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歪みの章
緋色の器3
しおりを挟むシヤンがアイツの所に行ってそろそろ1ヶ月。
僕は蝶を通じてずっとシヤンを見ていた。
シヤンは日に日に目の下に薄い隈ができて、疲労からか少し痩せたように見える。
朝早くに塔から王宮に行き、日中はずっとアイツと一緒に居て、いつも怒った顔で嫌そうにお仕事をしている。
でもシヤンの周りにいる奴らは、ニコニコしながら『さすが、シヤン様です』と手をこねこねしたり、気持ち悪い顔でシヤンにペコペコしてた。
シヤンはそいつらに対しても嫌そうな顔でいるのに、なんでか誰もそれに気づかない。
─ひどい…シヤンが可哀想だよ
ずっと王宮を見ていたけど、ムカムカして、イライラして…心の中にモヤモヤした黒い何かが燻っていた。
シヤン以外が真っ赤に見える。
気づけば握っていた手のひらから血が出ていた。
そんなある日、僕は聞いてしまった。
アイツが、シヤンにプレゼントをするんだって。
……シヤンを、自分のモノにする為に。
*****
『シヤン、今日はお前が僕の侍従になって1ヶ月の記念すべき日だ!』
アイツは小さな箱を開けて、シヤンに渡した。
箱の中には、小ぶりの青いピアスが2つ入っていた。
『ずっと一緒に居たいと思った人に、自分の眼や髪と同じ色の物をあげるといいって聞いたんだ!』
アイツはそう言って笑った。
『…っ…』
シヤンは口元を手で覆って、アイツに頭を下げる。
『!そ、そんなに、泣くほど嬉しかったのか!?』
嬉しそうな声で笑ってシヤンの頭を撫でた。
……
……
午後の小休憩の時間。
皇子宮の庭のガゼボで、シヤンは両耳に青いピアスを付けながら給仕をしていた。
傷一つなかったシヤンの耳は赤くなり、痛そうに少し腫れていた。
そんなシヤンの耳をアイツは嬉しそうに見ていて、不意に耳に触れた。
「あっ…」
…シヤンが泣きそうな顔をした。
頭が真っ白になって、視界が真っ赤に染まる。
シヤンが、あのシヤンが、泣きそうな顔で……なんで気づかないの?なんで、シヤンを傷つけるの?
お前が、おまえがっ!!!
……我慢の限界だった。
蝶の魔力が揺らぐ。
──ガシャンッ!
近くにあった陶器の鉢が僕の揺らいだ魔力によって割れた。
みんなびっくりしたみたいだけど、いそいそとメイド達が片付けをして、小休憩が切り上げられた。
シヤンが魔力の薄い、僕の半透明な蝶を見ていた。
*****
アイツの3時のおやつの時間。
いつもはシヤンが給仕をしてるけど、今日は違うみたい。
今日はアイツの傍にいつもいる女の人がするらしい。
僕は知らないし興味がないけど、僕とアイツの乳母?らしい。
『早く帰ってきてくれ!』
迷惑なことを言ってアイツは乳母と手を繋いで屋内に向かった。
すると、シヤンはアイツらに向かって薄い銀色の蝶を飛ばしていた。
アイツらをすごく睨みながら。
僕はもう1匹蝶を生み出して、アイツらとシヤンを見れるようにした。
シヤンは外にある馬車に向かって歩き、その中でさっき飛ばした蝶に集中してるみたい。
「……そろそろかなぁ」
僕はニコニコしながら、アイツらに向かって飛ばした蝶を見る。
蝶が2匹部屋に居た。銀色と半透明な蝶が。
『ロイ様、本日の茶葉は私の実家から送られてきた茶葉を使用した物になります』
『あぁ、ルテュールのお茶は美味しいから楽しみだ!』
堪え性もないのか、うるさいくらいに身体を揺らしている。
乳母はそれをニコニコしながら見つめ、紅茶の準備をしていた。
アイツは蜂蜜色の紅茶を嗅ぎ、お菓子を求めた。
『今日は…シヤン様のご実家、アンラジェ家で食されているマドレーヌをご準備させて頂きました!それも、シヤン様がロイ様の為に選定し、ご準備して下さったそうですよ!』
『それはほんとか!?シヤンが!?食べたい!すぐ持ってきてくれ!!』
有り得ない事なのに、アイツは嬉しそうに席から立ち上がり、馬鹿みたいに両手を広げて早く早くとお菓子を求める。
乳母はそれを取りに行くと言い部屋から出て行った。
部屋に1人残ったアイツは、お菓子を待たずに紅茶を啜る。
『…ん?なんか、味がいつもと違う?おぇっ…!?』
カップを机に戻した途端嘔吐きだし、青い顔をしながら立ち上がり、机とカップをなぎ倒した。
何か叫びながらよろよろと歩き出し外に助けを求める。
─ガチャッ!ガチャッ!
何度もドアノブを下げるが、扉は開かない。
─ドンドン!ドンドン!
なおも口から血を吐きながら、扉を強く叩く。
でも誰も来ない。
ズルズルと惨めに扉にもたれ掛かり、アイツは泣き出した。
『た、たすけて…シヤン…』
あろうことか、アイツは泣きながらシヤンの名前を呼び出した。そして、不意に上を向き……
『…シヤン?』
『…んで、…なんで見てるのにたすけてくれないの??』
吐血し、大粒の涙を零しながらシヤンの蝶に手を伸ばした。
『……あぁ……はは、ははは……あはははははは!!!』
アイツは頭がおかしくなったのか、急に笑いだして、床にごろりと大の字で仰向けに寝転んだ。
瞬間、アイツの魔力が全身を包み、金色だった髪は白く、瞳の色は青から赤へと変わった。
『…シヤン、ねぇ、たすけて』
アイツは笑いながらそう言った。
すると、隣でシヤンの蝶が消えて魔力が霧散した。
僕は心配になって、シヤンの方に視点を切り替える。
*****
馬車の中で、シヤンは俯きながら苦しそうに浅い呼吸を繰り返していた。
疲労の浮かんでいた顔は更に酷くなっていて、身体は小刻みに震えている。
シヤンは俯いたまま両手で顔を覆った。
何か呟いているようだけど、小さすぎて僕には聞き取れない。
でも……シヤンが小さく泣いているのは聞こえていた。
*****
僕はもう1度アイツの方に視点を切り替えた。
アイツはまだ部屋の中で、床に倒れたままずっと『シヤン』と名前を呼んでいる。
もうすぐ死んじゃいそうだけど。
僕は蝶に多めに魔力を送った。そして形を蝶から……僕の形に変えた。
形作った僕はアイツの傍にしゃがみ、上から顔を覗いた。
『えっ…お前…』
顔色悪く、ゼェゼェと息をしているこれに、僕はにっこりと笑った。
「やぁ、弟。初めまして」
現れた僕にすごく驚いてるようだけど、僕は構わずに続けた。
「どう?大好きな人に毒を盛られた気持ちは。」
「あ、あの乳母の事じゃないよ?これを準備したのは。」
「僕ね、ずっと王宮とか家族とか…どうでも良かったんだ。でもね…ダメだよ、許せない。」
「お前みたいなヤツが居るから、シヤンは大変で苦しい思いをするんだ。だから、悪い子は罰を受けないとね。」
「たくさん痛くて、苦しい思いをしてね。」
「……あ、もう聞こえてないみたい」
僕は魔力を解除して、シヤンの蝶に視点を戻した。
数日前から、シヤンがアレを毒殺しようと準備していることを見て知った。
今日が近づく度に、シヤンは夜に「もうすぐだから」と僕に伝えてくれる。
─そっか、アレが居なくなったら僕とずっと一緒に居てくれるんだ!
そう思ったら、なんだか嬉しくて楽しみで、わくわくして堪らなかった。
シヤンはずっと、僕の為になることしかしない。
だから、僕はシヤンの為になることをいっぱいしよう。
今泣いてるシヤンをヨシヨシして、たくさんぎゅってしよう。
それで、いっぱい褒めて、一緒に寝よう。
*****
僕は今まで見てきたことを全部シヤンに伝えた。
シヤンは僕の話を黙って聞いてて、途中からポロポロとまた泣き出してしまった。
「どうしたの!?シヤン、もしかしてどこか痛いの?」
「……いや…もう痛くないよ……」
そう言って、シヤンはまた僕に抱き着いた。
「……シュシュ…、ありがとう…」
「うん!」
僕は嬉しくてシヤンの頭をぎゅっと抱きしめて頭を撫でてあげた。
─シヤン、これからはずっと一緒にいてね?
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