アイドル⇔スパイ

AQUA☆STAR

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第一章

第1話 偶然の出会いから始まるもの

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 黒服の怖い人たちから逃げ切った2人は、あの場所からすぐ近くにある凛花の家へと避難してきた。外では先ほどの騒ぎのせいで、パトカーや救急車のサイレンがけたたましく鳴り響いていた。
「ぷはぁ、めちゃくちゃ疲れたよぉ…うーん?」
「?」
「あなた、私とそっくりね。違いは髪の色くらい?」
「ッ!?(近い、近いっ!)」
 興味津々に顔を覗き込んでくる凛花を、カリンは引き離す。
「偶然だから。世界には自分に似た人間が3人いる。私はあなたにとって、たまたまその1人だっただけ」
「あ、そう言えばそんな話もあったっけ。私は凛花、櫻間凛花って言うんだけど、あなたは?」
「私?」
 カリンは少し悩んだ。確かに、カリンはボスに、日本での滞在中は本名を使ってもいいと言われた。
 しかし、先ほどの黒服連中といい、良からぬ事を考えている者がこの日本にいる以上、カリンは無闇に本名を名乗るのを避けたかった。
 かと言って、自分にそっくりな目の前の天然少女になら、教えてもいいと考えていた。
「カリン…」
「カリンちゃん!よろしくね!」
「ちょまっ、やめっ!」
 凛花はカリンの手を掴むと、ブンブンとそれを上下に振るう。手に合わせて、カリンの体が上下に動く。
「ねぇ、カリン。カリンはどこの国の人なの?南極?」
「そこは普通、アメリカやらフランスやら、有名どころで聞くものじゃない?最初に出て来たのが南極って…」
「ねぇねぇ、どこなの?日本語上手いから、もしかして日本人?」
「日本人かもね」
「でも、目が青いよ?」
「日本人が黒髪黒目だけとは限らない。そういうあなただって、髪の色金色じゃない…」
「だって私、ハーフだから。これも地毛だし」
「じゃあ、別に銀髪青目でも不思議じゃなくない?」
「それもそうだね!」
 本当に納得したのかは分からないが、とりあえずカリンの事を聞いた凛花は、冷蔵庫から牛乳を取り出すと、2つのコップにそれを淹れる。
「牛乳飲む?」
「うん」
 2人は向かい合い、凛花の淹れた牛乳を飲む。口の周りが白くさせながら、凛花は先程のことについて話をする。
「さっきの人たち、あれって本物の銃だよね」
「そう、本物」
「今まで、アイドルをしていたら色んな人に絡まれたけど、あの人たちってもしかして」
「?」
「悪の組織!?」
「ま、まぁ、ある意味間違いじゃないけど…」
「私もついに、悪の組織に狙われるまで出世したのね!うんうん、人気が出ると困っちゃうなぁ」
"多分、私と間違ったんだと思うけど、黙っとこ…"
 カリンは内心そう思った。
「じゃあ、カリンはそんな私を助けるために、CIAから派遣された腕利きのスパイってことね!」
「いや、何か色々と間違ってる。私はスパイだけど、CIAとかそんな組織とは全く関係ない。そもそも、私はあなたのためにここに来たわけじゃない」
「えっ、でもスパイって言われたら、CIAくらいしかなくない?」
「スパイにも色々と種類がある。政府機関の所属だったり、企業や個人に雇われていたり。私はある組織の一員」
 喋りすぎた、カリンはそう感じた。どうもこの凛花相手だと、調子の狂うカリンだった。
「ま、どこも似たようなものでしょ。それより、カリンはこれからどうするの?」
「それよりって…私は、しばらくの間日本に滞在する様に命令された」
「じゃあ、ウチに泊まったらいいよ!どうせお父さんもお母さんも滅多に帰ってこないし、私一人じゃ寂しいもん」
 そう言った凛花は、ベッドにうつ伏せになって足をバタバタさせる。子どものように駄々を捏ねる凛花を見て、カリンはどうしようか悩む。
「でも、良いの?居候しても」
「ちょっと待ってね。パパとママに聞いてみるから~」
 数秒後…
「あ、もしもしパパ~、元気?今日から友達が居候することになったけど、いいよね~、はーい。ママにも愛してるって伝えといて~」
 電話を切った凛花はグッドサインを作る。
「オッケー!」
「許可出るの、早くない?」
"まぁ、今の私は、この国の事をあまり知らない…。セーフハウスは用意されているけど、万が一の宿も確保でき、秘密を守るなら、ここに居てもいいかも…"
「分かった。しばらく世話になることにする」
「やった!じゃあカリンは今日から家族だね!」
「ただし、私がここにいる事は、誰にも話さない事。もしバラしたら…」
 カリンは親指で首を切るジェスチャーをする。
「あなたを殺すから」
「ふぇっ!わ、わかりましたぁ!」
 子犬の様にブルブル震える凛花を見て、カリンは思わず笑いを溢す。
「ぷっ、ふふ。冗談。でも、これは2人だけの内緒話、良い?」
「うん、約束する!」
「よろしくね。そういえば、凛花。あなた、アイドルなの?」
「うん、ちょうど昨日の音楽番組確認するし、ちょっと待ってて」
 凛花はレコーダーを操作し、昨日自分が出演していた音楽番組を再生する。
『みんな!私の歌を聞いてね!キラっ!』
「き、きら…」
「ちょ、そんな真面目に受けないで!営業!営業の為だから!」
 華やかな舞台に大勢の歓声、その中心に立つ彩り豊かな衣装に身を包む凛花。カリンはその姿に目を奪われる。
「かっこいい…」
「えっ?」
「凛花と観客の心が一つになってる。誰もが凛花の声に心を奪われ、それを応援しようと必死に光る棒を振ってる。何の歌かは知らないけど、アイドルってここまで人の心を動かす存在なのね。歌っているのは、何の曲?」
「私が歌ってるのはアニソン、有名なアニメのオープニングテーマだよ」
「アニメ…」
 凛花は一度だけ、日本のアニメを見たことがあった。それは任務の途中、ふと立ち寄ったレストランで日本のアニメが放映されていた。
 彼女にとって、日本のアニメは憧れだった。あれほどの作品を作り、それが何万の人が見ている。彼女の目の前にいるのは、そんなアニメのオープニングを歌う憧れの存在なのだ。
「凛花、アイドルって私もなれる?」
「えっ!?お、オーディションとかあるし、自分の特技を売り込まないといけないし…。カリンの特技ってなに?」
「特技…」
 カリンが思いつくのは1km越えの狙撃、早撃ち、潜入、どれもスパイとして培ってきたものばかりだった。
「あとは、手錠の早抜けとか、爆弾の解体とか…?」
「そ、それって特技なの?」
「スパイなら、みんな出来ることだし、私の特技じゃないかも…」
「何それ、スパイ怖っ…」
「じゃあ、十ヶ国語を操るとかは?」
「普通にすごいけど…、もっとこう、ダンスが出来るとか、歌が上手いとか」
「ダンス!?ダンスなら…」
 カリンにとってのダンス、それは敵対勢力の拠点をたった一人で潰し回ったカリンの得意技だ。
「いや、それって人死んじゃう系のやつだよね。ダメダメ!アイドルは、可愛く踊らないと!」
「か、可愛く…」
 カリンは立ち上がり、テレビの凛花の踊りを真似する。すると、一度見ただけでカリンはほぼ同じ動作を凛花に披露する。
「ど、どう。真似してみたけど?」
「…凄っ、めちゃくちゃ凄い!キレも良いし、カリンちゃんダンスの才能あるよ!」
「そ、そう?」
 少し照れるカリンに、凛花はどこからか取り出したエアガンを二丁、不意に手渡す。
「え…これをどうしろと」
「いくよ~」
 凛花は動揺するカリンに向けて、スーパーボールを投げつける。
 カリンの目つきが変わり、先程の可愛い踊りとは打って変わり、敵を抹殺するための無駄のない動きを見せる。
 撃ち出されたエアガンの弾は、見事にスーパーボールに命中し、その場に撃ち落とす。
「はっ!?」
「か、か、か…かっこいい!!」
 いつものくせで両手に拳銃(エアガン)を手にしたカリンは、素人離れした射撃術を披露する。
「おぉ、マジやばくね!」
「そ、そうか…」
「だってかっこいいもん。いいなぁ、私もスパイになってみたい…」
 すると、先ほどまで柔らかかったカリンの表情が、一気に鋭くなる。
「スパイなんて、かっこよくない。人を騙して、情報や金を奪い、時として人の命を奪う。そんな仕事、かっこよくなんてない…」
 その言葉に、さすがの凛花も余計なことを言ってしまったと気付く。
「ごめん、カリンちゃん…知らないのにスパイになるなんて言って…」
「いや、私も言い過ぎたし」
「そう言えばカリンちゃん、これからどうするの?スパイさんのお仕事するの?」
「本当は休暇で、上の図らいもあって日本の学生生活を体験する予定だった。でも、今日あなたが襲われるのを見てしまった。今後も襲われる可能性があるから、私はあなたを守ろうと思う…」
 すると、凛花はポンと手を叩く。
「ねぇ、カリンちゃん。もし良かったら、たまに私に変装して学校に通ってみたら?スパイだし、顔も声も似てるから私に変装するなんてお手の物でしょ?」
「確かにそうだけど。良いの?」
「もちろん!それに、変装してアイドルの私と入れ替わるのもいいかも!」
 カリンは憧れの存在になれる可能性を感じ、凛花の提案を受け入れる。
「その代わり、私を悪の組織からちゃんと守ってね」
「もちろん」
 2人は手を組む。


 ◇


「そ、その…に、似合ってる?」
「凄いね。まるで鏡で自分を見ている感じ…」
 凛花の制服を借り、ウィッグとカラーコンタクトで凛花に変装したカリンは、鏡で自分の姿を見る。
「これが、日本の高校生の制服…」
「外見はバッチリだけど、学校だとどうしよう。私の友達の名前とか、全然分からないよね…」
「それなら、この超小型通信機を使うと良いかも」
 カリンが取り出したのはスパイガジェットの一つ、ボタンサイズの超小型通信機。これ一つで周囲の音を拾うことができ、相手からの声も聞こえるという優れものだった。
「何これ!超ハイテクノロジー!」
 それを耳の後ろに付け、髪の毛で隠す。こうすれば、カリンは凛花と常時情報交換が出来る様になる。
「それじゃあ、私も変装しよっと!」
 そう言って凛花は、ひと昔のスパイ映画に出る様な、ベレー帽にサングラス、ロングコートといった定番スタイルへと変装する。
「実は、事務所からスパイセットの衣装を借りてたの」
「古っ」
「古って…スパイって言ったらこれでしょ!ふふ、名付けてチェンジリング作戦!どう、カリンちゃん?」
「ちゃん付けで呼ばなくていい」
「じゃあ、早速明日から作戦開始よ!カリン!」
 カリンは凛花から借りたウィッグを装着する。金色のウィッグを着けたカリンの姿は、どこからどう見ても女子高生アイドルの櫻間凛花だった。
「キッ!」
 カリンは窓の外を見る。


 ◇


「こ、怖え…バレたかな」
 カリン、コードネーム『ゼロ』と同じ組織に所属する逃し屋GJことグジョルブ。彼は今回のカリンの日本滞在にあたって、秘密裏に彼女をバックアップする任務をボスから命令されていた。セーフハウスを用意したのも彼だった。
 そんな彼は、カリンのいる凛花の家から100メートルほど離れたマンションの一室から、特殊な双眼鏡で室内の様子を観察していた。
 ワンピースやロリータファッション、普段は黒系の地味な服装しか着ることのないカリンが、まるで着せ替え人形の如くフォルムチェンジしていく様を、ただひたすら可愛いと感想を述べて眺めていた。
「ハイスクールガールの制服が、俺ゃ一番好きだな…ん?」
 GJのスマートフォンに通知が届く、スパイにとって、普段のやりとりはもちろん携帯電話も使うが、通信を覗き見されてもバレないよう、暗号で会話するのが普通であった。
 しかし、送られてきたのはただ一言。
『殺すぞ』
 差出人はもちろん、ゼロ。
「ば、バレてた!?」
 アパートと家までのこの距離ですら、コードネームゼロは自らに注がれる視線を感じ取っていたのだ。
 GJは慌てて返信を送る。
『ソーリー』
 と。
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