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第6章:勇者と魔族

第81話:願い

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奏真が昏倒させて捕らえたフォンセは、異空間牢の独房に収容された。
大魔道士で高度な魔法が使える上に魔王の眷属となった男は、角と翼のある魔族の姿に変わっている。
危険過ぎると判断され、特別な魔道具で昏睡状態を維持させていた。
尋問は瀬田が開発した深層意識を読み取る魔道具を使って行われる。

聖女の子として生まれながら、光属性に全く適正が無かった為に里子に出されたフォンセ。
知力と魔力が優れていた事から魔道士に引き取られ、何故闇属性が忌み嫌わるのか書物を調べる。
そして魔族や魔王の存在を知って興味を持った頃、魔族のロミュラと出会う。
闇属性しか無い彼を実母は棄てたが、魔族の女性は優しく接してくれた。
愛情に飢えた子供は、厳しい師匠よりも優しくしてくれる魔族を慕う。

「貴方の居場所をあげる。こちらへおいで」
優しく微笑んで差し伸べられた手を、少年フォンセは迷わず握った。

20年前、カートルの聖女が暗殺されたのは、実の息子であるフォンセの仕業。
その前にカートル国王も暗殺されており、魔族がすり替わっていた。
フォンセを宮廷魔道士にしたのは、入れ替わった国王だった。
14年前、聖女でプルミエ王妃でもあるアリアの暗殺を謀ったのも彼である。
そして今年、聖女のイリアとセイラを襲撃したのも彼が差し向けた者たちだった。



………おいで、我が加護を受けし者たちよ………

木漏れ日が見える。
優しく、心地よい光と緑の木々。
星琉とイリアは、フワリと空中を進んで木漏れ日に向かう。

木漏れ日をくぐると、穏やかに微笑む神が待っていた。
男性のようにも女性のようにも見える、中性的な美しさを持つ存在。
足元には、星の海に青い惑星が浮かんでいる。

「我が子よ、あなたが神界へ還した魂たちについて問います」
惑星と同じ色合いの瞳を持ち、性別を持たぬ神が言う。
それが創造神だと2人は悟る。
「多くの魂が、自然に反した力で肉体を失いました。それらを元に戻す事を願うならば、そのようにしましょう」
神が提案する。
「戻せるのなら、勿論そうしてほしいです!」
2人の答えは同じだ。
「ここに送られた全ての魂を人に戻します。良い人間も悪い人間も全て。それでも構いませんか?」
神はまた問う。
「はい。悪い人間は法で裁けばいいだけです」
星琉は迷わず答えた。
イリアも頷いた。

「では、あなたたちに授けたギフトを開放しましょう。その力で魂を在るべき処へ戻しなさい」
創造神の声と共に、星琉とイリアは大陸中央の上空に移動した。
そのままフワフワと浮かびつつ、2人は創造神の贈り物を使う。
神の力で空を浮遊しながら寄り添い、以前リオモの里で神樹から渡された光が宿る額に意識を集中すると、ギフトは発動した。

生命の復活リザレクション

2人から放たれた光が、大陸全土を覆う。
その直後、闇の魔法で消された全ての生命が蘇った。


翌朝。
孤児院の自室で目覚めたエレナとテレーズは、窓の外を見て驚いた。
失われた日常、朝の風景。
子供たちとスタッフが、楽しそうに笑いながら庭の花々の手入れをしている。
呆然と窓辺に立つ2人に気付き、子供たちが大声で呼び掛けた。
「なにしてるの~?」
「早くこっち来て~」
「バザー始まるよ~!」
戻ってきた、いつもの朝。
突然失われ、もう戻ってはこないのだと絶望していた、かけがえのないもの。
大切な人々が、戻ってきている………
悲しみに凍り付いた心が溶けてゆく。
2人の目から、涙が溢れた。


聖王国トワ。
勇者の為に用意された部屋で、彼は目を覚ました。
隣には、灰色の長い髪をした子供がいる。
中性的な顔立ちはあどけなく、寝顔は天使かと思う愛らしさだ(魔王だけど)。
封印装置の完成まで、魔王はトワの勇者の付属品みたいにくっついていた。
魔王を身内の仇と見るセイラは猛反対したのだが、必死で説得した。
魔王本人が彼の傍にいる事を望んだので、いつも連れ歩いている。
虚弱体質でほとんど歩けない子供を、彼が抱っこしている姿が最早見慣れたものになっていた。
魔力を補充し続けてやらないといけないので、魔力譲渡イムパートは常時発動、接触していれば回復する。

そんなわけで寝る時は添い寝になっていて、そろそろ見慣れた寝顔だ。
(勇者に腕枕されて寝る魔王ってどうなんだ?)
自分でツッコミを入れたりする。
すると目を覚ました子供が、こちらを見て驚いた顔をした。
「ああそうか、やっと戻れたのだな」
子供はすぐに納得した様子で頬に手を触れてきたので、彼は自分の容姿の変化に気付いた。
「鏡を見てみるがよい」
言われて、彼はベッドから起き上がり、洗面台へ向かう。
鏡に映った姿は、自分のものとして見るのは久し振りの黒髪黒い瞳の少年。
イルはようやく、星琉に戻れた。
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