奴隷商人 (新)（紀元前47年の物語②）完全NEW！

ア・ヌンナック編

第7話 ア・ヌンナックⅡ号の墜落２

　アスクレピオス大佐は脱出船の準備を命じ、「全員、宇宙艇に乗り込め！5,000人程度は乗れるだろう。救えるだけ救うんだ！」と叫んだ。

　士官学校教師パンドラ少佐が操縦を試みたが、「制御が効かない！自由落下だ！」と絶叫。刑務所受刑者のプロメテウス元大尉が冷静に提案した。「大気圏で分裂する前に脱出だ。地球に激突するしかない！」

　精神病患者のメドウサ元三曹が狂ったように笑いながら、「死ぬなら派手に逝こうぜ！」と叫びつつ、脱出艇のハッチを開けた。約5,000人が小型宇宙艇に分乗し、エルピスⅠ号を放棄。船体は五大湖地域に激突し、氷河湖を決壊させ、数兆トンの真水が大西洋に流れ込んだ。25隻の脱出船は、1隻あたり200名を乗せ、制御を失ったまま地球各地へと散らばり、トルコのアララト山方面、中近東、西アジア、ユーラシア大陸東部へと不時着コースを取ったが、その前段階で乗組員は混乱と絶望に支配されていた。

　アララト山の険しい斜面に1隻が激突し、船体が岩に突き刺さりながら停止した。200名の生存者のうち半数が負傷し、アスクレピオスの部下が「ここは極寒の地だ。生き延びられるか？」と呟いた。別の船はインダス川の氾濫原に墜落し、泥濘に沈みながらも乗組員が這い出した。「水はあるが、船は使い物にならん」と嘆く声が響いた。ユーラシア東部の凍土（現代のシベリア）に不時着した船は、吹雪に埋もれ、乗組員が「この寒さは耐えられん！」と叫びながら船内に籠った。黒海沿岸に着陸した船は、海岸に横たわり、波に揺られながら生存者が海を見つめた。「水があれば、希望があるかもしれない」と一人が呟いた。

　脱出船は核融合炉を搭載し、わずかな重水素で長期間駆動できた。長さ約80メートル、直径15メートルの船体に、反応炉、居住区、制御室がぎっしり詰まり、200名を支える設計だった。だが、内陸に着陸した船は重水素の補充が不可能だった。アララト山の船では、技術者メルクリオス伍長が「炉の燃料はあと数ヶ月。補給がなければ止まる」と警告し、生存者は石と木で道具を作り始めた。インダス川の船も、濾過装置の故障で重水素が枯渇し、核融合炉が停止。乗組員は川辺で漁を始め、原始的な暮らしに堕ちた。

　沿岸部に着陸した船は、海水から重水素を抽出して一時的に炉を維持した。黒海沿岸の船では、エウリュディケ少尉が「海水を精製すれば動く！」と奮闘し、数年はエネルギーを確保したが、やがて抽出装置が腐食で故障。核融合炉が停止し、船内は暗闇に包まれた。生存者は火を起こし、獣皮を身にまとい始めた。

　ア・ヌンナック人は急速に文明を失った。核融合炉の停止で技術が途絶え、バイオハイブリッド知性体も原始的な環境では力を発揮できなかった。彼らは焚き火を囲み、「我々の星はどこだったのか」と星空を見上げた。やがて、言葉も知識も失われ、未開の部族として地球に根付いた。その遺伝子と断片的な記憶は、後の文明の神話に刻まれていった。

地球への墜落：エルピスⅡ号

　一方、エルピスⅡ号はゼウス提督とヘラ副提督の操艦で安定した軌道を維持した。大気圏に突入する角度を5度に設定し、船体へのダメージを最小限に抑えた。オデュッセウス少将が状況を確認し、「速度を落とせ。艦体は深海着陸に耐えられるぞ！」と助言。推進装置がフル稼働し、船はあの台形の陸地沖合の深海へと向かった。

　大気圏突入時、外殻が赤熱し、一部が剥がれ落ちたが、内殻はほぼ原型を保った。アキレウス大佐が「船体の耐久性が限界に近い！」と警告したが、ヘラ副提督は冷静に「電磁推進装置を安定させろ。着水まで持ちこたえる」と応じた。

　エルピスⅡ号は深海5,000メートル地点に沈没し、海面に衝突後、冷却音を響かせながら徐々に沈降、船体は海底に静かに横たわった。上面は300気圧、下面は500気圧の圧力差に耐え、内殻がわずかに歪んだが崩壊は免れた。しかし、総質量3,110万トンの船体は、気密性の損傷と内殻への浸水により浮力を失い、バイオリアクターのエネルギーでは浮上を試みることもできなかった。

　ゼウス提督は艦橋で呟いた。「我々の旅はここで終わるのか。浮上は不可能だ。」ヘラ副提督は静かに応じた。「ならば、未来に賭けるしかない。知性が残れば、希望は消えない。」彼らは文明の終焉と孤立感に苛まれつつ、バイオAI知性体としての生存可能性に一縷の望みを託し、全乗組員を休眠状態に移行させた。内部のバイオAI知性体は休眠状態に入り、ゼウスとヘラも最後に活動を停止。船は外部との接触を絶ち、深海で眠りについた。

　ア・ヌンナックⅡ号は太陽に飲み込まれ、エルピスⅠ号は地球に激突し、5,000人が脱出船で生き延びたものの、地球各地に散らばり、文明を失った。エルピスⅡ号は深海に沈み、原型を保ったまま休眠状態に突入した。この出来事が後のヤンガードリアス期を引き起こし、ア・ヌンナック星人の遺産が地球に刻まれた瞬間だった。

　絵美／アルテミスが後にこの歴史を知り、エルピスⅡ号の力を求める旅が始まるのは、また別の物語である。