75 / 169
勇者セイル編
第74話:孵化
しおりを挟む『ヒロヤ君、そちらの様子はどうだい?』
『静かなもんです。王都に大群が来た後こちらには全く来てません』
人魚の里、プライベートビーチの小屋でヒロヤは瀬田に報告している。
森田は元は苗字で呼ばれていたが、今では里での呼び名と合わせてヒロヤと呼ばれていた。
マイクロチップ型魔道具・assortment skill。
株式会社SETA異世界派遣部社員全員が装着している。
直径1mm、長さ8mm、皮下に埋め込んで脳波で操作する魔道具だ。
その機能の1つ、EEG communicationは、脳波を使った通話を可能にする。
通話はアプリ所持者間でのみ有効。
送信者が見たものを受信者も見る事が出来る、ビデオ通話に似た機能を持つ。
グループでの通話も可能。
この機能を使って互いに連絡を取り合っていた。
『先日預けた2人は元気になったかい?』
『はい。今みんなでウミガメ見てますよ』
奏真とイルが異空間牢に送った女性と少女も、メンタルケアのため人魚の里で保護している。
彼女たちが攫われて牢に閉じ込められていた期間は前に保護した子供たちより短かったようで、心の回復は早かった。
適応力が高い少女は既に笑顔を見せるほどになっている。
『実はもう1人預かってほしい子がいてね。カートル孤児院の子なんだが、里子に行く予定の村が住民消失事件の1つになっているんだ』
『構いませんよ。 いなくなった人たち、まだ誰も見つかりませんか?』
人魚の里への魔族の襲撃が無くなってから、この大陸のあちこちの村から住民全員がいなくなる事件が起きていた。
そしてその人々は1人も見つかっていない。
新たに加わる子は、カートル孤児院の医務室担当職員テレーズに連れられて来た。
「この子の名前はロシュといいます。ずっと怯えたままで言葉が話せなくなっています」
テレーズが説明するその子供は7~8歳の少年で、ブルブル震えている。
「分かりました」
膝をついて目線を少年と同じ高さにして、ヒロヤは穏やかに話しかけた。
「大丈夫、君をいじめたりしないよ。 ここでゆっくり心を癒そうね」
そこへ、ウミガメを見ていた少女が駆けて来る。
「先生~! カメさん撫でさせてくれたよ!」
「!」
少女の姿を見た途端、少年に変化が起きた。
言葉は出ないが、その手を少女の方へ差し伸べる。
「あ! ロシュも助かったのね!」
少女がすぐに気付き、少年を抱き締めた。
乗合馬車で一緒に乗っていた女の子。お菓子を分けてくれたのを覚えている。
盗賊に攫われて、狭い牢の中に一緒に詰め込まれていた仲間。
牢の中で怯えていた子が無事で、この場所で楽しそうにしている。
「………」
凍った心が溶けて、涙が流れる。
まだ言葉は出ないが、ロシュは少女を抱き締め返す事で嬉しさを表した。
『魔族たちが人魚の里を襲っていたのは、その心臓を魔王の誕生に使う為らしいよ』
脳波通信で話すのは、勇者イルとして聖王国に在籍する星琉。
地下迷宮を進む途中の休憩時間に通信していた。
『で、セイル君はその魔王を倒す為に神が創った勇者の生まれ変わりなんだっけ?』
ヒロヤが言う。
異世界に行っておいて何だが、随分とファンタジーな話だなと思う。
『前世の記憶とか無いから、全然そんな感じしないですよ。聖剣に懐かれた以外は』
イルが苦笑している様子が伝わってくる。
本来は攻撃力を上げるだけの武器が、使い手を護る効果を自ら作り出すなど普通は無い。
魂を持ち、初代勇者の死を覚えている聖剣は、当代は死なせたくないという意識があるらしい。
『聖剣が懐くって時点で一般人とは違う気がするよ』
ヒロヤはツッコミを入れた。
休憩を終えて再び地下迷宮を進み始めたイルと聖騎士たち。
その前方に現れるのは、実体を持たぬゴースト系の魔物。
物理攻撃系の冒険者には厄介な敵かもしれないが、聖騎士にとっては倒しやすい相手だ。
彼等の武器には聖女の浄化魔法が付与されている。
その武器で攻撃すれば物理ダメージは通らないが、付与された魔法でゴーストは消滅した。
(こっちはいいけど他のパーティが遭遇すると厄介だろうな…)
そう思ったイルは、ストレージから鎮魂花の小枝を取り出すと、地面に刺す。
『ライム、頼む』
『OK!』
懐に潜んでいた神樹の妖精がフワリと出てくる。
緑の羽根の妖精たちが、金髪の勇者の周囲に集う。
………彷徨う霊たちよ、正しき道へ還れ………
彼の願いに呼応して、妖精たちが一斉に光を放った。
青い星型の花が、その数を増やして地下迷宮全体に散らばる。
心を落ち着かせる微かに甘い花の香りが広がった。
「うぉっ?! なんだこりゃ?!」
ゴーストに苦戦していたところに鎮魂花の青い花びらが舞い込み、冒険者たちが驚く。
花びらは一気に広がり、ダンジョン内の全てのゴースト・アンテッド系モンスターを浄化した。
純粋な神聖力はそれだけで収まらず、ロミュラがエネルギーを注ぐ卵にも影響を及ぼした。
「!!!」
鍾乳石と同じ質感の硬い殻にビシッ!と大きなヒビ割れが入り、ロミュラが驚愕する。
「なんだこの神聖力は?!」
一緒にいるフォンセも動揺した。
「あぁ! 駄目、待って!!!」
ロミュラが悲鳴に近い声で叫ぶ。
ヒビ割れた卵から黒い霧が漏れ出し、舞い込んだ青い花びらに巻き込まれるように消えてゆく。
そして、パンッ!と音を立てて破裂した勢いで卵の殻が飛び散る。
ロミュラとフォンセは飛散した殻をまともに浴び、破片が突き刺さった肌から血が流れ出た。
痛みに顔をしかめる2人の前で、卵から現れた子供がドサリと倒れる。
「………そんな………」
傷の痛みを堪えて歩み寄るロミュラが抱き上げた子供は、目を閉じてピクリとも動かなかった。
「…どうなったのだ…?」
フォンセが問いかける。
「せっかく注いだ力が、人間どもの存在力が全て浄化されて消えた。今の主様は人魚の心臓の力だけで辛うじて生きている…」
ロミュラは呆然とした様子で答えた。
1
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
田舎農家の俺、拾ったトカゲが『始祖竜』だった件〜女神がくれたスキル【絶対飼育】で育てたら、魔王がコスメ欲しさに竜王が胃薬借りに通い詰めだした
月神世一
ファンタジー
「くそっ、魔王はまたトカゲの抜け殻を美容液にしようとしてるし、女神は酒のつまみばかり要求してくる! 俺はただ静かに農業がしたいだけなのに!」
ブラック企業で過労死した日本人、カイト。
彼の願いはただ一つ、「誰にも邪魔されない静かな場所で農業をすること」。
女神ルチアナからチートスキル【絶対飼育】を貰い、異世界マンルシア大陸の辺境で念願の農場を開いたカイトだったが、ある日、庭から虹色の卵を発掘してしまう。
孵化したのは、可愛らしいトカゲ……ではなく、神話の時代に世界を滅亡させた『始祖竜』の幼体だった!
しかし、カイトはスキル【絶対飼育】のおかげで、その破壊神を「ポチ」と名付けたペットとして完璧に飼い慣らしてしまう。
ポチのくしゃみ一発で、敵の軍勢は老衰で塵に!?
ポチの抜け殻は、魔王が喉から手が出るほど欲しがる究極の美容成分に!?
世界を滅ぼすほどの力を持つポチと、その魔素を浴びて育った規格外の農作物を求め、理知的で美人の魔王、疲労困憊の竜王、いい加減な女神が次々にカイトの家に押しかけてくる!
「世界の管理者」すら手が出せない最強の農場主、カイト。
これは、世界の運命と、美味しい野菜と、ペットの散歩に追われる、史上最も騒がしいスローライフ物語である!
異世界転生、防御特化能力で彼女たちを英雄にしようと思ったが、そんな彼女たちには俺が英雄のようだ。
Mです。
ファンタジー
異世界学園バトル。
現世で惨めなサラリーマンをしていた……
そんな会社からの帰り道、「転生屋」という見慣れない怪しげな店を見つける。
その転生屋で新たな世界で生きる為の能力を受け取る。
それを自由イメージして良いと言われた為、せめて、新しい世界では苦しまないようにと防御に突出した能力をイメージする。
目を覚ますと見知らぬ世界に居て……学生くらいの年齢に若返っていて……
現実か夢かわからなくて……そんな世界で出会うヒロイン達に……
特殊な能力が当然のように存在するその世界で……
自分の存在も、手に入れた能力も……異世界に来たって俺の人生はそんなもん。
俺は俺の出来ること……
彼女たちを守り……そして俺はその能力を駆使して彼女たちを英雄にする。
だけど、そんな彼女たちにとっては俺が英雄のようだ……。
※※多少意識はしていますが、主人公最強で無双はなく、普通に苦戦します……流行ではないのは承知ですが、登場人物の個性を持たせるためそのキャラの物語(エピソード)や回想のような場面が多いです……後一応理由はありますが、主人公の年上に対する態度がなってません……、後、私(さくしゃ)の変な癖で「……」が凄く多いです。その変ご了承の上で楽しんで頂けると……Mです。の本望です(どうでもいいですよね…)※※
※※楽しかった……続きが気になると思って頂けた場合、お気に入り登録……このエピソード好みだなとか思ったらコメントを貰えたりすると軽い絶頂を覚えるくらいには喜びます……メンタル弱めなので、誹謗中傷てきなものには怯えていますが、気軽に頂けると嬉しいです。※※
ブラック企業でポイントを極めた俺、異世界で最強の農民になります
はぶさん
ファンタジー
ブラック企業で心をすり減らし過労死した俺が、異世界で手にしたのは『ポイント』を貯めてあらゆるものと交換できるスキルだった。
「今度こそ、誰にも搾取されないスローライフを送る!」
そう誓い、辺境の村で農業を始めたはずが、飢饉に苦しむ人々を見過ごせない。前世の知識とポイントで交換した現代の調味料で「奇跡のプリン」を生み出し、村を救った功績は、やがて王都の知るところとなる。
これは、ポイント稼ぎに執着する元社畜が、温かい食卓を夢見るうちに、うっかり世界の謎と巨大な悪意に立ち向かってしまう物語。最強農民の異世界改革、ここに開幕!
毎日二話更新できるよう頑張ります!
スキルはコピーして上書き最強でいいですか~改造初級魔法で便利に異世界ライフ~
深田くれと
ファンタジー
【文庫版2が4月8日に発売されます! ありがとうございます!】
異世界に飛ばされたものの、何の能力も得られなかった青年サナト。街で清掃係として働くかたわら、雑魚モンスターを狩る日々が続いていた。しかしある日、突然仕事を首になり、生きる糧を失ってしまう――。 そこで、サナトの人生を変える大事件が発生する!途方に暮れて挑んだダンジョンにて、ダンジョンを支配するドラゴンと遭遇し、自らを破壊するよう頼まれたのだ。その願いを聞きつつも、ダンジョンの後継者にはならず、能力だけを受け継いだサナト。新たな力――ダンジョンコアとともに、スキルを駆使して異世界で成り上がる!
男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件
美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…?
最新章の第五章も夕方18時に更新予定です!
☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。
※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます!
※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。
※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!
ラストアタック!〜御者のオッサン、棚ぼたで最強になる〜
KeyBow
ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞奨励賞受賞
ディノッゾ、36歳。職業、馬車の御者。
諸国を旅するのを生き甲斐としながらも、その実態は、酒と女が好きで、いつかは楽して暮らしたいと願う、どこにでもいる平凡なオッサンだ。
そんな男が、ある日、傲慢なSランクパーティーが挑むドラゴンの討伐に、くじ引きによって理不尽な捨て駒として巻き込まれる。
捨て駒として先行させられたディノッゾの馬車。竜との遭遇地点として聞かされていた場所より、遥か手前でそれは起こった。天を覆う巨大な影―――ドラゴンの襲撃。馬車は木っ端微塵に砕け散り、ディノッゾは、同乗していたメイドの少女リリアと共に、死の淵へと叩き落された―――はずだった。
腕には、守るべきメイドの少女。
眼下には、Sランクパーティーさえも圧倒する、伝説のドラゴン。
―――それは、ただの不運な落下のはずだった。
崩れ落ちる崖から転落する際、杖代わりにしていただけの槍が、本当に、ただ偶然にも、ドラゴンのたった一つの弱点である『逆鱗』を貫いた。
その、あまりにも幸運な事故こそが、竜の命を絶つ『最後の一撃(ラストアタック)』となったことを、彼はまだ知らない。
死の淵から生還した彼が手に入れたのは、神の如き規格外の力と、彼を「師」と慕う、新たな仲間たちだった。
だが、その力の代償は、あまりにも大きい。
彼が何よりも愛していた“酒と女と気楽な旅”――
つまり平和で自堕落な生活そのものだった。
これは、英雄になるつもりのなかった「ただのオッサン」が、
守るべき者たちのため、そして亡き友との誓いのために、
いつしか、世界を救う伝説へと祭り上げられていく物語。
―――その勘違いと優しさが、やがて世界を揺るがす。
猫を拾ったら聖獣で犬を拾ったら神獣で最強すぎて困る
マーラッシュ
ファンタジー
旧題:狙って勇者パーティーを追放されて猫を拾ったら聖獣で犬を拾ったら神獣だった。そして人間を拾ったら・・・
何かを拾う度にトラブルに巻き込まれるけど、結果成り上がってしまう。
異世界転生者のユートは、バルトフェル帝国の山奥に一人で住んでいた。
ある日、盗賊に襲われている公爵令嬢を助けたことによって、勇者パーティーに推薦されることになる。
断ると角が立つと思い仕方なしに引き受けるが、このパーティーが最悪だった。
勇者ギアベルは皇帝の息子でやりたい放題。活躍すれば咎められ、上手く行かなければユートのせいにされ、パーティーに入った初日から後悔するのだった。そして他の仲間達は全て女性で、ギアベルに絶対服従していたため、味方は誰もいない。
ユートはすぐにでもパーティーを抜けるため、情報屋に金を払い噂を流すことにした。
勇者パーティーはユートがいなければ何も出来ない集団だという内容でだ。
プライドが高いギアベルは、噂を聞いてすぐに「貴様のような役立たずは勇者パーティーには必要ない!」と公衆の面前で追放してくれた。
しかし晴れて自由の身になったが、一つだけ誤算があった。
それはギアベルの怒りを買いすぎたせいで、帝国を追放されてしまったのだ。
そしてユートは荷物を取りに行くため自宅に戻ると、そこには腹をすかした猫が、道端には怪我をした犬が、さらに船の中には女の子が倒れていたが、それぞれの正体はとんでもないものであった。
これは自重できない異世界転生者が色々なものを拾った結果、トラブルに巻き込まれ解決していき成り上がり、幸せな異世界ライフを満喫する物語である。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
