【本編完結】株式会社SETA異世界派遣部～ゲーム大会で優勝したら異世界に招待された～

勇者エリシオ編

第４５話：トワの勇者

「…あの時、奴が何か言いたそうにしていたのは、そういう事であったか…」
　エリシオの腕の中、仔猫ルシエが切なさを含みつつ穏やかに言う。

　聖剣から流れ込んできた２人の勇者に関する記憶を、エリシオは使い魔たちと共有した。
　同時に、右腕のブレスレット型魔道具の脳波通信アプリを使い、プルミエ王族全員にも伝える。
　エリシオを通して流れ込んでくる情報を、ロミュラは他の魔族に伝えた。

　ルシエ、ロミュラ、クーロ、ザグレブたち魔王軍の多くの者は、遥か昔に戦った勇者ファロスを覚えている。
　戦闘中は全感情が欠落し、敵と認識すれば子供でも切り捨てた事から、魔族たちには冷酷な戦闘兵器と思われていたファロス。
　その心の内を、彼等は今回初めて知る事となった。

　味方である人間たちも読めなかったファロスの心。
　聖剣だけがそれを読み取っていた。
　そこに宿る精霊は、ファロスやセイルには存在を気付いてもらえなかった。
　３代目の剣の主ソードマスター・エリシオが初めて精霊の心に触れ、その哀しみを知る。

「君にも心があったんだね。大丈夫、僕は拒んだりしないよ」
　エリシオは右手にある聖剣の柄に、そっと左手を添えて話しかける。
　すると、聖剣は光に変わり、光は精霊に変わった。
　澄み渡る空の色と同じ、青く長い髪の少女に。

「ご主人様が選ぶ未来が、どのようなものであっても、私はその力になりたいです」
　同じ年頃の少女の姿となった精霊は、エリシオを抱き締めて言う。
　聖剣は勇者の力となる為に生まれてくる。
　ファロスの為に生まれた聖剣は、セイルの為に再生し、エリシオと共に在りたいと望んで左腕に宿った。

「ありがとう、ずっと傍にいてくれて。これからもよろしくね」
　エリシオは精霊の頭をそっと撫でる。
　それは、先代の２人の勇者には出来なかった事。

『魂の内に眠る我が子ファロスよ、そなたを支配から解放しよう』
　神の声が流れ込む。
　今なお聖剣を拒み続けるファロスの心、そこに組み込まれた神の命令が解除された。

「ご主人様、少しの間だけ、ファロス様と代わって頂けませんか？」
「いいよ」
　精霊に乞われて、エリシオはファロスの心を魂の中から引き出す。
　彼の表層意識が、現世から前世に切り替わった。
　生体情報マトリクスが活性化し、１２歳の少年は２０歳くらいの青年へと姿が変わる。

「久しぶり、だな」
　その腕に抱かれたままの仔猫ルシエが、嬉しそうに目を細めて言う。
　腕の中で人型に戻り、どう反応するかと抱き締めてみると、意外にもファロスは戸惑いもせず抱き締め返してくる。

「…ファロス…」
　神樹の傍らで、これまでのやりとりを静かに見つめていたセイラが呟く。
　双子の片割れが世を去って以後、一度も呼ばなかった名前を。
　名を呼ばれた青年がセイラを見つめる。
「おかえり。ずっと逢いたかったわ」
　セイラは微笑んで言う。
　元々無口なファロスは上手く言葉が出てこない。
　代わりに、微笑みで応えた。

　それは生まれて初めて浮かべる、喜びを表す笑みだった。