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11.正気に返った兄

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闇医者が帰り際に笑顔で俺に言ってきた。

「話してみて経過が思っていたよりも良さそうだったので新薬を試してみました。それが功を奏したようで上手く正気に戻すことができました。後は嬲るなり可愛がるなり虐めるなりお好きにしてください」

しかも「快楽のコントロールはこれで本人がある程度できるようになるでしょうし、これ以上の薬の投与は不要です」と言われて愕然としてしまう。
それ即ち、もうあの可愛かった兄上はどこにもいなくなってしまったということに他ならない。

(あの兄上が────もう…いない……?)

そう考えるだけで胸がどうしようもなく痛くて痛くて仕方がなかった。
いつかは来る未来だとわかっていたはずなのに……心が砕けてしまったような錯覚に襲われて叫びだしたくなる。

(嫌だ、嫌だ、信じたくない…!)

けれどそれを確認しに部屋に戻るのも怖くて、頬を伝う涙をどうすることもできずにただ立ち尽くすことしかできない。

どうすればいい?
また壊すのか?
それとも、あの兄のことは忘れて正気に返った兄を甚振るのか?
憎いはずだ。でも愛してたんだ。
そんな相手を前に、俺は一体どうしたいんだろう?
どうするのが一番いいのか考えても考えても答えは出ず、一向に考えは纏まらない。

そうしてどれくらいその場に立ち尽くしていただろう……。
唐突に後ろから温もりに包まれてビクッと激しく動揺してしまう。

「ロキ。話をしよう」

「兄…上……」

そこには確かに闇医者の言っていたように正気に返った兄の姿があって、どこか物憂げな表情で俺を見つめていた。




兄に連れられ部屋へと戻りソファで向かい合わせに座ったところまではよかったものの、互いにどちらかが口火を切るのを待っている。
兄はここに戻ってきてから全く何も話そうとはしない。
手を組み合わせ沈鬱な表情でひたすら床を眺め続けている。
話そうとしないのは自分も同じで、それはどうしていいのかがわからなかったからだ。

そもそも兄はどこまで覚えているのだろうか?
自分が俺に犯されていたことをわかっているのだろうか?
そこからして疑問だ。
新薬の効果がどんなものなのかがわからないから何とも言えない。
いっそ記憶喪失になる薬でも作ってもらっておけばよかった。
そんなことをつらつらと考えていると、やっと兄が口火を切った。

「まず…俺に何があったのかを知りたい。知る範囲で構わないから、ブルーグレイからここに帰ってきてからのことを教えてくれないか?」
「……いいですよ」

聞きかじりですがと前置きし、快楽堕ちした兄は帰って早々医師に診せられる事なく父の命令で部屋に軟禁されたのだと伝えた。
そして自分が代わりに王太子となり、補佐官はそのままミュゼ=バーネットになったことも伝えておく。

「王太子の座は今は俺のものです。兄上の戻る場所なんてもうどこにもありませんよ」

ふんっと皮肉を込めて言ってやったが、兄はそうかとだけ言って特に気にした様子は見せなかった。

「部屋に軟禁された後の俺は…どうしてお前に飼われることになった?」

そしてそんなことを直球で聞いてきたので、少し考えてから蔑むような目を向け真実を伝えてやることにする。

「俺が庭園に居たら兄上の部屋からあんあん言う声が聞こえてきたんで、木に登って見てみたら楽し気に玩具で自慰をしてたんですよ。しかもその後、沢山の男達が部屋に入ってきましてね?太くて長いお注射がいっぱい欲しいのってヘラヘラしながらおねだりして犯されまくってたんで、俺が父上にお願いしてもらい受けたんです。弟の慰み者にしてやれば正気に返った時にショックだろうと思ってね」
「…………」
「王宮医師には匙を投げられましたから、あの医師を手配して復讐のために兄上を正気に返してあげたんですよ。良かったですね?淫乱な自分を認識できるようになって!」

吐き捨てるようにそう言ってやったら蒼白になってフルフル震えていたが、兄は握り合わせた手を固く結んでその衝撃を何とか受け流そうとしているように見えた。

「……わかった」
「そうですか。ご自分の立場を理解してもらえて嬉しいですよ」
「つまりお前は今、俺の主人で、俺はお前のものということだな?」
「そうですよ。毎晩俺が兄上を抱いて辱めて罵っていたんです。軽蔑しますか?別に憎んでもいいんですよ?今更ですし」

そう言って開き直って言葉を紡ぐが、何故か兄の目に憎しみの炎は見られない。

「ロキ……」
「なんですか」

兄は何やら言葉を探しているようだったが、その姿はより一層正気に戻ってしまったのだと嫌でも見せつけられているようで、心底泣きたくなってしまう。

(もう…俺を頼ってくれていた、必要としてくれていたあの兄上はどこにもいない……)

それがただただ辛い。

「正気に戻ったのなら今からでも父上に会いに行きますか?俺の罪を裁けと…そう進言しに行きますか?」
「ロキ」
「無駄ですよ。貴方の居場所はもうどこにもない。貴方は一生俺に飼われる運命なんです」
「ロキ」
「……今は兄上の顔なんて見たくありません。出て行ってください」
「ロキ…泣くな」

気づけばボロボロと涙を流し視界が激しく歪んでしまっていた。

「慰めなんていりません。返して…返してください!俺が愛したのは貴方じゃない!俺が愛した可愛い兄上は…!────もう、どこにもいないんだ…っ」

そこまで言ったところで俺の身体は兄の腕の中にグイッと引き込まれ、強く抱きしめられながら口をふさがれていた。

「ん…んんっ」
「ロキ…」

何度も何度も深く優しいキスであやすように俺に口づけてくる兄。
そうしているうちに先程までの高ぶっていた気持ちが少しずつ少しずつ落ち着いていく。

「兄…上?」

不思議に思って兄の方を見ると、何故か凄く悲しそうな目で見つめられて途方に暮れる。

「ロキ。俺は全部覚えてる」
「……え?」
「もちろん、最初の頃はあいまいだったが…それでもお前が俺を慈しんで愛してくれていたことはちゃんと覚えている」
「…………」
「あの闇医者は新薬でと言ったかもしれないが、それよりも前にほぼ正気には戻っていた」
「そ…んなの……」

────嘘に決まっている。

「嘘じゃない。ただ…お前が辛そうにしているから、どうしても言い出せなかった。許せ」
「嘘だ!嘘だ、嘘だ!」

信じられるものか!
あの兄が幻だなんて、演技なんてあるはずがない。

「嘘じゃない」
「だって…!昨日も兄上は俺の腕の中で嬉しそうに抱かれてた!」
「そうだ」
「もっと虐めてって蕩けた顔で俺を見てて…っ」
「ああ」
「俺が好きだって顔で……マーキングしてって……っ」
「ああ」
「……どうしてっ」
「どうしても何も…お前が好きだからに決まっている」
「そんなもの…信じられるはずがない!」

ここで兄は俺を絆して逃げる気なんだと思い至り、思い切り突き放す。
今目の前にいる兄は自分が愛した兄じゃない。
最早敵だ。

「兄上!そんな懐柔方法で俺から逃げられるとでも?馬鹿にするのもいい加減にしてください!」
「馬鹿にしてはいない。本当に俺はお前が好きなんだ」
「あれだけ馬鹿にして蔑んでいた弟をですか?」
「あれは…正直悪かったと思っている。すまなかった」

けれど今更そんなことを言われてもなんの慰めにもならないし、口先だけの言葉としか思えなかった。

「俺は貴方なんて大嫌いだ!」

だからそれだけを言い放ち、怒りのままに部屋を飛び出し感情のままに走り去る。

(兄上なんて嫌いだ…大嫌いだ……)

そう思うのに────涙は止まらず、胸の痛みもいつまでも消えなかった。

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