飽くまで悪魔です

ごったに

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第一章

エピローグ

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時刻は午前二時半を過ぎた頃。
人の気配こそ少ないが、それでもぽつりぽつりと人はいる。
その目を避けるように、夜の闇に紛れるように俺は街の上空を飛ぶ。
腕にはしっかりとさくらちゃんを抱えて。

しばらく飛んで、そうして指定した通りの公園のベンチに、目当ての彼女がいたのでほっと一息ついて高度を下げた。
それから少し考えて、彼女の反応を想像しながらその背後に静かに降りて声をかける。

「お待たせまひるちゃん」

少女・まひるちゃんは、俺が声をかけるとぴくんと反応して、抗議の声を上げる。

「もうにいちゃん。いくら妹とは言えこんな時間に外に呼び出すのはありえなくない?あたし未成年だよ?」

言いながら、まひるちゃんが振り向く。

そして俺の姿を見て固まった。
目をまん丸にしたまま黙って俺の頭からつま先までゆっくり見渡して。
そして俺の腕の中で気を失っているさくらちゃんに気付いて、また目を見開いた。

「え、えーと」

言葉に困っているのか、まひるちゃんは戸惑いながら口を開く。

「さ、先に、要件から聞こうか」

・・・

この公園は、俺の実家のすぐそばにある。
俺は、まひるちゃんにある場所に案内してもらうために呼び出したのだった。
黙って先導する彼女についていくこと数分。

ついたのは、住宅街の中のとある一軒家だった。

「ここだよ」

まひるちゃんの言葉に表札を見ると、“柳”の文字。
ここがさくらちゃんの家か。

「ありがとまひるちゃん」

俺がお礼を言うとまひるちゃんは口をもごもごして、それから盛大にため息を吐いた。

「あー。色々聞きたいことはあるけどさ。その角とか、羽とか。でもいいや。眠いし」

まひるちゃんの言葉に俺は苦笑する。
彼女の言葉の通り、俺はまだ夜モード。つまりヨルくんとくっついたままだった。

それからまひるちゃんは俺が横抱きしてるさくらちゃんに目を向けて、言う。

「それに、ナギちゃん。連れ戻してくれたんでしょ?とりあえず。それだけはっきりわかってればいいや」

ゆるりと優しく、にじむような笑顔を浮かべて、まひるちゃんは言った。

「ありがとねにいちゃん」

それに俺は「おう」と返事して、

「ところでまひるちゃん。さくらちゃんの部屋ってどこかな」

「そこの角の。大きな窓がある部屋だけど、なんで」

まひるちゃんが指さした先を確認し、俺は「ありがと」と言って、さくらちゃんを肩にかける。

「うん。うん?」

そして、困惑するまひるちゃんをそのままに、飛んだ。
店長の話では夜気づかないうちに抜け出してるってことだ。なら鍵開いてるだろ。どうせ。
窓に手をかけ、そのままスライドする。
窓は特に抵抗もなく、するりと開いた。

ほらね。

「ちょちょちょ!?やばいよにいちゃん!不法侵入だよ!?犯行現場で現行犯だよにいちゃん」

声を抑えながらもわたわたするまひるちゃん。そして、「あーもう!知らない!」と言って離れて行った。
申し訳ない。
今度改めて謝ろう。
そう考えながら、窓から部屋に侵入する。
そしてあたりを見渡す。
柔らかな印象を与えるオーク色の勉強机や木製ベッドの上には女の子らしいぬいぐるみが点在している。
かわいらしい、女の子の部屋。

「ここがさくらちゃんの部屋かぁ」

思わず、口にして、思った。
待て待て俺。マジで犯罪だろ。

あくまで、あくまで彼女を家に帰すのが目的だから!それ以外の目的はないから!

俺はそれ以上わき目を振らずにベッドに直行し、そして起こさないようにそっとさくらちゃんをベッドに寝かせた。

…大事にしないようにと思ってこういう手段をとったが、よくよく考えたらこれやってることやばいな?
いかんいかん。
もう、さっさと帰ろう。

そうして窓枠に足をかけたとき、背後から声がした。

「…アサヒさん?」

ちらと振り向くと、さくらが、ぼんやりとした様子でこちらを見ていた。
直後どたどたと大きな音。
誰かが階段を駆け上がる音だと気付いた時には、部屋のドアが勢いよく開け放たれた。

俺は翼を広げ飛び立つ。

「だ、誰だ!?」

なんて声が、遠くで聞こえる。
背後で、ああ、店長だな、なんて考えながら。
俺は夜の街の上空を飛んだ。

さて、これで色々ひと段落か。

家の方向に向かって飛びながら、ふと考える。

……そういえばこれ、どうやって元に戻るんだ?

直後、ずるりと何か巨大なものが自分から抜け出し感覚。
それと同時にさっきまでの翼の感覚がなくなっていることに気付く。
そして、自由落下が始まる。

「うおおおおおおお!?」

勝手に漏れる声。
迫る地面。
あ、死んだかも。

そう思った時、ふわりと浮遊感を覚えた。

「セーフ」

頭上から聞こえた声に目を向けると。
ヨルくんが俺を抱えてくれていた。

俺は泣きそうになりながら叫んだ。

「ヨルくん!あっぶねー!マジで死ぬかと思った!」

ヨルくんはそんな俺を見てにっこりと笑った。
そしてそのまま、俺たちの家に向かって飛んだ。

しばらくの間、俺たちは黙っていた。

そして俺は、なんとなく口を開いた。

「勝ったよ俺」

ヨルくんは俺に顔を向けず、答える。

「全部中から見てたよ。かっこよかった」

なんでもないことのように、当たり前のことのようにさらりとそう言うヨルくんに、俺はなんだか恥ずかしくなって。

「そりゃよかった」

それだけ返した。

ヨルくんが笑ったような気がした。
そして、高度を上げる。


「あっ、ちょっと怖い」

さすがに宙づりにされた状態でこの高さは、おしっこちびっちゃう。

それから家に帰った俺とヨルくんは、さっさと風呂に入って寝た。

本当に、目つぶって次に開けたときには朝だった。
ぼんやりとした頭で、今日は一限からだったことを思い出し、思わず唸った。
ヨルくんはすっかり疲れてしまったのか、さっぱり目覚めそうになかった。


・・・


さっさと身支度を整え、適当にパンを口に放り込んで靴を履いていると、外から若い女の子の元気な声が聞こえてきた。

「それでね。昨日の夜ね。あ、アサヒさんの夢を見たのっ!理由はわからないんだけどあたしの部屋にいて、しかも角とか羽が生えてて、髪の色もいつもと違ってね?聞いてるシノちゃん?」
「あ、はは。夢、夢だねえ。不思議だねえ。にいちゃんが出てくるなんて不思議だねえ。ところで最近こっそり夜遊びしてたみたいだけど、何してたのかな?」
「……? なんのはなし?」

ドアをゆっくり開けると予想通りの二人。
まひるちゃんとさくらちゃん。

制服姿の二人がそこにいた。

「どうしたの二人とも。学校は?」

俺がそう聞くとまひるちゃんは「あはは」と笑って、自身の陰に隠れているさくらちゃんに肘打ちをした。
さくらちゃんは「ひぃん…」とめそめそとした表情で声を上げて、それから観念したかのように俺の前に立った。

その様子を見て、笑ってしまう。
ほんとこいつらは仲がいいなあ。

しかしなんだろう。
昨日のことならもう決着はついたと思ってたんだけど。
まさか再戦の宣言か?

そんなことを考えていると、さくらちゃんは俯きながら「こ、これ」と何かを俺に差し出した。

「た、たまに、シノちゃんがお弁当を作ってると聞いたので。よ、よければ、今日はわたしがお弁当を作ってきました……!」

そう言って差し出されたファンシーなお花柄のかわいらしい包み。

え。弁当。

弁当。

弁当?

俺は、少しだけ考えて。

「ありがとう。めちゃくちゃうれしい」

うおおおおおおお!? じょ、じょじょ、じょしこうせいからおべんとうもらっちゃった!?

叫び出している内心がばれないように。努めて平静を装ってそれを受け取った。
そしてぼろを出す前に、颯爽とふたりに背を向け、笑う。

「まひるちゃんも、さくらちゃんも遅刻しにゃいようにね。いってきみゃす」

ダメだった。
めちゃくちゃ噛みまくった。

まひるちゃんはすべてわかってる、という様子で苦笑しながら手を振る。

「うん、いってらっしゃーい。……ん?」
「……、」

まひるちゃんの隣でさくらちゃんはフリーズしているように見えた。

……まあいいか。


・・・


がたがたの足取りでふらふらと離れていくアサヒを見送って。
まひるは自身の隣にいる親友に目を向けた。

「ひょ、ひょええ…、な、ななな名前で呼ばれちゃった…。わたし今日誕生日だったっけ?」

さくらは、アサヒに負けず劣らず足腰ががくがくになっていた。
その様子を見てまひるは「ふむ」と考えて、さくらに言う。

「しかしまさかあの武蔵坊内弁慶のナギちゃんがこんな直接的な行動をとるようになるなんてねえ。にいちゃんにもやっと春かぁ」

まひるのその言葉に、さくらはぎょっとして、問いつめる。

「し、しのちゃん!?ま、まさか気づいてたの!?」

などと間抜けなことを言うさくらを鼻で笑ってまひるは言い放つ。

「いや当たり前でしょ。むしろなんで隠せてると思ったの…」

さくらは「ひええ、恥ずかしい…」などと言いながら手で顔を仰いだ。
それから二人は学校に向けて歩き出す。

それから、さくらが落ち着いたことを確認して、まひるは聞いた。

「でも、どこがいいの?」
「え、それは」

さくらは、足を止めて答えた。

「もちろん存在そのものが奇跡ではあるんだけど。やっぱり一番は何といっても目かな。優しい目。特にシノちゃんとしゃべってる時の目。もうほんと小学生みたいにかわいくて好き。それでいて年上特有の包容力のあるその目をする時があるよね。いっぱいすき。もうこの世界なんか簡単に包み込んじゃいそうなほど無限の懐の広さを感じるよね。その懐に収まりたいよね。むしろシノちゃんは常にその視線を向けられていてよく正気を保っていられるよね?あ、でも自分の興味ないものに対して向けるとことん冷めた目もすっごくクールで素敵だと思うの。あんな目で見られたらわたし心臓止まっちゃうかも。わたしが倒れちゃったらシノちゃんはちゃんとAED持ってきてね?あと声もいいよね。アサヒさんね、いつもわたしに話しかけるときにね、多分怖がらせないようにだと思うんだけど普段よりちょっと低いトーンでゆっくり喋ってくれるの。もう録音して持ち歩きたいよね。おはようからおやすみまであいさつ欲張りパックにしてボイス集をセット売りして欲しい。あ、でもシノちゃんに録音してきてとかそういうのをお願いするつもりはないよ。妹と友達だからって特別扱いはダメだもんね。もちろんお友達とおしゃべりしてる時の気の抜けた声もすんごいかわいいよね。あと基本的に首元緩い服着てることが多いよね。今日もそうだったし。そこからのぞく鎖骨がね、あのスペースがもう、すごいセクシーだと思う。シノちゃんもそう思うよね?あんなにエッチすぎたら捕まっちゃうと思うんだけどアサヒさんはよく今まで逮捕されなかったね。わたし家出たらあのスペースに住みたい。他にも、」「あ、や、うん。そうね」

まひるは、安直な自分を後悔した。


・・・


寝ぼけた頭で過ごしていたら、あっという間に午前の授業は終わっていて。
俺はあくびをしながら食堂に入った。

昼休みのスタートダッシュに出遅れると食堂で空きスペースを見つけるのは一苦労だ。
勝利の報告がてら連絡を取ってみたところ緋毬と龍次郎はしばらく学校を休み回復に専念するそうなので、席を確保してもらえていることもない。
さてどうしたものか。
まあ、お弁当だし、最悪外のベンチでもいいんだけど。
できればタバコの臭いを嗅ぎながら飯は食いたくないなあ。
せっかくさくらちゃんが作ってくれた弁当だものなあ!!

などと思っていると、なんか妙に空いてる机があった。

四人掛けに座っているのはぽつんと一人。
男性だ。学生にしてはもう少し年がいっているように見えるからどこかの学部の講師だろうか。

まるで周りは人が避けているのか、というくらい。

ちょうど団体がどいたのかな。
であればナイスタイミングだ俺。誰かに座られる前にさっさと席をキープしてしまおう。
俺はその机、先客の斜向かいの席へと腰を掛ける。

さて。
しかし知らん人と一人で相席というのも気まずいことは気まずいのでさっさと食べてしまおう。

うきうきしながらカバンから包みを取り出す。
うっわ~~~。包みかわいい~~~。女の子って感じ!女の子って感じよ!
これは、期待できますよ…!!

などと感激しているとなんだか周囲から視線を感じた。
うん。なんか見られている。
しかもなんとなくこちらを見てひそひそと話し声も聞こえる。

なんだ。ぼっちがそんなに珍しいのか?
それともわざわざ弁当を食堂で食うなってか?
もしくは包みかわいすぎるだろおいおい、みたいな話か?
それともそれとも、……嫉妬か?

そう思い至ると、とたんに余裕が出てきた。
どうも、女子高生からお弁当をいただいた男です。

包みを開き、弁当の蓋を開ける。
ほわあ。

海苔の乗ったご飯。おかずはから揚げ、プチトマト、卵焼き、そして、た、たこさんウインナーだあ…!!

う、うれしい。
めっちゃうまそう。ちょっと足りなそうだけど…。

さて。
では、実食。

……箸がないな?

そうして、カバンをあさって箸を探していると、

「君は運命の出会いというものを信じるかい?」

なんて、声が聞こえた。
声は続く。

「この世界には何十億もの人間が、さらにそれ以上の生命がいる中で。今、この瞬間。私たちがここで会ったのは奇跡とも言えるんじゃないかな?」

俺は顔を上げて前を見た。

目の前に座っている男が、まっすぐこちらを見ていた。
俺は少し考えて、尋ねた。

「あ、俺に言ってます?」

俺の問いかけに、男は笑う。

「ふふ、どうかな。私の目の前にいるのは確かに君だが、もしかしたら私はこの世界そのものに語りかけているかもね」

俺は思った。

なんだ、ただのやばい人か。

俺は目の前の男に笑いかけて、応じた。

「ああ、そうなんですね。なんていうか、その、すごく詩的でいいと思います」
「そうかい?」

男は、まっすぐこちらを見つめながら、山盛りサラダをもりもり食べていた。
…あれ緋毬が食ってたやつだよな。
あのアホみたいな量のやつ。

マジかあ。緋毬以外に食ってる人初めて見た…。

俺は居心地の悪さを感じながら、机に備え付けの割りばしを手にした。

俺は黙って弁当を食べ始めた。
まずはから揚げ。
うん。
次は卵焼き。
うんうん。
そしてプチトマトをつまんで、思った。

ぜんっぜん味がわかんないんですけど。

なんなのこの人。
なんでずっと俺のこと見てんの。

もしかして俺、この人どっかであったことあるか?
こんな存在感ある人、知り合ってたら忘れるはず、…あ。

俺は、男の特徴的な前髪を見た。そして、既視感を覚えた。
見た目は整った顔立ちの30歳くらいの中肉中背。右の前髪が長い黒い頭髪以外は特に特徴もないように見えるが、違う。
例えば着ているスーツだろうか。ブランド物の高級品で、なんならあれも彼自身がデザインしたのだろうか。
違う。
明かりで光る腕時計? 
それとも彼の首元にある、黒いチョーカーのせいか。
この異様な存在感は。
いつか、抗議に現れた、どこかの社長だか、デザイナーだか。

なるほど。そりゃ、周りに誰も座らないわけだ。

そりゃなんも考えてなさそうな男が座ったらひそひそ話が聞こえるわけだ。
この男は。
…なんだ。またどこかの授業で講演でもするのか。

そんなことを考えていると、どうやら俺の方がこの男を凝視していたらしい。
男は嫌味もなしににこりと笑って尋ねてくる。

「なにかな?」

俺はその言葉にびくりとして、それから、

「あーいやそのサラダ頼む人っているんだなあと思って」

なんて。誤魔化すように言った。
ともすれば馬鹿にするようにも聞こえたであろうその言葉に男は悪い顔もせずに、笑う。

「ははは。私は主食が草だからね。うん。おいひい」

そうして笑いながらもりもりサラダを食う男。

俺は決めた。
ごめんさくらちゃん。

弁当の中身をさっさとかきこんで、ささっとカバンにしまう。
そうして席を立つ。

「あ、えーとじゃあ俺はこれで」

言いつつそそくさと背を向けると、

「急いでいるのかい?」

男はまさか俺を引き留めた。
き、気に入られたか…?

そんなの、絶対めんどくさいじゃん…!!

俺はギリギリと音が鳴りそうなほど動きが悪い首を無理やり回し、できうる限り最大限の自然な笑顔を浮かべて答える。

「ええ、まあ。ちょっとこの後予定がありまして」
男は、

「そうか。残念だね。じゃあゆっくり話すのはまたの機会に」

なんて、本当に残念そうにそう言った。
ま、またの機会!?

その動揺を気取られないように祈りながら、俺は答えた。

「あー、ええ。ご縁があれば」

そうして席を離れた。
変な人だなあ、世界は広いなあ。
そんなことを思いながら。

そんな俺の背に、決して大きな声を出していないはずなのに。


ああ、そうだ。ヨルくんに、よろしくね。


なんて、声がかけられた。

「…………は?」

俺が振り返った時、男は既に学生たちに囲まれて姿が見えなくなっていた。

・・・

そうして今日もバイトが終わり。
いつものようにバックヤードでもそもそと着替えていると、店長が神妙な面持ちをしていた。
店長とはさくらちゃんの部屋でニアミスしたので、正直めちゃくちゃビビってる。
顔見られてないよな?
そんな中店長は、重々しく口を開く。

「四ノ宮くん。君、悪魔って信じる?」
「あ、お疲れ様でした」

俺は、ごまかすために店長に颯爽と背を向ける。ば、ばれたか? 

「ああ! 待って待って!そういうんじゃなくて!そういうんじゃないんだけど!」

背を向けたところで必死の形相の店長に腕を掴まれた。眼鏡をずり落ちそうにさせ、顔面蒼白で続ける。

「見たんだよ、まるで人間みたいな見た目だったけど!真っ黒な角と翼を生やした、」

そこまで言ってから、店長はハッとして、

「…なんか四ノ宮くんに似てたような」
「そ、そんな馬鹿な。ありえないでしょう」

考え込む店長を誤魔化すように俺は笑って言う。

「だって悪魔は、飽くまで悪魔ですから」

そうしてカバンを背負ってバックヤードを出ようとして、動揺で震えた勢いで俺はカバンの中身を床にまき散らしてしまう。

あばばばば。

お、おち、おちつけ俺!

店長はしかし動揺する俺よりも、俺がカバンの中身をまき散らしてしまったことに意識がいっており、「あらら」と声を上げながら拾うのを手伝ってくれた。
その中で、一枚のCDがあった。
これなんだっけ。
ああ、そういえば、駅前で金髪の兄ちゃんに押し付けられたなあ。
あの兄ちゃんも契約者だったなあ。世界は狭いなあ。
なんてしみじみ思っていると、店長はぷるぷると震えて、声を上げた。

「ま、まさかそれはMr.クラッチの幻のアルバムじゃないか!?し、しかも直筆サイン入り!?なんで君が!?」

「え」

俺は思った。
世界って、やっぱ狭いのか?

「あれ?その弁当の包みは」
「あっ」

第一章 了
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