魔女の憂鬱、勇者の願い、

しまだ

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 隣に住んでいるリツが発したその言葉に私が耳を疑ったのは三年前が最後。

「俺、勇者になるわ」
「は?!」
 辺鄙なこの村に唯一ある大きな集会場の前の立て看板の前で、彼はそう言った。隣にいた私は、思わず持っていた紙袋を落してしまう。

 彼の燃えるような赤い髪は寝癖がついており格好がつかないものの、深紅の瞳は真剣そのものだ。とても冗談を言っているようには見えない。
 立て看板にはここ近年勢力を伸ばしている魔王を討伐したものにへの褒美として、王から何でも貰えるという報せが物々しく書いてある。しかしながら村の誰もがそれを見ても何の思いもわかなかったのは、この村があまりにも平和だったからだ。そして加えて誰しも魔王討伐なんて無理だと鼻から思っていたからだと思う。

 魔王が各地で暴れ始めてから早数百年。勇者と名乗り討伐に向かった者は数え切れない。ところが魔王に一つでも傷をつける事ができたものは、未だにいないときているのだから魔王の強さがどれほどのものかという事をこの国では幼児でも知っている。
 そんな魔王を、この田舎の平和ボケしているなかで育った一剣士(の見習い)であるリツが倒そうと発起するなんて、明日は槍がふるかもしれないなどと本気で私は思った。

「本気?だいたいなろうとしてなれるもんなの?」

 至極まっとうな質問をしたはずなのに、リツは小馬鹿にしたように一笑すると「なれるさ、俺むいてるし」と自信に満ちた謎の返事を返す。なんだってこんなに自信満々なのか、賢人がいたら聞きたい位だ。

「リツなんか無理よ。だって私より弱いじゃない」
「足は速いし馬にも乗れるんだから俺の方が強いね。第一マオとはここが違うんだよ?」
 自分の頭を指で差し歯を出して笑うリツにむっときて、私は思いきり足を踏んでやった。

「って……何するんだよ?この暴力女!」
「煩いわね!このチビ!」
「んだと?俺はあとから伸びるの!」

 このような会話が始まったら結果は決まっている。案の定私達は約小一時間、いつもの口喧嘩をし、そのまま別れてしまった。
 しかしその時喧嘩してしまった事も、最後のリツへの言葉が「リツのチビ!」だった事も次の日私は後悔することになる。

 そう、何を急に思い立ったのか置き手紙に一言「いってくる」と残し、忽然とリツが消えてしまったからだ。

 あれから三年。二十二歳になった今もリツの行方はしれていない。私は前日の言葉が本当なら王都に行ったかのだろうと、両親のいないリツを目星をつけて探し回った。仕事がまとめて休めるときは必ず王都へ行き、少しでも手がかりがありそうなものは休みを全てかけ調べて回ったし、情報屋へ出入りもした。
 しかし集まる情報はどれも確たる証拠がない曖昧なものばかり。後悔と自責の念に責められる日々を経て、時が過ぎるにつれて強くなったのは「勇者になりたい」というのがただの村を出る口実だったのではないか、という思いだ。もしかしたらずっと村を出たかったのかもしれない、それならば自分が今している事がはたして正しいのか。
『リツのチビ!』
 せめて最後にもっとましな言葉を言えば良かった。私の心は後悔で溢れそうだ。

 別れるなら、最後になるなら、今までの感謝の意を伝えたかったのに。
 淡い恋心を伝えられなくとも。




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「大変、大変よ!マオちゃん!」
 ざくざくと霜柱を踏み荒らし、血相を変えてドアを開け私の家へと入ってきたのは、隣のウィルソン未亡人だった。またいつもの見合い話を持ってこられたのかと思うと、ドアへの足取りも重くなる。私が今度はどんな理由で断ろうか考えながら玄関へと向かうと、鼻息を荒くしたウィルソン未亡人が待っていた。
 ここら一帯の地主である彼女は、いつも荒い鼻息を更に荒くし巨体を震わせながら、その小さな目を瞬かせてまくしたてはじめる。
「今王宮からうちに連絡があって、なんでも話があるからマオちゃんにすぐさま来て欲しいそうよ。転送魔法の許可もおりてるしなにかマオちゃんしたの?!」
 その言い草だとまるで悪い事をしたのかと疑われているみたいです、という言葉をぐっと飲み込んで私は曖昧な返事をする。
「は、はぁ?」
 身に覚えが全くないと言えば嘘になる。
 もともと死んだ私の母親は強大な魔力を持つ魔女であったからだ。エンジニアである父と会うまでは、よく言えばおてんばな、悪く言えば法律すれすれのグレーゾーンを行き来しながら稼ぐ賞金稼ぎだったらしい。勿論、娘である私にもその魔力は受け継がれておりその証拠に私は何度か幼い頃魔力暴発事故を何度か起こした事がある。
 大事には至らなかったものの、そのおかげで私を知らない村人はいない。
 しかしそれはあくまで魔力の制御が上手くなかった頃の事だけである。ここ近年は全く一般の村人と変わらないどころか、寧ろひっそりと暮らしていたはずだ。
 考えが及ぶ限りでは職業である薬師関連で、法律が改正された事により何事か今まで許可されていた事が禁止されるようになった件だろうか。
 しかしそれならば憲兵隊や騎士が来るはずである。わざわざ転送魔法まで相手方が用意してくれるなんて一帯どう言う風の吹きまわしなのだろうか。
「とにかく、そんなぼろ雑巾みたいの着ていないで私の服を貸すから着替えなさい!出発は三十分後よ」
 風船のようなウィルソン未亡人の服がどうやって私に合うのか謎だったが、私は流されるままに頷いた。

 だから朝刊を取りに行く余裕も、ましてやゆっくりニュースを見る余裕も急な王宮からの呼び出しで私達にはなかったのだ。


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 すぐさま私は言われたとおりウィルソン未亡人の用意したドレスに着がえた。婦人は胸元の大きく開いた薄紅色のフリルの華やかなドレスをしきりに進めたが、いつも動きやすい服装で生活している私には、とても着られそうにない。そこで一番目立たない、深緑色のシンプルな物を選び(胸元が開いてないものが選択肢になかったのが残念だったが)着がえ転送用の魔石の前へと立った。
 身に覚えがないとは言え、王宮からの呼び出しが怖くないといえば嘘になる。その証拠に魔石の前にたった私の足は小刻みに震えていた。

 何も不安に思うことはないのだ。きっと呼び出しだって大したことのない用だろう。だからしっかりしなくては。私は何度もそう自分に言い聞かし気合いを入れるために、自らの頬を両手で軽く叩く。
「マオちゃん、いってらっしゃい。私は行けないけれど王宮みたかったわぁ」
 ウィルソン未亡人はうっとりと遠くを見ながら何事か一人でぶつぶつ呟き続けている。が、最後まで聞こうとすればいくら時間があっても間に合わなくなってしまいそうだったので、私は魔石に集中する事にした。
 片手でそれに触れ、目を瞑り転送魔法の呪文を唱え始める。
「我、望むべき場所、望むべき時間、望むべき始まり、望むべき終わり、そして願わくば『望むべき場所』を」
 どこからともなく風が舞い吹き、私の真っ黒で野暮ったい髪を揺らす。とともに魔石の置いてあった場所が青白く光を放ち始めた。その強さは次第に強まっていき部屋中を照らし出し、瞬間放たれた稲妻のような閃光に私はその眩しさに顔までをそむけた。
 そして再びゆっくりと目を開けたときには周りの景色は一変していたのだった。



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「ここは……?」 
 そう口にした私はその煌びやかな装飾が施されている大きな広間を、ぼんやりと見つめることしかできなかった。そこら一面を覆う真っ赤な絨毯は素人目にも高級品だとわかる美しさだ。大きな窓はステンドグラスで彩られ、柔らかな日差しが色とりどりの文様を床に描いていた。
 おかしい、いくら王都に転送されると言っても直接部屋の中に転送される事はない。なぜなら関所を必ず通らなければならない決まりだからだ。
 きょろきょろと見回すと視線の先に重厚な一脚の肘掛け椅子、玉座に座った初老の品の良い人物に釘付けになった。
 私と目が合うとにっこりと笑うその老人の瞳は優しく、口元は微笑をたたえている。にも関わらずその眼光は今まで見たことがないほど鋭く射抜くようなものだ。頬の大きな傷跡と年齢、この場所から導き出される答えはたった一つ。彼がこの国の王だという事だった。
 その証拠に両脇には厳つい筋肉質の軍の最高等級をあらわすバッジをつけた軍服姿の男性が腕を組みこちらを射抜くような視線を向けている。そしてその隣には魔術最高機関ガイストの紋章をつけた小柄のローブを纏った魔術師らしき人物がやはりこちらを推し量り、値踏みするような瞳で見ていた。
「いらっしゃい、マオ嬢。驚かせてすまない。気付いているとは思うが私はカランデュラ王国第三十六代皇帝カランデュラ・ローツ・アルベルトだ。今日はよくきてくれた、礼を言う」
 そう言うとアルベルト皇帝はしわが目立つ顔をもっとくしゃくしゃにして笑いかける。
 感づいていたとはいえ改めて自ら王だと言われ私は慌てて身を低くした。そのまま正式な礼を三度してその場にひざをつく。咄嗟にしてはうまくできたかもしれないが、心の中は不安でいっぱいだった。
 そんな私の心情が伝わっているのかアルベルト皇帝も困ったように深くため息を吐く。
「マオ嬢にはぜひ内密に引き受けてもらいたい事があって今日は呼んだのだ。この老いた王の願い、是非きいて欲しい」
「引き受けてもらいたい事、ですか?」
 関所を通らなかったのもそのためなのだろうか。しかしいったい一国の王たるものが一国民の私にいったい何の用があるのだろうか。私が一般の人と違うのは魔力の保有量くらいだ。いくら魔女の血を引いているため魔力が強いとは言えこの国にはもっと魔力を有する純血の魔女がいないことはない。多少その手の人物は個性が強く扱いにくいのも特徴だが王となればいくらでも行使することは出来たであろう。
 首を傾げる私の前で王が更に眉間に皺を寄せた事で不安は増す。
「そうだ、実はな・・・・・・」
 王が更に苦い顔をして言葉を紡いだ時だ。私達がいる玉座とは対極の位置にある、広間の重厚な木の扉が勢いよく開いた。と同時に何かが目にも留まらぬ早さで広間にかけ込んでくる。
 そして次の瞬間私は背中に大きな衝撃を受け危うく転倒しそうになった。
「マオ!」
「リ、リツ……?」
 私は驚きに悲鳴をあげそうになったのを寸でのところでおさえる。
 燃えるような赤い髪も、深紅の瞳も、年齢より多少幼く見える顔も声も変わっていない。その髪は整えられマントをはおり、腰には大きい剣を差している事以外は三年前と変わらぬリツが私の前にいた。
 ぶつかって、もとい抱きついてきたのはずっと探していたリツ間違いない、そう確かに認識した時には涙が頬を伝っていた。
「ば、っばか、リツどこ行ってたの?ずっと、ずっと……」
 それ以上言葉を紡ぐ事ができない私をリツは強く抱きしめる。
「ごめん、マオ。ごめん……でも今はそれどころじゃないんだ」
 そう言うとリツは更に腕に力を込め、顔を近づける。そして私の耳元で私達以外には聞こえないような小さい声で囁いた。
「マオ、会いたかった。でも今すぐ逃げるんだ。俺が時間を作る」
「ちょっ、なに、え?!」
 目をぱちぱちとさせる私には、リツの言っている事がさっぱりだ。
「マオ嬢」
「は、はいっ」
 しかし私はリツにその真意を問う間もなく王に声をかけられた。王のその真剣な眼差しに何故か嫌な予感を感じる。
「マオ嬢に来てもらったのは他でもない。この度そこにいるリツ殿が魔王封印に成功したというのはもう知っていると思う」
「え?」
 徐に王が話し始めたその話を私は信じられずに驚きの声をあげた。確かにリツは勇者になると言って消えた。しかしあくまでそれは冗談か村を出るための口実だと信じてこんでいたのからだ。
 私は王を穴の開くほど見たあと隣にいる男を見、そしてまた王の方を見た。

「……がそれは表向きのことだ。魔王は討伐されたのではない。正しくは我々、いやそこに居るリツ殿とある条件の上、協定を結んだだけなのだ」
 続けざまに信じられない事を教えられ私の頭は錯乱状態に陥りそうだ。私の横に居るリツは鋭い視線を床に向けている。
「その条件とはな……」
そこまで王が話したときだ、リツが腰に差していた大剣を目にも止まらぬ速さで抜き私の前で構えた。
「逃げろ、」
 リツが広間中に響くほどの声で叫ぶと同時に十数人の騎士に私とリツは取り囲まれる。咄嗟の事に動揺する私置いてリツが私の周りに結界を瞬時に張った。
「リ、リツ?」
「いいから、」
 事情はわからないがリツがこんなにも切羽詰った様子なのは事情があるからに違いない。私は戸惑いつつもその足を出入り口である重厚な扉へと向け走りだそうとした。
 その瞬間。ぱちん、という指をならす音が鳴る。と同時に張られていた結界が解かれ、リツの表情が固まった。
 異変に気付いた私が思わず振り向く。
「い、から……にげ、」
 眉を寄せ苦しそうにそれだけ言い残すと、リツはその場で表情だけでなく身体まで固まってしまった。私の視線の端にリツにメイスを向ける魔術師が映る。
 何事かぶつぶつとその口から出る言葉には記憶があった。それが高度な石化魔法だと気付いたときには、既に時は遅かったが。
「ちょっと、何をするの!」
 言っても無駄だとはわかりながらも、私は声を荒げて魔術師に噛み付く。すると機械音のような無機質な声で魔術師は告げた。

「それはこちらの台詞です。リツ殿が条約に背こうとするからいけないのです」
 その言葉を聞きこのとき私はこの魔術師が人間ではないと漸く確信する。

「すまない、マオ嬢。何も言わず、何も聞かず、リツ殿の最低限の身の安全のため、しいては全国民を守る為今から言う事に必ず頷いてほしい。マオ嬢には酷だがこれも魔王の条件の一つ、仕方のない事なのだ。頷けばこの世界の多くの民が救われる」

 私の目の前にいる王の声は震えており深い眉間の皺から苦渋の選択を彼自身もしたことを表わしているようだった。
「マオ嬢、そなたの選択肢は二つだ。制限時間もあと半日と短い。もし後者を選んだり、時間が過ぎようならば心苦しいがそなた目の前でリツ殿を最初に順に親しい者の記憶を消し、殺さずに肉をそぎ落とさなければならない。」
 
私に選択肢など転移するために魔石に触れた瞬間からどころか、最初からなかったのだ。




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「どうすれば、いいのですか?」

 しばらくして私がやっとのことで搾り出した声は震えていた。
 はっきり言えば嫌だし恐くないわけがない。しかし目の前でリツが傷つけられる姿は見たくなかった。そして私にとっては大切な人の多くの記憶が奪われる行為は、耐え難く辛い事なのだ。
 第一、何をされるとしても私一人の犠牲で魔王の気が済むならそれでいいではないかと自分に言い聞かせた。
 その言葉を耳にすると王はほっとしたように頷く。

「では、承諾してくれるな?」
「はい」

 覚悟を決めた私の心は不思議と落ち着いていた。もう家族はいない、唯一心配だったリツの行方もわかった、だからいいのだ。またそう思う選択肢しか私にはなかった。

「では、いいかな?魔王殿?」

 そう王が口にした瞬間だ。王の隣に控えていた軍服姿の厳つい壮年の身体が、ぐにゃりと歪んだ。そして私が驚きに声をあげるひまもなく、みるみるその姿は変貌を遂げ、あっという間に可愛らしい美少女になってしまったのだ。

「交渉成立ね?」

 金髪を高い位置で二つに束ねたその美少女はやや年下の十八歳くらいにみえた。小柄なその少女は左右の色が違うその瞳を細め軽やかな足取りで私に近付く。

「初めまして、第96代魔王のフィアといいますわ。よろしくね?マオさん」
「は、はいっ」

 突然の出現にまず驚き、続いてあまりにも可愛らしい彼女は魔王ということに私は驚いた。

「話をしてもよくて?アルベルト様?いいですよね?」

 有無を言わさぬ物言いでフィアが言う。そして彼女は王の返事を待たずに私に話し始めた。

「マオさんは魔王でも手に入れられる力とそうでない力があること、そして弱点を持っていることは御存知でしょうか?」
「えっ?」

 突然ふられた質問に私は首を横に振る。この世で最強と詠われる魔王に弱点があるなどという話は、聞いた事がなかったからだ。

「ですよね、多くの方がそう思っていらっしゃいますわ。その力は歴代の魔王によっても違うものなので。そして私の場合致命的なものでした」

 私はなぜこんな話を魔王フィア本人がするのか量りかねていた。しかしその力の話をするという事は、私の払う犠牲というのがそれに関係しているのかもしれない。私が不安に顔を曇らせる一方、微笑みながらも話をするフィアの表情はどこか哀愁を帯びていた。 

「一つは魔力を自身では生み出せない身体だったこと、そしてもう一つは受け入れられる魔力のタイプがとても稀だった事ですわ」

 フィアはまるで遠くにある何かを見ているように視線を私から外す。

「それでも私の魔力はもともと歴代魔王に比べずば抜けて高かったから安心し過ぎていたの。でもいくらあってもいつかは無くなるわ。気付いたら私の魔力は中級悪魔と同等までに落ちていた。残念なことに」

 そこでフィアは一旦言葉を区切ると深いため息を吐いた。寂しげな顔は普通の人間と一切変わりなど無い様に見え、私は不思議な気持ちになる。

「そのおかげで今や私には軍の統制が取れないの。おかげで軍はここ十年荒れ放題。もともと私たちが利用するのは心の闇をもつ人間だけという掟のはずなのに、上級悪魔たちはそれを破ってそちらにも迷惑をかけてしまった。だからこそあなた達のためにも、私のためにも今すぐ魔力が必要なのよ」

 フィアの話に信憑性は無い。なぜならすべてそれは彼女自身が言っている事だからだ。しかし私はその哀しげな瞳と深刻そうな声に偽りがあるとは思えなかった。

「そんな時、私が受け入れられる魔力のタイプを持つ人間がやっと現れたの。そしてその人間のすぐ傍に特別な力を持った女の子がいる事も知ったわ。それがね、あなたとリツさんよ」

 フィアはその視線をリツに向けるとぱちんと指をならした。すると石化が溶け、リツはむせ返りながらフィアを睨み叫んだ。

「魔王、いやフィア。マオを巻き込むな。彼女は関係ない」

 リツの言葉を聞いて胸がちくりと痛む。三年も別れていれば関係ないと言われてもおかしくないのかもしれない。また関わりの深かった魔王フィアを呼び捨てにするのは当たり前かもしれない。それなのに私の胸はもやもやした何かでいっぱいになりそうだった。

 フィアはそんな私とリツを交互にみると話の続きをはじめる。

「関係なく無いわ。調べはついてるもの。マオさんの能力を持つ人間が生まれる割合は魔力を持つ者の約三七億分の一。第一私とタイプが合うリツさんとも仲が良いでしょう?これ以上の好条件はないわ。大体、リツさん、あなたの魔力が著しく低いからいけないのよ?奪っても何も変わらないくらい」

 鼻先でフィアは笑うとリツは「お前に足りるような魔力は普通の人間は持ちあわせて無いんだよ!」と怒鳴る。

 私は二人の様子を見ながら、こうしてリツと喧嘩する相手が三年のうちに変わってしまった事を寂しく思った。きっと胸の痛みがさっきよりも強くなっている理由もそこにあるのではないかと、現実を離れぼんやりと感じる。

「だからマオさん、あなたはあなたのその力を使って魔力を生み出し、それを彼に与えて欲しいのよ。あとは彼の中で魔力が私にあうようになったら定期的に頂くだけよ?なに、方法は両方とも至極簡単よ?それにお二人には悪い話ではないと思うわ。特にリツさんには」

 話し終えたフィアはリツの方へと視線を向け意味深な含み笑いをした。対するリツはそれを見て視線を外し軽く舌うちをする。

 私はあまりにも予想とは違う条件に何と答えて良いかわからなかった。魔力を差し出す事自体は特に問題はない。普段使うと言ってもその量はわずかだし仕事に使っている訳でもないからだ。

 ただ魔力を分け与える方法や、ましてや生み出す方法は全く知らない。
 リツが反対した事や、王が苦い顔をしていた事から予想はできたが。つまり人から人への魔力の受け渡しや魔力を生み出す際には何か多大なリスクを負わなければならない、そういう事なのだろう。
 例えば激しい痛みや苦痛を伴ったり。あるいは心身に異常をもたらしたり。最悪の場合渡した側、つまり私自身が命を落としてしまうのかもしれない。

 そんな予想をした私の不安が顕著に顔に表れているのを見たからか。フィアはまたもや口角をあげ、私に近付くと人差し指で心臓を指差す。

「大丈夫よ、命は頂かないわ。ただ時間がかかるし、体力・気力・根気はいるわ。あと多少の苦しみと痛みはあるかもね。でも魔力をリツさんに受け渡す事ができる人は他にいても、生み出す事はあなたくらいしかできないの。ま、複数から頂いても良いのだけどリツさんがね……」

 フィアがにんまりとした表情でリツちらりとみるとリツは不機嫌そうに下を向いた。
 私は意味がわからず首をひねりながら両者を交互に見る。そしてリツの耳が真っ赤になっている事に気付いた。

「据え膳食わぬは男のなんとやら、ではないのね。誰しもが」

 可笑しさを堪えながらリツの方を見るフィアは本当に楽しそうだ。対してリツは床を親の敵のように睨みながら赤面している。

 フィアはしばらく含み笑いを続けていた。しかし魔術師に囁きかけられ、我にかえったように真剣な面持ちになると私の方へと向きなおる。
「魔力の生み出し方や受け渡し方は彼が教えてくれるわ。私も時間がないの。なるべく効率よく、手早く、でも純度を高いものをお願いね?わかっていると思うけど大事なのは、時と同調率と……」
「わかったからフィア」

 フィアの言葉を断つようにリツが叫ぶとフィアは再び「あら、いいすぎたかしら?ごめんなさい」とちっとも反省の色を見せずに楽しそうに返す。
「またこちらから連絡をつけるわ。じゃあ、頑張ってねマオさん、リツさん。行くわよ?サイ」

 そう魔術師を呼ぶとフィアは彼とともに一瞬のうちにして姿を消した。
 あとに残されたのはわけがわからない私、器用にも眉間にしわを寄せ真っ赤になりながら苦い顔をしているリツ、そして完全に存在を忘れ去られている王だけだった。



「リツよ、ここでは話しにくいだろう。部屋を用意する。マオ嬢とそこでこれからのことを話し合うと良い」
 フィアたちが去り、静まりかえったその場で第一声を発したのは王だった。
「でもっ、」

 反論を返そうとするリツを制するように王が厳かに告げる。

「でも、なんだ?リツ殿。我々にはもうこれしか道はない。一時しのぎにしかならない停戦の為の条件だがマオ嬢は承諾した。それにこれはそなた本人やマオ嬢だけの問題ではない。国の、しいては世界の問題だ」

 それでも何事か言い返そうとするリツの袖を私は引いて止めた。眉を寄せながら振り返るリツに微笑を返す。既に私の決心はついているのだ。
 またリツに会えて、そしてこれからも会えるのなら今までの三年間よりはずっと良い。たとえ苦しみや痛みを伴ったとしても。
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