犬派?猫派?―――うさ派ですが何か?

清杉悠樹

文字の大きさ
6 / 6

6

しおりを挟む
「まぁ、あれは確かに驚きましたけど。だって、あの大熊係長が、シンプルな物を差し置いて、まさかまさかの可愛いうさぎのティッシュ箱を手に愛らしいって言うなんてーーー、いえっ、別に、何でもないですっ!」
 佐川は目をつむりながらその時の様子を思い出していたのだろう、何度かうんうんと深く頷いていたが後半でぽろっと出た言葉が上司に向って言うことではないと気が付いて、慌てて片手で口を塞いだかと想いとわたわたし始めた。
 佐川は仕事で時々、うっかりなところがあるのは知っていた。
 まあ、これくらいの失言はどうということもない。山崎の方がよほどやらかす回数と度合いは多いなと正剛は思ったぐらいだ。だから怒ってはいないことを分かってもらうために、こう続けた。
「あのウサギの写真は誰が見ても可愛いと思うだろう?」
 淡い色で印刷され、正面を向いているウサギ。うちのうさお程ではないが、はやり愛らしい。
「そうですよねっ、ウサギって可愛いですもんね!?誰でもあのティッシュは可愛いと思っちゃいますから、値段は高いと思っても肌触りは最高だし、つい手が出ちゃいますよね!?」
「無理に話を合わせなくてもいい。・・・昔から動物好きなんだ。最近ようやくウサギを飼い始めたんだが、とにかく可愛くて。そうすると色んな雑貨にウサギ柄があることに目につくようになって。そういうわけでティッシュに手が伸びたんだが。こんな上司が小動物に弱いなんて滑稽だろう?」
 過去の経験から、正剛はそういった。自分を卑下した言い方になってしまった。

 見た目が凶悪。柄が悪くて怖そう。絶対にその道の筋の人。まあ、昔から色々と言われてきたことが頭の中を過っていく。当然、誰からも動物好きだとは信じてはもらえなかったことも。
 
「え?無理に、ですか?別に無理にではないですよ?確かにウサギ好きにはものすごーく驚きはしましたけど、それだけです。愛らしいなんて言葉が出てきたほうが似合わなくてびっくりしただけですよ。あっ!」
 また要らない事を言ってしまったと口を紡ぐ部下は、見た目が凶悪な上司が動物好きなことを気持ち悪く思うわけでもなく、素直に受け止めてくれたらしい。
 なんとなく感じた、もしかしたら佐川なら信じてもらえるかもと漠然とした予感は当たったらしい。
 奇跡だ。
 
 佐川の表情がころころと変わる様子や、身振り手振りであたふたする様子が何やら小動物を思わせた。
 なんだか手にしたと思っていたヒマワリの種がどこかに消えてしまい周りを見渡すハムスターの姿に見えてしまった。
 思わず正剛はなんだかほっとした。自分を偽らず正直に答えて理解してもらえたことがとても嬉しい。
「そうか、愛らしいという言葉に吃驚したのか。動物好きは信じてもらえたのなら、それでいい。だが、うちのうさぎを言葉に表すのに可愛いという言葉では収まれ切らなくてだな、そうすると思いつくのは愛らしいという言葉しか思いつかなくて」
「うそー、・・・係長が笑ってる・・・」
 佐川は相次ぐ失言に怒られることに構えるでもなく、ぽかんとした表情を浮かべている。
 確かに無表情が標準が多いが、正剛だって人間だ。喜ぶこともあれば、悲しむことだってある。どうやらウサギ好きと信じてもらえたことが嬉しくて無意識に笑みを浮かべていたらしい。

「悪い」
 正剛はすぐさま気を引き締め、少し俯き加減になると視線を地面へと向けた。
「え?何がですか?」
「怖かったんだろう?」
 動物好きだと認めてもらえたのは嬉しいことだが、だからと言って部下を怖がらせたいなどと思ってはいない。
「え、本気で意味が分かりませんけど?」
「だから、俺が笑ってるのをみて怖かったんだろう?」
 お互い見つめあってみるが、話がかみ合っていない気がする。
「いえ、笑ってるところが見たことなかったんで、珍しいもの見たーっっ思っただけですよ?大熊係長には眉間にシワが当たり前で、いつも難しい顔してるのが普通なんだと思ってましたから。さっきみたいに普段からもっと笑えばいいのに。あ、でも大口開けて笑うと、山崎さんさんあたりなんて腰ぬかしそうですねー、あははー、あー、・・・なんちゃってー。ーーー調子に乗りすぎました、ごめんなさい。本当にすみませんでした」
 山崎の名前が出たあたりから、ようやく言い過ぎたのを自覚したのだろう、目をあちこちさまよわせたかとおもうと、また手をわたわたとし始めた。その動きが個性的すぎる。
「いや、いい」
 駄目だ、なにかツボに入った。
 正剛は後ろを向いて笑いたいのを我慢する。だが声は抑えられても、肩は震えた。
「・・・なんですか。私のどこがおかしかったんですか!?もー、そんなに後ろ剥いて我慢されるくらいなら、正直に正面をむいて笑ってくれた方がすっきりしますっ!」
 そう言われて後ろを向いていた体を、元の位置に戻した。そして目に入ったのはこれでもかと膨れた頬。頬袋か?
 更にツボに入ってしまった。
「す、すまん」
 ここ数年、こんなに笑ったことが覚えがないくらいに声をだして笑ってしまった。
 後で、佐川には意外な一面を見れたからいいと許しをもらった。

***

「・・・昼飯、ここで食べていくか?」
 正剛は腕時計で時間を確認すれば、まだ余裕があった。
「そうですね、お腹すきました」
 佐川と同じベンチに座り、手に持っていた袋から買ってきたものをとりだし分けた。

 木陰の下で外の景色を見ながらのコンビニのご飯を食べはじめると、やはり話の流れでウサギの話が出てきた。念願だったペットの紹介を果たせたのだ。
 うさぎの顔のアップの写真もいいが、他のも見てもらいたい。スワイプして寝顔や顔を洗う仕草の動画を見てもらう。
「うっわー、かっわいいですねー。まだ二か月かー、子供ですね。もふもふですねー」
 携帯に保存してある愛ウサギの写真を始めて他人に見せることが出来た。
 生まれて二か月のネザーランドドワーフ。体はまだ小さく、ころんとした体つきだ。毛はふわふわで、手触りが最高なのだ。
「そうなんだ。うさおの背中をなでると羽毛みたいに柔らかくて、すべすべして、とにかく最高なんだ」
「・・・ど、ドヤ顔」
 携帯片手に上司のドヤ顔を近くで見た佐川は大爆笑した。べしべしとベンチの座面を叩くほどのことだったらしい。しまいには軽い呼吸困難に陥っていた。佐川は厳ついと言われ続けたこの顔が怖くないと思えるまでに耐性が出来たらしい。若いから、耐性も早く付いたのかもしれない。

「・・・この顔で笑いが提供できたようで何よりだ」

 心からの賛辞のつもりだっのだが、また呼吸困難に陥っていた。
 気を付けないと昼飯を落としそうだぞ?

***

 涙まで流していた笑いが治まってから、佐川が嵌っているものを聞いてみた。
「細マッチョなんですよ。この目と手の色っぽさが堪りません」
「そうか」
 割り箸を握りしめ、そう語る佐川の目はキラキラと輝いていた。
 今夢中になっているのは、2.5次元俳優と言われている一人なのだとか。
 最初はゲームで発売され、人気がでたのでアニメ化され、映画化されて、最近舞台化されたらしい。主要なメンバーが9人いる中でも、一番人気の役者なんだとか。
 携帯で写真を見せてもらったが体つきは細くて、男なんだが綺麗とい形容詞がよく似合う男なんだな思った。

 それからも話は続き、倍率が高くて中々とれないチケットが買えた時は飛び上がって喜び、気合をいれて舞台を見に行けば、応援しまくり張り上げる声で疲れ果てて帰って来るのだとか。
 DVDやテレビ越しでも、出来れば踊って声を上げて応援したいが、近所迷惑になるために我慢していることとか。
 実は、佐川は先週の新人歓迎会の当日は仕事はしていたが、定時で帰り歓迎会への参加は出来なかったことがある。
 体調不良が理由で帰宅をしたのだが、前日に、嵌っている俳優の深夜ラジオを直で聞いていたから、ただの睡眠不足だったのが理由だったらしい。しかも、その日は俳優の誕生日で、沢山送られていたメッセージの中から佐川が出したものが読まれたらしい。もちろんテンションが上がりまくりで眠れるわけがない。それが寝不足の理由だったらしい。
「・・・そうか」
 風邪を引いたのかと心配していたのだが、ばかばかしい理由を聞いても怒らずに正剛は言葉を飲み込んだ。録音でも勿論聞くことは出来るが、生で聞きたい熱意は伝わってきた。
「勿論録音もしてありますし、コピーも完璧です!我が家の家宝です!」
「・・・そうか」
 その好きな俳優はラジオの出演は毎週ではなく、出ている週だけチェックして聞いているのだとか。週によって出演するメンバーが変わるらしい。これが毎週だと寝不足で大変になるだろうと言っていた。確かに、毎週同じ曜日に体調不良は願い下げだ。
 
「そうか。佐川も色々大変なんだな」
 部下の新たな一面は、聞いていて面白かった。コンビニで同じ商品に手が伸びなければきっと知らないまま仕事をしていただろう。
「はいっ。寝不足になろうとも、すごい幸せなんです~」

 好きなものを語る佐川はとにかくよく喋った。正剛は聞き役しか出来なかったが、有意義な休み時間を過ごせたと思う。
 その後、ぎりぎりになり午後の仕事に間に合うよう慌てて走ったことも含めて。
しおりを挟む

この作品は感想を受け付けておりません。

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

ヤンデレにデレてみた

果桃しろくろ
恋愛
母が、ヤンデレな義父と再婚した。 もれなく、ヤンデレな義弟がついてきた。

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

押しつけられた身代わり婚のはずが、最上級の溺愛生活が待っていました

cheeery
恋愛
名家・御堂家の次女・澪は、一卵性双生の双子の姉・零と常に比較され、冷遇されて育った。社交界で華やかに振る舞う姉とは対照的に、澪は人前に出されることもなく、ひっそりと生きてきた。 そんなある日、姉の零のもとに日本有数の財閥・凰条一真との縁談が舞い込む。しかし凰条一真の悪いウワサを聞きつけた零は、「ブサイクとの結婚なんて嫌」と当日に逃亡。 双子の妹、澪に縁談を押し付ける。 両親はこんな機会を逃すわけにはいかないと、顔が同じ澪に姉の代わりになるよう言って送り出す。 「はじめまして」 そうして出会った凰条一真は、冷徹で金に汚いという噂とは異なり、端正な顔立ちで品位のある落ち着いた物腰の男性だった。 なんてカッコイイ人なの……。 戸惑いながらも、澪は姉の零として振る舞うが……澪は一真を好きになってしまって──。 「澪、キミを探していたんだ」 「キミ以外はいらない」

処理中です...