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「あ~ん」
大きな口を開けると、苺が投入された。
素早く口を閉じて噛みしめると、果肉が潰れて甘い汁が口の中いっぱいに広がった。
とろんと幸せに顔を緩ませる。
「もっと食べますか?」
そう言って、ギルバート様が母鳥のように苺をフォークに刺して僕の口に運ぼうとする。
僕はふるると首を振った。
「遠慮しなくて構いませんよ」
遠慮じゃなくて、もう充分なのだ。
そりゃ、食べろと言われれば、まだ食べられそうだけど、贅沢すぎる。
こんな待遇は、僕には過ぎた贅沢だ。
「お腹いっぱいです」
そう答えると、ギルバート様は苺を自分の口に入れた。
「あの……僕、もう大丈夫です。今日はお仕事しますね」
そう言って、ベッドから出ようとしたら、ギルバート様の手が止めた。
「まだ駄目です」
「もう大丈夫ですよ」
そう強く言ったら、ギルバート様の顔が近づいてきた。
そっと額を重ねられて、紫の瞳が迫ってくる。
瞳に吸い込まれそうになる。
ポーッと瞳に魅せられていると、ギルバート様がぽつりと言った。
「まだ熱がありますね」
スッと額が離れるも、あまりに近くでギルバート様の顔を見ていたせいで、顔の火照りが直ぐに消えない。
「ないですっ」
「ありますよ。今も頬が赤い」
ギルバート様の手が僕の頬を優しく撫でる。
そんなことをされたら、余計に熱が上がる。
「こっ、これは違いますっ」
「どう違うんですか」
声には変わらず抑揚はない。
でも、ほんの少し僕を見る眼が優しくなった気がする。
嬉しいのだけど、戸惑う。
「僕は身体を動かしている方がいいんです。ギルバート様のお世話がしたいんです」
そう訴えると、ギルバート様は表情を変えないまま首を横に振った。
「でも、せめて部屋に戻らせてもらえませんか。ギルバート様のベッドを占領するのは恐れ多くて」
ぶるぶると震えて見せる。
「君は体温が高いから……」
えっ?
僕の体温が高いとどうなるんだろう。
「熱があるからかもしれませんが……」
うんうんと相槌を打ちながら、先を待つ。
待つけど、続きは聞けなかった。
ここのところ寒い日が続いたから、僕にくっついて寝ると温かいということなんだろうか。
一昨日から、このベッドを占領している。
だから、当然、ギルバート様は寝るときは僕の隣でってことになった。
自分の部屋に戻ると言ったのだけど許してもらえず、夜を共にした。
いや、そんなに色っぽいこともなくだ。
あったら、こんなに冷静でいられない。
ただ、くっついてはこられたけど……
「夜、お寒いなら……その……ご命令なら、隣で寝ても構いませんよ」
「命令……ですか」
「はい。僕、ギルバート様のご命令なら何でもききます」
元気よく答えたけど、ギルバート様の反応は薄かった。
「結構です」
ギルバート様は短く言って、苺のお皿を片付け始めた。
「あっ、僕がやります」
「寝てなさいと言ったでしょう」
鋭い視線が、僕に刺さる。
「でも、もう大丈夫なんです。あまり寝てばかりだと、背中が痛いんですよ」
僕の言葉にギルバート様は、僕の背中に視線を向けた。
「見せてください」
「えっ? 背中をですか」
ギルバート様は返事を待たずに、僕の寝衣の上をまくり上げた。
「わわっ、大丈夫ですっ」
恥ずかしくなって、慌てる。
男同士だし、裸を見られるくらいどうってことない。
だけど、相手はギルバート様なんだ。
意識しない方が、おかしい。
「汗をかいていますね」
「えっ、あっ、やだ、ギルバート様、触らないで」
「拭いてあげましょうか」
淡々と言われて、僕はブルブルと首を振った。
なんでもないように言われたけど、僕にとっては一大事だ。
それにしても、ギルバート様はどうしたんだろう。
僕なんかに無関心だったのに。
やはり、ギルバート様はあの事故のことを気にしているんだろうか。
ギルバート様の口からは、真実は語られなかったようだし……
てっきり僕は、ギルバート様から恨まれていると思っていた。
でも、ギルバート様は僕に恨まれていると思っていたようだ。
父のこと……もし、ギルバート様が真実を話してくれていたら……思わないでもないけど、あんなひどい怪我だ。
気づかれた時には、もう父は亡くなっていたということも有り得る。
故意でないなら、恨んだりはしない。
「ギル、出直してきた方がよかったか?」
不意に凛とした声が、部屋に響き渡った。
ハッとして、ドアの方に視線を向けると、そこには身なりのいい男の人が立っていた。
ギルバート様も綺麗だけど、彼もとても美しい容姿をしていた。
ふわりと肩にかかる黄金色の髪も、澄んだ蒼の瞳も、一度見たら忘れないくらいに、印象的だった。
背は低いけれど姿勢もよく、なにより自信に満ちた表情から小さいとは思わず、その存在は大きく感じとれた。
細かな刺繍を施した丈の長い上着を見ると、貴族と知れる。
青色の衣装はとても彼に似合っている。
優雅な足取りで彼はこちらに向かってくる。
そんな彼から目が離せない。
魅力的な華を感じた。
正に大輪の薔薇だ。
「あっ、シャルル様だ」
思い当たって名前を口にしたら、シャルル様は綺麗に微笑した。
「ギル、私の話をしたのか。お前がそうやって甲斐甲斐しく他人を看病する姿も珍しいが、私の話をするのも彼が初めてじゃないか」
軽やかな足取りでベッドに近づいてくると、シャルル様は軽やかにベッドに腰かけた。
近くで見ると、本当に綺麗な人だった。
白い陶器のような肌に、薔薇色の唇。
瞳には強い意志を宿している。
何にも屈しない、そんな強さを感じる。
どこにも欠点がない。
どころか、神が創ったのではと思うほど、端麗な顔に眼が離せない。
ギルバート様も色が白くて、とても端正な顔をしているけど……
貴族というのは、どこか僕達とは顔の造りが違っているのかもしれない。
「……シャルル、貴方が来るのはもう少し先だと思っていましたが」
「少し面白いことを見つけてね」
シャルル様は悪戯っぽく笑った。
どんな表情も一枚の絵のように完璧だ。
僕なんかは、いつだって変な顔って、ギルバート様に言われるのに。
少しだけ、不公平だと感じる。
自分の身分を疎んだことはないし、貴族になりたいと思ったことはない。
でも、こうして仲のいいお二人を見ると、僕とは決して相いれないのだと感じずにはいられない。
「僕はそんなことには興味はありません。来るなら来ると、前もって連絡をください。準備もありますので」
「ああ、私に気を遣う必要はないよ。長居はしないさ」
シャルル様が不意に僕の髪に触れた。
子供にするみたいに頭を撫でられて、萎縮する。
「怯えています。やめてあげてください」
ギルバート様が僕を庇ってくれた。
そのことが嬉しいのに、素直に喜べない。
「お前は誰だ? どうやってこの気難しい男を手なずけた?」
問われて、僕は小さく首を振った。
「……僕はただの使用人です」
「ギル、使用人に手を出したのか。お前は他の貴族とは違うと思ったが……責任は取るつもりなんだろうな」
責任?
あっ、まさか!
「違います。そんなんじゃないです。具合が悪くて、寝かせてもらっていただけです」
必死に訴えて、僕は慌ててベッドから出た。
「まだ寝ていないと」
「もう大丈夫です。着替えて、お茶のご用意をします」
僕はギルバート様の言葉を遮り、早口に言うと、止められる前に急いで部屋を出た。
久しぶりに自分の部屋に戻った僕は、そこに掛けてあったシーツを見てドキッとした。
銀の薔薇に犯されたことを思い出す。
でも、倒れたお蔭で、ギルバート様に看病してもらえた。
もう充分だ。
もっともっと仲良くなりたい。
そんな感情は捨てるべきだ。
ギルバート様は僕のご主人様で、あんなに綺麗な想い人がいるんだ。
シャルル様……とても綺麗な人だった。
あんな人なら、誰もが恋に落ちるだろう。
男同士だし、貴族なんて家柄だし、どうするんだろうとは思うけど、何があっても僕だけはギルバート様の味方でいたい。
僕の恋は叶わない。
でも、ギルバート様の恋は実ってほしい。
お茶の用意をして、僕は急いでギルバート様の部屋に向かった。
コンコンとノックしてから、一呼吸置いてドアを開けるつもりだったけど、中から返事がした。
「開いている。入っても構わないぞ」
声の主はシャルル様だ。
よく通る綺麗な声だった。
「失礼します。お茶をお持ちしました」
お辞儀をして、中に入る。
「ああ、お前は……アレクというそうだな」
僕はお茶を運びながら、「はい」と答えた。
テーブルにお茶とお菓子を並べていると、後ろから近づいてこられた。
「アレクはどうやってギルを懐柔したんだ?」
そんな訊き方をされて、苦笑する。
「怪獣だなんて……ギルバート様に失礼ですよ」
「そうか。だが、ギルが人に固執するのは初めてだ。お前のどこがギルを惹きつけるのか、興味がある」
後ろから抱きつかれて、びっくりする。
見た目よりも逞しい腕にすっぽりと包まれてしまって、身動きできない。
貴族相手に振りほどくこともできず、僕は縮こまった。
「シャルル、悪ふざけはやめてください。アレクはただの小姓です」
「本当にそうなのか?」
すぐ耳元で美声が響いた。
こんな声で囁かれたら、初心な女の子なら腰くだけになってしまうだろう。
「そうですよ。僕はただの使用人です」
わかっているのに、言わされるのは惨めだった。
するりと腕が解けて、僕は慌ててシャルル様から離れた。
「ギル、だったら、この子を私の恋人にしてもいいか」
「ええっ!」
びっくりするようなことを言われた。
冗談……だよな。
そう思っていたら、シャルル様が僕の顎に指を伸ばし、くいっと上向けられた。
まさか、キスされる?
そう気づいた時には、唇が重なっていた。
「………んっ!」
大きく眼を見開く。
透明な宝石みたいな綺麗な瞳なのに、猛禽類のような鋭さがあった。
食われてしまいそうで、思わず眼を閉じる。
舌までは入れられなかったけど、唇を甘噛みされたりと、長い時間触れあっていたように思う。
「……んっ…はぁ…」
解放された唇がジンジンと痺れている。
ずっと息を止めていたから、呼吸も苦しい。
「慣れていないな。どうやら、ギルの話は本当だったようだな」
何、どういうこと?
チラとギルバート様を見ると、いつもの人形みたいな冷たい顔をしていた。
「だから、言ったでしょう。アレクは使用人だと」
無表情だったけど、刺々しい声だった。
ひょっとして嫉妬しているんだろうか。
「ああっ、すみませんっ。僕、失礼します」
僕は慌てて、逃げるように部屋を後にした。
ギルバート様はシャルル様のこと、本当に好きなんだ。
だから、シャルル様が僕にキスしたことを怒ってらしたんだ。
ギルバート様のこと、ちゃんと見てきたからわかる。
不機嫌か、そうでないか。
あれは明らかに怒っていた。
其れ程までに好きな相手がギルバート様にもいてよかったと、喜ばなきゃいけない。
なのに、すごく胸が痛かった。
大きな口を開けると、苺が投入された。
素早く口を閉じて噛みしめると、果肉が潰れて甘い汁が口の中いっぱいに広がった。
とろんと幸せに顔を緩ませる。
「もっと食べますか?」
そう言って、ギルバート様が母鳥のように苺をフォークに刺して僕の口に運ぼうとする。
僕はふるると首を振った。
「遠慮しなくて構いませんよ」
遠慮じゃなくて、もう充分なのだ。
そりゃ、食べろと言われれば、まだ食べられそうだけど、贅沢すぎる。
こんな待遇は、僕には過ぎた贅沢だ。
「お腹いっぱいです」
そう答えると、ギルバート様は苺を自分の口に入れた。
「あの……僕、もう大丈夫です。今日はお仕事しますね」
そう言って、ベッドから出ようとしたら、ギルバート様の手が止めた。
「まだ駄目です」
「もう大丈夫ですよ」
そう強く言ったら、ギルバート様の顔が近づいてきた。
そっと額を重ねられて、紫の瞳が迫ってくる。
瞳に吸い込まれそうになる。
ポーッと瞳に魅せられていると、ギルバート様がぽつりと言った。
「まだ熱がありますね」
スッと額が離れるも、あまりに近くでギルバート様の顔を見ていたせいで、顔の火照りが直ぐに消えない。
「ないですっ」
「ありますよ。今も頬が赤い」
ギルバート様の手が僕の頬を優しく撫でる。
そんなことをされたら、余計に熱が上がる。
「こっ、これは違いますっ」
「どう違うんですか」
声には変わらず抑揚はない。
でも、ほんの少し僕を見る眼が優しくなった気がする。
嬉しいのだけど、戸惑う。
「僕は身体を動かしている方がいいんです。ギルバート様のお世話がしたいんです」
そう訴えると、ギルバート様は表情を変えないまま首を横に振った。
「でも、せめて部屋に戻らせてもらえませんか。ギルバート様のベッドを占領するのは恐れ多くて」
ぶるぶると震えて見せる。
「君は体温が高いから……」
えっ?
僕の体温が高いとどうなるんだろう。
「熱があるからかもしれませんが……」
うんうんと相槌を打ちながら、先を待つ。
待つけど、続きは聞けなかった。
ここのところ寒い日が続いたから、僕にくっついて寝ると温かいということなんだろうか。
一昨日から、このベッドを占領している。
だから、当然、ギルバート様は寝るときは僕の隣でってことになった。
自分の部屋に戻ると言ったのだけど許してもらえず、夜を共にした。
いや、そんなに色っぽいこともなくだ。
あったら、こんなに冷静でいられない。
ただ、くっついてはこられたけど……
「夜、お寒いなら……その……ご命令なら、隣で寝ても構いませんよ」
「命令……ですか」
「はい。僕、ギルバート様のご命令なら何でもききます」
元気よく答えたけど、ギルバート様の反応は薄かった。
「結構です」
ギルバート様は短く言って、苺のお皿を片付け始めた。
「あっ、僕がやります」
「寝てなさいと言ったでしょう」
鋭い視線が、僕に刺さる。
「でも、もう大丈夫なんです。あまり寝てばかりだと、背中が痛いんですよ」
僕の言葉にギルバート様は、僕の背中に視線を向けた。
「見せてください」
「えっ? 背中をですか」
ギルバート様は返事を待たずに、僕の寝衣の上をまくり上げた。
「わわっ、大丈夫ですっ」
恥ずかしくなって、慌てる。
男同士だし、裸を見られるくらいどうってことない。
だけど、相手はギルバート様なんだ。
意識しない方が、おかしい。
「汗をかいていますね」
「えっ、あっ、やだ、ギルバート様、触らないで」
「拭いてあげましょうか」
淡々と言われて、僕はブルブルと首を振った。
なんでもないように言われたけど、僕にとっては一大事だ。
それにしても、ギルバート様はどうしたんだろう。
僕なんかに無関心だったのに。
やはり、ギルバート様はあの事故のことを気にしているんだろうか。
ギルバート様の口からは、真実は語られなかったようだし……
てっきり僕は、ギルバート様から恨まれていると思っていた。
でも、ギルバート様は僕に恨まれていると思っていたようだ。
父のこと……もし、ギルバート様が真実を話してくれていたら……思わないでもないけど、あんなひどい怪我だ。
気づかれた時には、もう父は亡くなっていたということも有り得る。
故意でないなら、恨んだりはしない。
「ギル、出直してきた方がよかったか?」
不意に凛とした声が、部屋に響き渡った。
ハッとして、ドアの方に視線を向けると、そこには身なりのいい男の人が立っていた。
ギルバート様も綺麗だけど、彼もとても美しい容姿をしていた。
ふわりと肩にかかる黄金色の髪も、澄んだ蒼の瞳も、一度見たら忘れないくらいに、印象的だった。
背は低いけれど姿勢もよく、なにより自信に満ちた表情から小さいとは思わず、その存在は大きく感じとれた。
細かな刺繍を施した丈の長い上着を見ると、貴族と知れる。
青色の衣装はとても彼に似合っている。
優雅な足取りで彼はこちらに向かってくる。
そんな彼から目が離せない。
魅力的な華を感じた。
正に大輪の薔薇だ。
「あっ、シャルル様だ」
思い当たって名前を口にしたら、シャルル様は綺麗に微笑した。
「ギル、私の話をしたのか。お前がそうやって甲斐甲斐しく他人を看病する姿も珍しいが、私の話をするのも彼が初めてじゃないか」
軽やかな足取りでベッドに近づいてくると、シャルル様は軽やかにベッドに腰かけた。
近くで見ると、本当に綺麗な人だった。
白い陶器のような肌に、薔薇色の唇。
瞳には強い意志を宿している。
何にも屈しない、そんな強さを感じる。
どこにも欠点がない。
どころか、神が創ったのではと思うほど、端麗な顔に眼が離せない。
ギルバート様も色が白くて、とても端正な顔をしているけど……
貴族というのは、どこか僕達とは顔の造りが違っているのかもしれない。
「……シャルル、貴方が来るのはもう少し先だと思っていましたが」
「少し面白いことを見つけてね」
シャルル様は悪戯っぽく笑った。
どんな表情も一枚の絵のように完璧だ。
僕なんかは、いつだって変な顔って、ギルバート様に言われるのに。
少しだけ、不公平だと感じる。
自分の身分を疎んだことはないし、貴族になりたいと思ったことはない。
でも、こうして仲のいいお二人を見ると、僕とは決して相いれないのだと感じずにはいられない。
「僕はそんなことには興味はありません。来るなら来ると、前もって連絡をください。準備もありますので」
「ああ、私に気を遣う必要はないよ。長居はしないさ」
シャルル様が不意に僕の髪に触れた。
子供にするみたいに頭を撫でられて、萎縮する。
「怯えています。やめてあげてください」
ギルバート様が僕を庇ってくれた。
そのことが嬉しいのに、素直に喜べない。
「お前は誰だ? どうやってこの気難しい男を手なずけた?」
問われて、僕は小さく首を振った。
「……僕はただの使用人です」
「ギル、使用人に手を出したのか。お前は他の貴族とは違うと思ったが……責任は取るつもりなんだろうな」
責任?
あっ、まさか!
「違います。そんなんじゃないです。具合が悪くて、寝かせてもらっていただけです」
必死に訴えて、僕は慌ててベッドから出た。
「まだ寝ていないと」
「もう大丈夫です。着替えて、お茶のご用意をします」
僕はギルバート様の言葉を遮り、早口に言うと、止められる前に急いで部屋を出た。
久しぶりに自分の部屋に戻った僕は、そこに掛けてあったシーツを見てドキッとした。
銀の薔薇に犯されたことを思い出す。
でも、倒れたお蔭で、ギルバート様に看病してもらえた。
もう充分だ。
もっともっと仲良くなりたい。
そんな感情は捨てるべきだ。
ギルバート様は僕のご主人様で、あんなに綺麗な想い人がいるんだ。
シャルル様……とても綺麗な人だった。
あんな人なら、誰もが恋に落ちるだろう。
男同士だし、貴族なんて家柄だし、どうするんだろうとは思うけど、何があっても僕だけはギルバート様の味方でいたい。
僕の恋は叶わない。
でも、ギルバート様の恋は実ってほしい。
お茶の用意をして、僕は急いでギルバート様の部屋に向かった。
コンコンとノックしてから、一呼吸置いてドアを開けるつもりだったけど、中から返事がした。
「開いている。入っても構わないぞ」
声の主はシャルル様だ。
よく通る綺麗な声だった。
「失礼します。お茶をお持ちしました」
お辞儀をして、中に入る。
「ああ、お前は……アレクというそうだな」
僕はお茶を運びながら、「はい」と答えた。
テーブルにお茶とお菓子を並べていると、後ろから近づいてこられた。
「アレクはどうやってギルを懐柔したんだ?」
そんな訊き方をされて、苦笑する。
「怪獣だなんて……ギルバート様に失礼ですよ」
「そうか。だが、ギルが人に固執するのは初めてだ。お前のどこがギルを惹きつけるのか、興味がある」
後ろから抱きつかれて、びっくりする。
見た目よりも逞しい腕にすっぽりと包まれてしまって、身動きできない。
貴族相手に振りほどくこともできず、僕は縮こまった。
「シャルル、悪ふざけはやめてください。アレクはただの小姓です」
「本当にそうなのか?」
すぐ耳元で美声が響いた。
こんな声で囁かれたら、初心な女の子なら腰くだけになってしまうだろう。
「そうですよ。僕はただの使用人です」
わかっているのに、言わされるのは惨めだった。
するりと腕が解けて、僕は慌ててシャルル様から離れた。
「ギル、だったら、この子を私の恋人にしてもいいか」
「ええっ!」
びっくりするようなことを言われた。
冗談……だよな。
そう思っていたら、シャルル様が僕の顎に指を伸ばし、くいっと上向けられた。
まさか、キスされる?
そう気づいた時には、唇が重なっていた。
「………んっ!」
大きく眼を見開く。
透明な宝石みたいな綺麗な瞳なのに、猛禽類のような鋭さがあった。
食われてしまいそうで、思わず眼を閉じる。
舌までは入れられなかったけど、唇を甘噛みされたりと、長い時間触れあっていたように思う。
「……んっ…はぁ…」
解放された唇がジンジンと痺れている。
ずっと息を止めていたから、呼吸も苦しい。
「慣れていないな。どうやら、ギルの話は本当だったようだな」
何、どういうこと?
チラとギルバート様を見ると、いつもの人形みたいな冷たい顔をしていた。
「だから、言ったでしょう。アレクは使用人だと」
無表情だったけど、刺々しい声だった。
ひょっとして嫉妬しているんだろうか。
「ああっ、すみませんっ。僕、失礼します」
僕は慌てて、逃げるように部屋を後にした。
ギルバート様はシャルル様のこと、本当に好きなんだ。
だから、シャルル様が僕にキスしたことを怒ってらしたんだ。
ギルバート様のこと、ちゃんと見てきたからわかる。
不機嫌か、そうでないか。
あれは明らかに怒っていた。
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