163 / 276
旅行記
19、寺と神社へ参り、鹿と戯れる
しおりを挟む
奈良漬けで酔ってしまい、そのまま眠ってしまった月美たち女性陣だったが、十分ほどで目を覚ますことができた。
酒精が弱いはずの奈良漬けでこれなのだから、実際に酒を飲んだらどうなってしまうのか。
試してみたい気持ちが出てきてしまったが、そうした場合の後始末が面倒なのですぐに引っ込んでしまったが。
それはともかく。
はしたない姿を見られたことを恥じているらしく、女子はしばらくの間、沈黙していた。
特に一番最初に寝落ちしてしまった明美は、不埒なことをしていないか疑い、じとっとした視線を男子二人に向けていた。
その視線に、清は気まずいものを感じていたようだが、やましいことは一切していないため、護は無視を決め込んでいた。
とはいえ、そんなギクシャクした空気を一瞬で粉砕するものが、この奈良県には、特に東大寺付近のエリアには多数出没している。
それが。
「おぉ~……テレビではよく見てたけど、まさかほんとにこんな数がいるとは……」
「触られても全然気にしてないみたい」
「慣れてるのかもね。ほんと、大人しいね」
公園に大量に出現する野生の鹿だった。
東大寺のすぐ近くにある公園には、視界に入るだけでも二桁に届くほどの鹿の群れが各々、好きなように過ごしている光景が広がっていた。
「……鹿せんべい買うのは後でいいか。それとも買う必要はなしか……」
「買った瞬間、寄り付いてくるって話だからなぁ……どうすっかな」
いつの間にか鹿のほうへと向かっていた女子たちの背中を見ながら、護と清はそんなことを話し合っていた。
鹿は本来、警戒心の強い動物なのだが、鹿せんべいや餌付けをする観光客などの要因ですっかり人間に慣れてしまったのだ。
が、いくら人間に慣れているとはいえ、鹿は動物であり、よほどのことがない限り人間との意思疎通はできない存在だ。
実際、鹿せんべいを購入した観光客がからかって遊んでいたら鹿に角で突かれたり、頭突きをされたりして怪我をした、という事例もある。
怪我をする可能性があるのならばできれば避けたいところだが、女性陣がそれを許してくれそうになかった。
「……ひとまず、拝観料と賽銭だけでも死守するぞ」
「てか、一枚でよくないか?」
「それで満足するあいつらだと思うか?かわいさに目がくらんで、もっとあげたい、とか言い出すぞ」
もっとも、鹿せんべいを購入した瞬間、我先にと群がってくる鹿の群れを見て、その気持ちが続くかどうかはさすがに本人次第だが。
ちなみに、護と清は一度くらいなら構わないが、二度目はやりたくない、と思っている。
別に二人とも動物が嫌いというわけではない。清は普通だし、護についてはむしろ人間よりも好ましいと思っている。
だが、好ましいと思うことと囲まれることへの恐怖はまた別のものだ。
むろん、鹿たちに害意があるわけではないということはわかっている。わかっているのだが、下手をすれば重症となる傷を負わされる可能性もあるという事実がある以上、近づきすぎないに越したことはない。
いずれにしても、東大寺を参拝し終えてからのほうがいいだろう。
そう判断した二人は、鹿に夢中で戻ってこない女子三人に声を掛けた。
「お~い、鹿をもふるのはその辺にして、そろそろ行こうぜ~?」
「早くしないと、参拝時間が終わるぞ」
その呼びかけに気づいた三人は、鹿をなでる手を離し、二人と合流し、東大寺へと向かった。
------------
東大寺へ向かい、盧舎那仏像や東大寺の見学可能な部分を巡回し、再び門の前に出た。
門を出た広場には、鹿せんべいを売る屋台があったが、それは避けて、先に春日大社へ向かうことにした。
春日大社はかつて平安京で栄華を誇った藤原氏の氏神をまつる神社であり、藤原氏との縁なのか、藤で有名な神社でもある。
もっとも残念なことに、夏のこの時期はすでに藤の花は散っており、青々とした葉が茂っているだけだったが。
とはいえ、藤の花は見ることはできずとも歴史の教科書に名が載っている神社なのだから、参拝しておいて損はない。
護たちは拝殿への参道を歩いていき、参拝を済ませると、鹿にせんべいをあげてみたい、という女子三人の要望で再び東大寺の門前へとむかった。
もう間もなく拝観時間が終了するとはいえ、人はまだ残っているその場所で、護たちは鹿せんべいを販売している屋台へと向かっていった。
十枚でセットになっているものを五個購入した護たちが鹿せんべいを受け取ると、待ってましたとばかりに大量の鹿たちが護たちを取り囲んだ。
「は、早い……多い……」
「な、なんか少し怖くなってきた……」
「なんつう食い意地だよ、ほんとに」
鹿たちが歩み寄ってくる早さと量に、先ほどほこほこ顔で撫でまわしていた時と違い、少しばかり引きぎみになりながら一枚一枚、鹿にせんべいを手渡していった。
一頭が受け取ったせんべいをもしゃもしゃと食べていく姿を見てか、他の鹿たちが自分にもくれ、と言わんばかりに護たちに接近してきた。
中にはほかにないのか、とばかりにポケットやリュックに顔を突っ込もうとする無粋者も出てくる始末。
結局、最後には。
「も、もうないから!せんべい、これ以上ないから!」
「ごめんね!おせんべい、売り切れたの!」
「だから……」
『もう勘弁して~!!』
半泣きになりながら、明美と清、佳代は鹿たちの包囲網からどうにか抜け出そうとする始末であった。
護と月美も一緒に包囲網に囲まれていたのだが、持っていたせんべいをすべて与え終わると何も持ってないことを示すように両掌を見せ、鹿たちを諦めさせていた。
なお、ホステルへの戻りの電車の中で、鹿たちと戯れていた女子三人は、しばらくの間、鹿は見たくない、と思っていたとか。
酒精が弱いはずの奈良漬けでこれなのだから、実際に酒を飲んだらどうなってしまうのか。
試してみたい気持ちが出てきてしまったが、そうした場合の後始末が面倒なのですぐに引っ込んでしまったが。
それはともかく。
はしたない姿を見られたことを恥じているらしく、女子はしばらくの間、沈黙していた。
特に一番最初に寝落ちしてしまった明美は、不埒なことをしていないか疑い、じとっとした視線を男子二人に向けていた。
その視線に、清は気まずいものを感じていたようだが、やましいことは一切していないため、護は無視を決め込んでいた。
とはいえ、そんなギクシャクした空気を一瞬で粉砕するものが、この奈良県には、特に東大寺付近のエリアには多数出没している。
それが。
「おぉ~……テレビではよく見てたけど、まさかほんとにこんな数がいるとは……」
「触られても全然気にしてないみたい」
「慣れてるのかもね。ほんと、大人しいね」
公園に大量に出現する野生の鹿だった。
東大寺のすぐ近くにある公園には、視界に入るだけでも二桁に届くほどの鹿の群れが各々、好きなように過ごしている光景が広がっていた。
「……鹿せんべい買うのは後でいいか。それとも買う必要はなしか……」
「買った瞬間、寄り付いてくるって話だからなぁ……どうすっかな」
いつの間にか鹿のほうへと向かっていた女子たちの背中を見ながら、護と清はそんなことを話し合っていた。
鹿は本来、警戒心の強い動物なのだが、鹿せんべいや餌付けをする観光客などの要因ですっかり人間に慣れてしまったのだ。
が、いくら人間に慣れているとはいえ、鹿は動物であり、よほどのことがない限り人間との意思疎通はできない存在だ。
実際、鹿せんべいを購入した観光客がからかって遊んでいたら鹿に角で突かれたり、頭突きをされたりして怪我をした、という事例もある。
怪我をする可能性があるのならばできれば避けたいところだが、女性陣がそれを許してくれそうになかった。
「……ひとまず、拝観料と賽銭だけでも死守するぞ」
「てか、一枚でよくないか?」
「それで満足するあいつらだと思うか?かわいさに目がくらんで、もっとあげたい、とか言い出すぞ」
もっとも、鹿せんべいを購入した瞬間、我先にと群がってくる鹿の群れを見て、その気持ちが続くかどうかはさすがに本人次第だが。
ちなみに、護と清は一度くらいなら構わないが、二度目はやりたくない、と思っている。
別に二人とも動物が嫌いというわけではない。清は普通だし、護についてはむしろ人間よりも好ましいと思っている。
だが、好ましいと思うことと囲まれることへの恐怖はまた別のものだ。
むろん、鹿たちに害意があるわけではないということはわかっている。わかっているのだが、下手をすれば重症となる傷を負わされる可能性もあるという事実がある以上、近づきすぎないに越したことはない。
いずれにしても、東大寺を参拝し終えてからのほうがいいだろう。
そう判断した二人は、鹿に夢中で戻ってこない女子三人に声を掛けた。
「お~い、鹿をもふるのはその辺にして、そろそろ行こうぜ~?」
「早くしないと、参拝時間が終わるぞ」
その呼びかけに気づいた三人は、鹿をなでる手を離し、二人と合流し、東大寺へと向かった。
------------
東大寺へ向かい、盧舎那仏像や東大寺の見学可能な部分を巡回し、再び門の前に出た。
門を出た広場には、鹿せんべいを売る屋台があったが、それは避けて、先に春日大社へ向かうことにした。
春日大社はかつて平安京で栄華を誇った藤原氏の氏神をまつる神社であり、藤原氏との縁なのか、藤で有名な神社でもある。
もっとも残念なことに、夏のこの時期はすでに藤の花は散っており、青々とした葉が茂っているだけだったが。
とはいえ、藤の花は見ることはできずとも歴史の教科書に名が載っている神社なのだから、参拝しておいて損はない。
護たちは拝殿への参道を歩いていき、参拝を済ませると、鹿にせんべいをあげてみたい、という女子三人の要望で再び東大寺の門前へとむかった。
もう間もなく拝観時間が終了するとはいえ、人はまだ残っているその場所で、護たちは鹿せんべいを販売している屋台へと向かっていった。
十枚でセットになっているものを五個購入した護たちが鹿せんべいを受け取ると、待ってましたとばかりに大量の鹿たちが護たちを取り囲んだ。
「は、早い……多い……」
「な、なんか少し怖くなってきた……」
「なんつう食い意地だよ、ほんとに」
鹿たちが歩み寄ってくる早さと量に、先ほどほこほこ顔で撫でまわしていた時と違い、少しばかり引きぎみになりながら一枚一枚、鹿にせんべいを手渡していった。
一頭が受け取ったせんべいをもしゃもしゃと食べていく姿を見てか、他の鹿たちが自分にもくれ、と言わんばかりに護たちに接近してきた。
中にはほかにないのか、とばかりにポケットやリュックに顔を突っ込もうとする無粋者も出てくる始末。
結局、最後には。
「も、もうないから!せんべい、これ以上ないから!」
「ごめんね!おせんべい、売り切れたの!」
「だから……」
『もう勘弁して~!!』
半泣きになりながら、明美と清、佳代は鹿たちの包囲網からどうにか抜け出そうとする始末であった。
護と月美も一緒に包囲網に囲まれていたのだが、持っていたせんべいをすべて与え終わると何も持ってないことを示すように両掌を見せ、鹿たちを諦めさせていた。
なお、ホステルへの戻りの電車の中で、鹿たちと戯れていた女子三人は、しばらくの間、鹿は見たくない、と思っていたとか。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】小さな元大賢者の幸せ騎士団大作戦〜ひとりは寂しいからみんなで幸せ目指します〜
るあか
ファンタジー
僕はフィル・ガーネット5歳。田舎のガーネット領の領主の息子だ。
でも、ただの5歳児ではない。前世は別の世界で“大賢者”という称号を持つ大魔道士。そのまた前世は日本という島国で“独身貴族”の称号を持つ者だった。
どちらも決して不自由な生活ではなかったのだが、特に大賢者はその力が強すぎたために側に寄る者は誰もおらず、寂しく孤独死をした。
そんな僕はメイドのレベッカと近所の森を散歩中に“根無し草の鬼族のおじさん”を拾う。彼との出会いをきっかけに、ガーネット領にはなかった“騎士団”の結成を目指す事に。
家族や領民のみんなで幸せになる事を夢見て、元大賢者の5歳の僕の幸せ騎士団大作戦が幕を開ける。
ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?
音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。
役に立たないから出ていけ?
わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます!
さようなら!
5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!
公爵令嬢アナスタシアの華麗なる鉄槌
招杜羅147
ファンタジー
「婚約は破棄だ!」
毒殺容疑の冤罪で、婚約者の手によって投獄された公爵令嬢・アナスタシア。
彼女は獄中死し、それによって3年前に巻き戻る。
そして…。
真祖竜に転生したけど、怠け者の世界最強種とか性に合わないんで、人間のふりして旅に出ます
難波一
ファンタジー
"『第18回ファンタジー小説大賞【奨励賞】受賞!』"
ブラック企業勤めのサラリーマン、橘隆也(たちばな・りゅうや)、28歳。
社畜生活に疲れ果て、ある日ついに階段から足を滑らせてあっさりゲームオーバー……
……と思いきや、目覚めたらなんと、伝説の存在・“真祖竜”として異世界に転生していた!?
ところがその竜社会、価値観がヤバすぎた。
「努力は未熟の証、夢は竜の尊厳を損なう」
「強者たるもの怠惰であれ」がスローガンの“七大怠惰戒律”を掲げる、まさかのぐうたら最強種族!
「何それ意味わかんない。強く生まれたからこそ、努力してもっと強くなるのが楽しいんじゃん。」
かくして、生まれながらにして世界最強クラスのポテンシャルを持つ幼竜・アルドラクスは、
竜社会の常識をぶっちぎりで踏み倒し、独学で魔法と技術を学び、人間の姿へと変身。
「世界を見たい。自分の力がどこまで通じるか、試してみたい——」
人間のふりをして旅に出た彼は、貴族の令嬢や竜の少女、巨大な犬といった仲間たちと出会い、
やがて“魔王”と呼ばれる世界級の脅威や、世界の秘密に巻き込まれていくことになる。
——これは、“怠惰が美徳”な最強種族に生まれてしまった元社畜が、
「自分らしく、全力で生きる」ことを選んだ物語。
世界を知り、仲間と出会い、規格外の強さで冒険と成長を繰り広げる、
最強幼竜の“成り上がり×異端×ほのぼの冒険ファンタジー”開幕!
※小説家になろう様にも掲載しています。
FRIENDS
緒方宗谷
青春
身体障がい者の女子高生 成瀬菜緒が、命を燃やし、一生懸命に生きて、青春を手にするまでの物語。
書籍化を目指しています。(出版申請の制度を利用して)
初版の印税は全て、障がい者を支援するNPO法人に寄付します。
スコアも廃止にならない限り最終話公開日までの分を寄付します。
最終話まで書き終わっていますので、ぜひお気に入り登録をして読んでください。
90万文字を超える長編なので、気長にお付き合いください。
よろしくお願いします。
※この物語はフィクションです。
実在の人物、団体、イベント、地域などとは一切関係ありません。
王国最強の天才魔導士は、追放された悪役令嬢の息子でした
由香
ファンタジー
追放された悪役令嬢が選んだのは復讐ではなく、母として息子を守ること。
無自覚天才に育った息子は、魔法を遊び感覚で扱い、王国を震撼させてしまう。
再び招かれたのは、かつて母を追放した国。
礼儀正しく圧倒する息子と、静かに完全勝利する母。
これは、親子が選ぶ“最も美しいざまぁ”。
美男美女の同僚のおまけとして異世界召喚された私、ゴミ無能扱いされ王城から叩き出されるも、才能を見出してくれた隣国の王子様とスローライフ
さら
恋愛
会社では地味で目立たない、ただの事務員だった私。
ある日突然、美男美女の同僚二人のおまけとして、異世界に召喚されてしまった。
けれど、測定された“能力値”は最低。
「無能」「お荷物」「役立たず」と王たちに笑われ、王城を追い出されて――私は一人、行くあてもなく途方に暮れていた。
そんな私を拾ってくれたのは、隣国の第二王子・レオン。
優しく、誠実で、誰よりも人の心を見てくれる人だった。
彼に導かれ、私は“癒しの力”を持つことを知る。
人の心を穏やかにし、傷を癒す――それは“無能”と呼ばれた私だけが持っていた奇跡だった。
やがて、王子と共に過ごす穏やかな日々の中で芽生える、恋の予感。
不器用だけど優しい彼の言葉に、心が少しずつ満たされていく。
没落領地の転生令嬢ですが、領地を立て直していたら序列一位の騎士に婿入りされました
藤原遊
ファンタジー
魔力不足、財政難、人手不足。
逃げ場のない没落領地を託された転生令嬢は、
“立て直す”以外の選択肢を持たなかった。
領地経営、改革、そして予想外の縁。
没落から始まる再建の先で、彼女が選ぶ未来とは──。
※完結まで予約投稿しました。安心してお読みください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる