飽くまで悪魔です

ごったに

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第一章

6.6.6 剣に命運を託して

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夥しい数の茨に包まれ、その中心に鎮座している彼女・柳さくらは、まるで茨の化け物だった。
動くつもりもないのか、茨の一部は根のように足元に埋まっている。
遠目で見たら大樹の中心に少女が埋まっているようにも見えるだろう。

さてと考える。
あの茨。
恐ろしい速度で伸び、その一撃はアスファルトすら引き裂く。
それが、いっぱい生えてる。

どうしたものか。
何かせめて武器でもあれば。ヨルくんが持っていた剣みたいな。

そう考えると不意に虚空に隙間が現れビュンと何かが飛び出した。

「おっと」

反射的にそれをキャッチする。

それは少し長い黒い棒だった。
長さは一メートルくらいだろうか。
なんだこれは。
そう思って握った時、理解した。

これは、“柄”だ。
刃がないが、これは“剣”だ。

いやしかし、それじゃダメだろう。
俺はあいつを倒したいんだ。
剣なら、せめてヨルくんの持っていたような大剣なら。

そう考えた時、まるで俺の考えを受けたかのように、ビュガッという音と共に柄の先から巨大な刀身が生えた。
その刃は、柄よりも一回り大きく。
黒い棒は、あっという間に大剣と化した。

「おお」

その見事な見た目に思わず感嘆の声が上がる。
軽く振るう。
大きさによらず、とても軽く感じる。
それどころか手になじむ。
剣なんて人生で振るったことないのに、“これは俺のものだ”と感覚でわかった。

これなら。

俺はさくらに目を向けて告げる。

「悪いけど、加減とかするつもりないから」

さくらは、ギリと歯を食いしばって答えた。

「わたしもです。だって、負けたくないから!」

その言葉と共に、数多の茨が俺に殺到する。
俺は、

「は」

全く反応できずに、それらすべてを食らい、吹き飛ばされた。

ぐるぐると回る視界の中で思った。

ぜ、全然見えねえ…!!

俺が吹き飛んでいる間にも茨は無遠慮に俺を四方から打ち据える。
痛い、痛い、痛い!

何度も、何度も俺の体を打ち据える。
痛い痛い痛い痛い。

が。

実感だ。
これが、俺が戦っているから受ける痛みだって言うんなら、全く全然悪い気分はしねえ。

それに、段々慣れてきた。

打ち据えられる中それでも放さなかった剣の柄をギシリと掴む。
ぐるぐる回る体を、翼の力で無理やり抑え込んで体勢を立て直す。

そして眼前に迫る茨を、手にした剣で斬り払う。

一瞬の後、また複数の茨が眼前に迫る。
それはまた上下左右から。
それをまた、手にした剣で斬り払い、斬り払い、捌けない茨が頬を、肩を、腹を掠める。
痛みに顔を顰め、それでも剣を振るう。

斬り払い、斬り払い、食らい、斬り払い、斬り払い、斬り払い、斬り払い、食らい、斬り払い、斬り払い、斬り払い、斬り払い、斬り払い、斬り払い。

そして大きく剣を振り払った時、視界が開けた。

さくらと、目が合う。
にやりと笑いかけてやる。

直後、複数の茨が絡んだ木の幹のような一本が高速で迫ってくる。

「邪魔ァ!!」

それを縦に一閃する。

左から、薙ぎ払うように茨が振るわれるのが見える。
複数のそれを左手でまとめてぐいと掴み、引き付けながら右手の剣で斬り捨てる。

右上から袈裟切りに振るわれる茨を剣を振り上げ斬り。
正面腹部目掛けて突き刺すように迫る一撃を左半身を下げることですれ違うように躱し、両手で掴んだ剣を振り下ろす形で叩き斬る。

そのまま体を捻り、体を屈ませ、横薙ぎに振るわれる茨をくぐって躱し。
そしてその後に眼前にある茨を逆袈裟に斬り上げ吹き飛ばす。

手にした剣にまで意識が伝わる。
今の俺に、この剣に、斬れないものはない。

この茨は彼女の枝みたいなもんで、おそらく彼女自身にダメージはないのだろう。
今も新たに茨が伸び、こちらに照準を定めている。

途切れることなく迫る茨を斬り払いながら、考える。
このままこの蔦の相手だけしてても意味がない。

なら。

俺は距離を詰めるために前進する。
進めば進むほど当然のように茨の間隔は短く、その勢いが激しくなる。
それでも斬って斬って、かすめる茨を躱して、斬って斬って前へと進む。

腕を振るのも疲れてきた。
かすった茨に切り裂かれて体があちこち痛い。
それでも、前に。
少しずつさくらに近づいていく。
進んでいる。

なんでだろうか。
進むたびに、より強く力が籠る。

自分の手で決着をつけられるってのは、それに近づく実感があるというのは、こんなにも気分がいいのか!

やがて、しっかりとその表情を捉えた。

さくらは、泣いていた。

「どうして、わかってくれないの!なんでわたしがあなたを傷付けないといけないの!?」

茨に包まれ、角を生やし、悪魔と化した彼女は、泣きながら叫ぶ。

「わたしあなたを守りたいの!あなたの周りの悪い奴!全部消しちゃいたいの!だからあなたも倒すの!なんでわかってくれないの!?なんで邪魔するの!?全部!全部全部あなたのためなのに!!」

その支離滅裂な言葉にすっかり俺はおかしくなって、笑いながら応じる。

「ふっはははは!何言ってるか全然わかんねえ!何言いたいのか全然わかんねえ!でもいいよ!全力をぶつけられるのは嫌いじゃない!俺の身内に手さえ出さなきゃもうちょい仲良くなれたかもな!」

そうだ。別に俺だって、まひるちゃんの友達を傷付けたかったわけじゃない。

「でも、“俺の世界おれ”の敵になるっていうなら、死ね」

勢いを増す茨の嵐に応えるように、俺は更に回転を上げて彼女との距離を詰める。
そして勢いを増す茨とリンクするように、感情をさらけ出し、髪を振り乱して、さくらは叫ぶ。

「なんで!なんでよ!何が間違ってるっていうの!?わたしはどうしたらよかったの!?教えて、教えてよ!!」

茨の嵐を抜け、俺はそう叫ぶ彼女の前にたどり着いた。
そして、彼女を真っ二つにするために剣を振り上げ、振り下ろそうとした瞬間。
俺は、聞こえた。

「どうしたらわたしは、あなたのに入れるの…?」

叫び疲れ、泣き疲れ擦れた彼女の声が聞こえた。
その、まるで縋る子供のような目とばっちりと目が合った。

涙を流す、まひるちゃんが頭をよぎった。

「あ」

ダメじゃんそれじゃ。

そう思うと同時に、剣は振り下ろされた。
その剣に、刃はなく。

その一閃は何も斬り裂くことはなく。

隙だらけの俺に、大木のような何かが叩きつけられた。
吹き飛ばされる中思った。

俺だけがすっきりしたって駄目なんだ。
まひるちゃんを泣かすわけには、いかない。

そこで気付いた、彼女は、まひるちゃんの友達だ。
今の今まで、妹の友達なんて、どうでもいいと思ってた。
でも違うんだ。

だって、彼女を傷付けることで“#妹__まひるちゃん__”を傷付けてしまうことにつながるんだったら。
それはもう。

この子だって、守らなきゃいけないだろ、俺!!

空中で体勢を立て直す。
追撃は来ない。
ただ、涙に顔を濡らした彼女の顔は、ここからでも鮮明に見えた。

じゃあ、どうする。
彼女を傷付けずに、彼女を倒す方法。

彼女は、なぜ俺と戦っている。
それは、彼女に譲れないものがあるからに他ならないがそうじゃなく。
なぜ人間である彼女が、戦うことができている?

それは、悪魔の力を、魔力を纏っているからだ。

じゃあ魔力を失えば、ただの人間だよな?

頭に、一つ考えが浮かぶ。

できるか?
いや、できる。

俺には、それができるから、俺は想像することができたんだ。

俺の想いに応じるように、剣にまた刀身が備わる。

それは、先ほどのような黒い鋼の刃ではなくて。

まるで光を練り固めたような透明な刃。

ならあとは、前へ。

俺はその透明な剣を携え、さくらの元へ向かう。
拒絶するように振るわれる茨を躱して、躱して、躱して。
振るわれる茨の、その魔力を感じ、流れるように流すようにそれを躱す。

そうしてさっきよりもよっぽど簡単に、彼女の前にたどり着く。
それは、俺の射程範囲内。

一瞬、さくらと目が合う。
ぐしゃぐしゃに顔をゆがめた少女が歯を食いしばり、

展開される無数の茨の鞭。

それごと、まるで一切合切を振り払うために。
両手で柄を握り、俺は剣を水平に振りかぶる。

剣に想いが伝わる。
この剣が、俺が斬りたいと思ったものだけ斬るのなら。

これで終わりだ。

「うりゃああああああああああああああああああああああああああああああッ!!」

そして俺は、気合と共にその剣を水平に思い切り振るった。
閃く一撃は、まとわりつこうとする茨を素通りし、さくらの首を、その首輪をしっかりと捉え。

光の刃はさくらの体をも素通りし、その首輪だけを真っ二つに斬り裂いた。

「あ」

その声は、さくらから洩れた。

直後、数秒遅れて彼女を包み込んでいた茨の鎧がボロボロと崩れ落ちる。
そして、それらが青い炎に包まれ、やがて灰も残さず消えていく。

ずるりと、囚われていたさくらが力なくこちらに倒れてくる。

俺は剣を放り捨て、彼女を抱き止めた。

一際大きな炎が、一瞬人型を象り、そしてそれもやがて消えた。

その場に残っているのは俺と、姿を変える前の状態に戻ったさくら。
俺はさくらに、尋ねた。

「俺の勝ちってことでいいか?」

返事はなく、さくらは俺の腕の中でぐったりしたままだった。
だが、しっかり呼吸を感じる。
それに目立った傷もないようだった。
よし。

俺は返事をしない彼女に、改めて告げた。

勝ちだ、さくら」

・・・

その様子を、少し離れた場所の影から眺めていた視線があった。
視線の主はにやりと笑う。

「随分派手に暴れてる子がいるみたいだからお仕置きしようと思ってたけど、必要なかったみたいだね」

その男は、さくらを抱きかかえながら愉快に小躍りしてる四ノ宮朝陽を見て、零す。

「ふうん。そいつが新しいパートナーなんだね?」

そして男は背を向けて歩き出す。

「まあ、ひとまず“この戦い”のことが表に出なさそうで安心したよ。それじゃあ私の夢は叶わないものね。

その言葉と共に、男の姿は虚空へと消えた。

その場には、ただ夜の闇だけが広がっていた。
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