こくら物語 Ⅰ(物語シリーズ③)新装版、偶然寄った小倉のバーで出会った女の子とバーのママとのお話

✿モンテ✣クリスト✿

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第1話 初めて来た小倉のバーで

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 なぜか、私は初めて来た小倉のバーで酒を飲んでいた。まだ、午後六時半だ。小倉の繁華街、雑居ビルの二階。扉を開けると薄暗い店内にタバコの煙が漂い、どこか懐かしい昭和の匂いがした。北九州の工業団地の工場担当者との打ち合わせがあって、スリランカからわざわざ出てきたのだ。海外展開で東南アジアに進出する計画が進む中、工場の建設について詳しく聞きたいというので、こうやって出張続きの人生を送っている。疲れはあるけど、こういう地方都市の片隅に紛れ込む瞬間は嫌いじゃない。知らない街の空気が、私の心に小さな隙間を作る。

 スリランカのバンダラナイケ国際空港からシンガポールのチャンギ空港でトランジットして、北九州空港に降り立ったばかりだ。明後日は大阪本社で再度打ち合わせが待っている。帰りは関空からシンガポール経由でスリランカに戻るつもりだ。

 でも、この旅程、どうやって組み立てようか?頭の中でスケジュールがグルグル回る。北九州で一泊して、明日新幹線で大阪に移動するか?それとも今夜すぐ大阪に向かうか?いや、待てよ、北九州から大阪までフェリー便があるじゃないか。移動しながら寝られるなんて、効率的だし、少しワクワクするな。旅慣れてるとはいえ、こういうアイデアが浮かぶとちょっと得意になる。

 バーは静かで、先客は一人だけ。カウンターで飲んでいる女の子が、背中を丸めてグラスを傾けている。私はミドルサイズのスーツケースを入り口横に置き、彼女から二つ席を空けてカウンターに腰かけた。目の前では、ママが手持ち無沙汰そうにグラスを磨いている。薄暗い照明の下で、彼女の手つきが妙に優雅に見えた。私は内心、「このバー、意外と落ち着くな」と呟きながら、少し肩の力を抜いた。

「いらっしゃいませ」とママが声をかけてくる。柔らかい小倉弁が耳に心地いい。
「ああ、こんばんは」と私が返すと、ママは目を細めてニッコリ笑った。
「お客さん、はよう来ちゃったね?出張か何か?」と聞かれる。ママの声には、どこかお客をからかうような軽さがあって、でもその裏に温かさがある。私はこういう人が好きだ。自然と会話が弾むタイプ。
「ええ、海外から。スリランカに住んでいて、シンガポール経由で来たんです。これから大阪に移動して打ち合わせがあって、明々後日には帰る予定です」と答える。自分の声が少し疲れているのに気づいて、苦笑いした。長旅の疲れが、言葉の端に滲み出る。

「あら、まあ、海外から?そりゃ大変やねぇ。こんな遠くまで」とママが驚いたように言う。黒いドレスが彼女の細身の体にピッタリで、三十路くらいだろうか。小顔でスラッとした姿は、私の好みにドンピシャだ。大阪に急いで移動する予定がなければ、この人と少し親しくなってもいいな、と一瞬思う。ママはグラスを磨きながら、「遠かとこから来て疲れとるとやろ?でも、お客さん、顔色ええね。慣れとると?」と探るように笑う。彼女の目は、私の表情をしっかり見ていて、ちょっとした好奇心が光っている。こういう観察眼、嫌いじゃない。

「まあ、慣れてますから。いつもアジアのドサ回りをしてるんで、日本みたいな先進国に来るのは珍しいんですよ。えっと、何にしようかな?」と酒棚を見回す。私は酒を選ぶ時、つい品揃えで店のレベルを測ってしまう癖がある。ここは地方都市のバーにしては悪くない。グレンリベットのボトルが目に入った。
「グレンリベットがありますね。グレンリベットをトリプル、With Iceでお願いできますか?」と注文する。
「お客さん、トリプルね?」とママが確認する。少し驚いた顔が可愛い。
「そう、トリプル。呑兵衛なもんで、シングルやダブルだとすぐなくなっちゃって、薄まるのも速いでしょう?だからいつもトリプルなんです。珍しいですかね?」と笑いながら言う。私は自分の酒癖を話す時、ちょっと自慢げになるのが悪い癖だ。
「確かに合理的やねぇ。お代わりの回数も減るもんね。ハイ、わかった、トリプルっちゃ」とママが笑う。彼女は円錐を二つ合わせたメジャーカップを取り出し、綺麗に球状に削った氷の入ったグラスに緑の瓶から注いだ。一回、二回。そして、もう一回。

「ママさん、それじゃあフォーフィンガーじゃないですか?」と私が突っ込むと、ママは「遠かとこからわざわざ来んしゃったけんね。ワンフィンガーはうちのおまけ、サービスっちゃ」とウィンクしてきた。笑顔がキュートで、思わずドキッとした。ママのこの気さくなサービス精神、たまらないな。バーへの好感度が一気に跳ね上がる。私はメニューを見て、「じゃあ、ナッツとビーフジャーキーもお願いします」と追加した。少し腹が減ってることに気づいたけど、実はママともう少し話したい気持ちもある。

 ママは会話が上手い。私のプライベートには深入りせず、でも自然に身の上を引き出してくる。彼女自身も少しずつ自分のことを明かしてくれた。若い頃はバックパッカーで世界中を旅していたらしい。「そん時は自由で楽しかったばい。でも、飽きてしもうてね。実家のある小倉に戻って、このバーの雇われやっとるとよ」と言う。年齢を聞くと、「恥ずかしかばってん、もうアラフォーよ」と照れ笑い。ママの名前は木村直美。「ありふれた名前やろ?」と笑う彼女の表情に、素朴さと大人の余裕が混じっていて、私は内心、「この人、ほんと魅力的だな」と感じていた。

「うん、ママは私のストライクゾーンに入ってますね。私もアラフォーなもので」と冗談っぽく言うと、ママは私の左手を見て、「お客さん、指輪しとらんのやね?」とニヤッとした。
「バツイチですよ」と答えると、彼女の顔に一瞬嬉しそうな光が走った気がした。私は内心、「この反応、もしかして脈あり?」と少し期待してしまう。旅先での出会いって、こういうドキドキがあるからやめられない。

「ママ、時間が早いけど、あなたも飲みませんか?」と誘ってみる。少し酔いが回ってきて、気分が大胆になってきた。
「あら?よかと?」とママが目を丸くする。
「同じものでトリプルで付き合いません?」と提案すると、「じゃあ、いただきますっちゃ」とママもフォーフィンガーを自分のグラスに注いだ。彼女がグラスを傾ける姿を見て、「いける口ですね、ママ」と感心する。ママは「スリランカにも行ったことあるっちゃ。シギリアロックも登ったばい。階段の途中にでっかい蜂の巣があって、ありゃあ怖かったねぇ」と笑う。彼女の旅の話は生き生きしていて、聞いているだけで楽しい。私は「この人と話してると、疲れが吹き飛ぶな」と感じていた。

 すると、横に座っていた女の子が、「うちも話に混ぜてくれん?」と声をかけてきた。入った時は視界の端でしか見てなかったけど、改めて彼女を観察する。黒のショートブーツにストッキング、ホットパンツ、長袖シャツも全部黒。グレーのウールのキャップをかぶっていて、メンヘラっぽい雰囲気だ。小顔で可愛い感じ、二十代前半くらいだろうか。彼女はグラスを握り潰す勢いで持っていて、少し緊張してるのが分かった。ミキちゃんは内心、「このおじさん、海外から来とるってかっこええな。でも、うちなんかに興味持ってくれんやろか」とドキドキしていた。

「どうぞ、どうぞ。あなたも何か飲みます?」と私が聞くと、「よかと?」とミキちゃんが小声で返す。彼女の目がキラッと光って、ちょっと期待してるのが伝わってくる。
「なんでもどうぞ。なんなら同じものでも?」と提案すると、コクっと頷いた。「じゃあ、ママ、同じものを彼女にも」と注文する。私はこういう子を見ると、放っておけない気持ちになる。少し寂しそうな雰囲気が、私の保護欲をかき立てるんだ。

 ミキちゃんは「テレビでスリランカ特集見て、うちも行ってみたかと思ったっちゃ。でも、金もねぇし、夢の話やね」と呟く。彼女の声には諦めと憧れが混じっていて、どこか儚い。ママが「この子はミキちゃん。プータローたい。宿無し。この近くの漫画喫茶に住んどるんよ。治安が悪かけん、ウチに来ればって言うのに、意固地でねぇ。たまにここでお手伝いしてもらっとると。運が悪かばってん、性格はネジ曲がっとらんけん、私は好き」と紹介する。ママの口調には、ミキちゃんへの愛情が滲んでいた。彼女は内心、「ミキちゃんはほっとけん子やね。このお客さんと話せば、少し元気出るかもしれん」と考えていた。

 ミキちゃんはグラスを受け取ると、「こんな高い酒、初めて飲むっちゃ。なんか、ドキドキするね」と笑う。彼女の笑顔は少しぎこちなくて、でも純粋さが溢れていた。私は「この子、素直で可愛いな」と思いながら、「じゃあ、せっかくだから一緒に楽しもう」とグラスを軽く上げた。ママは「ほら、ミキちゃん、ええお客さんやろ?うちで飲んどるより、こっちの方が楽しいっちゃ」と優しく言う。彼女の目は、まるで母親みたいにミキちゃんを見つめていて、私は「このバー、居心地いいな」としみじみ感じていた。
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