【本編完結】株式会社SETA異世界派遣部~ゲーム大会で優勝したら異世界に招待された~

BIRD

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勇者セイル編

第87話:凍った時間

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ジパング皇国・セキの里付近の山。
山頂にある湖は、気温が下がると凍り付く。

「この湖の底に眠る方を正気に戻し、治療して頂きたいのです」
白夜ビャクヤと名乗った白い母犬が言う。
白い狼のような大型犬の母子は、犬神と呼ばれる神獣だ。
母子の怪我は、仕えている主人に斬られたものだという。
本来はそんな事をする性格ではなく、突然苦しみだして我を失ってしまったらしい。

星琉が白犬母子と共に湖岸へ近付くと、凍った湖面から黒い靄が滲み出て、人間の姿に変わった。
黒い武者鎧に日本刀、兜と面で隠れて顔立ちなどは分からない。
星琉より頭1つくらい背が低いようだが、ジパングの民は総じて低身長なので成人かもしれない。
姿を現してすぐ黒い武者は斬りかかってきた。

キィン!という金属がぶつかる音。
抜刀した星琉が武者の刀を薙ぎ払い、返す刀で袈裟懸けに斬撃を入れた。
殺すつもりはないので刃ではなく峰を当てている。
しかし手応えが無い。
背後に殺気を感じ、身を翻して回避から再度斬り付けてみる。

(刀以外は実体じゃないな…)
2度目の反撃をした時、星琉は気付いた。
刀には当たるが、それ以外は手応えが無い。

怨霊か?
ストレージから鎮魂花レエムの小枝を取り出し、湖へと投げる。
何も言わなくてもライムと神樹の御使いたちが集合して光を放ち始めた。

………闇に囚われた霊よ、光の中へ還れ………

願うと、湖全体に青い星型の花と光が満ちる。
黒い武者の鎧兜と面が粉々に砕けて消えた。
その場に残されたのは、少女のような容貌の少年………。

少年の双眸から涙が溢れ出る。
『兄上…私は裏切ってなどいません…』
星琉の心に直接語り掛けてくる声。
涙を流して訴える少年の姿は実体ではない。
狩衣と似た和装で、少なくとも平民ではないように思える。
『…私はただ、兄上の…』
そこまで言いかけたところで、何かに驚いたように少年は目を見開く。
その幻影が、刀に胸を刺し貫かれた姿に変わる。
そして狩衣の少年は力尽きたように落ち、凍った湖に吸い込まれるように消えた。

「今の方が空也クウヤ様、私たちがお仕えしているお方です」
白夜が言う。
風魔法で身体を浮かせ、星琉は幻影が吸い込まれた湖面に近付いてみた。
凍った湖面は水の僅かな動きでひび割れが出来ており、鱗のように見える。
湖底の様子は見えなかった。
気配探知で、湖の底に弱々しい生命反応があるのが分る。
「今こちらにお連れします。怪我の治療をお願い出来ますか?」
「いいよ」
星琉が即答すると、岸にいた母犬はヒラリと身を躍らせて氷を突き破り、湖底へ向かう。
そしてすぐ、先ほどの幻影そっくりな少年の衣服を咥えて引っ張り上げて来る。
氷水でびしょ濡れの白夜と少年を、星琉は魔法で乾かしてあげた。
岸へ引き上げられた狩衣姿の少年の身体は冷え切っていて、肌は血の気が無く真っ白になっている。
その胸から背を貫いているのは、魔石が嵌った日本刀カタナ
出血は傷口周辺に少量だけで、それは凍り付いていた。

仮死状態。
呼吸や心拍の片方または両方が停止し、意識も無く死んだかのように見えるが、蘇生する余地のある状態。
失血や虚血による酸素欠乏は死に直結するが、酸素消費のない仮死状態になれば【生命の時計】を止められる。
凍り付いた空也の身体は、まさにその状態を維持していた。

「これ、はずすよ?」
声をかけて母犬が頷くのを確認してから、星琉は少年の心臓と肺を貫いている刀を抜き取る。
空也の身体から新たな出血は無かった。
血液も臓器も凍結、脈も呼吸も無いその身体は冷たく硬直している。
気配探知で生命反応が感じられなかったら死体と間違えそうだ。
氷と同じ冷たさを感じながら空也を抱いて、星琉は治癒魔法を発動させる。

最上級回復魔法エクストラヒール

その肉体に魂が残っていれば、致命傷でも数秒以内に完全回復させられる奇跡の魔法。
損傷した心臓や肺が修復され、体表面の傷口も塞がったところで凍結が解除される。
停止していた呼吸と心拍が動き始め、体温も上がってゆく。
凍って硬くなっていた身体が温まり弛緩すると、空也がぼんやりと目を開けた。

「あとは少し身体を休ませれば大丈夫だけど、セキの村に運んでいいのかな?」
まだ朦朧とした様子の空也を抱いたまま、星琉は白夜に聞く。
体温を維持するため、周辺温度調節アプリ control frozen の有効範囲を広げて空也を包んだ。
「申し訳ありません。ジパング国内は空也様のお命が危険ですので、勇者様の国へお連れ頂けないでしょうか?」
白夜が懇願する。
「俺は構わないけど、本人にこれからどうしたいか聞いた方がいいかな」
「………兄上に会いたい………」
提案すると、掠れた声が聞こえた。
星琉の肩に顎を乗せた体勢で呟いたのは空也。
「じゃあお兄さんのところへ運んであげるよ」
肩越しに空也を見て星琉が言う。
「いえ、海斗カイト様はもうこの世にはおられません」
白夜が項垂れて言った。
海斗というのが空也の兄の名前らしい。
「…兄上が…いない………?」
空也は目を見開いて呆然とする。
「はい。空也様がこの湖に落ちてから、時は500年が過ぎております…」
項垂れたまま白夜が告げる。
その経過した時間の長さに、空也だけでなく星琉も驚いた。
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