19 / 22
18
しおりを挟む
翌朝、僕は教会の仕来り通りにお祈りを捧げ、朝食を食べ、礼拝堂の掃除をしていた。
なんとも清い生活だ。
こんな教会の司祭がオーガストさんだなんて、信じられない。
でも、彼の説法は素晴らしいのだそうだ。
あの話術なら、それも然りだろう。
その司祭の友人ということで、僕も少し特別視されている。
「ああ、こちらにいましたか。客人が掃除などなさってはいけませんよ」
やけに大きなお腹をした使徒の人がやってきた。
この教会は羽振りがいいんだろうか。
「でも、お世話になるのだし、これくらいやらせてください」
そう笑顔で申し出ると、彼は汗を拭いながら言った。
「いえいえ、司祭のご友人とお聞きしております。どうぞお寛ぎください」
と言って、彼は僕の箒を取り上げてしまった。
「そうそう、あなたにお客様がいらっしゃっています。応接の間にて、お待ちです」
「お客様ですか」
ここに僕を訊ねてくる人なんているだろうか。
首を捻りながらも、僕は応接の間に足を向けた。
深呼吸してから、応接の間の扉をノックする。
「アレクです」
「ああ、待っていたよ。入りなさい」
中から聞こえてきた声には、覚えがあった。
扉を開くと、やっぱりその人だった。
「サイラス様」
彼は僕に笑みを向けると、優雅な所作で僕にお辞儀した。
僕も慌てて、お辞儀を返す。
「こっちへおいで」
手招きされて、僕はサイラス様の隣に腰かける。
「可哀想なことをしたね」
肩を抱かれて、ドキッとする。
やんわりと手をどけて、僕は少し距離を取る。
「つれないね。君はギルのことが好きなのかな?」
問われて、僕は大きく首を振った。
この気持ちは誰にも知られちゃいけないんだ。
「そう、だったら、私の気持ちに応えてほしいね」
いつの間にか手を取られ、キスされた。
「サイラス様、駄目ですよ。そういうのは……ギルバート様が可哀想です。奥方様のことも……」
やっぱり言えない。
ギルバート様のためについた嘘なのに、今更、真実を告げてくださいとは言えない。
「ギルの母親のこと、知っているのかい」
問われて、僕は頷いた。
「……ギルバート様から聞きました」
そう遠慮がちに答えた。
オーガストさんから聞いた真実は隠しておいた方がいい。
「ギルから……そうか、ギルは私を恨んでいただろう」
コクンと頷く。
きっとそれは誰もが知っている上辺の真実だと思うから……
「ですが、ギルバート様はきっと許したいと思っていますよ」
「そうだろうか。君は知らないと思うけど、もう散々だったよ。あの子の言葉はどんな鋭利なナイフよりも胸を刺した。そうだな、私はあれで何度死んだかな」
ふざけた口調でサイラス様が言う。
そんなサイラス様の様子を見ていると、胸が痛かった。
傷ついていないわけがない。
「ところで、ギルは君を追い出したと言っていたけれど、あの子が君に何かしたんだろうか」
僕がじゃなく、ギルバート様がって訊くのはどうしてだろう?
変に思いながらも、僕は首を振った。
「したのは……僕の方なんです。いえ、できなかったと言った方が正しいのかな」
サイラス様は僕の要領を得ない話に、熱心に耳を傾けてくれる。
僕の手を撫でながらというのが気にはなるけれど……
「ギルバート様のご命令を失敗してしまって……それで……それだけじゃなくて……嫌われたのかもしれません」
「でも、これまでのお給金ももらっていないんだろう。無一文でよく屋敷を飛び出したね。昨夜は雨もひどかっただろう。大丈夫かい」
心配そうに覗きこまれて、ドキッとした。
紫の瞳はギルバート様に似ている。
同じように綺麗で澄んでいて宝石のよう。確かに血のつながった親子なのに、分かり合えないなんて、やっぱり悲しいよ。
「ギルバート様ともう一度きちんと話し合われては」
「君が思うほど簡単じゃないんだよ。浮気癖は本当の話だしね。ただ、これが最後の恋だと思う」
いきなり至近距離で見つめられて、びっくりする。
眼を丸くさせていると、情熱的な瞳が迫ってきた。
「駄目です」
「どうして? 君が私を見つめる瞳は潤んで恋しているようだよ」
「ええっ、そんなの嘘ですっ」
そんな眼をしてるわけない。
ギルバート様のことだけを想っているのに……
いくら似てるからって、そんな気持ちになったりしない。
「やれやれ、君には通用しないようだね。まあ、ゆっくり時間をかけて口説くとするよ」
どこまでが本気かわからない。
けれど、きちんと断った方がいいのかな。
「僕には好きな人がいます」
相手の名前を言わなければ大丈夫だろう。
それなら、きっと諦めてくださる。
それに、サイラス様は次々と恋人を変えるらしいから、僕のこともそこまで本気じゃないと思う。
そう思って、サイラス様の言葉を待つ。
「その人とは相思相愛?」
問われて、胸がツキンと痛む。
小さく首を振って、「違います」と答えた。
「それなら、君を諦めなくていいね」
片目を瞑って、サイラス様が合図を送ってくる。
「あっ、それ、なんですか? 前から気になっていたんですけど……その片目を瞑るのって、意味があるんですか?」
大真面目に尋ねたのに、サイラス様は大きく目を見開いたかと思うと、クククと笑いだした。
笑われるほど、無知だったんだろうか。
田舎者だと思われたのかな。
「ああ、ごめんね。君に通じていなかったとは、私もまだまだだな」
可笑しそうに笑って、サイラス様が言う。
「それ、僕の知ってる人もしていたんです。だから、余計に気になって……教えてもらえませんか」
軽く頭を下げると、サイラス様が口許に笑みを浮かべたまま、答えてくれた。
「君が好きですよという合図だよ」
「えっ? ええええっ!」
思いっきり驚いてみせる。
「ギルがね、小さい頃、私が母親にするのを見て真似していたのを思い出すよ。あの頃は、片目だけ瞑るのが難しかったのか、いつも両目をぎゅっと瞑るんだ。今はできるようになったのかな」
昔を懐かしむような眼をして、サイラス様が言った。
両目を瞑っちゃうギルバート様を想像すると、すごく可愛らしかったんだろうなと思った。
小さい頃のギルバート様は、苦しそうな顔しか知らない。
「行かないで……僕をおいて行かないで……」
「アレク?」
ぎゅっと手を握られて、我に返る。
「すみません。変なこと口走って。小さい頃のギルバート様のことを思い出して」
「あの子が行かないでと言ったのかい」
僕はコクンと頷く。
返事をしてから、僕は気づく。
サイラス様は何時の話をしているんだろう。
僕が小さい頃のギルバート様を知っているなんて、変だと思わないのか?
「あっ…あの……」
「知っているよ。オーガスト君から聞いた。君はギルの事故の一件に関わっていたとね。言い訳かもしれないが、君のお父上のことは力不足ですまない。ギルが目覚めないこともあって、私が動くより早く前司祭が君の父上に罪をかぶせ処理してしまったんだよ。当時は他にも頭を痛めることも多くてね。人一人の命をそんな謝罪くらいですませては申し訳ないと思うが……君の父上は罪人としてではなく、きちんと埋葬し直した。手紙で知らせたはずだが、届いてはいなかったんだろうか」
僕は知らないと首を振った。
ひょっとしたら、母が受け取ったのかもしれない。
そう言えば、母は父が残してくれたお金があるからと僕も弟も不自由なく育ててくれた。
「あっ、あの……もしかして、お金も送って頂きましたか?」
「ああ、命に比べると些少ではあったけどね」
貴族様の些少はいかばかりか。
「すみません」
「謝るのは私の方だろう。謝罪したところで、君の父上は帰ってこない。それにお金ですませてしまったことは許されることではないだろう。ただ、このことは公にはできなかった。ギルの手前ね。だから、理不尽な思いをさせたかもしれない。キースが君を疑っていたようだが、私から本当のことを話しておいた。君のことを気にしていたよ。私からも謝るから、彼を許してやってほしい」
頭を下げられて、僕はとんでもないと手を振った。
「いいです。僕は誰も恨んでいません。ギルバート様に傷を負わせてしまったのは僕なんですから……だから、僕はギルバート様に一生お仕えしたいと思っていたのに……」
もうギルバート様と会えないと思うと、涙が零れてきた。
慌てて袖口で拭ったけれど、見られただろうか。
ちらと視線を移すと、やっぱり見られてしまっていた。
「……君はギルが好きなんだね」
優しく髪を撫でられた。
それは子供あやすような撫で方だった。
優しくされると、余計に悲しくなってくる。
「……違います」
なんとか絞り出した声は震えていた。
「いいんだよ。ギルが恋敵なら、私は余計に燃えてくるよ」
「はああ?」
変なことを言われたとびっくりしていると、いきなりソファーに押し倒された。
「わわっ、なんですかっ!」
するりと首筋をなぞられて、ビクッとしてしまう。
なんて、触り方をするんだ。
「君は感じやすいんだね。ギルとはしたのかな?」
問われて、僕は顔を真っ赤にする。
ここはきちんと否定しないといけないのに……
僕は咄嗟に誤魔化すなんて器用なことが苦手なんだ。
「そう……少し妬けるね。でも、私の方が上手いと思うよ」
シュルルンとリボンがほどける。
シャツの釦も器用に外されて、僕は慌ててサイラス様の胸を押しのけた。
「やだっ、ギルバート様っ」
うっかりギルバート様の名前を口にしてしまった。
これじゃあ、銀の薔薇のときと同じだ。
「ごめんね。怖がらせて……」
優しく瞼にキスされて、抵抗をほどく。
「……サイラス様」
「君がどれくらいギルが好きなのか試してみただけだよ。半分はね」
そう言って、サイラス様はまた片目を瞑る。
銀の薔薇と同じ所作。
やっぱり銀の薔薇もサイラス様の子供なんだろうか。
服を直してくれて、起き上がらせてもらってから、僕は銀の薔薇について訪ねてみた。
そうして、返ってきたサイラス様の言葉はひどく曖昧なものだった。
「双子……いや、そんな事実はないよ。ギルの腹違いの兄弟ならいるけれど、あれと同じ年ごろの子はいなかったと思うよ」
「それって、どういう意味ですか」
信じられない言葉に眼を白黒させる。
他にも兄弟がいるかもしれないだなんて……
「ギルも知っているよ。ただ、本当に私の子供かはわからないけどね」
そう言って笑ったサイラス様の言葉に嘘はないんだろう。
きっとこの人はたくさん愛情を持っていて、一人の人には多すぎるから分け与えているのかもしれない。
僕には真似できないけど、否定もしない。
ただ、そのことで傷つく人がいるのは感心しないけれど……
「アレク、君が会った銀の薔薇はギルに似ていたんだね」
「はい。誰だかわかりますか?」
サイラス様はしばらく思案顔でいたけれど、思い当ったように顔を上げた。
「わかったんですか」
思わず詰め寄ると、サイラス様は頷いた。
「ああ」
「誰なんですか?」
ドキドキしながら、訊ねてみる。
「……あの子だと思うんだけどね」
サイラス様は歯切れの悪い物言いをする。
「じゃあ、その子を説得してください」
「それは難しいと思うよ」
サイラス様はそんな悠長なことを言う。
事は一刻を争うのに。
あ、そうだ、サイラス様はそのことを知らない。
「サイラス様、実は」
言いかけた僕の声を遮って、オーガストさんの声が響いた。
「アレク、そこから先は俺がベルボント卿に話そう」
また突然、音もなく現れた。
びっくりする僕に対して、サイラス様は平然としていた。
「オーガストさん、どうやら君は色々と知ってそうだね」
オーガストさんはこちらに歩を進めながら、フッと笑った。
「さあ、どうでしょう。あなたに有益な情報かどうか、まずは半分聞いてからお決めください」
なんだか雰囲気が怪しい。
オーガストさんもサイラス様もいつもと違って見える。
雰囲気に飲まれて、僕は何も言えず萎縮してしまった。
「アレクは部屋に戻っていろ」
オーガストさんはソファーの向かい側の椅子に腰かけると、僕にそう言った。
「僕、子供じゃないです。ちゃんと聞かせてください」
銀の薔薇のこと、僕にも関係があるはずだ。
ギルバート様の兄弟かもしれないなら尚のこと。
あれ? でも、同じ年ごろの子供はいないって言ってなかっただろうか。
「アレクにも聞いてもらおう」
サイラス様の声に思考を中断する。
「あなだが良ければ」
オーガストさんは僕をきっと睨んだけど、その後、僕のことは無視して重大な内容を離し始めた。
なんとも清い生活だ。
こんな教会の司祭がオーガストさんだなんて、信じられない。
でも、彼の説法は素晴らしいのだそうだ。
あの話術なら、それも然りだろう。
その司祭の友人ということで、僕も少し特別視されている。
「ああ、こちらにいましたか。客人が掃除などなさってはいけませんよ」
やけに大きなお腹をした使徒の人がやってきた。
この教会は羽振りがいいんだろうか。
「でも、お世話になるのだし、これくらいやらせてください」
そう笑顔で申し出ると、彼は汗を拭いながら言った。
「いえいえ、司祭のご友人とお聞きしております。どうぞお寛ぎください」
と言って、彼は僕の箒を取り上げてしまった。
「そうそう、あなたにお客様がいらっしゃっています。応接の間にて、お待ちです」
「お客様ですか」
ここに僕を訊ねてくる人なんているだろうか。
首を捻りながらも、僕は応接の間に足を向けた。
深呼吸してから、応接の間の扉をノックする。
「アレクです」
「ああ、待っていたよ。入りなさい」
中から聞こえてきた声には、覚えがあった。
扉を開くと、やっぱりその人だった。
「サイラス様」
彼は僕に笑みを向けると、優雅な所作で僕にお辞儀した。
僕も慌てて、お辞儀を返す。
「こっちへおいで」
手招きされて、僕はサイラス様の隣に腰かける。
「可哀想なことをしたね」
肩を抱かれて、ドキッとする。
やんわりと手をどけて、僕は少し距離を取る。
「つれないね。君はギルのことが好きなのかな?」
問われて、僕は大きく首を振った。
この気持ちは誰にも知られちゃいけないんだ。
「そう、だったら、私の気持ちに応えてほしいね」
いつの間にか手を取られ、キスされた。
「サイラス様、駄目ですよ。そういうのは……ギルバート様が可哀想です。奥方様のことも……」
やっぱり言えない。
ギルバート様のためについた嘘なのに、今更、真実を告げてくださいとは言えない。
「ギルの母親のこと、知っているのかい」
問われて、僕は頷いた。
「……ギルバート様から聞きました」
そう遠慮がちに答えた。
オーガストさんから聞いた真実は隠しておいた方がいい。
「ギルから……そうか、ギルは私を恨んでいただろう」
コクンと頷く。
きっとそれは誰もが知っている上辺の真実だと思うから……
「ですが、ギルバート様はきっと許したいと思っていますよ」
「そうだろうか。君は知らないと思うけど、もう散々だったよ。あの子の言葉はどんな鋭利なナイフよりも胸を刺した。そうだな、私はあれで何度死んだかな」
ふざけた口調でサイラス様が言う。
そんなサイラス様の様子を見ていると、胸が痛かった。
傷ついていないわけがない。
「ところで、ギルは君を追い出したと言っていたけれど、あの子が君に何かしたんだろうか」
僕がじゃなく、ギルバート様がって訊くのはどうしてだろう?
変に思いながらも、僕は首を振った。
「したのは……僕の方なんです。いえ、できなかったと言った方が正しいのかな」
サイラス様は僕の要領を得ない話に、熱心に耳を傾けてくれる。
僕の手を撫でながらというのが気にはなるけれど……
「ギルバート様のご命令を失敗してしまって……それで……それだけじゃなくて……嫌われたのかもしれません」
「でも、これまでのお給金ももらっていないんだろう。無一文でよく屋敷を飛び出したね。昨夜は雨もひどかっただろう。大丈夫かい」
心配そうに覗きこまれて、ドキッとした。
紫の瞳はギルバート様に似ている。
同じように綺麗で澄んでいて宝石のよう。確かに血のつながった親子なのに、分かり合えないなんて、やっぱり悲しいよ。
「ギルバート様ともう一度きちんと話し合われては」
「君が思うほど簡単じゃないんだよ。浮気癖は本当の話だしね。ただ、これが最後の恋だと思う」
いきなり至近距離で見つめられて、びっくりする。
眼を丸くさせていると、情熱的な瞳が迫ってきた。
「駄目です」
「どうして? 君が私を見つめる瞳は潤んで恋しているようだよ」
「ええっ、そんなの嘘ですっ」
そんな眼をしてるわけない。
ギルバート様のことだけを想っているのに……
いくら似てるからって、そんな気持ちになったりしない。
「やれやれ、君には通用しないようだね。まあ、ゆっくり時間をかけて口説くとするよ」
どこまでが本気かわからない。
けれど、きちんと断った方がいいのかな。
「僕には好きな人がいます」
相手の名前を言わなければ大丈夫だろう。
それなら、きっと諦めてくださる。
それに、サイラス様は次々と恋人を変えるらしいから、僕のこともそこまで本気じゃないと思う。
そう思って、サイラス様の言葉を待つ。
「その人とは相思相愛?」
問われて、胸がツキンと痛む。
小さく首を振って、「違います」と答えた。
「それなら、君を諦めなくていいね」
片目を瞑って、サイラス様が合図を送ってくる。
「あっ、それ、なんですか? 前から気になっていたんですけど……その片目を瞑るのって、意味があるんですか?」
大真面目に尋ねたのに、サイラス様は大きく目を見開いたかと思うと、クククと笑いだした。
笑われるほど、無知だったんだろうか。
田舎者だと思われたのかな。
「ああ、ごめんね。君に通じていなかったとは、私もまだまだだな」
可笑しそうに笑って、サイラス様が言う。
「それ、僕の知ってる人もしていたんです。だから、余計に気になって……教えてもらえませんか」
軽く頭を下げると、サイラス様が口許に笑みを浮かべたまま、答えてくれた。
「君が好きですよという合図だよ」
「えっ? ええええっ!」
思いっきり驚いてみせる。
「ギルがね、小さい頃、私が母親にするのを見て真似していたのを思い出すよ。あの頃は、片目だけ瞑るのが難しかったのか、いつも両目をぎゅっと瞑るんだ。今はできるようになったのかな」
昔を懐かしむような眼をして、サイラス様が言った。
両目を瞑っちゃうギルバート様を想像すると、すごく可愛らしかったんだろうなと思った。
小さい頃のギルバート様は、苦しそうな顔しか知らない。
「行かないで……僕をおいて行かないで……」
「アレク?」
ぎゅっと手を握られて、我に返る。
「すみません。変なこと口走って。小さい頃のギルバート様のことを思い出して」
「あの子が行かないでと言ったのかい」
僕はコクンと頷く。
返事をしてから、僕は気づく。
サイラス様は何時の話をしているんだろう。
僕が小さい頃のギルバート様を知っているなんて、変だと思わないのか?
「あっ…あの……」
「知っているよ。オーガスト君から聞いた。君はギルの事故の一件に関わっていたとね。言い訳かもしれないが、君のお父上のことは力不足ですまない。ギルが目覚めないこともあって、私が動くより早く前司祭が君の父上に罪をかぶせ処理してしまったんだよ。当時は他にも頭を痛めることも多くてね。人一人の命をそんな謝罪くらいですませては申し訳ないと思うが……君の父上は罪人としてではなく、きちんと埋葬し直した。手紙で知らせたはずだが、届いてはいなかったんだろうか」
僕は知らないと首を振った。
ひょっとしたら、母が受け取ったのかもしれない。
そう言えば、母は父が残してくれたお金があるからと僕も弟も不自由なく育ててくれた。
「あっ、あの……もしかして、お金も送って頂きましたか?」
「ああ、命に比べると些少ではあったけどね」
貴族様の些少はいかばかりか。
「すみません」
「謝るのは私の方だろう。謝罪したところで、君の父上は帰ってこない。それにお金ですませてしまったことは許されることではないだろう。ただ、このことは公にはできなかった。ギルの手前ね。だから、理不尽な思いをさせたかもしれない。キースが君を疑っていたようだが、私から本当のことを話しておいた。君のことを気にしていたよ。私からも謝るから、彼を許してやってほしい」
頭を下げられて、僕はとんでもないと手を振った。
「いいです。僕は誰も恨んでいません。ギルバート様に傷を負わせてしまったのは僕なんですから……だから、僕はギルバート様に一生お仕えしたいと思っていたのに……」
もうギルバート様と会えないと思うと、涙が零れてきた。
慌てて袖口で拭ったけれど、見られただろうか。
ちらと視線を移すと、やっぱり見られてしまっていた。
「……君はギルが好きなんだね」
優しく髪を撫でられた。
それは子供あやすような撫で方だった。
優しくされると、余計に悲しくなってくる。
「……違います」
なんとか絞り出した声は震えていた。
「いいんだよ。ギルが恋敵なら、私は余計に燃えてくるよ」
「はああ?」
変なことを言われたとびっくりしていると、いきなりソファーに押し倒された。
「わわっ、なんですかっ!」
するりと首筋をなぞられて、ビクッとしてしまう。
なんて、触り方をするんだ。
「君は感じやすいんだね。ギルとはしたのかな?」
問われて、僕は顔を真っ赤にする。
ここはきちんと否定しないといけないのに……
僕は咄嗟に誤魔化すなんて器用なことが苦手なんだ。
「そう……少し妬けるね。でも、私の方が上手いと思うよ」
シュルルンとリボンがほどける。
シャツの釦も器用に外されて、僕は慌ててサイラス様の胸を押しのけた。
「やだっ、ギルバート様っ」
うっかりギルバート様の名前を口にしてしまった。
これじゃあ、銀の薔薇のときと同じだ。
「ごめんね。怖がらせて……」
優しく瞼にキスされて、抵抗をほどく。
「……サイラス様」
「君がどれくらいギルが好きなのか試してみただけだよ。半分はね」
そう言って、サイラス様はまた片目を瞑る。
銀の薔薇と同じ所作。
やっぱり銀の薔薇もサイラス様の子供なんだろうか。
服を直してくれて、起き上がらせてもらってから、僕は銀の薔薇について訪ねてみた。
そうして、返ってきたサイラス様の言葉はひどく曖昧なものだった。
「双子……いや、そんな事実はないよ。ギルの腹違いの兄弟ならいるけれど、あれと同じ年ごろの子はいなかったと思うよ」
「それって、どういう意味ですか」
信じられない言葉に眼を白黒させる。
他にも兄弟がいるかもしれないだなんて……
「ギルも知っているよ。ただ、本当に私の子供かはわからないけどね」
そう言って笑ったサイラス様の言葉に嘘はないんだろう。
きっとこの人はたくさん愛情を持っていて、一人の人には多すぎるから分け与えているのかもしれない。
僕には真似できないけど、否定もしない。
ただ、そのことで傷つく人がいるのは感心しないけれど……
「アレク、君が会った銀の薔薇はギルに似ていたんだね」
「はい。誰だかわかりますか?」
サイラス様はしばらく思案顔でいたけれど、思い当ったように顔を上げた。
「わかったんですか」
思わず詰め寄ると、サイラス様は頷いた。
「ああ」
「誰なんですか?」
ドキドキしながら、訊ねてみる。
「……あの子だと思うんだけどね」
サイラス様は歯切れの悪い物言いをする。
「じゃあ、その子を説得してください」
「それは難しいと思うよ」
サイラス様はそんな悠長なことを言う。
事は一刻を争うのに。
あ、そうだ、サイラス様はそのことを知らない。
「サイラス様、実は」
言いかけた僕の声を遮って、オーガストさんの声が響いた。
「アレク、そこから先は俺がベルボント卿に話そう」
また突然、音もなく現れた。
びっくりする僕に対して、サイラス様は平然としていた。
「オーガストさん、どうやら君は色々と知ってそうだね」
オーガストさんはこちらに歩を進めながら、フッと笑った。
「さあ、どうでしょう。あなたに有益な情報かどうか、まずは半分聞いてからお決めください」
なんだか雰囲気が怪しい。
オーガストさんもサイラス様もいつもと違って見える。
雰囲気に飲まれて、僕は何も言えず萎縮してしまった。
「アレクは部屋に戻っていろ」
オーガストさんはソファーの向かい側の椅子に腰かけると、僕にそう言った。
「僕、子供じゃないです。ちゃんと聞かせてください」
銀の薔薇のこと、僕にも関係があるはずだ。
ギルバート様の兄弟かもしれないなら尚のこと。
あれ? でも、同じ年ごろの子供はいないって言ってなかっただろうか。
「アレクにも聞いてもらおう」
サイラス様の声に思考を中断する。
「あなだが良ければ」
オーガストさんは僕をきっと睨んだけど、その後、僕のことは無視して重大な内容を離し始めた。
0
あなたにおすすめの小説
人族は一人で生きられないらしい――獣人公爵に拾われ、溺愛されて家族になりました
よっちゃん
BL
人族がほとんど存在しない世界に、
前世の記憶を持ったまま転生した少年・レオン。
獣人が支配する貴族社会。
魔力こそが価値とされ、
「弱い人族」は守られるべき存在として扱われる世界で、
レオンは常識の違いに戸惑いながらも必死に生きようとする。
そんな彼を拾ったのは、
辺境を治める獣人公爵アルト。
寡黙で冷静、しかし一度守ると決めたものは決して手放さない男だった。
溺愛され、守られ、育てられる日々。
だが、レオンはただ守られるだけの存在で終わることを選ばない。
学院での出会い。
貴族社会に潜む差別と陰謀。
そして「番」という、深く重い絆。
レオンは学び、考え、
自分にしかできない魔法理論を武器に、
少しずつ“並び立つ覚悟”を身につけていく。
獣人と人族。
価値観も、立場も、すべてが違う二人が、
それでも選び合い、家族になるまでの物語。
溺愛×成長×異世界BL。
読後に残るのは、
「ここに居場所があっていい」と思える、あたたかな幸福。
番に見つからない街で、子供を育てている
はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。
異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。
現世の記憶は失われているが、
この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。
街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、
ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。
だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。
再会は望まない。
今はただ、この子との生活を守りたい。
これは、番から逃げたオメガが、
選び直すまでの物語。
*不定期連載です。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
虚ろな檻と翡翠の魔石
篠雨
BL
「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」
不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。
待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。
しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。
「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」
記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。
悪役会計様に転生した俺は、生徒会長に媚び売って生き残る
桜城 寧
BL
処刑された記憶とともに、BLゲームに登場する悪役会計に転生したことに気付いた主人公・カイル。
処刑されないために、チャラ男としての仮面を被り、生徒会長に媚びを売ったり、どうにか能力を駆使したりして生き延びようと必死になるが、愛された経験がなく、正しい人との距離感が分からないカイルは、無意識のうちに危うい振る舞いをしてしまう。
その言動や立ち回りは本人の自覚とは裏腹に、生徒会長をはじめ、攻略対象や本来深く関わるはずのなかった人物たちから過剰な心配や執着、独占欲を向けられていく。
ただ生き残りたいだけなのに、気付けば逃げ場のないほど色々な人に大切に囲われる話。
愛していた王に捨てられて愛人になった少年は騎士に娶られる
彩月野生
BL
湖に落ちた十六歳の少年文斗は異世界にやって来てしまった。
国王と愛し合うようになった筈なのに、王は突然妃を迎え、文斗は愛人として扱われるようになり、さらには騎士と結婚して子供を産めと強要されてしまう。
王を愛する気持ちを捨てられないまま、文斗は騎士との結婚生活を送るのだが、騎士への感情の変化に戸惑うようになる。
(誤字脱字報告は不要)
執着
紅林
BL
聖緋帝国の華族、瀬川凛は引っ込み思案で特に目立つこともない平凡な伯爵家の三男坊。だが、彼の婚約者は違った。帝室の血を引く高貴な公爵家の生まれであり帝国陸軍の将校として目覚しい活躍をしている男だった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる