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第70話:大地の妖精

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 「来たか死にぞこない」
  階段の上にある玉座に座っていた青年が、ゆっくりと立ち上がった。
  その横に置かれた精封球の中では、細身の青年の姿をした妖精が蹲っている。

 「言われた通り、ここに来た。大地の妖精ウルディムを解放してもらいたい」
  自分と同じ漆黒の瞳を見据え、リオは言う。
  拒否されるのは覚悟していた。

 「いいだろう」
  ところが、黒き民の長はあっさりと承知する。
 「役立たずの妖精など、もういらぬ」  
 ディオンは片手を伸ばし、精封球に触れた。
 短い呪文が唱えられ、漆黒の球体は瞬時に消え去る。
 後に残るのは、力が抜けたように倒れ込む、栗色の髪の青年。
 「そら、返してやる」
 ディオンは青年の柔らかな長い髪を無造作に掴むと、乱暴に引き起こす。
「……何を……」
 リオが言いかけた直後、青年は階上から投げ落とされていた。
  階段を転げ落ちて倒れている青年に、黒髪の少年が慌てて駆け寄る。
 「いけません、不用意に近付いては……!」
  エレアヌが叫んだ時には、リオは青年を抱き起こしていた。
  ほっそりした顔にかかる長い髪を取り除けてやりながら、怪我などを調べる。
  背は高いがその身体は細く、思ったよりずっと軽かった。
  閉じた瞼は長い睫毛に縁どられ、整った顔を一層女性的に見せる。
  死んだように動かぬ青年を見つめ、リオはふと気付いた。
 (……衰弱してる……? これは階段から落ちたせいじゃない……)
  痩けた頬、よく見ると腕や足も関節が浮き出している。

 「一体、何をしたんだ!」
  グッタリとした青年を抱いたまま、リオはディオンを睨みつけた。

 「お前達を歓迎しようと、そいつの力を少し使っただけさ」
  玉座の上で足を組み、ディオンは小馬鹿にしたような笑みを浮かべる。
 「そいつには、攻撃の力を出すのは少々きつかったようだが。お前は聖なる力をもってるんだろう? それで治してやるんだな」
  と言う彼に、リオはきつい視線を向ける。
 「エレアヌ」
  それから、背後に来ているエレアヌに小声で聞く。
 「衰弱している妖精は、どうしたら回復する?」
 「聖なる力を注いであげれば回復しますよ」
  答えると、エレアヌはその手を意識の無い妖精の額に当てる。
  僅かな黄金色の光が大地の妖精を包むと、蒼白だった顔にほんの少し血の気が戻った。
 「分った」
  それを見たリオも、聖なる力を注ぎ始める。
  柔らかな光に包まれて、大地の妖精ウルディムが目を開けた。

 「……リュシア……?」
  リオに抱かれた青年の口から、掠れた声が漏れる。
  弛緩していた身体に、力が戻ってきた。
「助けに来てくれたんですね……ありがとう……」
  自分を抱く者が誰か分り、嬉しそうに目を細める。
  弱々しい微笑みは、ほっそりした顔を一層女性的に見せた。

 「今の僕の名は【リオ】だよ」
 「……そうでしたね……あまりに似ているので、間違えてしまいます……」
  友である少年の言葉に、妖精の青年はまた笑みを浮かべた。
  それから、ゆっくりと右手を上げる。
 「私はもう大丈夫ですから、どうか今度はあの人を救ってあげて下さい」
  細い指が、示す方角。
 そこにいるのは、ディオンであった。
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