雷獣

ごったに

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「────させられたのだった。じゃねぇだろ」

 手術は成功した。

 医者は目覚めた明代への簡単な問診を終えると、病室を出て行った。

 窓の外は暗く、とうに深夜と呼んでいい時間。

 四方津の私物同然の病院ということもあり、明代には個室が宛がわれていた。

 ベッドに横たわる明代は露骨に嘆息して、苦虫を噛み潰す。

 さっきまで、バキバキにバルクアップした俺の身体を見て腹を抱えて笑い、でもそれが傷に響くようでたちどころに悶えだす、という器用なことをしていたのに。

 理由は一つ。

「そうだよねぇ。受け身な言い方でなく、もっと当事者意識を持ってもらいたいよねぇ」

 中腰になって明代の顔を覗き込む、四方津のせいだった。

「それを聞かされたってことは、私もそいつの下で命張ったバイトやらされるって、ことだろ」

「せいかーい。元々、明代さんをスカウトするつもりで来てたんだよね」

 それを聞いて納得した。

 女力発電所のような秘密組織が、偶然居合わせたのには理由があったのだ、と。

 理性を保ちながら、雷獣のように雷を落とせる放電性能の天才。

 連中の目的は、端から明代だったのだ。放電能力もない男の俺なんか、映画に出てくるピカッと光るやつで記憶を消すつもりだったのだろう。

「勘弁しろよ。雷獣にやられて、病院送りになったばかりだぞ」

 片手で髪を掻きむしり、明代が嘆息する。

「まあいいや。別に部活とかやってねぇし。私が万全になるまで、辰雄。せいぜい一人でがんばれや」

「……うん」

 不安はあるが、すぐに明代が合流する。そう思うと、心強かったのだが。

「チッ」

 何が気に入らないのか、明代は横目で俺と四方津を見比べるなり舌打ちを響かせるのだった。

「私だって、大きさ負けてねぇのに」

 小さい上に早口で明代が何か言ったようだが、聞き取れなかった。

 女力発電所で働かされることへの、恨み言だろう。

「ってか、入院するなら家から着替えとか、スマホの充電器とか持ってきてもらいたいんだけど」

「あっ。すまん、気が回らなくて」

「ばっ! お前に着替え持って来てもらうとか、冗談じゃねぇ!」

 がばりと振り向いた明代の顔が、妙に赤い。軽く動いただけでも疲れて、頬が上気するほどに消耗しているのか。手術って、受けるのも大変なんだな。

「じゃなくて! うちの親に連絡して、事情を説明してくれよ」

 ベッドサイドのテレビ台に置かれたスマホをひったくり、明代はそれを俺に投げて寄越した。

 危うく取り落としそうになりながらも、キャッチする。

「おい、なんか着信あるぞ」

 溜まっている着信履歴を、明代に見せる。

「知らねぇ番号だな。親の番号はちゃんと登録してるから、履歴見てくれ」

「いいのか?」

「いちいち確認取るなよ、童貞が。もういい貸せ、自分でかける」

「なんで俺にやらせようとしたんだよ」

「失礼します」

 スマホを返そうとしたとき、ドアをノックする音がした。

 童貞呼ばわりされたタイミングで来客かよ。ばつが悪ぃ~。

 振り向けば、眉間の皺を深くしたスーツ姿の男が病室に入って来るところだった。

 壮年で、どことなくいくつもの修羅場をくぐってきた感が漂っている。

 なぜって、上裸が筋肉モリモリ雑コラボディな俺を見ても、眉一つ動かさなかったから。

 一方、男に続いて入って来たパンツスーツ姿の女は横柄そうな雰囲気だ。

 アラサーといった風体で、目つきが悪い。

 最低限の清潔感はあるが、どことなく服や髪が乱れている。なんというか、スーツでするに相応しくない激しい運動をした後のようなヨレ感があった。

 女と目が合った瞬間にゾクリとするものがあって、俺は反射的に視線を外してしまった。

 心に筋肉がつくのは、まだ先のようだ。

「なんですか?」

 半ば詰問するように、明代は尋ねた。

「明代乙子さん、で間違いないですか」

 腰が低い感じを崩さないが、男は特徴的な手帳を取り出して、それを身分証明とする。

「逮捕しに来たのか」

「ちょ、ちょっと明代」

 硬い声、というか明確にドスを利かせた感じで明代が身を乗り出す。

 慌てて制止しようとするも、明代はすぐに呻いてベッドに倒れ込んだ。

 鼻を鳴らしたのは、男の刑事のうしろに立つ女。手帳は出さなかったが、こいつも刑事なのだろう。

「いえ、その……確認をお願いしたくてですね」

 気の毒そうな面持ちで、男の刑事は顔を伏せた。

「……は?」

 その意味するところを悟ったのか、明代は呆けたような声を出した。


  ◆


「側にいてあげなくていいの?」

 地下の一室に刑事たちと明代を残し、俺は廊下に出た。

 端から部屋に入らなかった部外者の四方津が、部屋の方を顎でしゃくって促す。

 振り向けば、床に崩れたままの明代の姿があった。無理もないが、あんなにも儚い感じの明代を、俺は今まで見たことがなかった。

「別に俺たち、付き合ってるわけじゃないんで」

「そういう問題じゃないと思うけどなぁ」

 幼馴染ということで、俺も確認に立ち会った。

 お互いの家を行き来しなくなってしばらく経つが、明代の両親には相応以上の時間が流れたように見えた。

 煤け、炭化した分を差し引いても。

 疎遠にはなっていたが、馴染み深い顔だ。ショックはある。

 けれど、明代の隣にいたところで俺には狼狽えるか呆然とするかしか、できない。

 喜びも悲しみも分け合う、なんて言葉があるがあんなものは嘘だ。

 共感なんて勝手な思い込みで、単なる自慰でしかない。

 俺と共有したところで、明代の悲しみもショックも和らぎなどしない。

 かといって、そっとしておいてやるのが優しさだ、なんて驕ったことを言うつもりもない。

 もっといいやり方が、俺にはわからないだけだ。

「あんたこそ。これで明代が復讐の鬼になって、雷獣退治に燃えてくれるくらいに思ってるんだろう」

「そうなってくれたら、もちろん嬉しいね。期待はできそうにないけど」

「否定しないのかよ」

「おいおい。理性を捨てた雷獣に限るとはいえ、お姉さんは人間を電池にして国からおちんぎんをもらっているんだぞ。とっくに、ヒトをモノとして見るのに慣れすぎてしまってるんだよ」

 おどけたように肩をすくめ、四方津は下唇を突き出す。

 人の心を説いたり、クズ野郎とこの女を罵ったりしても無意味だ。

 だったら。

 俺は、俺にできることをする。それが、俺のすべきことだろう。

「やるよ」

「たった今決めたみたいに言うね」

「頭で決めるのと、心が決まるのはちょっと別じゃないですか」

「君の頭でも心でもなく、国に決められてるようなもんだけどね」

「なんで水を差すようなことばかり言うんですか」

「君のやる仕事は、ヒーローごっこじゃないからだよ」

「…………」

 思わずたじろいでしまうぐらい、四方津は真剣な顔をしていた。

「仕事が入ったら、こちらから連絡するね」

「いや、今は明代のっ!」

「くれぐれも、勝手にカノジョの親の仇を探したりしないように」

「だから、別に付き合ってるわけじゃ」

「雷獣は、野生の元日本人とは、限らないからね」

「野生の、元日本人とは限らない……?」

 おうむ返しに呟くも、四方津は答えてくれない。踵を返すや辛気臭い病院の地下を嫌うかのように、エレベーターを待たず階段で上っていった。
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