乙女ゲーム的日常生活の苦難

冬木光

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第一章 賽は投げられた

非日常への第一歩

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バサバサバサッ、と音を立てて崩れたのは家をひっくり返す勢いで引っ張り出したありとあらゆる服たちだった。例の合コンは来週末。行くと返事をした当初はただドキドキワクワクしていただけだったが、何気なく「何を着ていこうかなぁ」なんて呟きながらクローゼットを開け放つと、中から出てきたのは絶望だった。
自分のなりにさほど興味を持たなくなって久しい。出てくる服はどれも五年選手ばかり。高校時代に購入した服まであった。
幸いにもまだ土曜の午前。今日の午後と、明日一日。準備にかけられる時間はある。出会いを求めて行くわけではないが、プライベートの真鍋に無様な格好は見せられない。むしろ普段ひたすら二着を着回しているところしか見せていないので、たまにはきちんとメイクをして、きちんとオシャレしているところを見せたい、見てほしい。

ひとまず目の前の適当なワンピースを着て、いつもより気持ち濃い目にメイクを乗せた。そして靴箱から五センチヒールのパンプスを引っ張り出す。本当は八センチヒールのサンダルで行きたいところだが、このところスニーカーばかり履いていたので、急に高いヒールを履くと綺麗には歩けない。ひとまず五センチで勘を取り戻し、本番までに八センチで綺麗に歩けるようになろう、というのが茜のプランだった。

正直、イケメンとやらにはさほど興味がない。もちろん美しい顔立ちの人に見とれたり、好みの芸能人なんかもいる。しかし、実際目の前にイケメンと美女が並んでいたら、思わず美女に目を奪われるのが茜だった。決して悪くはない容姿なのだが、中肉中背でそれなりにコンプレックスを可抱えているため、美女への憧れが強いのだ。自らが美しくなったと思えるまで、イケメンに相手してもらう資格はない。それが、友人に語る度呆れられる彼女の恋愛理論だった。

さて、愛車を飛ばして到着したのは隣町にあるアウトレットモールである。ハイブランドや雑貨店には目もくれず、まっしぐらに目指したのはランジェリーショップだった。下着には不思議な魔力がある、と茜は思っている。誰に見せるわけでもないのだが、気に入った下着を身につけた途端なぜか気分が高揚し、少しだけ目指す「イイ女」に近づいた気がするのだ。
かれこれ一時間ほど物色と試着を繰り返し、ブラジャーとショーツのセットを三組購入する。レースがたっぷりあしらわれ、ホールド力とキープ力にも優れた逸品だ。この際値段には目をつむった。この下着をつけるのとつけないのとでは、洋服を着たときのシルエットが変わる。

次に向かったのは海外の洋服ブランドのショップ。リーズナブルだがシルエットが美しく、何より他人と被ることが少ない。ただ、日本人は欧米人に比べとうしても全体的に「短い」。茜が昔から贔屓にしているブランドは日本人向けにXXSサイズを展開しているため、なんとか着こなせているという状況だった。
いくつか見繕った服を抱えて試着室に籠もる。中でも数点のトップスを気に入り、無事にゲットできた。しかし、やはりボトムスやスカートはなかなか難しい。趣味の山歩きのせいで茜の脚は割と筋肉質で張っているため、短いスカートやショートパンツを履くとあまり美しく見えないのだ。そこで、ロングスカートやゆったりめのボトムスを好んで履くことが多いのだが、インポートのボトムスほど試着して悲しくなるものはない。案の定XXSでも丈が長くて、丈つめをすると形が崩れるので難しく、一勝一敗な気持ちで店を後にした。

二階はスポーツ用品店や若者向けのブランドが軒を連ねている。
(そもそも痩せなきゃ綺麗に服なんて着られないんだよねぇ……。)
なんてちょっと卑屈な思いが頭をもたげつつ、ふらりと歩いてみる。スポーツ用品店に目的のものは特にないし、女子高生とおぼしき若者たちがキャッキャしている服屋には近づくこともできない。かつて自分が同じように友人たちとそこで盛り上がったことなどなかったかのように。
(あ、カワイイかも……。)
オリエンタルな雰囲気のスカートが目にとまり、フラリと入った店は意外にも男性用スーツなどを主に手掛ける老舗店だった。礼服だけでは成り立たず、カジュアルとしても使えるアイテムを売り出したところ好評を得たらしい。店舗の前面には主にカジュアル用品が並び、奥まったところに礼服が物々しく並べられていた。全体的に上品なシルエットで、アラサーに差し掛かった茜にはとても魅力的に見える。

「お客様、よろしければ試着なさってみませんか。」

▼試着する
▼試着しない

ここで!?と思わず動揺が顔に出そうになるのを必死に堪える。外出先でしかも人と話している最中にコレが出るのは初めてではないだろうか。店員に声をかけられるのが苦手な茜は、普段であれば小さな声で即座に断り、逃げるように帰ることが多い。しかし、正直このスカートはものすごくかわいい。できれば試着したい、と思った瞬間に「試着する」が白く消えていき、

「あ、では……お願いします。」

との声が口から出ていた。自分の行動に得体のしれない違和感を感じつつ、茜は細身のスーツに身を包んだ店員に連れられ、試着室へ向かうのだった。


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