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第一章 賽は投げられた
転がり始めた日常
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カチャリ、と試着室のロックをかけ、茜はバクバクする心臓を押さえて思わず座り込んだ。一体自分に何が起きているのだろうか。
ハンガーを外したスカートを手渡され、ごゆっくりどうぞ、と声をかけられた時、その声の耳触りがとても良くて、思わずドキッとしてしまった。男性の店員と話をするのなんていつぶりだろう。しかも、スーツ姿である。実のところ茜は、男性のスーツや眼鏡に弱い、所謂スーツフェチ、眼鏡フェチというやつなのだった。
とりあえず気持ちを落ち着かせて試着を始めると、隣の試着室から声が聞こえてきた。
「すいませーん。これのMサイズってあります?Lちょっと緩くて。ネイビーがいいなー。」「かしこまりました、お持ち致します。」
「よろしくー。」
茜は思わず動きを止めた。今の声、聞き覚えがある。とても良く知った声だ。まさか………。
急いで試着品を身に着けると、そっとドアを開けた。ちょうどそこにネイビーのパンツを手にした先程の店員が戻ってくる。
「お疲れさまでした。いかがですか?あ、大変お似合いですね!よろしければトップスもお持ちしましょうか?」
「あ、ええ、お願いします。」
「ん?あれ?もしかして濱谷ちゃん?」
「あー!やっぱり!真鍋さん!」
どうやら向こうも声で気づいたらしい。やはり隣の試着室に居たのは真鍋だった。
「なになに、来週の服買いにきたの!?」
「え、まぁそれもですけど普通に買い物ですっ!真鍋さんは?」
「ふつーに買い物。」
なるほど。確かに彼女が試着しているのは仕事で使いそうなシンプルなパンツだった。一方茜はプリーツの美しいロングスカート。なんだか合コンに向けて気合いが入っているっぽくてだいぶ恥ずかしい。
「そのスカートかわいいねー!今週末着てきてよ!似合う似合う!」
その一言でだいぶ気持ちが軽くなる。こういうところなのだ、茜が真鍋に憧れる理由は。
「なに、知り合い?」
「会社の同僚なの。かわいいでしょ?」
「へー!そうなんだ。あ、改めまして僕、梶川といいます。真鍋様にはいつもご贔屓いただきまして。」
梶川と名乗ったその男はどうやら真鍋の中学時代の後輩らしい。なーにが真鍋様よ!と小突かれているので、結構仲が良いようだ。
「とりあえず、はい、Mサイズ。だからLだと緩いと思うって言ったのに……。」
「ごめんごめん、緩いなら緩いでラクだと思ってさー。」
「店員の言うこと信用してくださいよ。」
「はいはい。あ、濱谷ちゃんのソレ、決まりね!高くないよね?」
「あ、はい!買います!」
オッケー、といってまた真鍋は試着室に消えた。茜ももとの服に着替える。さほどゆっくりしていたつもりはなかったのだが、荷物を持って試着室から出ると、ちょうど真鍋も試着を終えて出てきたので驚く。さっきもう一着受け取ったばかりだというのに、もう終わったのか。早い。
「お疲れさまでした。いかがでしたか?」
「Mサイズ買うからこっちは戻しで。」
「私、このままスカートいただきます。」
「かしこまりました、ありがとうございます。レジまでお持ちしますので、一度お預かりしますよ。」
そのままレジへと移動し、会計を済ませると、梶川が店入り口まで見送ってくれた。
「ありがと。ねぇねぇ、今週末ヒマ?」
「?土曜?日曜」
「土曜夜。テキトーなメンバーで飲むの。この子も来るよ~。」
「あ、そうなの?んじゃ行く。」
⁉今のどういう流れだ⁉お世辞?ノリ?からかわれた?軽くパニクりながら、適当に会釈をして店をあとにする。真鍋はなぜか上機嫌だ。
「ふふっ、こんなとこで濱谷ちゃんに会えると思わなかったなー。嬉しい!」
「あ、私もです。今日はお一人なんですか?」
「ううん、旦那と子供、おもちゃ屋さん行ってんの。」
どうやら買い物を終えたら合流するらしい。どおりで試着も会計も素早いわけだ。ところでさぁ、となぜか若干ニヤけながら真鍋が口を開く。
「どうだった?梶川。」
「どうだった、って……?」
「あいつ、割とイケメンじゃない?」
「え、あぁ、まぁ。そう、ですね。」
想定していなかった質問で、ついつい曖昧な答えになってしまう。そもそも真鍋に会えたことでだいぶ舞い上がっていたのでさほど興味をもっていなかった、というのが正直なところだ。
「あいつ、普通にイイやつだからさ。今度の飲み会来ると思うし、相手してあげてくれる?」
「あ、はい。私で良ければそのくらい全然いいですけど。」
「よかった、ありがと。」
なぜ真鍋は茜に梶川の相手を頼むのか、その真意が全く分からないまま、おもちゃ屋に到着してしまった。また明後日ね、と手を振り家族の元へと消えていく真鍋。茜は、少しの間そこでぼんやりと立ち尽くし、なにやら狐につままれたような妙な気分で帰路についたのだった。
家に戻り、本日の戦利品を袋から出してしまっていく。今日からお風呂上がりに身に着ける下着は新しいものに変えよう。そろそろくたびれてきた古い下着を、空っぽになった袋に突っ込みそのままゴミ箱へサヨナラした。
明日も休みだ。けれど今日散財したからあまり遊び歩くわけにはいかない。
(久しぶりにオンラインゲームでもやろうかな……。)
そんなことを考えながら、今日という一日をおえたのだった。
ハンガーを外したスカートを手渡され、ごゆっくりどうぞ、と声をかけられた時、その声の耳触りがとても良くて、思わずドキッとしてしまった。男性の店員と話をするのなんていつぶりだろう。しかも、スーツ姿である。実のところ茜は、男性のスーツや眼鏡に弱い、所謂スーツフェチ、眼鏡フェチというやつなのだった。
とりあえず気持ちを落ち着かせて試着を始めると、隣の試着室から声が聞こえてきた。
「すいませーん。これのMサイズってあります?Lちょっと緩くて。ネイビーがいいなー。」「かしこまりました、お持ち致します。」
「よろしくー。」
茜は思わず動きを止めた。今の声、聞き覚えがある。とても良く知った声だ。まさか………。
急いで試着品を身に着けると、そっとドアを開けた。ちょうどそこにネイビーのパンツを手にした先程の店員が戻ってくる。
「お疲れさまでした。いかがですか?あ、大変お似合いですね!よろしければトップスもお持ちしましょうか?」
「あ、ええ、お願いします。」
「ん?あれ?もしかして濱谷ちゃん?」
「あー!やっぱり!真鍋さん!」
どうやら向こうも声で気づいたらしい。やはり隣の試着室に居たのは真鍋だった。
「なになに、来週の服買いにきたの!?」
「え、まぁそれもですけど普通に買い物ですっ!真鍋さんは?」
「ふつーに買い物。」
なるほど。確かに彼女が試着しているのは仕事で使いそうなシンプルなパンツだった。一方茜はプリーツの美しいロングスカート。なんだか合コンに向けて気合いが入っているっぽくてだいぶ恥ずかしい。
「そのスカートかわいいねー!今週末着てきてよ!似合う似合う!」
その一言でだいぶ気持ちが軽くなる。こういうところなのだ、茜が真鍋に憧れる理由は。
「なに、知り合い?」
「会社の同僚なの。かわいいでしょ?」
「へー!そうなんだ。あ、改めまして僕、梶川といいます。真鍋様にはいつもご贔屓いただきまして。」
梶川と名乗ったその男はどうやら真鍋の中学時代の後輩らしい。なーにが真鍋様よ!と小突かれているので、結構仲が良いようだ。
「とりあえず、はい、Mサイズ。だからLだと緩いと思うって言ったのに……。」
「ごめんごめん、緩いなら緩いでラクだと思ってさー。」
「店員の言うこと信用してくださいよ。」
「はいはい。あ、濱谷ちゃんのソレ、決まりね!高くないよね?」
「あ、はい!買います!」
オッケー、といってまた真鍋は試着室に消えた。茜ももとの服に着替える。さほどゆっくりしていたつもりはなかったのだが、荷物を持って試着室から出ると、ちょうど真鍋も試着を終えて出てきたので驚く。さっきもう一着受け取ったばかりだというのに、もう終わったのか。早い。
「お疲れさまでした。いかがでしたか?」
「Mサイズ買うからこっちは戻しで。」
「私、このままスカートいただきます。」
「かしこまりました、ありがとうございます。レジまでお持ちしますので、一度お預かりしますよ。」
そのままレジへと移動し、会計を済ませると、梶川が店入り口まで見送ってくれた。
「ありがと。ねぇねぇ、今週末ヒマ?」
「?土曜?日曜」
「土曜夜。テキトーなメンバーで飲むの。この子も来るよ~。」
「あ、そうなの?んじゃ行く。」
⁉今のどういう流れだ⁉お世辞?ノリ?からかわれた?軽くパニクりながら、適当に会釈をして店をあとにする。真鍋はなぜか上機嫌だ。
「ふふっ、こんなとこで濱谷ちゃんに会えると思わなかったなー。嬉しい!」
「あ、私もです。今日はお一人なんですか?」
「ううん、旦那と子供、おもちゃ屋さん行ってんの。」
どうやら買い物を終えたら合流するらしい。どおりで試着も会計も素早いわけだ。ところでさぁ、となぜか若干ニヤけながら真鍋が口を開く。
「どうだった?梶川。」
「どうだった、って……?」
「あいつ、割とイケメンじゃない?」
「え、あぁ、まぁ。そう、ですね。」
想定していなかった質問で、ついつい曖昧な答えになってしまう。そもそも真鍋に会えたことでだいぶ舞い上がっていたのでさほど興味をもっていなかった、というのが正直なところだ。
「あいつ、普通にイイやつだからさ。今度の飲み会来ると思うし、相手してあげてくれる?」
「あ、はい。私で良ければそのくらい全然いいですけど。」
「よかった、ありがと。」
なぜ真鍋は茜に梶川の相手を頼むのか、その真意が全く分からないまま、おもちゃ屋に到着してしまった。また明後日ね、と手を振り家族の元へと消えていく真鍋。茜は、少しの間そこでぼんやりと立ち尽くし、なにやら狐につままれたような妙な気分で帰路についたのだった。
家に戻り、本日の戦利品を袋から出してしまっていく。今日からお風呂上がりに身に着ける下着は新しいものに変えよう。そろそろくたびれてきた古い下着を、空っぽになった袋に突っ込みそのままゴミ箱へサヨナラした。
明日も休みだ。けれど今日散財したからあまり遊び歩くわけにはいかない。
(久しぶりにオンラインゲームでもやろうかな……。)
そんなことを考えながら、今日という一日をおえたのだった。
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