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1話 ある公爵が初夜前に告げた言葉

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 オルガニウスという公爵が居た。
 彼は人を愛せぬ男だった。
 偏屈な性格で、人に対して心が狭い。
 彼は愛に『尊い愛』と『卑しき愛』があると考えていた。
 
 政略結婚で妻となった女に初夜を前にしてあることを告げる。

「俺がお前を愛することはない。それを最初に弁えておけ」

 妻はキョトンとした表情をする。
 よくわからないというように首をかしげた。

「はい? 良く聞こえませんでしたわ旦那様」

 オルガニウスは眉根をしかめた。
 少し頭が残念な女なのか。
 聞けば一度離縁されているという話だ。
 夫の有責らしいが、妻にも何かしらの問題があったのかもしれない。

「俺はお前のような頭の軽い女が嫌いだ。常に薄っぺらい微笑ばかりを浮かべていて、自分は愛されて当然であると考えるような者は好かない。なるほど容姿や肉体については誰もが誉めそやすほどに美しい、それは認めよう。しかし、そうした女であればあるほどに見ていると苛立ちを覚える」

 彼は幼い頃から己の身分や容姿にすり寄って来る女性たちばかり見てきた。
 実の母は政略結婚で夫と結ばれた。そのためか、子に対して厚い愛情を注ぐような女性ではなかった。やがて不倫し、離縁されてしまう。

 それゆえオルガニウスは女性不信だった。
 にもかかわらず、美しい女性ばかりが彼の周りを取り巻いた。
 彼自身も容姿端麗で身分も高く財力もある。
 多少のわがままや理不尽もいくらでも押し通せた。
 そうした状況があまりに傲慢で偏屈な男を作り出したのだ。

 彼は愛を信じぬ割に「尊い愛」という過度な理想を拗らせていた。

 例えばあらゆるものを捨てて、己の命を投げ出すような愛を彼は尊ぶべきだと考えている。いかなる労苦を惜しまず、どのような犠牲を払ってでも成し遂げる愛こそが真の愛などと唱える。それゆえ、恋人に対して彼は理不尽な要求を強いる。

 苦労してそれらの行いを達成しても「俺の財産を得るためにそこまでするのか」とケチをつける。結局理由を付けて文句を言いたい男なのだ。それゆえ誰も彼も『卑しい愛を囁く馬鹿な女』と見下し、にもかかわらず献身的な奉仕を求める。

 確かに彼の財産を狙った女性も少なくはなかった。しかし、彼に対して真摯な態度で接した者も皆無ではないだろう。

 そうした女性たちを我慢の限界まで無理をさせ、別れを告げられることの繰り返しだ。オルガニウスが反省なぞするはずもない。その都度「あぁ、結局あの女も卑しき愛の持ち主だった」と毒づくだけだ。

 悪いのは相手であるという態度を変えない。
 困った状況があれば金を積ませて解決する。
 
 さて今回の女は結婚までしてやったが、果たしてどこまで保つか。 
 オルガニウスは試し行為をする気満々であった。

 屋敷に着いて早々の冷たい言葉を、妻となった女はさらりと流す。

「それより旦那様のお好きなお花はなんですか? お屋敷に飾りたいと思いまして」

 妻が自分の話を無視したことに彼は少々腹を立てた。明日の食事の支度を申し付けるなり、初夜の義務も果たさず自室に籠ってしまう。 

 彼女はアイシア。子爵家の令嬢であった。
 流れるような美しい金髪に宝石のような蒼い瞳。
 小柄であるが凛とした佇まいと豊かな稜線を描く胸元。
 男女問わず見惚れるような美しさを備えた整った容姿を備えていた。
 それでいて下品ではなく清楚可憐。
 
 彼は妻の見た目をそれなりに気に入っていた。
 かと言って甘い顔をしたりはしない。
 
 公爵家にも当然専属の料理人はいるが、彼は妻の手料理を求めた。
 しかも毎食である。
 アイシアはそれを「喜んで! 料理には自信があります」と元気良く答えた。

 早朝から起きて料理の準備をするように命じる。
 注意としては、メイドや料理人の手を借りてはいけない。己の手だけで調理から給仕までするようにと付け加える。
 貴族の女性にそれを求めるのだ。
 もはや何の苦行であろうか。

 妻と向かい合い、朝食を貪る。
 季節の野菜や焼き立てのパン。 
 深い味わいの広がる香草焼き。
 舌の肥えたオルガニウスにして文句を言わせない内容である。
 しばし無言になり、ひたすら皿を空にしていく。
 アイシアは食べるのに夢中な彼の邪魔をすることもなく、静かに食事をする。

 一切無駄や雑音のない穏やかな朝食。
 まさに自身の理想を絵に描いたような時間。
 彼は少し居心地を悪くする。
 言いがかりをつける気満々であったため、さすがに気後れをした。
 黙って食事を続けると、異変が起こる。

「んっ!?」

 じゃりっとした気味の悪い砂のような尖った感触。
 口の中に痺れるような痛みが走る。広がる鉄臭い味。
 思わず手のひらに吐き出すと、硝子の破片らしきものが出てきた。

「な、なんだ」

 あまりの衝撃に震えるオルガニウス。
 食事に異物が混入するなど、初めての経験だった。
 そのため、何が起こったか一瞬わからず、混乱して硝子片を床に落としてしまった。

「おい、今料理の中に……」

「はい? どうかされましたか?」

 ふんわりとたおやかに微笑む彼女。
 彼は思わず意識を取られる。

 口に改めて触れてみるが、特に痛みはなかった。
 ふと床を見ると、硝子の破片はどこにも見当たらない。
 疲れているのだろうか。自分の勘違いかもしれないと流した。

 彼にしては大人しいが、要はアイシアの作りだす穏やかな空気に呑まれたのだ。
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