この令嬢、凶暴につき

AQUA☆STAR

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第一章

第十六話 取引、駆引

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 〈ホワイトベルン リベル・ファミリアの酒場〉

 
 大半の住民達が寝静まった深夜、ファミリーの息がかかる店の一つ、ホワイトベルンの通り沿いに位置する酒場では、幹部達がベルランドに遠征している間、留守を任されたファミリーの構成員達が酒を酌み交わしトランプに興じていた。

「畜生、ブタだ!」
「今日はツいてるぜ!」

 酒場では、いつものように賭け事好きな連中たちによるポーカーが行われていた。今日はいつもと違い、普段は負け越していた男の引きが良かった。

「どうする、ドロップするか?」
「ざけんな、巻き返してやんよ」
「ほどほどにしとけよぉ、明日も仕事なんだからなぁ」
「ん?」

 カランカランと表扉のドアチャイムが鳴る。店内の全員が表扉の方を向くと、一人の青年がカウンターに向かう。この時間、この店に出入りする一般人の客はいない。となれば、裏社会の人間。必然的にその場にいた全員が黒みがかった銀髪に赤い眼をしたこの青年を警戒した。

 青年は彼らの視線を気にする事なく、空いていたカウンターの椅子に腰掛ける。

「マスター、ビールを一杯くれまいか?」
「兄ちゃん、見ない顔だな。初めてなら仕方ないが、今日は帰った方がいいぞ」

 酒場のマスターは親切にこの青年に忠告する。世間知らずの若者が背伸びをして訪れた店が、ギャングの溜まり場だった。なんて話はよくある。しかし青年は、そんな言葉など気にせず、注文したビールを受け取るとジョッキに口をつけ一気に飲み干す。

「……美味いですね」
「そうか? まあ気に入ってくれたんだったら嬉しいよ」
「えぇ、とても気に入りました」

 青年の言葉を聞いたマスターは嬉しそうな表情を浮かべる。恐れ知らずか、世間知らず、どちらにも当てはまるこの青年に、マスターは興味本位で質問を投げかけた。

「ところで兄ちゃん、ここへ何をしに来たんだ?」
「仕事ですよ」
「良かったら、どんな仕事をしているのか教えてくれないか?」
「大した仕事じゃありませんから」

 マスターは会話の最中、青年が自分のローブの内側にゆっくりと手を伸ばしていたことに気が付く。こうした店を営業するには、客の不審な行動に目を光らせる能力が生かされる。

"クロだ"

 マスターは酒場にいた構成員たちに目配せすると、注意深く青年を観察しながら踏み込んだ質問を投げかけた。

「兄ちゃん、その筋の人間だろう?なら、ここがどんな場所か知ってるだろ。普通の酒場じゃないんだ。悪い事は言わない、一杯飲んだらさっさと家に帰りな」
「それは出来ないんだな、これが」

 青年はそう言うと、カウンターから立ち上がる。その様子を見ていたファミリーの男が、背後から青年に近づく。その手には、銀色に輝くナイフが握られていた。

「マスター、俺たちが代わりに聞く」
「どこの手のモンだ、答えろ」
「……」

 男は青年に問いかけるが返事はない。それどころか、先程までジョッキを持っていたはずの右手からはいつの間にか剣が握られており、男のナイフを持つ腕を貫いていた。

「脅す前に拘束するべきだったね」
「ぐわぁあああっ!?」

 男の悲鳴と共に鮮血が飛び散り床一面に広がる。そして、青年はその光景を見ても眉一つ動かさず振り返る。青年を取り囲むように男達が拳銃を向ける。

「クソガキが、舐めてんじゃねぇぞ」

 男達は一斉に発砲するが、青年は至近距離にも関わらず身体を宙に翻して弾丸を全て避けてしまう。流れ弾が酒場の酒瓶に当たり、破裂する。

 カウンターの上に飛び乗った青年は剣を男に投げつけて突き刺す。複数の剣が、まるで意思を持ったかのように自在に動き、瞬く間に男達を倒していく。

 一発の銃声、放ったのはカウンター越しに銃を構えるマスターだった。しかし、回転式弾倉拳銃の弾丸は剣によって弾かれる。

「嘘だろ。一発も当たってねぇ。化け物か…」

 唯一残ったマスターは拳銃を構えながら震える。そんなマスターを横目に、青年はビール一杯の代金である銅貨2枚をカウンターに置き、出入り口に向かって歩き出す。

「どうした、俺を殺さないのか?」
「俺の仕事はここまでだからな。あんたらのボスに伝えといてくれ、"ランドルフ一家はてめぇが何処にいても殺しに行く。これはこの前の礼だ"ってな」

 青年はそう言うと、床に倒れて瀕死だった男に止めを刺し、店から出て行く。


 ◇


「おい、聞いたか。リベル・ファミリアの酒場がやられたって」
「あぁ、何でもマスターひとり残して他は皆殺しってんだから。恐ろしいよ」
「やっぱり、黒布やランドルフに喧嘩売るもんじゃ…」
「おい!」

 野次馬たちは酒場に向かうレイを見つけて慌てて黙り込む。

「どうも、フライアさん」
「ご苦労様」

 レイは現場規制を行う保安官たちに軽く挨拶を交わし、酒場の中へと入る。酒場での騒動はすぐにレイの耳に入っていた。彼女が酒場の中へ入ると、荒れ果てた内装と椅子に座るマスターが出迎える。レイはマスターの口にポケットから取り出した煙草を咥えさせると、自分の煙草と彼の煙草に火を点ける。

「ボス、すみませんでした…」
「いや、あなただけでも無事で良かった。何があったか説明してもらえる?」

 マスターは昨夜の出来事をレイに話す。敵がランドルフ一家の手先であったこと、彼が残した伝言、使われた武器や能力について詳細に語った。

 そして、襲撃者が残した言葉も。

「どう思う、ジェラード」
「ランドルフ一家は、元々黒布が台頭するまでベルランドを抑えていた小規模の組織です。黒布が王都を掌握してから、その駒働きに徹するようになりました。私の不手際です、申し訳ありません。彼らにこれほどの手練れがいるとは思いもしませんでした」
「ジェラード、謝る必要はないから。情報収集に力を入れていたアタシ達の網を掻い潜った奴よ。ちなみに、ここを襲った奴の検討はつく?」
「ランドルフの下っ端の構成員にこれほどの力があるとは思えません。剣を自在に操るという能力も気になります。所謂魔法士の雇われでしょう。考えられるのは、戦闘訓練を受けた人間、聖騎士団の上級騎士、冒険者崩れ、あとは……」
GRAガルファスト共和国軍か。あそこは確かにノーマークだった」
「えぇ、そのくらいでしょう」

 しかし、レイはこの一連の騒動の過程で引っかかることがあった。

「お嬢様?」
「ジェラード、すぐに拠点に戻って襲撃者の調査にあたって。こっちが先に手を出したとはいえ、ランドルフ一家が本気になった以上、のんびりしている暇はない」
「承知いたしました、お嬢様。では、お先に失礼します」

 ジェラードはそう言うと、酒場を出て行く。レイはすぐに酒場を立ち去らず、マスターにビールを一杯注文する。

「誤算だった…想定はしていたけど、いくらなんでも反撃が早過ぎる。こんな事なら、最初から一気にランドルフの連中を潰しておくべきだった。圧倒的な力の差を見せれば何か取引を持ち掛けてくると思ったが、やっぱり新参者相手には交渉の余地もないってか…」

 レイはマスターに聞こえないよう、小声で呟く。襲撃者自身が語った素性が真実であろうがブラフであろうが、最も最優先されるのは『襲撃者の背後関係を洗うこと』で、その次に『然るべき御礼をすること』だ。

「これはまた、随分と派手にやられましたね。ミスフライア」

 そう言って店に入ってきたのは、私服の男だった。マスターは警戒して拳銃を抜こうとするが、彼が誰かを知っていたレイがそれを制止する。

「何の用、アータートン警部補?」
「何の用とはご挨拶ですね。あなたにとって良い情報を持ってきたんですよ。話を聞いても損はしませんが?」

 そう言ったアータートンは冊子をひらひらとさせる。

「マスター、アタシの奢りで彼にビール注いであげて」
「勤務中ですが」
「よく言うわ。勤務中にギャングに会いにきてる癖に。それにあなたこの前、内偵捜査の名目なら飲んでもいいって言ってたじゃない」
「あ、確かそんな事言ってた気がしますね。では、お言葉に甘えて」

 ビールを手にしたアータートンは、それを一気に飲み干すと口を開く。

「ランドルフ一家に手を焼いているそうで。ウチの情報部が仕入れた情報があるのですが、如何です?もちろん、お代なんて要りませんよ。天下のミスフライアさんにはこれまで散々お世話になっていますから」
「含みのある言い方ね。それに、その話はどこで耳にしたんだか。そういえば、この前ウチに来た探偵もあなたの差し金でしょう?あんな『事件の臭いがするぜ』って奴に周りに彷徨かれると、色々と面倒なのよ」
「おや、お気に召しませんでしたか?顔よし、器量よし、探偵としての素質もあります。仲良くしておいて損はしないかと。なにより信頼できますよ、私の友人ですので」
「ふぅん………まぁ、そういう事にしておく。それで、情報って?」
「ここを襲撃した人物の面割りですよ。うちの情報部もまぁまぁ優秀でして。要求ラインの八割の情報は必ず拾って来るのですよ」

 アータートンは冊子をレイの前にスライドさせる。そこには、酒場のマスターが語った襲撃者の特徴と一致する男が写っていた。その写真の下には名前や年齢など、ご丁寧にプロフィールまでも書かれている。

「ブラン=マシェリフ、元は聖騎士団所属の上級騎士で軍歴5年、退役後に元冒険者となり、現在はガルファスト共和国軍の工作員として活動…はぁ」
「どうしましたか?」
「嫌な予感が全部的中した。ガルファスト共和国軍って、なに、最近そんなバイタリティ溢れた活動をしているの?」

 元々、ガルファスト共和国軍はガルファスト地方の分離独立を目指す武闘派の反王国組織であり、黒布が台頭する以前から王国と敵対関係にあった。しかし、ガルファスト地方では、保安庁によるGRA狩りにより勢力は激減し、本拠地での活動は非常に制限されていた。

 現在は地下に潜り、王国各地で活動家やシンパを増やしながら浸透を続けている。王都では様々な事情から表立って行動することは控えているというのが一般的な認識であった。

「えぇ、ですが最近は王都でのテロ行為も目立ってきています」
「このブランって男、元聖騎士団なんでしょ。そんな奴がどうして反王国派に転向したの?」
「それに関しては何も。鞍替えの理由は我々も知りたいくらいですよ」
「じゃあもう一つ。ガルファスト共和国軍は、黒布と手を組んでるの?」

 レイはアータートンに問いかけるが、彼は首を横に振る。

「答えはノーです。GRAはどこまでいっても反政府武装組織です。王政側と手を組むメリットはないかと」
「……そうよね。なら、この情報には素直に感謝しておくわ」

 この男を捕まえれば何か分かるかもしれないと考えたレイは、すぐに酒場から出て行った。


 ◇


〈中央西部 ウェスト・ランスター〉


 カムズ川の西岸、時計塔タイムタワーの北側に位置する保安庁、別名アーニストヤードでは、レイとの密談を終えたアータートンが帰庁し、犯罪捜査課の執務室で書類の整理を行なっていた。

「アータートン、朝からどこに行ってたんだ?」

 そんな彼に話しかけるのは、彼の同期で同じく犯罪捜査課に所属する警部補のエストレード。新卒で保安官になったアータートンとは違い、この業界では珍しい騎士団上がりであり、エストレードの方が3つ年上だったりする。

「ちょっと、協力者に会いにね。例のベルランドでのギャングの抗争、それに絡んでるやつがまぁ面倒な奴でな」

 アータートンが冊子を手渡すと、エストレードはそれを受け取る。冊子の中を流し読みするだけで、アータートンが首を突っ込んでいる内容を大方把握した。

「ブラン=マシェリフか、元聖騎士団の上級騎士で今はガルファスト共和国軍の工作員……戦闘経験豊富、冒険者時代の職種は魔法剣士に超能力者の二重職ダブルジョブか。確かに厄介な相手だ」

 エストレードは冊子を閉じると、それをアータートンに返す。勘の鋭いエストレードは、その動作だけでアータートンが何かを隠している事に気づく。しかし、同時にそれが組織にとって悪い影響を与えない(無害である)ことをエストレードは理解していた。有害であれば、必ず同期に相談するのが2人の約束事であるから。

「そういえば、今日の昼に新しい幹部が来るそうだ。何でも、ガルファストでGRA狩りを主導して、内務局から勲章をもらったらしい。名前はなんて言ったかな…」
「モーリス=マッキンリーだ。アータートン警部補、エストレード警部補」

 突然の声に2人は顔を上げて振り返る。そこには、2人にとって見知らぬ男がいた。

「今日から犯罪捜査課の課長になった。よろしく頼む」

 2人の反応に男は自己紹介する。アータートンとエストレードは慌てて椅子から立ち上がり敬礼をするが、すぐにその行動の無意味さに気づく。

「そう畏まらなくてもいい。まだ着任式を終えていないから、君たちの正式な幹部ではない」
「は、はぁ……では、マッキンリー警部、どうしてこちらに?」
「なぁに、これから部下になる君たちに挨拶をしておこうと思ってね。迷惑だったかね?」
「いえ、とんでもないです!」

 2人の反応に満足したマッキンリーは、アータートンが手にしていた資料を手に取り、流し読む。

「GRAの工作員か、よく調べられている。噂には聞いていたが、ヤードの情報部は優秀なようだ。そういえば、GRAのクズどもが地元のギャングと関わり合いを持っていると聞く、知っていることを話してくれないか?」

 アータートンとエストレードは王都内におけるガルファスト絡みの事案や地元ギャングの動向についてマッキンリーに説明する。その中でも、彼が一際興味を持ったのが、ホワイトベルンを足掛かりに勢力を拡大しつつあるリベル・ファミリアについてだった。

「リベル・ファミリアか、ガルファストでも最近よくその名を聞いていたギャングだな。構成員はどのくらいかね?」
「詳しくはわかりませんが、幹部クラスとなると10人ほど、下っ端は100人を超えそうな勢いですね」
「そうか……アータートン警部補、エストレード警部補、この組織について他に何か知っていることはあるかな?」

 アータートンの説明に納得したマッキンリーが今度はエストレードに話しかける。彼は少し考え込んだ後、唯一噂で耳にしていた人物の名を上げる。

「女ボス、犯罪女王と呼ばれているレイ=フライアか。私の台帳には載っていない名前だな。調査対象に加えておこう…」

 マッキンリーがそう言うと、昼を知らせるベルが庁舎に鳴り響く。

「もうお昼か。それでは2人とも、着任式の後はよろしく頼むよ。それと、アータートン君」
「何でしょうか」
「勤務中に飲酒は良くないぞ。今日は黙っててやるから、これからは真面目にしっかり働くことだ」

 そう言ってマッキンリーは、執務室から出て行った。2人は顔を見合わせると、エストレードが口を開く。

「アータートン……お前」
「あぁ……ビール一杯だけな」
「ずりぃぞ」
「分ぁったよ。今晩は奢りだ」
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