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ドスの利いた声がして、思わずそちらを見た。
寝起きを差し引いても凶悪な目つきで、明代が女刑事を睨んでいた。
「おっと、眠れる虎の尾を踏んでしまったかな」
「お、おはよう。明代。無事だったみたいで、良かった」
「やめろよ。両手と右脚潰された辰雄に言われちゃ、殴られたことも落ちたことも嘆けないだろ」
「ご、ごめんな。俺のせいで」
「謝る必要はねぇよ。私がやりたくてやったことだし」
「お前を失いたくなったんだ────────ってか?」
芝居がかった声で茶々を入れられ、明代の頬が上気する。
「ってか、テメェ。私の家族の事件ん時にいた警察だよな? なんでテメェが辰雄の病室にいんだよっ!」
「なんでって。ん~……略奪愛とか?」
「はあっ!? なにふざけてんだ、この行き遅れ!」
「いっ、行き遅れとはなんだぁっ!? ひとの都合も知らずに不躾なっ! 時代錯誤にも程があるだろ! よーし、そこへ直れ小娘。いっちょ稽古をつけてやろうじゃねぇか!」
「あぁん? 非モテに教わることなんか、一つもねぇんだがぁ?」
「あのー、この病室に交際してるカップルは、一組もいませんよ?」
どうでもいいけど、怪我人を挟んで喧嘩を始めないでほしい。
「え? ここにいるよ?」
新しい面倒の種が目を覚ました。
声を聞いて直感したときには、四方津がギプスごしに俺の右腕に抱き着いていた。
「お姉さんと辰雄くんは、婚約者だよ?」
「はああああああああん? 何抜かしてんじゃこの年増ァ!」
「まったく身に覚えがないんですけど……」
「救急車の中で、うわ言のように『シコ女さんのこと、幸せにします』『シコ女さんと添い遂げたいです』って、あんなに言ってくれたんだからもはやプロポーズだよ?」
「うわ言のようにじゃなくて、それは正真正銘うわ言なんだよ年増ァ!」
「嘘松」
「仮に本当に言ってたとして、意識のない相手の言葉に何の効力があるんです?」
「ひどい! この中でお姉さんが一番おっぱい大きいのに!」
「関係ないでしょ、それ」
「フッ、所詮は年増。乳のデカさだけで勝ったつもりだったんだな」
「然り、然りだお嬢ちゃん。戦いを決するのは力のみにあらず。技もまた肝要。同様に、セックスアピールもカップサイズがすべてではない。全体的なスタイル、顔や乳輪の好みまでが勝敗に絡むもの」
「あの、そういうのいいから。行き遅れに同意されると、私までフェティシズム至上主義みたいに勘違いされるから、やめろ?」
「なっ……小娘の分際でぇっ!」
「あっ、行き遅れが行き遅れらしくあれるように、私も辰雄の左腕もらっちゃお。えいっ」
「ごばあああああああああああああああっ……!」
耳を赤くした明代が左腕に飛びついてきて、その振動がギプスごしに伝わる。
直後、女刑事は泡を噴いてひっくり返った。
「……………………これは明代が自分で立ち直るための治療行為の一環なんだ。誰がなんと言おうとそうなんだ。四方津さんが俺をからかうのに対抗することで、明代は騒がしくて新しい日常を構築しようとしているんだ。誰が言おうとこれは、そういうロールプレイなんだ」
「なにブツブツ言ってんだ?」
「ん? お姉さんは真剣だよ。本気と書いて、マジと読むよ?」
さっきの明代の「えいっ」にドキッとしたから。
それで自分に勘違いするなって言い聞かせてたなんて、とてもじゃないが言えない。
「辰雄くん。これも真剣な話なんだけど」
「えっ。この流れで、その言葉に信憑性持たせようとするんですか」
「辰雄くんは、誰でもない自分を信じればいいと思うよ」
「あー、えーと。あの刑事さんとの話、結構聞いてた感じですか」
「全部聞いてたよ。最高のタイミングで起きただけ」
「さすがは年増。眠りが浅い」
「ごめんね。私も、真木がライス共和国のスパイとは見抜けなかった。そのせいで、君が人を信じる心を失ってしまうのは、お姉さん悲しいって思うの」
明代の茶々をスルーして、四方津は俺の目をまっすぐ見てきた。
改めて見るその顔は整っていて、見つめ合うとちょっと、その。照れてしまう。
「鴉の言うことも本当。特に君は筋肉を急激に発達させる異能と、雷すら受け流す脅威の絶縁体質に目覚めてしまった。
エルマー元大統領だけじゃない。色んな国が、組織が君のことを狙ってくる。なにが正義で、なにが真実で、誰が君を騙して利用しているのか。わからなくなることも、きっと一度や二度じゃなく起こると思う。
ごめんね、君をそんな境遇にしちゃったのはお姉さんなのに、なんか偉そうなこと言ってるよね」
「いえ、そんな」
何気なく、鴉って名前が出たけど。
文脈的に、女刑事の名前? 知り合いなのか。
「だからこそ、自分自身を信じて。精神論とかじゃないの。自分の判断を信じられるよう、直感を元に調べて、考えて。それで決断すれば、大きな間違いは犯さないはず」
「驚きました。四方津さんのことだからてっきり、お姉さんを信じれば間違いなし、とか言うもんだと」
「だってお姉さん、君と蓮っ葉、もとい明代さんの命を預かる立場だから」
「四方津さん……」
「それに。君が君自身を信じて決断すれば、少なくともお姉さんと明代さんのことは。絶対に信じると思うから」
「ふん。年増にしちゃ、殊勝なこと言うじゃん」
「だから、わざわざ私を信じればいい、なんて言う必要はないかな、って」
「すみません。なんか俺、四方津さんのこと、誤解してたかも」
「いいよ。わかってくれたなら、許して受け容れるのがお姉さんだから」
「そんなに俺たちのこと、考えてくれてたんですね」
「そうだよ。だからね」
慈しみを讃えた笑みを浮かべ、四方津は続けた。
「辰雄くんがお姉さんにプロポーズしたことも、信じられるでしょ?」
沈黙が下りた。
病院で静かにするのは正しいのだが、これは何というか、その。
「どうしてそこで台無しにするんだ、あんたはぁっ!!」
「テメェ、このクソ年増ァ! なに洗脳みたいなことしようとしてんだゴラァ!」
「えっ、えええええええっ!? これでもダメなのぉ!?」
「「ダメに決まってんだろ!!」」
寝起きを差し引いても凶悪な目つきで、明代が女刑事を睨んでいた。
「おっと、眠れる虎の尾を踏んでしまったかな」
「お、おはよう。明代。無事だったみたいで、良かった」
「やめろよ。両手と右脚潰された辰雄に言われちゃ、殴られたことも落ちたことも嘆けないだろ」
「ご、ごめんな。俺のせいで」
「謝る必要はねぇよ。私がやりたくてやったことだし」
「お前を失いたくなったんだ────────ってか?」
芝居がかった声で茶々を入れられ、明代の頬が上気する。
「ってか、テメェ。私の家族の事件ん時にいた警察だよな? なんでテメェが辰雄の病室にいんだよっ!」
「なんでって。ん~……略奪愛とか?」
「はあっ!? なにふざけてんだ、この行き遅れ!」
「いっ、行き遅れとはなんだぁっ!? ひとの都合も知らずに不躾なっ! 時代錯誤にも程があるだろ! よーし、そこへ直れ小娘。いっちょ稽古をつけてやろうじゃねぇか!」
「あぁん? 非モテに教わることなんか、一つもねぇんだがぁ?」
「あのー、この病室に交際してるカップルは、一組もいませんよ?」
どうでもいいけど、怪我人を挟んで喧嘩を始めないでほしい。
「え? ここにいるよ?」
新しい面倒の種が目を覚ました。
声を聞いて直感したときには、四方津がギプスごしに俺の右腕に抱き着いていた。
「お姉さんと辰雄くんは、婚約者だよ?」
「はああああああああん? 何抜かしてんじゃこの年増ァ!」
「まったく身に覚えがないんですけど……」
「救急車の中で、うわ言のように『シコ女さんのこと、幸せにします』『シコ女さんと添い遂げたいです』って、あんなに言ってくれたんだからもはやプロポーズだよ?」
「うわ言のようにじゃなくて、それは正真正銘うわ言なんだよ年増ァ!」
「嘘松」
「仮に本当に言ってたとして、意識のない相手の言葉に何の効力があるんです?」
「ひどい! この中でお姉さんが一番おっぱい大きいのに!」
「関係ないでしょ、それ」
「フッ、所詮は年増。乳のデカさだけで勝ったつもりだったんだな」
「然り、然りだお嬢ちゃん。戦いを決するのは力のみにあらず。技もまた肝要。同様に、セックスアピールもカップサイズがすべてではない。全体的なスタイル、顔や乳輪の好みまでが勝敗に絡むもの」
「あの、そういうのいいから。行き遅れに同意されると、私までフェティシズム至上主義みたいに勘違いされるから、やめろ?」
「なっ……小娘の分際でぇっ!」
「あっ、行き遅れが行き遅れらしくあれるように、私も辰雄の左腕もらっちゃお。えいっ」
「ごばあああああああああああああああっ……!」
耳を赤くした明代が左腕に飛びついてきて、その振動がギプスごしに伝わる。
直後、女刑事は泡を噴いてひっくり返った。
「……………………これは明代が自分で立ち直るための治療行為の一環なんだ。誰がなんと言おうとそうなんだ。四方津さんが俺をからかうのに対抗することで、明代は騒がしくて新しい日常を構築しようとしているんだ。誰が言おうとこれは、そういうロールプレイなんだ」
「なにブツブツ言ってんだ?」
「ん? お姉さんは真剣だよ。本気と書いて、マジと読むよ?」
さっきの明代の「えいっ」にドキッとしたから。
それで自分に勘違いするなって言い聞かせてたなんて、とてもじゃないが言えない。
「辰雄くん。これも真剣な話なんだけど」
「えっ。この流れで、その言葉に信憑性持たせようとするんですか」
「辰雄くんは、誰でもない自分を信じればいいと思うよ」
「あー、えーと。あの刑事さんとの話、結構聞いてた感じですか」
「全部聞いてたよ。最高のタイミングで起きただけ」
「さすがは年増。眠りが浅い」
「ごめんね。私も、真木がライス共和国のスパイとは見抜けなかった。そのせいで、君が人を信じる心を失ってしまうのは、お姉さん悲しいって思うの」
明代の茶々をスルーして、四方津は俺の目をまっすぐ見てきた。
改めて見るその顔は整っていて、見つめ合うとちょっと、その。照れてしまう。
「鴉の言うことも本当。特に君は筋肉を急激に発達させる異能と、雷すら受け流す脅威の絶縁体質に目覚めてしまった。
エルマー元大統領だけじゃない。色んな国が、組織が君のことを狙ってくる。なにが正義で、なにが真実で、誰が君を騙して利用しているのか。わからなくなることも、きっと一度や二度じゃなく起こると思う。
ごめんね、君をそんな境遇にしちゃったのはお姉さんなのに、なんか偉そうなこと言ってるよね」
「いえ、そんな」
何気なく、鴉って名前が出たけど。
文脈的に、女刑事の名前? 知り合いなのか。
「だからこそ、自分自身を信じて。精神論とかじゃないの。自分の判断を信じられるよう、直感を元に調べて、考えて。それで決断すれば、大きな間違いは犯さないはず」
「驚きました。四方津さんのことだからてっきり、お姉さんを信じれば間違いなし、とか言うもんだと」
「だってお姉さん、君と蓮っ葉、もとい明代さんの命を預かる立場だから」
「四方津さん……」
「それに。君が君自身を信じて決断すれば、少なくともお姉さんと明代さんのことは。絶対に信じると思うから」
「ふん。年増にしちゃ、殊勝なこと言うじゃん」
「だから、わざわざ私を信じればいい、なんて言う必要はないかな、って」
「すみません。なんか俺、四方津さんのこと、誤解してたかも」
「いいよ。わかってくれたなら、許して受け容れるのがお姉さんだから」
「そんなに俺たちのこと、考えてくれてたんですね」
「そうだよ。だからね」
慈しみを讃えた笑みを浮かべ、四方津は続けた。
「辰雄くんがお姉さんにプロポーズしたことも、信じられるでしょ?」
沈黙が下りた。
病院で静かにするのは正しいのだが、これは何というか、その。
「どうしてそこで台無しにするんだ、あんたはぁっ!!」
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