ゲーム通りにはならなかったけれど、わたくしが思い描いていたようにもならなかったわ」
愛しい我が子と手塩にかけて育てたローゼリア。
何事もなく二人が結婚し、強力な後ろ盾の元安定した治世を行なえるようにしたかったのに。
「まあ、ローゼリアのおかげでバレット公爵も譲歩して後ろ盾に立ってくれる事になったし、あとはアランと妃で頑張って貰うしかないわね」
バレット公爵は譲歩の条件として自らの引退を引き合いに出して来た。
孫と遊ぶ時間が欲しいのだそうだ。
有能な宰相を失う事になる夫が抵抗していたけど、可愛い息子の将来の為に泣いて貰った。
「ローゼリアもターナー辺境伯と楽しく過ごしているようだし、なんだかんだ全て丸く収まってくれたわね」
わたくしは手に持ったくたびれたノートを開き、一枚づつ切り取って暖炉の火にくべる。
燃え上がる炎はあの子の髪色を思い起こさせる。
乙女ゲームはもうお終い。
可哀想な悪役令嬢はどこにもいない。
みんなそれぞれ苦難はあっても乗り越えながら幸せを掴もうとしている。
最後の一ページを火の中に落とし、燃え尽きるのを見守りながら、わたくしはあの子達の、この国の、この世界の人々の幸せを願う。
わたくしの願いに応えるように、暖炉の火がチラチラと瞬いた。
302
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(46件)
あなたにおすすめの小説
遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。
すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。
だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。
イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。
変わり果てた現実を前に、
夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。
深い後悔と悲しみに苛まれながら、
失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。
しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。
贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。
そして、母の心を知っていく子供たち。
イネスが求める愛とは、
そして、幸せとは――。
魅了が解けた貴男から私へ
砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。
彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。
そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。
しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。
男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。
元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。
しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。
三話完結です。
【完結】愛されない令嬢は全てを諦めた
ツカノ
恋愛
繰り返し夢を見る。それは男爵令嬢と真実の愛を見つけた婚約者に婚約破棄された挙げ句に処刑される夢。
夢を見る度に、婚約者との顔合わせの当日に巻き戻ってしまう。
令嬢が諦めの境地に至った時、いつもとは違う展開になったのだった。
三話完結予定。
弁えすぎた令嬢
ねこまんまときみどりのことり
ファンタジー
元公爵令嬢のコロネ・ワッサンモフは、今は市井の食堂の2階に住む平民暮らしをしている。彼女が父親を亡くしてからの爵位は、叔父(父親の弟)が管理してくれていた。
彼女には亡き父親の決めた婚約者がいたのだが、叔父の娘が彼を好きだと言う。
彼女は思った。
(今の公爵は叔父なのだから、その娘がこの家を継ぐ方が良いのではないか)と。
今後は彼らの世話にならず、一人で生きていくことにしよう。そんな気持ちで家を出たコロネだった。
小説家になろうさん、カクヨムさんにも載せています。
【完結】私が誰だか、分かってますか?
美麗
恋愛
アスターテ皇国
時の皇太子は、皇太子妃とその侍女を妾妃とし他の妃を娶ることはなかった
出産時の出血により一時病床にあったもののゆっくり回復した。
皇太子は皇帝となり、皇太子妃は皇后となった。
そして、皇后との間に産まれた男児を皇太子とした。
以降の子は妾妃との娘のみであった。
表向きは皇帝と皇后の仲は睦まじく、皇后は妾妃を受け入れていた。
ただ、皇帝と皇后より、皇后と妾妃の仲はより睦まじくあったとの話もあるようだ。
残念ながら、この妾妃は産まれも育ちも定かではなかった。
また、後ろ盾も何もないために何故皇后の侍女となったかも不明であった。
そして、この妾妃の娘マリアーナははたしてどのような娘なのか…
17話完結予定です。
完結まで書き終わっております。
よろしくお願いいたします。
「お幸せに」と微笑んだ悪役令嬢は、二度と戻らなかった。
パリパリかぷちーの
恋愛
王太子から婚約破棄を告げられたその日、
クラリーチェ=ヴァレンティナは微笑んでこう言った。
「どうか、お幸せに」──そして姿を消した。
完璧すぎる令嬢。誰にも本心を明かさなかった彼女が、
“何も持たずに”去ったその先にあったものとは。
これは誰かのために生きることをやめ、
「私自身の幸せ」を選びなおした、
ひとりの元・悪役令嬢の再生と静かな愛の物語。
婚約破棄された人たらし悪役令嬢ですが、 最強で過保護な兄たちと義姉に溺愛されています
由香
ファンタジー
婚約破棄のその日、
悪役令嬢リリアーナは――弁明すら、しなかった。
王太子と“聖女”に断罪され、すべてを失った彼女。
だがその裏で、王国最強と名高い三人の兄と、
冷静沈着な義姉が、静かに動き始めていた。
再検証によって暴かれる“聖女の嘘”。
広場で語られる真実。
そして、無自覚に人を惹きつけてしまう
リリアーナの優しさが、次々と味方を増やしていく――。
これは、
悪役令嬢として断罪された少女が、
「誰かの物語の脇役」ではなく、
自分自身の人生を取り戻す物語。
過保護すぎる兄たちと義姉に溺愛されながら、
彼女は静かに、そして確実に幸せへ向かっていく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
面白かったー
sarumaro様
感想ありがとうございます😊
お返事が遅くなってしまい、申し訳ありませんでした🙇♂️
楽しんで頂けて良かったです✨
ストーリーがすっきりと纏まっていて、とても読みやすかったです。
おかしな寄り道や、ダラダラとした間合いもなく登場キャラクターも絞られていて、考えられてるなと感じました。
ただ、貴族社会の在り方としては、少し不自然さが気になりました。
大半の貴族に支持されないうえに、王太子妃が隣国から嫁いできた王妃(母)と同じ。
王国としては御輿として一番血統を重んじなければならない次期国王はハーフで世継ぎはクオーター。王の血は1/4まで薄まってしまう。
なんなら隣国の血の方が遥かに濃い。
自国の貴族より隣国の血が濃い王なんて、普通ならありえないかな、と。
中世ヨーロッパなんて、少しでも血を継いでれば継承権争いに名乗り出るくらいです。
せめて別の国にするか、頭下げて王家から降嫁したり臣下となった親戚筋から嫁を取るべきでした。
それとも、ずっと長らく王家には1人しか子が産まれなかったからいないとか?
アランの代で貴族は離れて、その子は隣国の血が濃い。
王として戴くには、よほど王家の直系に近い所から伴侶を持ってこないと別の王朝が建つ…というのも選択肢になりそうと、想像が膨らみました。
王妃の考え甘いよ…普通に見たら隣国からの乗っ取りだからね?
大局を見ずに娘を出さなかった、自国の高位貴族も悪いのだけど。
shyobu様
感想ありがとうございます😊
隣国の血が〜というのは、実はあまり良く考えていなかったので、感想を読んで目から鱗が落ちました。
確かに、仰る通りですね。
この国、乗っ取られちゃうんでしょうか……。
私の想像も膨らんでしまいました。
今後の作品作りの参考にさせて頂きたいと思います。
本当にありがとうございました✨✨✨
はじめまして、楽しく読ませていただきました。
最後まで読んで、ため息が出ました。
はぅわわ~~王妃様男前❗
どん詰まりな未来に風穴を開けちゃう力業の一喝⁉️
惚れ惚れしますね‼️新しい皇太子妃も義理母に似てる。しかも可愛い❗と来て、この国の未来も明るいと推察します。
悪役令嬢もヒロインも周り中引っくるめて幸せに向かっていくのですね。離れてしまった側近も辺境で幸せを掴んでいそうで勝手にホッコリしました。
niboshi様
感想ありがとうございます😊
楽しんでもらえて良かったです✨
みんなが幸せに暮らしていけるように、しっかり者のお妃様には頑張って欲しいと思っています。
あと王太子殿下はマジで頑張れと思っています。
側近のことまで気にかけて頂いてありがとうございました✨✨✨