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群青の泣き所~本編~
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早めに仕事が片付いた。あのアパートに行こう。メッセージSNSに向かっている旨を打ち込むと歩き出す。たまには土産でも。彼の好きな甘いものなど何か。合鍵を開けて革靴を脱ぎ廊下を進むと、ビビットピンクのエプロンの背中が見える。
「河野さん!ごめんなさいまだご飯出来てないっす。」
彼が振り返ると肩まである赤の髪が揺れる。私はその様が好きだ。
「今日は中華丼っす。この前のとは違うのっすよ。」
そう言い得意げに笑う彼の特技はレトルトパウチを温めることだ。熱くもなくぬるくもない作品はなかなか馬鹿にできない。
「楽しみにしてますよ。」
「とりあえずお茶淹れますから!」
「今日のお昼は何を食べましたか?」
そう聞くと、彼の顔が少し曇る。
「朝は菓子パン半分。昼は食えませんでした…でも河野さんと一緒だから夕飯はいっぱい食いますよ!」
中華丼を大きなスプーンでがつがつ食べてみせる彼を見て笑みを浮かべると、彼もにっと笑みを返してくれる。しかし、再び表情に曇りがみられ、急に泣きそうな顔になる。
「怖いんす…家にいて、突然あの時の事が蘇ってきて、それから、ちっちゃい音も気になってきて…ねえ、河野さん。河野さんは、俺の味方ですよね…?俺のこと、変な目で見てたりしてないっすよね?」
引きつった青い顔ですがりついてくる。その様に、私はいつものように微笑み、大丈夫、大丈夫と彼をなだめた。本来触れるべきではない肩に手を置き、どす黒い欲を胸の奥に仕舞いこむ。
華奢な体を抱きしめると、彼の甘い香りが鼻腔を刺激する。このまま硬い床に押し倒して行為に及んだら、彼はどんな顔をするだろう。暴れたら両腕を縛りあげよう。悲鳴をあげる口元にはガムテープで轡を。信頼していた男に裏切られ瞳からは清い涙が溢れて止まらないだろう。その目が見たい。その目に、私を焼き付け、彼に新しいトラウマを。
「河野さん…一人にしないでください……ごめんなさい、ごめんなさい……」
×××
彼――名前は仁読 文。十九歳。アマチュアバンドのキーボードを担当していたが一年前、メンバー全員から性的暴行を受ける。そのショックから外出することが出来ず、買い物はほぼ私が請け負っている。私の素性は省くが、一介の会社員とだけ記載しておく。
×××
「おかえりなさい!今日は牛丼っすよ。」
上機嫌な彼に迎えられ、いつものように席に着く。
「今日は何をしていましたか?」
「いつもと変わらないっすよ。遅く起きたから朝飯は食ってないで、昼食ってゲームして、ぼーっとしてたら一日が終わって…」
「集中して何かに取り組むことは良い事ですよ。なんでもね。」
「そっすか?へへ。」
褒められると嬉しいのか文くんが笑う。うっかりくびり殺したくなるほど細い首から胸へと視線をずらすと、 ゆったりしたTシャツとの隙間に、赤い跡が見えた。
「それ。胸の跡、どうしたんですか。」
「ああ…これ。あいつらにつけられた痕が消えなくて。ずっと擦ってたら酷くなってきて。」
「…そうですか。」
笑顔を崩さず言う彼。一年経ったのだ。そんなものはとうの昔に消えている。しかし彼の目には未だ見えているのだ。信頼していた友達に負わされた傷が。
「昨日までなかったのに。ねえ。どうしよう。」
「大丈夫です。必ず大丈夫。私が保証しますよ。ね。」
今日は早めに寝ましょうね、とたしなめると、少し落ち着いたようで、握った手を握り返してくる。
「俺、外に出るのが怖い。どうしよう。河野さんがいないと生きていけないかも。」
いたずらっぽく薄く笑う顔は少し小悪魔的にも見えた。
×××
いつもと同じ夕方。いつもと同じ帰宅路。しかし部屋の様子はいつもと違っていた。
電気が付いていない。声をかけてもしんとした室内に胸騒ぎがして足早に室内へと足を進めると、私にちょうど背を向ける形で部屋の隅の壁に彼がもたれていた。
「文くん。」
もう一度呼びかけると、緩慢な動きで彼が振り返る。
「河野さん…」
「もう夕方ですよ。何か食べたいものは――」
するりと彼の細い腕が首元をすり抜け、体重を預けるように抱きつかれる。思わず彼ごと後方に倒れこんでしまった。
「会いたかったっす。」
「どうしました?随分熱烈な歓迎ですね。」
しばらく彼の好きなように抱かれてみるが、行動はコントロール出来ても、自身が立ち上がらないか内心ヒヤヒヤした。
「なかなか来ないから、もう来てくれないのかなって…」
彼の香りと体温が近く、気を取られて反応が遅れた。突然口付けられる。薄く舌が侵入してきた所で強く引き剥がす。
「河野さんと、キスしちゃった…」
へらへらと笑う吐息でようやく気がついた。酒くさい。
「未成年が飲酒してはいけませんよ。どこに隠してたんですか?」
「へへ。洋服かけの裏。」
「悪い子ですね。」
「だったらどうする?ひひ、お仕置きする??」
「しません。」
立ち上がろうとするが、しがみつかれると案外重く、仕方なく断念する。
「かわのさん…かわのさん…」
「文くん。落ち着きなさい。」
引き剥がそうとするが、猫のように柔らかく抵抗される。再び体勢を崩され、柔らかな唇を押し当てられ、他愛なく侵入を許した濡れた舌が艶めかしく口内をかき回す
「…ん…む……ぷは、きもちい……?おれの、からだ……もっと、触って…」
さらりと赤く長い髪が落ちてきた。接吻で息が乱れて、抵抗しようと押した胸が想像以上に薄くて、何かを渇望するような声が、鼓膜を震わし、脳を直接揺らした。
汗ばんだ白いシャツを引き寄せ赤い髪ごと首筋を噛むと、ずっと欲っしていた甘い声がそこにあった。香りと裏腹に苦味のあるコンディショナーの味が舌に広がる。
「うあっ……あっ…」
ふと、このまま頸動脈を噛みちぎれば彼は永遠に私のものになると思った。
頭の中では警報が鳴り響いていた。
一線を越えることは無かった。ちょうどよく宅急便の訪れを告げるベルが鳴り、調子を狂わされた文くんが離れたからだ。
「これ以上するなら部屋を出ますからね。」
自分で言っておきながら、この空間で一番続きをしたいのは私だった。たまらず飛び込んだトイレの個室でびっしりと汗をかきながら、短い口付けだけでガチガチに勃起したそれが気付かれなかった事に酷く安堵した。
×××
あれから彼への醜い欲望は増す一方で、自慰だけでは発散出来なくなっていった。彼を抱きたい。思うがままに。壊すほどに。何度も何度も夢の中で抱いては時に青年のように夢精した。河野さん。河野さん。と、熱のこもった幻聴が頭から離れなくなった。
『三週間程、仕事が忙しくなるので部屋に行けなくなります。食べ物は足りなくなりそうならいつもの通販で買って下さい。会える日を楽しみにしています。』
逆に考えた。彼を抱けないのならば、代わりを用意すればいい。なんてことはない。もはや、彼以外などどうでもよくなっていた。屈服させる為の材料が揃えば人の良い男を演じて近づき、折を見て自分の家に連れ込み睡眠薬で眠らせた後、縄で自由を奪い、強い興奮剤で無理矢理に快楽を与えた。手始めに取引先の若い男。なんて事はない。なんて事はないんだ。
×××
「河野さんは好きな人はいますか。俺にはいます。まあ片思いなんですけどね。」
そろそろかと自室で酒を飲ませていると、取引先の男が急に語り出した。
「かわいくて、かわいくて…俺だけ見ててほしい。そういう人です。」
「…そういう人は、いませんが。貴方のその話には興味があります。」
「えー聞きたいんですか??ちょっとその前に手洗い貸してください。」
「あっちの突き当たりにありますよ。」
男が花摘みに行く隙に飲んでいたグラスに睡眠薬を溶かす。その後は前記の通りだ。事は簡単に進んだ。
「嫌だ…やだ…!やめろ!寄るな!!」
腕と脚をガムテープで縛られた状態でも男はよく喚いた。
こんな事してただで済むと思うか、とか。
会社に話してやるぞ、とか。
とにかくよく喋った。あまりにうるさくて口にもガムテープを貼った。段々ぐずぐずになってきて、ガムテープを剥がすと彼のあの声には及ばないが、なかなかいい声で鳴き締めつけてきた。最後は涙を流しながら自ら腰を振っていた。
「貴方はよく知りもしない男に、無理矢理抱かれたんですよ。ほら、こんなに痕が…しばらく女性は抱けませんね。貴方の好きな方もこんなに情け無い男は願い下げでしょう。」
心を折るのは簡単だった。
×××
『河野さん。この前の事を謝らせて下さい。本当にごめんなさい。俺が変なことしたから会ってくれないですか?違うなら、どうして電話にも出てくれないんですか?』
『違いますよ。仕事が夜も忙しくて、なかなかスマホを見る暇がないだけです。それと、私は気にしてません。君は何も心配しないでいいんですよ。また会える日を楽しみにしてます。』
またはぐらかされてしまった。もうどうしたらいいのかわからない。河野さんは三週間と言ったけれど、三週間経ったら本当に会えるのかな。
彼の置いて行ったワイシャツを、いけないと思いつつ引き出しから出す。洗ったものだが彼の優しい匂いがした。
「…河野さん…会いたいよ……」
すっと吸い込むと、まるで彼に包まれているような感覚がした。三週間後にきっと会える。そう思って我慢する事にした。
×××
約束の三週間が経った。
仕事が長引き遅くなってしまった。アパートの前に立ち、自分を奮い立たせる。もう大丈夫。いつものように優しい男を演じればいいだけだ。合鍵を刺し、ゆっくり回すとカチャリと解錠の音がやたら大きく聞こえた。
「…文くん。」
入り口から呼びかけた。しかし返事がない。
「文くん?」
胸騒ぎがして部屋の奥へと小走りで向かうと、ベッドの上に彼の姿はあった。なんだ、寝ているだけかと胸をなでおろす。
赤い特徴的な髪色が目立つが、顔立ちはまだまだ幼い。決して整った顔ではないが、彼のニキビの目立つ頬も、低い鼻も、薄い唇も、愛嬌があって良い。受験で上京しそのまま東京に就職した私を田舎から追ってきた時は驚いたが、音楽に目覚めたらしく弦楽器を持ち、ライブハウスで演奏している姿を見て私も嬉しかった。
見つめていたら、早く彼の笑顔が見たくなって、鞄とお土産の菓子を床に置き、もう一度目を向けると、彼の握っている白い布に見覚えがある事に気がついた。
私のワイシャツだ。
どうしてこんな所に、と引くと赤子のように掴んで離さない。それどころかシャツに顔を埋めだす。
「にいちゃん…」
心臓が跳ねた。田舎にいた時の呼び方だ。
「に…ちゃ、ん……」
気がつくとベッドに上がり彼に覆いかぶさるような体勢になっていた。一体何をする気だと自分に自分で問いかける。答えは返らなかった。
ちょうど寝返りをうった時、彼の赤い頬を両手で挟み、ゆっくりと口付けた。初めは触れるだけ。次に薄く開いた隙間から舌を差し込むと、苦しくなったのか彼が少し唸る。一瞬離れ、舌を絡めようとした時、彼の瞼が開いた。
「…ん…かわの、さん…?来て、くれたんですか。」
寝ぼけ眼が鮮明になる。目があった。ふわりと笑う彼だが、何か異変を感じたのか視線が下に移動する。
「え、何で……勃っ」
最後まで言う前に再び口を塞ぎ舌を押し込み言葉を奪う。手首を強くベッドに縫い付けると、それでもバタバタ暴れ抵抗を見せる。
「ん!んぅ…!や、なに……」
ろくに飯を食べていない細い体…対して働き盛りの成人。押さえつけるのはさほど難しくはなかった。体を返しネクタイで腕を上げた形で拘束する。
「なにするんですか…?これ外して…」
恐怖を孕んだか細い声。もう限界だった。耳元に顔を寄せ囁く。
「文くん。私が今から君にする事を、決して許さないでください。」
「離して……やだ…やだよ…」
見なくてもわかる。泣いている。
背後から抱きしめるようにすると、かわいそうに震えている。スウェットの中に手を入れ、彼のそれに優しく刺激を与えると、瞬間的に甘い悲鳴があがる。首筋に顔を埋めると彼の甘い匂いを強く感じた。声を聞かれたくないのか、抑えた悲鳴が更に劣情を煽った。
「あっ、あ…やらッ…そこ、だめぇ……」
耳の裏に吸い付きそのままゆるく噛み付き彼のそれに継続的に刺激を与える。体勢的に自分のものを押し当てる形になる。
「あ、あ、ああ……や、……出、る…」
ろくに処理していなかったのだろう。トロトロとした白濁が大量に放出された。荒い息を吐き息を整えている彼を休ませる事なく今度はTシャツに手を入れ腹や突起を弄る。
「あうッ…まっ、だめぇ…!」
向き直った顔は既に涙でぐしゃぐしゃだった。
「なんで…なんで……?」
その問いに答える事なく、白いシャツを破り、拘束されたままならない手で必死に抵抗してくる体を、貪った。
うたた寝をしていた。目を開くと河野さんがいて、ああ帰ってきてくれたんだと自然と笑顔が溢れた。でも、何か変で、苦しそうな顔をしていて、視線を下げたら勃っていた。
いっぱいキスされて、力が抜けて、手を縛られて、イかされて…なんで、こんな事になってるんだろう。
あいつらと同じだ。河野さんも。俺の事いやらしい目で見てたんだ。
でも、ぜんぜん楽しそうじゃなかった。ずっと苦しそうで。あいつらみたいに痛くしてこないし、後ろも使わなかった。
許さないでってどう言う事?俺、バカだから、河野さんがなに考えてるか、わからない…俺、どうしたらいい?
ドロドロとした白濁で彼の腹を汚した。子供のように泣きじゃくる彼に顔を寄せると、怖いのか瞳を閉じ顔を背けられた。無理矢理にこちらを向かせ、食むように口付けると、ん、ん、と声を漏らし内腿を擦り付けてくる。気持ちいいのだろうか。いや、違う。精一杯の抵抗だろう。
少しでも気持ちよくなってほしい。
自分がしている事との矛盾を知りながらも、そう思うのはエゴだろうか。互いに恐怖から無言だった。
殴られる覚悟で拘束を解いたがすっかり放心状態のようで、他人事のように心が痛んだ。
「他の人とも、こういう事するんですか?」
ポツリと、ベッドに横たわる彼が聞いてきた。嘘は吐きたくなかった。
「はい。」
「俺のこと、ずっとえっちな目で見てたんですか?」
「はい。」
「俺と、えっちな事したくて面倒見てたんですか。」
「それは違…」
「信じられないっすよ。こんな、俺…信じてたのに……」
顔を覆い再びしゃくり上げる彼に背を向け身支度を整える。
「安心して下さい。もう、この部屋には来ませんから。君の前には現れません。」
「俺はもう用済みって事すか。はは…」
「最後にお願いをしてもいいですか。」
「嫌です。」
「幸せになって下さい。君は――」
「嫌だって、言ってるじゃないすか……」
いつのまにか背後に来ていた彼が抱きついてくる。
「河野さん…俺、河野さんのこと、好きだよ。行かないで…」
「じゃあ私と、セックス出来ますか?次は優しく出来ませんよ。」
振り返ってみれば、ブルブル震え瞳に涙を浮かべている。
「セックス、していいなら、一緒にいてくれるの…?いいよ。俺…」
「君の好きと、私の好きは違うものです。わかるでしょう?それでいいんです。」
「違くない…できるよ。」
肩に触れようとすると、びくりと後退された。
「あ……違…違うから…」
「…怖い思いをさせて、本当にすみませんでした。さようなら。文くん。」
「かわ…」
振り切るようにドアを閉めた。後悔、憎悪、万謝、押し寄せる思考を停止しようと努力しながら歩を進めた。年甲斐もなく涙が出てきた。
×××
あれだけ見栄を切っておきながら重要な書類を忘れてきてしまった。。休暇を挟んだ為に数日空いたが、取りに行かない訳にもいかず、再びあのアパートに訪れた。
「…文くん。」
呼びかけても返事はない。仕方がないから声を出しながら部屋の奥へと向かうが、ワンルームのどこにも彼の姿はない。彼は自分から部屋を出ない。出れないはずだ。手当たり次第に人の入れそうなところを探すも、どこにも見当たらない。嫌な予感がした。
部屋を飛び出し隣人に尋ねるも片方は不在、もう片方も知らないと乱暴に戸を閉められる。スーパーマーケットにも、食品通販の支社にもどこにもいない。心当たりを全て回り、だいぶ暗くなってきた。途方にくれてアパートに戻ろうと少し離れた公園の横を通った時、複数の若者の声が聞こえ何とは無しに視線をやる。見れば古い小屋の入り口で若者が二人屯している。ああ、そんな事より、早く彼を探さなくては。
「ほら、後ろばっか気持ちよくなってないで俺のも頼むよ。」
ベースが、汚くて埃っぽい体育マットに仰向けに寝転ぶ俺の髪を掴み口に自分のそれを突っ込んでくる。この前歯を立てたらめちゃくちゃに殴られた後痛くされたから気をつけよう、なんて考える頭はもうとっくになくなっていた。
何時間経っただろう。いや、日を跨いだかもしれない。それほど長くされている。頭の近くにいるのがベースで右乳首に擦り付けているのはギターの男。左手を使っているのは知らない奴。右手も知らない奴。後ろの穴をしているのがボーカルだ。あれ。違ったかな。頭がぽわぽわしててよくわからない。他にもたくさんの男が俺たちを囲みながらニヤニヤ笑い、大多数は待ちきれなさそうに下半身を露出しシゴいている。右手を使っている男が「汚ねえ汁がかかるだろ」と真後ろの男に怒りをあらわにしている。
どうしてこうなってしまったのだろうか。昼過ぎに河野さんの会社に行ってみようと外出したら奴らに捕まってしまって……
悲しさも悔しさも何もない。無。ああ、早く終わって欲しい。
と、突然外が騒がしくなる。周りを囲んでいた男たちがざわつく。勢いよくドアが開き、寝ている俺には見えないが何か乱闘騒ぎがおきているようで、ドタドタとうるさい。それを静観していた周りの男全員もそちらへ参加したようで一人取り残される。
「なんだこいつ」「強いぞ」「囲め、人数で押さえろ」など怒号に近い声がする。しばらくすると、ぎゃっという悲鳴を最後に辺りがしんとした。
カツカツという靴音と何か引きずる音が近づいてくる。また酷いことをされるのだろう。もうあの人も部屋に来ないし。誰も、もう俺に希望をくれない。
「文くん!」
それは懐かしい声だった。
「…嘘だ。」
自分の目を疑った。歪んだ鉄パイプを引きずり所々血が滲んだワイシャツを見にまとった姿は、紛れもなくずっと会いたかった人だった。
「かわのさん…」
棒を捨て走り寄ってきた彼に勢いよく抱かれ、それが幻覚でなかったことを知る。しばらく無言で抱きしめられた後、河野さんが一言「よかった」と呟いた。
「生きててくれてよかった。」
警察には匿名で、公園内の倉庫に人が倒れていると連絡した。正直彼を被害者として矢面に出したくなかった。
何か薬を打たれたようで彼の意識はどこか朧げだった。とにかく大量に出されたものを風呂場で掻き出さなくてはと今に至る。
「私がわかりますか?お尻、こっち向けて少しずつ息んでください…」
緩慢な動きで指示に従う彼の痛々しい事。二、三本楽に指が入る。
「あっ…んぅッ………ふ、ぅん…」
「すみません。もう少しですよ……」
「かわ、の、さん…かわの、さん…」
ゆっくりと腰が揺れている。
「ご、めんなさ……いッ…ごめ…」
トロトロと透明な先走りが垂れているのを視界に入れないようにしながら作業を続けていると、突然アナルがぎゅっと締まり、引き込まれるような感覚がした。
イッたのか。私の指で。
それを脳が悟った瞬間、急に我慢が効かなくなった。無理矢理にこちらを向かせると口付ける。舌を絡ませ本能のまま粘膜を犯した後、ゆっくりと唾液を流し込む。
「ん!んぅ…ぇ…ぷ、ぁ……」
ワイシャツの肩口を強く掴まれる。薬と絶頂で相当体が敏感になっているようだ。喉が上下し、私のものを飲み下した。私の体液が彼の中に入ったのだ。ゾクゾクした征服感。しかし彼が震えている事に気がつき一気に正気に戻る。
「…失礼。まだ残ってますね。続きをしますよ。」
「続き…しないんですか?」
彼の言う『続き』が何かはわかったが、あえて無視する。
「もう少しですよ。残ってると腹を下しますからね。」
「ねえ。あいつらにされてる時ね、これ、してるの、かわのさんだったらって、考えたら、急に、気持ちよくなって、きて…」
「文くん、やめなさい。」
「自分で腰振って、ち◯こしゃぶって…でも、ちがう。から、やっぱり怖かった。俺やっぱり、かわのさんとなら―――」
「やめなさい…」
背後から覆いかぶさるように体を密着させる。屹立したそれを双丘の割れ目に押し当てると、ようやく言葉が止まってくれた。
「それ以上言ったら、もう逃がしてあげられなくなる………」
「いいよ。」
「え?」
「いいから。もっと、深いとこ、ほしい…」
完全に何かが切れた音がした。
狭い風呂場で彼の頭をぶつけないように細心の注意を払いながら、しかし衝動は抑え切れなくて、がつがつと飢餓状態の猿のように彼の体を貪った。
「うあっあ、かぁの、さ…ひ、激しッ…んぅ…」
熱い呼吸も声も全て飲み込むように口付ける。こんなに気持ちが良い性行為は初めてだった。トロトロと透明な液体を垂らしているそれを握り刺激すると程なく射精した。
「あうあッッ…か、ぁのさ…かあ、のさ、ん…」
「篤人と、呼んで下さい…」
「あ。あつひと、さん…の、すご……いっぱい奥までとどく…さっき、と、ぜんぜんちがう…」
「私としてるときに他の男の話をしないで下さい。」
ずん、と一気に奥まで行くと袖口を控えめに掴んでいた手に力がこもる。
「あうっ、ごめ、なひゃ……」
「…ちゃんと気持ちいいですか?私はこういう時、自分の事しか考えられません。今君を征服したくて、仕方がない。」
すると彼がへらと笑って答える。
「きもちい…もっと、してほしいっす…」
きゅっと抱きついてきた細い体を強く抱き返した。
ベッドは相変わらず彼の香りが濃く、彼のテリトリーで彼としてることに酷く興奮した。
「キス…したい…」
求めれば求めるほど返ってくる愛情にむせ返りそうだった。繋がったところを全部キュンキュン締めてくる体が他人に蹂躙された事が憎らしくて上書きするように次々と犯した。
「あっ、は、あああ……」
とろとろに蕩けた顔を、言葉にならない声を、この快楽に忠実な体を、自分のものにするべく、獣がするマーキングのように手当たり次第に吸い付き跡を付けた。しかし考えれば数時間ぶっ続けで陵辱されていた体だ。流石に今日はもう無理だろうとペニスを抜こうとすると、体中でしがみついてくる。
「まって、もうちょっとだけ…繋がってたい…です…」
既に限界を超えているだろうに、息も絶え絶えにそんな事を言う。
「おれ…じゃ、にいちゃん、満足、できないかも、しれない。もっと、がんばるからッ…気絶するくらい、何にもわかんなくなるくらい、して…いいから…いっぱい、なか出して、いいから…」
ぽろぽろ涙が溢れてくる。
「もう、いなくならないで……他の人のとこ、いかないで………」
小さな子供のようにしゃくり上げ出す彼を見て、つくづく私は大馬鹿者だと思った。最愛の人をこんなに悲しませてしまった。彼の長い前髪をあげ、額に口付ける。
「大丈夫ですよ。もう、どこにもいきません。」
濡れた事で輝きを増した瞳が大きく見開かれる。雫を舐めとり口付けようとすると、「鼻水出てるから」とむずがる。
「そんなの気になりませんよ。君が思ってるより私は君に惚れてますから。」
「…俺のこと、すき?」
「はい。愛してますよ。」
すると、「やったあ」と彼がふわっと笑う。
「昨日ね、にいちゃんのシャツでオナった…ちゃんとできたよ。にいちゃんに触ってもらってるみたいで気持ちよかった…俺…にいちゃんともっとしたい。」
無邪気に笑う彼を見て、少しだけ心が痛んだ。愛してる、だなんて言葉で、私の想いは表せない。もっと色が悪くて濁っていて…きっと血に塗れたものだ。
「この部屋はね。鳥籠です。」
突然出た言葉に、彼がよくわからないといった顔をする。
「心を病んだ君を……一人では外に出られない君を閉じ込めて、私にだけ微笑ませるようにする為の鳥籠です。私は、君が思っているような優しい男ではありませんよ。」
今更幻滅されるだろうかと考えていると、クスクスと笑う声がした。
「俺だって、にいちゃんが思ってるようないい奴じゃないっすよ。本当はもう一人で部屋から出られるし、自傷も治ってる。でも治ったらもう来てくれないでしょ?ずっと、このままの生活が続けばいいって思ってた。」
「悪い子ですね。」
「へへ、お仕置きする?」
「します。」
体を弄る真似をすると、きゃっきゃと子供のように文くんが笑った。ずっと見たかった笑顔だった。
×××
「河野さんの部屋、初めて来たっす。」
物珍しそうにあたりを見回す彼を席に通す。
「きれいすね。俺の部屋と全然違う。」
「最近引っ越したんです。」
「ふーん?なんかあったんすか?」
「ちょっと…手狭になりましてね。」
あんな用途に使った部屋に文くんを連れて行きたくなかったという本当の理由は、まあ墓場まで持っていくとして。
「確かに広いっす。いいなあ。こんな部屋住んでみたいなあ…」
そう言ってから、慌てて「いや、あの、純粋にいい部屋だなって、思っただけで!」と弁明してくる彼を見て、自分の判断に自信が持てた。
「ふふ…実はこの部屋、一人で住むには少し広すぎてね。仕事しながらだと掃除も行き届かないし…」
急に語り出した私を意味を理解できないような様子でぽかんとした目で見ている。
「住みますか?一緒に。勿論文くんが良かったらですが。」
ぽかんとしていた彼がみるみる笑顔になり、頬を染める。
「それって、同棲…」
染まった頬が恥ずかしいのか少し視線が下がる。
「住みたいです…俺、河野さんと一緒にこの部屋に住みたい…」
ぽぽぽと赤くなっている頬に触れると、彼が抱きついてくる。
「幸せです。俺…怖いくらい。」
「君の怖いものは全部私が取り除きます。大丈夫。文くん。」
腕の中で柔らかく笑っている彼は、昔から想い続けていた笑顔のままで、この幸せを邪魔するものは何であれ切り捨てようとそう思えた。
おまけ
「篤人さんて、何で俺にも敬語なんすか?」
行為後のブレイクタイム。ベッドの中で急にそんなことを文くんが聞いてきた。
「特に理由はないんですけど…そうですね。相手に敬意を払う感じですかね。」
「なにそれー!」
「なんとなくですよ。今ではこんな関係ですけど、文くん結構ぐいぐい来るでしょ?いい意味で距離を置きたかったんです。」
「よくわからないっす。」
「文くんこそ、何で中途半端に敬語を崩すんですか?ちゃんと話せるの知ってますよ。」
「えー、だってカッコ悪いじゃないすか。真面目臭くって…」
「そんな理由ですか。きちんと崩さず話した方がかっこいいんですよ。」
「そりゃ篤人さんみたいにちゃんとしたシャカイジンだったらかっこいいけど、俺みたいなプー太郎が真面目ぶっててもねえ。」
「形から入るのも大事ですよ?」
「…思ってたんだけどさあ。篤人さんなんか付き合いだしてから説教臭くていや!おじさん臭い!」
「え……」
冗談じゃない。私はまだ二十九だ!
「…くさい、ですか…」
じりじりと微妙に距離を置きだした私の考えに気がついたようで、彼が腕を掴み、「違う違う違う!その臭いじゃないっすよ!」となだめてくれる。
二人で暮らしだしてから彼の部屋に寄っていただけの時とは少し違い、お互いの素の部分が見えてくるようになった。少々口うるさく感じるくらいだ。もうお互い大した隠し事も無くなった。ただそれだけのことで、こんなにも楽しい生活が待っているものか。
「強い男のにおいっすよ。臭くないっす。」
心から幸せを感じ、彼の小さな体を抱き寄せた。
「河野さん!ごめんなさいまだご飯出来てないっす。」
彼が振り返ると肩まである赤の髪が揺れる。私はその様が好きだ。
「今日は中華丼っす。この前のとは違うのっすよ。」
そう言い得意げに笑う彼の特技はレトルトパウチを温めることだ。熱くもなくぬるくもない作品はなかなか馬鹿にできない。
「楽しみにしてますよ。」
「とりあえずお茶淹れますから!」
「今日のお昼は何を食べましたか?」
そう聞くと、彼の顔が少し曇る。
「朝は菓子パン半分。昼は食えませんでした…でも河野さんと一緒だから夕飯はいっぱい食いますよ!」
中華丼を大きなスプーンでがつがつ食べてみせる彼を見て笑みを浮かべると、彼もにっと笑みを返してくれる。しかし、再び表情に曇りがみられ、急に泣きそうな顔になる。
「怖いんす…家にいて、突然あの時の事が蘇ってきて、それから、ちっちゃい音も気になってきて…ねえ、河野さん。河野さんは、俺の味方ですよね…?俺のこと、変な目で見てたりしてないっすよね?」
引きつった青い顔ですがりついてくる。その様に、私はいつものように微笑み、大丈夫、大丈夫と彼をなだめた。本来触れるべきではない肩に手を置き、どす黒い欲を胸の奥に仕舞いこむ。
華奢な体を抱きしめると、彼の甘い香りが鼻腔を刺激する。このまま硬い床に押し倒して行為に及んだら、彼はどんな顔をするだろう。暴れたら両腕を縛りあげよう。悲鳴をあげる口元にはガムテープで轡を。信頼していた男に裏切られ瞳からは清い涙が溢れて止まらないだろう。その目が見たい。その目に、私を焼き付け、彼に新しいトラウマを。
「河野さん…一人にしないでください……ごめんなさい、ごめんなさい……」
×××
彼――名前は仁読 文。十九歳。アマチュアバンドのキーボードを担当していたが一年前、メンバー全員から性的暴行を受ける。そのショックから外出することが出来ず、買い物はほぼ私が請け負っている。私の素性は省くが、一介の会社員とだけ記載しておく。
×××
「おかえりなさい!今日は牛丼っすよ。」
上機嫌な彼に迎えられ、いつものように席に着く。
「今日は何をしていましたか?」
「いつもと変わらないっすよ。遅く起きたから朝飯は食ってないで、昼食ってゲームして、ぼーっとしてたら一日が終わって…」
「集中して何かに取り組むことは良い事ですよ。なんでもね。」
「そっすか?へへ。」
褒められると嬉しいのか文くんが笑う。うっかりくびり殺したくなるほど細い首から胸へと視線をずらすと、 ゆったりしたTシャツとの隙間に、赤い跡が見えた。
「それ。胸の跡、どうしたんですか。」
「ああ…これ。あいつらにつけられた痕が消えなくて。ずっと擦ってたら酷くなってきて。」
「…そうですか。」
笑顔を崩さず言う彼。一年経ったのだ。そんなものはとうの昔に消えている。しかし彼の目には未だ見えているのだ。信頼していた友達に負わされた傷が。
「昨日までなかったのに。ねえ。どうしよう。」
「大丈夫です。必ず大丈夫。私が保証しますよ。ね。」
今日は早めに寝ましょうね、とたしなめると、少し落ち着いたようで、握った手を握り返してくる。
「俺、外に出るのが怖い。どうしよう。河野さんがいないと生きていけないかも。」
いたずらっぽく薄く笑う顔は少し小悪魔的にも見えた。
×××
いつもと同じ夕方。いつもと同じ帰宅路。しかし部屋の様子はいつもと違っていた。
電気が付いていない。声をかけてもしんとした室内に胸騒ぎがして足早に室内へと足を進めると、私にちょうど背を向ける形で部屋の隅の壁に彼がもたれていた。
「文くん。」
もう一度呼びかけると、緩慢な動きで彼が振り返る。
「河野さん…」
「もう夕方ですよ。何か食べたいものは――」
するりと彼の細い腕が首元をすり抜け、体重を預けるように抱きつかれる。思わず彼ごと後方に倒れこんでしまった。
「会いたかったっす。」
「どうしました?随分熱烈な歓迎ですね。」
しばらく彼の好きなように抱かれてみるが、行動はコントロール出来ても、自身が立ち上がらないか内心ヒヤヒヤした。
「なかなか来ないから、もう来てくれないのかなって…」
彼の香りと体温が近く、気を取られて反応が遅れた。突然口付けられる。薄く舌が侵入してきた所で強く引き剥がす。
「河野さんと、キスしちゃった…」
へらへらと笑う吐息でようやく気がついた。酒くさい。
「未成年が飲酒してはいけませんよ。どこに隠してたんですか?」
「へへ。洋服かけの裏。」
「悪い子ですね。」
「だったらどうする?ひひ、お仕置きする??」
「しません。」
立ち上がろうとするが、しがみつかれると案外重く、仕方なく断念する。
「かわのさん…かわのさん…」
「文くん。落ち着きなさい。」
引き剥がそうとするが、猫のように柔らかく抵抗される。再び体勢を崩され、柔らかな唇を押し当てられ、他愛なく侵入を許した濡れた舌が艶めかしく口内をかき回す
「…ん…む……ぷは、きもちい……?おれの、からだ……もっと、触って…」
さらりと赤く長い髪が落ちてきた。接吻で息が乱れて、抵抗しようと押した胸が想像以上に薄くて、何かを渇望するような声が、鼓膜を震わし、脳を直接揺らした。
汗ばんだ白いシャツを引き寄せ赤い髪ごと首筋を噛むと、ずっと欲っしていた甘い声がそこにあった。香りと裏腹に苦味のあるコンディショナーの味が舌に広がる。
「うあっ……あっ…」
ふと、このまま頸動脈を噛みちぎれば彼は永遠に私のものになると思った。
頭の中では警報が鳴り響いていた。
一線を越えることは無かった。ちょうどよく宅急便の訪れを告げるベルが鳴り、調子を狂わされた文くんが離れたからだ。
「これ以上するなら部屋を出ますからね。」
自分で言っておきながら、この空間で一番続きをしたいのは私だった。たまらず飛び込んだトイレの個室でびっしりと汗をかきながら、短い口付けだけでガチガチに勃起したそれが気付かれなかった事に酷く安堵した。
×××
あれから彼への醜い欲望は増す一方で、自慰だけでは発散出来なくなっていった。彼を抱きたい。思うがままに。壊すほどに。何度も何度も夢の中で抱いては時に青年のように夢精した。河野さん。河野さん。と、熱のこもった幻聴が頭から離れなくなった。
『三週間程、仕事が忙しくなるので部屋に行けなくなります。食べ物は足りなくなりそうならいつもの通販で買って下さい。会える日を楽しみにしています。』
逆に考えた。彼を抱けないのならば、代わりを用意すればいい。なんてことはない。もはや、彼以外などどうでもよくなっていた。屈服させる為の材料が揃えば人の良い男を演じて近づき、折を見て自分の家に連れ込み睡眠薬で眠らせた後、縄で自由を奪い、強い興奮剤で無理矢理に快楽を与えた。手始めに取引先の若い男。なんて事はない。なんて事はないんだ。
×××
「河野さんは好きな人はいますか。俺にはいます。まあ片思いなんですけどね。」
そろそろかと自室で酒を飲ませていると、取引先の男が急に語り出した。
「かわいくて、かわいくて…俺だけ見ててほしい。そういう人です。」
「…そういう人は、いませんが。貴方のその話には興味があります。」
「えー聞きたいんですか??ちょっとその前に手洗い貸してください。」
「あっちの突き当たりにありますよ。」
男が花摘みに行く隙に飲んでいたグラスに睡眠薬を溶かす。その後は前記の通りだ。事は簡単に進んだ。
「嫌だ…やだ…!やめろ!寄るな!!」
腕と脚をガムテープで縛られた状態でも男はよく喚いた。
こんな事してただで済むと思うか、とか。
会社に話してやるぞ、とか。
とにかくよく喋った。あまりにうるさくて口にもガムテープを貼った。段々ぐずぐずになってきて、ガムテープを剥がすと彼のあの声には及ばないが、なかなかいい声で鳴き締めつけてきた。最後は涙を流しながら自ら腰を振っていた。
「貴方はよく知りもしない男に、無理矢理抱かれたんですよ。ほら、こんなに痕が…しばらく女性は抱けませんね。貴方の好きな方もこんなに情け無い男は願い下げでしょう。」
心を折るのは簡単だった。
×××
『河野さん。この前の事を謝らせて下さい。本当にごめんなさい。俺が変なことしたから会ってくれないですか?違うなら、どうして電話にも出てくれないんですか?』
『違いますよ。仕事が夜も忙しくて、なかなかスマホを見る暇がないだけです。それと、私は気にしてません。君は何も心配しないでいいんですよ。また会える日を楽しみにしてます。』
またはぐらかされてしまった。もうどうしたらいいのかわからない。河野さんは三週間と言ったけれど、三週間経ったら本当に会えるのかな。
彼の置いて行ったワイシャツを、いけないと思いつつ引き出しから出す。洗ったものだが彼の優しい匂いがした。
「…河野さん…会いたいよ……」
すっと吸い込むと、まるで彼に包まれているような感覚がした。三週間後にきっと会える。そう思って我慢する事にした。
×××
約束の三週間が経った。
仕事が長引き遅くなってしまった。アパートの前に立ち、自分を奮い立たせる。もう大丈夫。いつものように優しい男を演じればいいだけだ。合鍵を刺し、ゆっくり回すとカチャリと解錠の音がやたら大きく聞こえた。
「…文くん。」
入り口から呼びかけた。しかし返事がない。
「文くん?」
胸騒ぎがして部屋の奥へと小走りで向かうと、ベッドの上に彼の姿はあった。なんだ、寝ているだけかと胸をなでおろす。
赤い特徴的な髪色が目立つが、顔立ちはまだまだ幼い。決して整った顔ではないが、彼のニキビの目立つ頬も、低い鼻も、薄い唇も、愛嬌があって良い。受験で上京しそのまま東京に就職した私を田舎から追ってきた時は驚いたが、音楽に目覚めたらしく弦楽器を持ち、ライブハウスで演奏している姿を見て私も嬉しかった。
見つめていたら、早く彼の笑顔が見たくなって、鞄とお土産の菓子を床に置き、もう一度目を向けると、彼の握っている白い布に見覚えがある事に気がついた。
私のワイシャツだ。
どうしてこんな所に、と引くと赤子のように掴んで離さない。それどころかシャツに顔を埋めだす。
「にいちゃん…」
心臓が跳ねた。田舎にいた時の呼び方だ。
「に…ちゃ、ん……」
気がつくとベッドに上がり彼に覆いかぶさるような体勢になっていた。一体何をする気だと自分に自分で問いかける。答えは返らなかった。
ちょうど寝返りをうった時、彼の赤い頬を両手で挟み、ゆっくりと口付けた。初めは触れるだけ。次に薄く開いた隙間から舌を差し込むと、苦しくなったのか彼が少し唸る。一瞬離れ、舌を絡めようとした時、彼の瞼が開いた。
「…ん…かわの、さん…?来て、くれたんですか。」
寝ぼけ眼が鮮明になる。目があった。ふわりと笑う彼だが、何か異変を感じたのか視線が下に移動する。
「え、何で……勃っ」
最後まで言う前に再び口を塞ぎ舌を押し込み言葉を奪う。手首を強くベッドに縫い付けると、それでもバタバタ暴れ抵抗を見せる。
「ん!んぅ…!や、なに……」
ろくに飯を食べていない細い体…対して働き盛りの成人。押さえつけるのはさほど難しくはなかった。体を返しネクタイで腕を上げた形で拘束する。
「なにするんですか…?これ外して…」
恐怖を孕んだか細い声。もう限界だった。耳元に顔を寄せ囁く。
「文くん。私が今から君にする事を、決して許さないでください。」
「離して……やだ…やだよ…」
見なくてもわかる。泣いている。
背後から抱きしめるようにすると、かわいそうに震えている。スウェットの中に手を入れ、彼のそれに優しく刺激を与えると、瞬間的に甘い悲鳴があがる。首筋に顔を埋めると彼の甘い匂いを強く感じた。声を聞かれたくないのか、抑えた悲鳴が更に劣情を煽った。
「あっ、あ…やらッ…そこ、だめぇ……」
耳の裏に吸い付きそのままゆるく噛み付き彼のそれに継続的に刺激を与える。体勢的に自分のものを押し当てる形になる。
「あ、あ、ああ……や、……出、る…」
ろくに処理していなかったのだろう。トロトロとした白濁が大量に放出された。荒い息を吐き息を整えている彼を休ませる事なく今度はTシャツに手を入れ腹や突起を弄る。
「あうッ…まっ、だめぇ…!」
向き直った顔は既に涙でぐしゃぐしゃだった。
「なんで…なんで……?」
その問いに答える事なく、白いシャツを破り、拘束されたままならない手で必死に抵抗してくる体を、貪った。
うたた寝をしていた。目を開くと河野さんがいて、ああ帰ってきてくれたんだと自然と笑顔が溢れた。でも、何か変で、苦しそうな顔をしていて、視線を下げたら勃っていた。
いっぱいキスされて、力が抜けて、手を縛られて、イかされて…なんで、こんな事になってるんだろう。
あいつらと同じだ。河野さんも。俺の事いやらしい目で見てたんだ。
でも、ぜんぜん楽しそうじゃなかった。ずっと苦しそうで。あいつらみたいに痛くしてこないし、後ろも使わなかった。
許さないでってどう言う事?俺、バカだから、河野さんがなに考えてるか、わからない…俺、どうしたらいい?
ドロドロとした白濁で彼の腹を汚した。子供のように泣きじゃくる彼に顔を寄せると、怖いのか瞳を閉じ顔を背けられた。無理矢理にこちらを向かせ、食むように口付けると、ん、ん、と声を漏らし内腿を擦り付けてくる。気持ちいいのだろうか。いや、違う。精一杯の抵抗だろう。
少しでも気持ちよくなってほしい。
自分がしている事との矛盾を知りながらも、そう思うのはエゴだろうか。互いに恐怖から無言だった。
殴られる覚悟で拘束を解いたがすっかり放心状態のようで、他人事のように心が痛んだ。
「他の人とも、こういう事するんですか?」
ポツリと、ベッドに横たわる彼が聞いてきた。嘘は吐きたくなかった。
「はい。」
「俺のこと、ずっとえっちな目で見てたんですか?」
「はい。」
「俺と、えっちな事したくて面倒見てたんですか。」
「それは違…」
「信じられないっすよ。こんな、俺…信じてたのに……」
顔を覆い再びしゃくり上げる彼に背を向け身支度を整える。
「安心して下さい。もう、この部屋には来ませんから。君の前には現れません。」
「俺はもう用済みって事すか。はは…」
「最後にお願いをしてもいいですか。」
「嫌です。」
「幸せになって下さい。君は――」
「嫌だって、言ってるじゃないすか……」
いつのまにか背後に来ていた彼が抱きついてくる。
「河野さん…俺、河野さんのこと、好きだよ。行かないで…」
「じゃあ私と、セックス出来ますか?次は優しく出来ませんよ。」
振り返ってみれば、ブルブル震え瞳に涙を浮かべている。
「セックス、していいなら、一緒にいてくれるの…?いいよ。俺…」
「君の好きと、私の好きは違うものです。わかるでしょう?それでいいんです。」
「違くない…できるよ。」
肩に触れようとすると、びくりと後退された。
「あ……違…違うから…」
「…怖い思いをさせて、本当にすみませんでした。さようなら。文くん。」
「かわ…」
振り切るようにドアを閉めた。後悔、憎悪、万謝、押し寄せる思考を停止しようと努力しながら歩を進めた。年甲斐もなく涙が出てきた。
×××
あれだけ見栄を切っておきながら重要な書類を忘れてきてしまった。。休暇を挟んだ為に数日空いたが、取りに行かない訳にもいかず、再びあのアパートに訪れた。
「…文くん。」
呼びかけても返事はない。仕方がないから声を出しながら部屋の奥へと向かうが、ワンルームのどこにも彼の姿はない。彼は自分から部屋を出ない。出れないはずだ。手当たり次第に人の入れそうなところを探すも、どこにも見当たらない。嫌な予感がした。
部屋を飛び出し隣人に尋ねるも片方は不在、もう片方も知らないと乱暴に戸を閉められる。スーパーマーケットにも、食品通販の支社にもどこにもいない。心当たりを全て回り、だいぶ暗くなってきた。途方にくれてアパートに戻ろうと少し離れた公園の横を通った時、複数の若者の声が聞こえ何とは無しに視線をやる。見れば古い小屋の入り口で若者が二人屯している。ああ、そんな事より、早く彼を探さなくては。
「ほら、後ろばっか気持ちよくなってないで俺のも頼むよ。」
ベースが、汚くて埃っぽい体育マットに仰向けに寝転ぶ俺の髪を掴み口に自分のそれを突っ込んでくる。この前歯を立てたらめちゃくちゃに殴られた後痛くされたから気をつけよう、なんて考える頭はもうとっくになくなっていた。
何時間経っただろう。いや、日を跨いだかもしれない。それほど長くされている。頭の近くにいるのがベースで右乳首に擦り付けているのはギターの男。左手を使っているのは知らない奴。右手も知らない奴。後ろの穴をしているのがボーカルだ。あれ。違ったかな。頭がぽわぽわしててよくわからない。他にもたくさんの男が俺たちを囲みながらニヤニヤ笑い、大多数は待ちきれなさそうに下半身を露出しシゴいている。右手を使っている男が「汚ねえ汁がかかるだろ」と真後ろの男に怒りをあらわにしている。
どうしてこうなってしまったのだろうか。昼過ぎに河野さんの会社に行ってみようと外出したら奴らに捕まってしまって……
悲しさも悔しさも何もない。無。ああ、早く終わって欲しい。
と、突然外が騒がしくなる。周りを囲んでいた男たちがざわつく。勢いよくドアが開き、寝ている俺には見えないが何か乱闘騒ぎがおきているようで、ドタドタとうるさい。それを静観していた周りの男全員もそちらへ参加したようで一人取り残される。
「なんだこいつ」「強いぞ」「囲め、人数で押さえろ」など怒号に近い声がする。しばらくすると、ぎゃっという悲鳴を最後に辺りがしんとした。
カツカツという靴音と何か引きずる音が近づいてくる。また酷いことをされるのだろう。もうあの人も部屋に来ないし。誰も、もう俺に希望をくれない。
「文くん!」
それは懐かしい声だった。
「…嘘だ。」
自分の目を疑った。歪んだ鉄パイプを引きずり所々血が滲んだワイシャツを見にまとった姿は、紛れもなくずっと会いたかった人だった。
「かわのさん…」
棒を捨て走り寄ってきた彼に勢いよく抱かれ、それが幻覚でなかったことを知る。しばらく無言で抱きしめられた後、河野さんが一言「よかった」と呟いた。
「生きててくれてよかった。」
警察には匿名で、公園内の倉庫に人が倒れていると連絡した。正直彼を被害者として矢面に出したくなかった。
何か薬を打たれたようで彼の意識はどこか朧げだった。とにかく大量に出されたものを風呂場で掻き出さなくてはと今に至る。
「私がわかりますか?お尻、こっち向けて少しずつ息んでください…」
緩慢な動きで指示に従う彼の痛々しい事。二、三本楽に指が入る。
「あっ…んぅッ………ふ、ぅん…」
「すみません。もう少しですよ……」
「かわ、の、さん…かわの、さん…」
ゆっくりと腰が揺れている。
「ご、めんなさ……いッ…ごめ…」
トロトロと透明な先走りが垂れているのを視界に入れないようにしながら作業を続けていると、突然アナルがぎゅっと締まり、引き込まれるような感覚がした。
イッたのか。私の指で。
それを脳が悟った瞬間、急に我慢が効かなくなった。無理矢理にこちらを向かせると口付ける。舌を絡ませ本能のまま粘膜を犯した後、ゆっくりと唾液を流し込む。
「ん!んぅ…ぇ…ぷ、ぁ……」
ワイシャツの肩口を強く掴まれる。薬と絶頂で相当体が敏感になっているようだ。喉が上下し、私のものを飲み下した。私の体液が彼の中に入ったのだ。ゾクゾクした征服感。しかし彼が震えている事に気がつき一気に正気に戻る。
「…失礼。まだ残ってますね。続きをしますよ。」
「続き…しないんですか?」
彼の言う『続き』が何かはわかったが、あえて無視する。
「もう少しですよ。残ってると腹を下しますからね。」
「ねえ。あいつらにされてる時ね、これ、してるの、かわのさんだったらって、考えたら、急に、気持ちよくなって、きて…」
「文くん、やめなさい。」
「自分で腰振って、ち◯こしゃぶって…でも、ちがう。から、やっぱり怖かった。俺やっぱり、かわのさんとなら―――」
「やめなさい…」
背後から覆いかぶさるように体を密着させる。屹立したそれを双丘の割れ目に押し当てると、ようやく言葉が止まってくれた。
「それ以上言ったら、もう逃がしてあげられなくなる………」
「いいよ。」
「え?」
「いいから。もっと、深いとこ、ほしい…」
完全に何かが切れた音がした。
狭い風呂場で彼の頭をぶつけないように細心の注意を払いながら、しかし衝動は抑え切れなくて、がつがつと飢餓状態の猿のように彼の体を貪った。
「うあっあ、かぁの、さ…ひ、激しッ…んぅ…」
熱い呼吸も声も全て飲み込むように口付ける。こんなに気持ちが良い性行為は初めてだった。トロトロと透明な液体を垂らしているそれを握り刺激すると程なく射精した。
「あうあッッ…か、ぁのさ…かあ、のさ、ん…」
「篤人と、呼んで下さい…」
「あ。あつひと、さん…の、すご……いっぱい奥までとどく…さっき、と、ぜんぜんちがう…」
「私としてるときに他の男の話をしないで下さい。」
ずん、と一気に奥まで行くと袖口を控えめに掴んでいた手に力がこもる。
「あうっ、ごめ、なひゃ……」
「…ちゃんと気持ちいいですか?私はこういう時、自分の事しか考えられません。今君を征服したくて、仕方がない。」
すると彼がへらと笑って答える。
「きもちい…もっと、してほしいっす…」
きゅっと抱きついてきた細い体を強く抱き返した。
ベッドは相変わらず彼の香りが濃く、彼のテリトリーで彼としてることに酷く興奮した。
「キス…したい…」
求めれば求めるほど返ってくる愛情にむせ返りそうだった。繋がったところを全部キュンキュン締めてくる体が他人に蹂躙された事が憎らしくて上書きするように次々と犯した。
「あっ、は、あああ……」
とろとろに蕩けた顔を、言葉にならない声を、この快楽に忠実な体を、自分のものにするべく、獣がするマーキングのように手当たり次第に吸い付き跡を付けた。しかし考えれば数時間ぶっ続けで陵辱されていた体だ。流石に今日はもう無理だろうとペニスを抜こうとすると、体中でしがみついてくる。
「まって、もうちょっとだけ…繋がってたい…です…」
既に限界を超えているだろうに、息も絶え絶えにそんな事を言う。
「おれ…じゃ、にいちゃん、満足、できないかも、しれない。もっと、がんばるからッ…気絶するくらい、何にもわかんなくなるくらい、して…いいから…いっぱい、なか出して、いいから…」
ぽろぽろ涙が溢れてくる。
「もう、いなくならないで……他の人のとこ、いかないで………」
小さな子供のようにしゃくり上げ出す彼を見て、つくづく私は大馬鹿者だと思った。最愛の人をこんなに悲しませてしまった。彼の長い前髪をあげ、額に口付ける。
「大丈夫ですよ。もう、どこにもいきません。」
濡れた事で輝きを増した瞳が大きく見開かれる。雫を舐めとり口付けようとすると、「鼻水出てるから」とむずがる。
「そんなの気になりませんよ。君が思ってるより私は君に惚れてますから。」
「…俺のこと、すき?」
「はい。愛してますよ。」
すると、「やったあ」と彼がふわっと笑う。
「昨日ね、にいちゃんのシャツでオナった…ちゃんとできたよ。にいちゃんに触ってもらってるみたいで気持ちよかった…俺…にいちゃんともっとしたい。」
無邪気に笑う彼を見て、少しだけ心が痛んだ。愛してる、だなんて言葉で、私の想いは表せない。もっと色が悪くて濁っていて…きっと血に塗れたものだ。
「この部屋はね。鳥籠です。」
突然出た言葉に、彼がよくわからないといった顔をする。
「心を病んだ君を……一人では外に出られない君を閉じ込めて、私にだけ微笑ませるようにする為の鳥籠です。私は、君が思っているような優しい男ではありませんよ。」
今更幻滅されるだろうかと考えていると、クスクスと笑う声がした。
「俺だって、にいちゃんが思ってるようないい奴じゃないっすよ。本当はもう一人で部屋から出られるし、自傷も治ってる。でも治ったらもう来てくれないでしょ?ずっと、このままの生活が続けばいいって思ってた。」
「悪い子ですね。」
「へへ、お仕置きする?」
「します。」
体を弄る真似をすると、きゃっきゃと子供のように文くんが笑った。ずっと見たかった笑顔だった。
×××
「河野さんの部屋、初めて来たっす。」
物珍しそうにあたりを見回す彼を席に通す。
「きれいすね。俺の部屋と全然違う。」
「最近引っ越したんです。」
「ふーん?なんかあったんすか?」
「ちょっと…手狭になりましてね。」
あんな用途に使った部屋に文くんを連れて行きたくなかったという本当の理由は、まあ墓場まで持っていくとして。
「確かに広いっす。いいなあ。こんな部屋住んでみたいなあ…」
そう言ってから、慌てて「いや、あの、純粋にいい部屋だなって、思っただけで!」と弁明してくる彼を見て、自分の判断に自信が持てた。
「ふふ…実はこの部屋、一人で住むには少し広すぎてね。仕事しながらだと掃除も行き届かないし…」
急に語り出した私を意味を理解できないような様子でぽかんとした目で見ている。
「住みますか?一緒に。勿論文くんが良かったらですが。」
ぽかんとしていた彼がみるみる笑顔になり、頬を染める。
「それって、同棲…」
染まった頬が恥ずかしいのか少し視線が下がる。
「住みたいです…俺、河野さんと一緒にこの部屋に住みたい…」
ぽぽぽと赤くなっている頬に触れると、彼が抱きついてくる。
「幸せです。俺…怖いくらい。」
「君の怖いものは全部私が取り除きます。大丈夫。文くん。」
腕の中で柔らかく笑っている彼は、昔から想い続けていた笑顔のままで、この幸せを邪魔するものは何であれ切り捨てようとそう思えた。
おまけ
「篤人さんて、何で俺にも敬語なんすか?」
行為後のブレイクタイム。ベッドの中で急にそんなことを文くんが聞いてきた。
「特に理由はないんですけど…そうですね。相手に敬意を払う感じですかね。」
「なにそれー!」
「なんとなくですよ。今ではこんな関係ですけど、文くん結構ぐいぐい来るでしょ?いい意味で距離を置きたかったんです。」
「よくわからないっす。」
「文くんこそ、何で中途半端に敬語を崩すんですか?ちゃんと話せるの知ってますよ。」
「えー、だってカッコ悪いじゃないすか。真面目臭くって…」
「そんな理由ですか。きちんと崩さず話した方がかっこいいんですよ。」
「そりゃ篤人さんみたいにちゃんとしたシャカイジンだったらかっこいいけど、俺みたいなプー太郎が真面目ぶっててもねえ。」
「形から入るのも大事ですよ?」
「…思ってたんだけどさあ。篤人さんなんか付き合いだしてから説教臭くていや!おじさん臭い!」
「え……」
冗談じゃない。私はまだ二十九だ!
「…くさい、ですか…」
じりじりと微妙に距離を置きだした私の考えに気がついたようで、彼が腕を掴み、「違う違う違う!その臭いじゃないっすよ!」となだめてくれる。
二人で暮らしだしてから彼の部屋に寄っていただけの時とは少し違い、お互いの素の部分が見えてくるようになった。少々口うるさく感じるくらいだ。もうお互い大した隠し事も無くなった。ただそれだけのことで、こんなにも楽しい生活が待っているものか。
「強い男のにおいっすよ。臭くないっす。」
心から幸せを感じ、彼の小さな体を抱き寄せた。
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