rose of silver

春野いちご

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 シャルル様はしばらく滞在することになった。
 ギルバート様にとっては嬉しいことだろう。
 だから、僕も喜ばなきゃいけないのに……



 はぁーと溜め息を吐いて、僕は大広間から出た。
 中ではギルバート様とシャルル様が談笑している。
 薄っすらだけど、ギルバート様の口許に笑みが浮かぶのを見て、嬉しい反面、モヤモヤした気持ちになった。
 使用人の僕が抱いていい想いじゃない。
 何度も言い聞かせたし、気の迷いじゃないかとも思った。
 でも、シャルル様を見て、はっきりと気づいた。
 僕の気持ちはやっぱり恋だと。

「こんなはずじゃなかったのになぁ」

 独り言に誰かが答えた。
「じゃあ、どんなつもりだったのかな」
 ひょいっと覗き込まれて、心臓が飛び出そうになる。
「わわっ!」
 驚きすぎてひっくり返りそうになったけど、咄嗟に抱き止めてもらえた。
「おっと、君は元気がいいね」
「サッ、サイラス様っ」
 匂い立つような笑顔を浮かべ、サイラス様が大仰に言った。
「愛しい君、私と会えなくて少しは枕を濡らしてくれたかな」
 片目を瞑って、また何かの合図をされた。
 それは銀の薔薇を思い出させる。
 似てるんだ。
 雰囲気とか、眼の色も髪の色も口許も、だけど彼はもっと若かった。
 そう……ギルバート様と同じ歳くらい。

「ぼーっとして、どうしたの? 私に見惚れてくれていたのかい」

 ハッとして、僕はサイラス様の腕から逃れた。
「何を言ってるんですか。僕はただの使用人ですよ」
そうなんだ。今日、何度もギルバート様に言われた。
 その言葉に傷ついた。
 だけど、それが現実だ。
「私はただの使用人だとは思っていないよ。可愛い君」
 すっと手を取られたかと思うと、サイラス様は僕の手の甲に恭しっく唇を当てた。
「ぎゃっ」
 びっくりして変な声が漏れた。
 さすがに振りほどきはしなかったけど、驚きに硬直してしまう。
「ふふっ、君は面白いね」
 上目遣いに魅力的に見つめられて、少なからずドキッとする。
 彼は自分をどう見せればいいのかを把握しているように思える。
 それだけ、色恋には長けているんだろう。
「あっ、あのっ、ギルバート様に会いに来られたんですよね」
「君に会いに来たんだよ。言ったよね、君に恋したと」
 迫ってこられて、思わず後退った。
「逃げなくても、いきなり食べたりしないよ」
 楽しそうに笑って、サイラス様が言う。
「冗談はさておき、ギルバート様に会ってください」
「冗談じゃないんだけどね」
 と、サイラス様は肩を竦める。
 その所作は、冗談としか思えなかった。
「今、シャルル様がいらっしゃってるんです。だから、ギルバート様もサイラス様のこと、追い返したりしないと思うんです」
「君は私とギルのことを色々と考えてくれているようだけど、簡単なことじゃないんだよ。もう二度と許してはもらえないだろうしね」
 そんなことを言って、諦めようとすつサイラス様の腕を掴んで、僕は大広間へと向かった。
「おいおい、どこへ行く気なのかな」
 サイラス様は僕に引っ張られるままに足を進める。
 僕は大広間まで着くと、サイラス様から手を離した。
 広間は四方に繋がっていて、どこからでも入れるようになっている。
中へと足を踏み入れると、中央のソファーに腰かけていたシャルル様が気づいて、立ち上がった。
シャルル様は、サイラス様に優雅にお辞儀をした。
洗練された所作は、貴族特有のもの。
ひどく場違いだと思わされる。
「アレク、君は無謀だね」
小さくサイラス様が、僕に耳打ちした。
無謀だろうか。
だって、親子が会うのに遠慮なんかいらないはずだ。
ちゃんと話し合えば、きっとわかり合える。
「やあ、シャルル君、相変わらず綺麗だね」
サイラス様は軽い口調で、シャルル様に近づいた。
僕は迷ったけど、その場に留まった。
「サイラス様も相変わらずお若いですね。先日も噂をお聞きしましたよ。新しい恋人はギルと変わらない歳だとか」
「わわあーーーーっ!」
 慌てて、僕は大声を上げた。
 そんな話を、ギルバート様の前でしちゃ駄目なのに。
 ギルバート様の想い人は、見かけに寄らず鈍感なんだろうか。
 パタパタと手を振って、ダメダメと合図を送ると、シャルル様がくすっと笑った。
「面白い子だろう」
「ええ、ギルも気に入っているようですよ。なあ、ギル」
 シャルル様がギルバート様の方に手を置いた。
 それだけのことに、胸に針を刺されたように痛みを感じる。
「……別に。ただの使用人です」
 また言われてしまった。
 きっと大好きなシャルル様に変な誤解をされたくないんだろう。
 そんなに想われているシャルル様が羨ましい。
 ああ~っ、駄目だ。駄目だよ。
 こんな想いは禁忌だと、承知しているはずなのに……

「それで、あなたは何をしにいらしたんですか?」

 親子なのに、ギルバート様は他人行儀だった。
 子供ならともかく、今はギルバート様もわかっているはずだ。
 お母様の死はサイラス様のせいじゃないってこと。

「ギルは元気かと思ってね」

 ギルバート様はサイラス様に、僕でも向けられたことのないくらい冷たい視線を向けた。
「あなたのせいで、今も不自由しています。蝶のように、色んな花を飛び回っているあなたが羨ましいですね」
「サイラス様は花がお好きなんですね。ギルバート様も薔薇を大事になさっているんですよ」
 少しでも共通の話題があればと、僕は口を挟んだ。
 そうしたら、シャルル様が声を上げて笑った。
「面白い。アレク、お前が欲しくなった。なあ、ギル、あれを私に譲ってくれないか」
 とんでもない申し出に、異議を唱えてくれたのはサイラス様だった。
「シャルル君、駄目だよ。彼は私の新しい恋人なんだからね」
 そう言って、サイラス様が僕の方を見た。
 僕は慌てて手を振る。
「違いますよ」
 思いっきり否定すると、サイラス様は表情に憂いを見せた。
「そんなに否定することはないだろう。君はつれない人だね」
「あの…冗談だと思って……」
 止めに、切ない溜め息を吐かれると、申し訳ない気持ちになってしまう。
「すみません」
 ペコペコと頭を下げると、ギルバート様が冷ややかに言った。
「こんな茶番に付き合っていられません」
 ギルバート様は軽やかに車椅子を滑らせて、輪から外れた。
 慌てて、僕はギルバート様のお側に駆け寄る。
 車椅子を押そうと手を掛けるも、ギルバート様は先へ先へと行かれてしまって、僕は小走りに後をついて大広間を出た。
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