上 下
65 / 89

第64話:冬の森へ

しおりを挟む
「今日は冬の森へ行くぞ」

翌朝、クラスの朝礼で松本先生が告げた。

そこへ別クラスのカジュちゃんが、箱を2つ抱えて走って来る。

「はいこれ着てね。冬の森は気温氷点下だけど、2人とも元気だから寒くないかな?」
「「いや寒いって」」

箱を俺たちに渡しながらそんな事を言うカジュちゃんには、ハモりツッコミを返しておいたよ。

箱に入っていたのは、防寒用のロングコート。
足首まであるゆったりした作りで、フードも付いている。
胸元だけ留め具が付いていて、あとはボタンは無く開いたままになるデザインだ。

どっかで見たような?
って思ってジーッと眺めてたら……

「ちなみに、それを作らせたのは山根だ」

……って先生に言われて納得。

猫が後ろ足立ちしたような二足歩行の獣人の学校には、ヒューマン用の制服は元々無かったという。
猫人用の服は、体つきが違うので合わない。
転移者が入学した際は特注で制服を用意するらしい。
それで、山根さんが仕立て屋にオーダーして作ってもらったのが、今の制服。
普段はツーンとしてクールな山根さんが、その時は目を輝かせて楽しそうに発注していたらしい。

山根さんは、魔法使いの物語が大好きで、紙の本を購入して持っているほど。
Web版よりも手に重みを感じられる本の方がいいと言う。
異世界の学園で魔法もあるとくれば、魔法使いのローブ風のロングコートをリクエストするだろうね。
左胸の刺繍が猫のシルエットになってるのは、彼女の遊び心と思われる。
日本にいた頃と変わらぬツンツンクールな人だけど、山根さんはこの異世界転移を楽しんでいるのかもしれない。
ちょっと微笑ましく感じつつ、俺は受け取ったコートを着てみた。

「お~、全然寒くない」

森に入ってしばらくして、モチが感動して言う。

「コートに覆われてない部分も冷えないって凄いな」

山根さんデザインのコートは防寒機能が素晴らしかった。
パウダースノーが融けない、氷点下の森の中でも寒くない。

森の木々を飾るのは、白く煌めく美しい樹霜。
樹霜は空気中の水蒸気が霜となり、樹木などに凍りついたもの
これは、気温が氷点下でないと結晶しないし維持出来ない。

途中で見かけた湖は水面が凍っていて、その上に白い花のようなものが散らばっている。
それは日本ではフロストフラワーと呼ばれる寒冷地の風物詩。
湖に張った氷の上に、水蒸気が付着して氷の結晶を作り、それが大きくなると花のように見えるもの。
フロストフラワーが出来てるって事は、冬の森の気温は-15℃より低いと思うよ。

白く美しい森の中を通り、着いたのは入口に大きな氷柱が下がってる洞窟。

「ここの魔物は最上級だからな。トラップもあるぞ。初心者は気を付けて進め」

って言いながら、先生が先頭に立たせるのは、もちろん初心者の俺。

最上級が出る場所でも、トラップがあっても、心配してくれないのはどうかと思うよ?
しおりを挟む

処理中です...