相手に望む3つの条件

清杉悠樹

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7 優しさの。(イラスト付き)

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 きゃー寺井さん素敵、寺井さん容赦ねーなー、怖えぇー等の男女混合の声が飛び交う中、私は係長のてっぺんが薄いなぁとか考えていたので、続いた寺井さんの言葉をうっかり聞き逃す所だった。
「では、これでこの件は終わったということで。安川さんは係長に対してまだ言いたりない事もあるでしょうが、愚痴を聞く相手が必要なら私が受けます」
 ん?なんで愚痴をわざわざ寺井さんに?
「それと私もこれから北陸へ向かわなくてはならないので安川さんと駅まで一緒に行きます。それじゃあ、行きましょうか」
 んんん?
「はい?」
 寺井さんはそういうといつの間に用意したのか、私の返事を待つことなくコートを羽織ってから、少し大き目の荷物を足元から持ち上げた。その後ろでは、係長がこそこそと目立たないようにこっそりとその場を逃げていく後姿が見えた。
 何だかなー。胸を触られたことにはそりゃあ腹は立つけど、同情の気持ちも湧くのは何故だろうか。なんか複雑。

「えーっ、寺井さんもう帰っちゃうんですかー?しかもなんで安川さんと一緒にー?」
 通販部門の今年入ったばかりの若くて可愛い子が、寺井さんがこんなに早く帰ることに唇を尖らせ不満を露わにしていた。
 確か数人の友達と一緒に、ランチの時間になるとよく寺井さんを誘いに来ていた子だ。毎回断られていたみたいだけど。
 これから傍に行ってお酌をしようとでも思っていたのだろうか。忘年会が開始されてさほど時間の経過がしていないのに帰ってしまうとは思いもよらなかったのだろう。
 続いて私の事を睨むよう見たから、なんであんたなんかとでも思われてるのかもしれない。
 私のせいじゃないってば!なんで一緒に行くことになったのか、こっちが聞きたいくらいだよ。こんな余計な恨みも買わなくてすんだのに。1人で全然構わないのに。もー。
 見当違いな嫉妬をぶつけられることになったらどうしてくれるんだ、と原因を作った寺井さんを恨みたくなった。
「寺井課長補佐、今から北陸に行かれるんですか?」
 雫も帰る準備を終えた寺井さんに驚いたようだった。
「明日の午前中に従兄の結婚式が石川で予定されているのです。チケットも購入済みですし、今なら新幹線に間に合いますので。という訳ですのでお先に失礼します。皆さんはどうぞ引き続き楽しんでください」
 私を睨んできた子も理由を聞いて納得したらしく、そういうことなら仕方ないなぁと諦めたらしい。隣に座っている男の人と早くも会話を楽しみ始めていた。
 切り替え早っ。
 多少呆れていると、説明を終えた寺井さんは私に視線だけで行く事を促してきた。付いてくるのを確信しているのか先に歩き出してしまった。
 あわわ。
 急いでショルダーバッグを掴むと雫と環奈さんに向かって帰宅の挨拶をした。
「ごめんね、雫。こんな変なことになっちゃって」
「何言ってるの、桃子は全然悪くないでしょ。後で電話するから」
「うん、分かった。環菜さんも色々有難うございました。今度是非ランチ一緒にしてくださいね」
「勿論です」
 2人に軽く手を振った。
「騒がせてごめんなさい。お先に失礼します」
 周りに座っている人たちにもぺこり、ぺこりと頭を下げながら出口へと向かった。
「おー、災難だったなぁ。気を付けて帰れよー」
 年上の男性からのこちらを気遣う声や、
「安川さん、気を付けて帰ってね。後の事は任して頂戴。きっちりと係長はシメておくから」
 そんな物騒な答えを発したのは、同じ部署の先輩だった。
「えっと、お願いします?」
 うわー、頼もしいけど、どんなシメかたをするのか興味が湧いた。後で雫に聞けばいいか。



 店を出ると、直ぐ近くに寺井課長補佐が待っていてくれた。
「済みません、お待たせしました」
 まだ踵が入り切っていないローファーに苦心しながらどうにか片方を履いた。上司を待たせるなんてと思うものだから、尚更気が急いて上手く履けない。
「落ち着いて履いてください、危ないですから。そんなに急がなくても時間はまだ大丈夫ですから」
 店の外はいくつもの店の明かりと、街頭の明かりのお陰でさほど暗いものではなかった。そんな中、寺井さんのメガネの奥の目が柔らかに弧を描いたように見えた。
「え、あ、はい、有難うございます」
 気のせい、かな?ああ、でも、靴を履くのに手こずっている様子が面白く見えたからかもしれない。きっとそうだな。
 例え笑われたのだとしても、貴重な笑顔を見られたのは何だか役得した気分になった。
 私がきちんと両方の靴を履き終わるのを待っていた寺井さんは、その僅かな短い時間に自分のバッグを一度下に置き、中からマフラーを取り出すと、何故か自分に巻かずに私の首にかけてきた。

「えっ、寺井さん?何で私にマフラーをかけるんですか!?」
 急に首にマフラーをかけられ驚いた。黒とグレーのチェック柄のマフラーは暖かいけど、私に掛ける意味が分からない。
「コートのボタンを留めていないと汚れが目立ちますから、これを使えば少しは目隠しになるでしょう」
 そう言ってバッグを再度持ち上げた。
「では、行きましょうか」
 突然の出来事に動揺したが、私の為を思って貸してくれたのだと聞き、このまま借りることにした。後で洗って返そう。
「有難うございます、マフラーも、さっきの係長の事も。でも、本当に貰ってしまっていいんですか、あのお金・・・」
 手に持っていたお金は今はコートのポケットに入っている。さっきは勢いに呑まれ貰ってしまったが、今になって貰ってしまって良かったのかどうなのか不安になってきた。
「しかも、寺井さんからまで」
 悪いのは近藤係長であって、本来なら寺井さんは関係がないのに。
「クリーニング代と言いながら、勝手に係長には一万出させましたからね。私がああでもしないと係長も後からグチグチ文句を言い続けますから。それにクリーニングに出したとしても気分的にそれをまた着るのは今日の事を思い出して気が塞ぐかなと思いまして。それなら新しいものが必要になってくるでしょうし・・・済みません、余計なことをしてしまいましたか?」
 確かにスーツの汚れが落ちようと落ちなくても、もう着る気にはなれなかったから、新しいものを買うのに助かると言えば助かるのだけれど。
「いえ、確かにこのスーツをもう着ることはないだろうなと考えてましたから」
「では、そのまま受け取ってください」
「はい、有難く貰っておきます。有難うございます」
 ちょっとだけ、お金で解決したことに抵抗を感じないわけでもないが、係長を訴えるなんてことまでしたくないので、これでよしと言うことにしておこう。
「多少私怨が混ざっていたのは否めませんが」
「えっ?今何か言いました?」
 寺井さんが何かを言ったように思ったのだが、聞き間違いだったのだろうか。
「いえ、何も」
「そうですか」
 道を歩いている人たちの会話が耳に入っただけだったのか。
 まあ、いいか。
 私は少し先を歩いている寺井さんの後を追いかけるようにして歩いた。
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