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ア・ヌンナック編
第6話 ア・ヌンナックⅡ号の墜落1
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地球時間、紀元前10,765年、ア・ヌンナックⅡ号は太陽系への探査任務のさなか、ワームホール航行の失敗により運命の岐路に立たされていた。直径20キロ、長さ50キロ、総質量31.1兆トンのこの巨大なシリンダー型恒星間航行船は、10万年にわたるア・ヌンナック星の文明の結晶だった。船体はチタニウム合金と超高張力鋼の合金構造で、外殻と内殻の間に500メートルの岩石層を挟み、内部には可動しないバイオAI知性体と肉体を持つ知性体と接続した可動生物体が共存する生態系が構築されていた。バイオAI知性体は強化ガラスに収められた人工培養脳細胞と半導体で構成され、デバイス容量は50エクサバイト、可動生物体はヒューマノイドで現生人類に酷似し、デバイス容量は20ペタバイトだった。しかし、その誇り高き技術も、ワームホール生成装置のエネルギー過負荷による崩壊を前にしては無力だった。
ワームホール崩壊と太陽への接近
任務中、ア・ヌンナックⅡ号のワームホール航行装置は異常をきたした。空間を畳み込み、前進するワームホール航行(シャクトリムシ航法)が機能不全に陥り、エネルギー供給が不安定化したのだ。司令長官ゼウス提督は艦橋で状況を把握し、「ワームホール出口が歪んでいる!空間座標が崩壊するぞ!」と叫んだ。副提督ヘラが即座に応じ、「緊急遮断を!バイオリアクターの出力を下げろ!」と命じたが、時すでに遅く、副航海長イカロス中尉の操艦ミスでエネルギー流量が急増し、装置が過負荷となり、亜空間内で船体が現実空間に引き戻され、太陽系の重力場に投げ出された。
船体は太陽の引力に捕らわれ、制御不能の軌道に乗った。バイオAI知性体のパイロット、イカロス中尉が操船を試みたが、「質量が大きすぎる!推進力では軌道修正は不可能だ!」と絶望的な報告を上げた。
機関長アテナ大佐はバイオリアクターの出力を最大に引き上げ、36基の電磁推進装置を作動させたが、31.1兆トンの巨体はわずかに揺れるだけで、太陽への落下を止めることはできなかった。バイオリアクターは人工培養細胞が有機物を分解し、化学エネルギーを電力に変換する仕組みで、ワームホール航行を駆動していた。ゼウス提督は冷徹に判断を下した。「脱出準備だ。エルピスⅠ号とⅡ号を射出する。全員、配置につけ!可能な限り避難せよ」
太陽のプロミネンスが船体を炙り始め、チタニウム合金が赤く輝き出した。プロミネンスは太陽表面から10万キロの高さに達する数百万度のプラズマで、外殻が溶け始めた。船内の警報が鳴り響き、内殻では居住区の低層建造物が振動で崩れ始めた。可動生物体たちは慌てて脱出船へと向かったが、太陽の重力は容赦なく船体を引き寄せた。航海長ダイダロス大佐は岩石層内の操舵室に留まり、「私が最後まで残る。脱出を確実にしろ!」と叫んだが、次の瞬間、プロミネンスのプラズマが外殻を貫き、彼は炎に飲み込まれた。
エルピスⅠ号、Ⅱ号の離脱
ア・ヌンナックⅡ号の北極と南極に格納されていたエルピスⅠ号とⅡ号は、それぞれ直径2キロ、長さ5キロのシリンダー型惑星間航行船だった。総質量3,110万トン、内殻容量100億立方メートルのこれらの船は、母船と相似の構造を持ち、緊急時には独立して航行する設計だった。ゼウス提督の命令で射出準備が進められた。
エルピスⅠ号
北極側から射出されたエルピスⅠ号は、士官学校の生徒と刑務所受刑者、精神病患者が半々という異様な構成だった。メンテナンス中のため、正規乗組員が少なく、軍医長アスクレピオス大佐が臨時指揮を執っていた。射出直前、ア・ヌンナックⅡ号の尻振り運動で艦体が母船に接触し、太陽の熱波が船体を襲い、航行装置が損傷を受けた。アフロダイテ中佐が叫んだ。「推進系が反応しない!制御不能だ!」 バイオハイブリッド知性体の士官学校生徒エレクトラ曹長が応じた。「手動で切り替えろ!地球への軌道を確保するんだ!」 しかし、損傷は深刻で、船は無秩序に回転しながららせん状に進み、太陽のスイングバイで地球軌道近傍へと向かった。
ア・ヌンナックⅡ号が太陽に近づくにつれ、エルピスⅠ号は母船の崩壊する姿を背に離脱した。外殻が溶け、内殻が圧縮され、岩石層が爆発的に剥がれ落ちる中、ア・ヌンナックⅡ号の船体はついに太陽のプロミネンスに突入。31.1兆トンの質量は太陽に飲み込まれ、強烈なフレアを発生させた。エルピスⅠ号はかろうじてその衝撃波を避け、地球への落下軌道に入った。
エルピスⅡ号
南極側から射出されたエルピスⅡ号は、ゼウス提督とヘラ副提督が直接操艦した。航行装置は無傷で、機関長アテナ大佐が電磁推進装置を調整し、「地球の大気圏に突入する角度を計算しろ!生存率を最大に保つ!」と指示を出した。通信長ヘレネ少佐がバイオAI知性体を通じて軌道データを更新し、「あの台形の格好の陸地の沖合を目指す。深海着陸が最適だ」と提案。ゼウス提督は頷き、「深海なら船体を保てる。推進力を維持しろ」と命じた。
エルピスⅡ号は母船の最期を見届けることなく、太陽の引力圏を脱し、地球へと向かった。ア・ヌンナックⅡ号の最期は壮絶だった。船体はプロミネンスに引き込まれ、外殻が溶け、内殻が圧縮されながら太陽表面に飲み込まれた。その残骸は蒸発し、強烈なフレアとなって宇宙に散った。
地球への墜落:エルピスⅠ号
エルピスⅠ号は航行不能のまま地球の大気圏に突入した。中生代に衝突した小惑星は考え得る最悪の角度(鋭角)で地球に突入したため、大気圏の摩擦で分裂もせず、ひと塊で地球に激突したが、エルピスⅠ号は北極上空で浅い角度(鈍角)で大気圏に突入した。その突入の入射角は、25度ほどで、大気圏上層部をバウンドしながら進み、その摩擦熱と圧力により数多くの直径数百メートルほどの小片となって、地球に降り注いだ。そのため、中生代に衝突した小惑星がユカタン半島一箇所に爆心を持ったのに較べ、爆心は数十箇所に及び、北米、グリーンランド、ヨーロッパ、北アフリカという広範囲に広がったが、一つ一つの破壊規模は小さくなった。
ある小片、小片と言っても1キロくらいの直径のエルピスⅠ号の破片は、現代のアメリカの五大湖周辺に衝突した。その頃の五大湖は、一つの巨大な氷湖を形成していて、氷河の重みと地殻との摩擦で、底部は数兆トンの真水になっていた。それが氷河によって押し止められていたのだが、彗星の衝突で真水の地底湖が決壊し、数兆トンの湖水が大西洋に一気に流れ込んだ。
巨大な津波が大西洋を渡り、ヨーロッパ、北アフリカを襲った。塩分濃度の非常に低い津波は、数百メートルの高さで地中海に流れ込んだ。
もしも、古代ギリシアの哲学者プラトンが著書『ティマイオス』と『クリティアス』の中で記述した伝説上の島、そこに繁栄したとされる帝国であるアトランティスがあったとしたら、北米大陸の氷湖の決壊によって一瞬の内に海底に沈んだであろう。
北米には、彗星の破片が広範囲に衝突し、ブリヤート人を祖先に持つアメリカ先住民の部族が形作った石器文化をも壊滅させた。衝突により巻き起こった粉塵は大気をおおい、その頃、現代よりも8℃ほど低かった地球平均気温をさらに7.7℃低下させた。最終氷期のヴュルム氷期と同じ気候が起こったのである。
その状態は十数年続いた1,200年間続くヤンガードリアス期の始まりであった。地球の寒冷化は、彗星の衝突範囲から考えると大西洋沿岸の方が太平洋沿岸よりもひどかった。しかし、太平洋沿岸も少なからず急激に寒冷化した。ウラジオストックあたりに移り住んでいたブリヤート人の混血部族は、寒冷化に押されるようにして南に移っていった。そして、日本列島にたどり着いた。
ワームホール崩壊と太陽への接近
任務中、ア・ヌンナックⅡ号のワームホール航行装置は異常をきたした。空間を畳み込み、前進するワームホール航行(シャクトリムシ航法)が機能不全に陥り、エネルギー供給が不安定化したのだ。司令長官ゼウス提督は艦橋で状況を把握し、「ワームホール出口が歪んでいる!空間座標が崩壊するぞ!」と叫んだ。副提督ヘラが即座に応じ、「緊急遮断を!バイオリアクターの出力を下げろ!」と命じたが、時すでに遅く、副航海長イカロス中尉の操艦ミスでエネルギー流量が急増し、装置が過負荷となり、亜空間内で船体が現実空間に引き戻され、太陽系の重力場に投げ出された。
船体は太陽の引力に捕らわれ、制御不能の軌道に乗った。バイオAI知性体のパイロット、イカロス中尉が操船を試みたが、「質量が大きすぎる!推進力では軌道修正は不可能だ!」と絶望的な報告を上げた。
機関長アテナ大佐はバイオリアクターの出力を最大に引き上げ、36基の電磁推進装置を作動させたが、31.1兆トンの巨体はわずかに揺れるだけで、太陽への落下を止めることはできなかった。バイオリアクターは人工培養細胞が有機物を分解し、化学エネルギーを電力に変換する仕組みで、ワームホール航行を駆動していた。ゼウス提督は冷徹に判断を下した。「脱出準備だ。エルピスⅠ号とⅡ号を射出する。全員、配置につけ!可能な限り避難せよ」
太陽のプロミネンスが船体を炙り始め、チタニウム合金が赤く輝き出した。プロミネンスは太陽表面から10万キロの高さに達する数百万度のプラズマで、外殻が溶け始めた。船内の警報が鳴り響き、内殻では居住区の低層建造物が振動で崩れ始めた。可動生物体たちは慌てて脱出船へと向かったが、太陽の重力は容赦なく船体を引き寄せた。航海長ダイダロス大佐は岩石層内の操舵室に留まり、「私が最後まで残る。脱出を確実にしろ!」と叫んだが、次の瞬間、プロミネンスのプラズマが外殻を貫き、彼は炎に飲み込まれた。
エルピスⅠ号、Ⅱ号の離脱
ア・ヌンナックⅡ号の北極と南極に格納されていたエルピスⅠ号とⅡ号は、それぞれ直径2キロ、長さ5キロのシリンダー型惑星間航行船だった。総質量3,110万トン、内殻容量100億立方メートルのこれらの船は、母船と相似の構造を持ち、緊急時には独立して航行する設計だった。ゼウス提督の命令で射出準備が進められた。
エルピスⅠ号
北極側から射出されたエルピスⅠ号は、士官学校の生徒と刑務所受刑者、精神病患者が半々という異様な構成だった。メンテナンス中のため、正規乗組員が少なく、軍医長アスクレピオス大佐が臨時指揮を執っていた。射出直前、ア・ヌンナックⅡ号の尻振り運動で艦体が母船に接触し、太陽の熱波が船体を襲い、航行装置が損傷を受けた。アフロダイテ中佐が叫んだ。「推進系が反応しない!制御不能だ!」 バイオハイブリッド知性体の士官学校生徒エレクトラ曹長が応じた。「手動で切り替えろ!地球への軌道を確保するんだ!」 しかし、損傷は深刻で、船は無秩序に回転しながららせん状に進み、太陽のスイングバイで地球軌道近傍へと向かった。
ア・ヌンナックⅡ号が太陽に近づくにつれ、エルピスⅠ号は母船の崩壊する姿を背に離脱した。外殻が溶け、内殻が圧縮され、岩石層が爆発的に剥がれ落ちる中、ア・ヌンナックⅡ号の船体はついに太陽のプロミネンスに突入。31.1兆トンの質量は太陽に飲み込まれ、強烈なフレアを発生させた。エルピスⅠ号はかろうじてその衝撃波を避け、地球への落下軌道に入った。
エルピスⅡ号
南極側から射出されたエルピスⅡ号は、ゼウス提督とヘラ副提督が直接操艦した。航行装置は無傷で、機関長アテナ大佐が電磁推進装置を調整し、「地球の大気圏に突入する角度を計算しろ!生存率を最大に保つ!」と指示を出した。通信長ヘレネ少佐がバイオAI知性体を通じて軌道データを更新し、「あの台形の格好の陸地の沖合を目指す。深海着陸が最適だ」と提案。ゼウス提督は頷き、「深海なら船体を保てる。推進力を維持しろ」と命じた。
エルピスⅡ号は母船の最期を見届けることなく、太陽の引力圏を脱し、地球へと向かった。ア・ヌンナックⅡ号の最期は壮絶だった。船体はプロミネンスに引き込まれ、外殻が溶け、内殻が圧縮されながら太陽表面に飲み込まれた。その残骸は蒸発し、強烈なフレアとなって宇宙に散った。
地球への墜落:エルピスⅠ号
エルピスⅠ号は航行不能のまま地球の大気圏に突入した。中生代に衝突した小惑星は考え得る最悪の角度(鋭角)で地球に突入したため、大気圏の摩擦で分裂もせず、ひと塊で地球に激突したが、エルピスⅠ号は北極上空で浅い角度(鈍角)で大気圏に突入した。その突入の入射角は、25度ほどで、大気圏上層部をバウンドしながら進み、その摩擦熱と圧力により数多くの直径数百メートルほどの小片となって、地球に降り注いだ。そのため、中生代に衝突した小惑星がユカタン半島一箇所に爆心を持ったのに較べ、爆心は数十箇所に及び、北米、グリーンランド、ヨーロッパ、北アフリカという広範囲に広がったが、一つ一つの破壊規模は小さくなった。
ある小片、小片と言っても1キロくらいの直径のエルピスⅠ号の破片は、現代のアメリカの五大湖周辺に衝突した。その頃の五大湖は、一つの巨大な氷湖を形成していて、氷河の重みと地殻との摩擦で、底部は数兆トンの真水になっていた。それが氷河によって押し止められていたのだが、彗星の衝突で真水の地底湖が決壊し、数兆トンの湖水が大西洋に一気に流れ込んだ。
巨大な津波が大西洋を渡り、ヨーロッパ、北アフリカを襲った。塩分濃度の非常に低い津波は、数百メートルの高さで地中海に流れ込んだ。
もしも、古代ギリシアの哲学者プラトンが著書『ティマイオス』と『クリティアス』の中で記述した伝説上の島、そこに繁栄したとされる帝国であるアトランティスがあったとしたら、北米大陸の氷湖の決壊によって一瞬の内に海底に沈んだであろう。
北米には、彗星の破片が広範囲に衝突し、ブリヤート人を祖先に持つアメリカ先住民の部族が形作った石器文化をも壊滅させた。衝突により巻き起こった粉塵は大気をおおい、その頃、現代よりも8℃ほど低かった地球平均気温をさらに7.7℃低下させた。最終氷期のヴュルム氷期と同じ気候が起こったのである。
その状態は十数年続いた1,200年間続くヤンガードリアス期の始まりであった。地球の寒冷化は、彗星の衝突範囲から考えると大西洋沿岸の方が太平洋沿岸よりもひどかった。しかし、太平洋沿岸も少なからず急激に寒冷化した。ウラジオストックあたりに移り住んでいたブリヤート人の混血部族は、寒冷化に押されるようにして南に移っていった。そして、日本列島にたどり着いた。
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