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勇者セイル編
第82話:返ってきた日常
しおりを挟むラグスの森を抜けて、イスク村に続く道。
注文の品を届けに行くリマは、その道を歩いている。
「消えた人々が帰ってきたよ」
「行方不明になってた間の記憶は無いそうだけど」
そんな話を聞き、品物の配達も兼ねて見に行く事にした。
「あ、リマさんだ」
「お守り作って来てくれたの?」
村の入口まで来ると、近くにいた子供たちが出迎えてくれた。
他の村人たちも普段と同じ様子で村の中に居る。
(良かった。いつものイスク村に戻ってる…)
リマはホッとしつつ村の中に入って行った。
同じく日常に戻ったカートル孤児院。
朝のバザーは今日も大繁盛だ。
「おはようございます。丸パン5つ下さい」
「あ!セイルさんいらっしゃい!」
パンを買いに来た客を見て、エレナが声をかける。
日本人特有の黒髪・黒い瞳、細身の身体に整った顔立ちの少年、プルミエの勇者だ。
彼は灰色の長い髪の子供を抱いており、支払いや商品の受け取りはその子供がやっていた。
「お仕事で来たんですか?」
子供にパンを渡しつつエレナが聞く。
「エレナさんのパンが食べたくて来たんです」
ニコッと微笑むその笑顔に、エレナは何故か懐かしさを感じた。
聖王国トワ・大神殿。
セイラは朝から機嫌が悪い。
コンコンとドアをノックする音、それが誰か彼女は分っていた。
「留守です!」
「…って、いるから返事してるんじゃない?」
ドアの向こうでツッコミを入れる声がする。
「会いたくありません!」
「…じょうがないな。じゃあ袋はドアノブにかけておくから。温かいうちに食べろよ」
諦めた相手は立ち去ってゆく。
セイラはベツドに突っ伏して、遠ざかる足音を聞いていた。
足音が聞こえなくなってからドアをそっと開けて見ると、まだ温かい丸パンを入れた袋があった。
パンは3つ。セイラとシアンとライムの分だ。
今朝起きたら元の姿に戻っていた星琉。
これまでの事情を知る法王やセイラに報告して、本日プルミエに帰る事になった。
それは仕方のない事だが、セイラにとっての問題は朝から晩まで彼にベッタリくっついている子供だ。
性別が無く、男の子でも女の子でもないその子は虚弱体質で歩く事も出来ず、魔力譲渡で常時魔力を与えてあげないと倒れてしまう。
魔力譲渡は賢者シロウが開発したオリジナル魔法で、現在それが使えるのはシロウ本人とSETA関係者くらいだ。
魔王の転生者である子供は意識を保つだけでも大量に魔力を消費し続けるそうで、魔力切れにならないように補充してあげられるのは星琉だけである。
「そんなに拗ねないで」
「魔王封印したらセイラに会いに来てくれるから」
慰めるのは、神竜のシアンと神樹の妖精ライム。
彼等はその存在が光そのものなので、魔王が触れるとダメージを受けるからとセイラに預けられていた。
「何であんなに過保護なのよ。ちょっとくらいほっといても気絶するだけでしょう?」
セイラはプンプン怒っている。
「また浄化魔法かけてやろうかな」
「やめてあげて~」
「死んじゃうから!」
悪い顔をするセイラを、シアンとライムが慌てて止めた。
一方、星琉は部屋の片付けを済ませて法王クラルスの執務室へ向かう。
「今までお世話になりました」
ペコリと頭を下げる。
この国の作法はまだそれほど詳しくはないが、お礼を言う時に頭を下げるのは日本と同じだ。
「聖剣は持って帰るがよい。置いて行くでないぞ?」
「はい」
先回りするように念を押されてしまい、星琉は苦笑する。
今の魔王が触れると死ぬどころか消滅しかねないので、聖剣はストレージに収納したままだ。
挨拶を済ませると、星琉は魔王を連れてプルミエに帰還した。
プルミエ王城地下、瀬田の研究室。
「やっと戻れたぁぁぁ!」
シトリはやっと獣人に戻れてホッとしつつ帰り、瀬田は封印用魔道具の進展を話す。
「魔王を封印するだけならいいんだが、生命維持も必要だから魔石選びに困っているんだ」
「どんな魔石が必要ですか?」
星琉は聞いた。
「そうだなぁ、ルフ魔石くらいかそれ以上のものがあれば」
「それなら1つ心当たりがありますよ」
言うと、星琉はシアンに呼びかける。
『シアン、前に預けた黒竜魔石、封印の魔道具に使っていい?』
『いいよ』
シアンはあっさり承諾、星琉は神竜の間から黒竜魔石を転移させた。
「! …これが例の黒竜から出たものかい?」
話は聞いているが現物を見て少し驚く瀬田。
「ほう、あいつを見かけないと思ったら倒されておったか」
面白そうに笑うのは魔王。
「浄化魔法1発で君を瀕死にした聖女が倒したんだよ」
表向きはそうなっているので冗談混じりに星琉は言う。
「眠っておったから知らぬが、危うく伝説が生まれるところだったのだな」
魔王が苦笑した。
そして、賢者シロウの最新魔道具、魔王専用封印装置が完成となる。
封印の日の前夜、プルミエ王城の星琉の部屋で、子供魔王は最後の添い寝をしてもらっていた。
「あの中に入ったら、もうこの音は聞けぬな…」
星琉の胸に耳を当て、心臓の音を聞く。
そうして眠るのが日課になっていた魔王は寂しそうに言う。
「一緒に寝てた子がいなくなったら、俺しばらくペットロスになりそう」
「誰がペットだ、誰が!」
ボケる星琉にツッコミが入った。
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