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第69話:城の中へ

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 「こいつで、終わり!」
  魔物の最後の一体を切り伏せて、シアルが声を上げる。
 「新手が来る前に、先へ進みましょう」
  防御壁がその役目を終えて消滅し、エレアヌとミーナが立ち上がった。
  けれど城に到達する手前で、その行く手は再び遮られる。
  リオ達と城との間の地面が、突然パックリと割れた。
 「うわっ!」
  先頭を走っていたため、危うく落ちかけたシアルは、必死に体勢を立て直すと後退する。
  続いて大きな地響きと共に、一抱えもある岩が宙に浮かび上がった。
 「これは……大地の力……?」
 「……ディオンが精封球メロウを使ってるんだ……」
  エレアヌの言葉を、リオが引き継いだ。

 「大地の妖精よ、我に従え」
  人間が入れそうなほど大きな、漆黒の球に両手を置き、ディオンは命じる。
  精封球に閉じ込められた妖精が、ゆるやかに顔を上げた。
  ほっそりしたその顔は、仮面のように表情の変化が無い。
 「大地を揺らせ。地割れを起こせ。あいつらの一人や二人、岩の下敷きにしてしまえ」
  ディオンの言葉に応ずる様に、栗色の長い髪が揺らめいた。

  巨岩が次々に飛んでくる。
  リオの瞳が瑠璃色に変わり、防御壁が全員を覆った。

 「風の妖精!」
  澄んだ声が、薄暗い空間に響き渡る。
  大気のヴェールが、一同を包んだ。

 「このまま上から城へ入りましょう」
  風の翼に運ばれながら、エレアヌが言う。
 「走って行くより、少しは安全そうです」
 「そうだね」
  リオが頷いた時、巨大な岩が飛んでくる。
  それは彼等に向かってきたが、当たる事はなく、空中で粉々に砕け散った。

 「防御壁が無けりゃ、こっちも安全とは言えないよな」
  ふーっと溜め息をついて、シアルが言う。
 「とにかく中に入ろう」
  リオが言うと、風は大きく旋回し、五人を城の中へと運んでいった。


 「侵入されたか」
  精封球から両手を離し、ディオンは舌打ちする。

  黒い球体の中、大地の妖精は肩で息をしながら、両手で身体を支える様に座っていた。
 「貴様もあまり役にたたんな」
  それに冷ややかな視線を投げかけ、玉座に戻った青年は、傍らの卓に置いてある小瓶を手に取る。
  何か薬らしき液体が入った、褐色の小瓶。
 それを口にあてがうと、ゴクリと飲み干した。


  魔物が、群れをなして襲ってくる。
  城の中は、怪物だらけであった。

 「てめーら、塵になりたくなけりゃ、そこをどけっ!」
  怒声が響き、聖剣が破邪の光を放つ。
  聖剣を振るう少年を先頭に、五人は廊下を駆け抜けた。

 「変だな、魔物ばかりで人がいない」
  左右に首を巡らせつつ、リオは言う。

  ズラリと並ぶ扉は、どれも無残に壊されていて、そのほとんどが止め具ごと吹き飛んだように転がっている。
  丸見えの室内は全て埃だらけで、人が住んでいるようには思えない。

 (黒き民は一体どこにいるんだ?)
  遠い前世の母に頼まれ人探しをする彼は、怪物だけが居る無人の城内に嫌な予感がする。

 (……そういえば、ニクスは『魔物は無差別に生き物を殺す』って言ってたな……)
  暗い考えが浮かびかけた時、前方が急に広がり、四角く開けた空間が一同を迎える。
  その奥に、大きな二枚の扉が見えた。

  勢いよく扉を開けたシアルに続き、リオ達は大広間に駆け込む。
  宝石を嵌め込んだ豪奢な彫刻が並ぶ先に、十段ほどの階段と真紅の絨毯が見えた。
  それらは手入れを施している様には思えぬほど薄汚れ、彫刻などは埃を被っている。

 (何なんだ? この城は。まるで廃墟じゃないか)
  周囲に目を向け、リオは思った。
  他の者も同感らしく、しばし呆然と辺りを見回した。
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