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99.ブルーグレイ再訪⑩

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今日はレオもこちらに滞在するらしいので皆で街に出ることになった。
メンバーはアルメリア姫とレオナルド皇子、俺と兄、アルフレッドとセドリック王子の六名で、そこに最低限とは言え各々護衛がつくので結構な人数になってしまう。

アルメリア姫はセドリック王子が苦手らしいのだが、アルフレッドが自分は姫の護衛騎士だからと譲らなくて泣きそうになっていた。
セドリック王子を苦手に思っているのは兄も同じで、その表情には怯えの色があって全く楽しそうではない。
レオも居心地が悪そうだし、セドリック王子もアルフレッドと二人きりになれないからか不満げだ。
これでは誰も楽しめないだろう。
ここは早めに何とかしておきたいところ。

(仕方ないな…)

あまりこう言ったことは得意ではないんだけどと思いつつ、仕方なく提案をしてみる。

「思ったんですが、オーガストという近衛騎士に頼めばよかったのでは?」
「え?!」
「確かアルフレッド妃殿下と同じくらい腕が立つんですよね?彼がいた方がセドリック王子はアルフレッド妃殿下とデートが楽しめますし、姫もレオナルド皇子と別行動しやすいし、大所帯にならなくて良いのでは?」

その提案に皆の表情がパッと明るくなった。

「まあ!ロキ陛下、素晴らしいお言葉をありがとうございます!」
「だ、そうだ。アルフレッド。まさか他国の王の言葉を無碍にはしないだろうな?」
「そんなっ!うぅ…俺がロキ陛下苦手なのを知ってるくせに……」
「そう言うな。そもそもカリンが俺を怖がっているんだから諦めろ」
「お前が同行しなかったら済む話だっただろ?!」
「断る。俺はお前とのデートの機会を逃す気はない」
「横暴だ!この自己中王子!」

なにやらアルフレッドだけが不満げだが何をごねているのだか。
好きな相手とデートしたいとセドリック王子は言っているだけなんだから、我儘を言わずおとなしく折れればいいのに。
バラけられた方が動きやすいし、俺としては早く兄とのデートに出掛けたいのでさっさと諦めて欲しい。
そう思ったところで姫から思いがけないことを言われた。

「そうですわ!ロキ陛下。観劇はお好きですか?ブルーグレイでしかやっていないものもありますので、もしお嫌いでなければ楽しんで行ってくださいね」
「観劇?兄上、行ったことはありますか?」

話には聞いたことはあるけど、実は縁がなくて一度も行ったことはなかった。
裏稼業の皆も劇場に暗殺目的で入ったことはあるけど、ちゃんと観たことは一度もないと言っていた気がする。
面白いんだろうか?
そう思って兄に聞いたらかなり驚かれてしまった。

「なっ?!もしかして行ったことがないのか?!」
「ええ。街歩きもセドリック王子達とガヴァムの街を歩いたのが初めてでしたし、そういうものには疎くて」
「うっ。わかった。ちゃんと俺が付き合って教えてやる」

なんとラッキーなことに兄が俺に付き合って教えてくれるらしい。

(嬉しい…)

こうした楽しみがあるなら是非行ってみたいと思う。

「俺は兄上と一緒ならどこでも楽しめると思うので、行ってみてもいいですか?」
「ロキ…」

何故か潤んだ目で見つめられているけれど、これはOKという意味で受け取っていいのかな?

「それなら尚更お勧めですわ!私もご一緒しましょうか?お兄様もまだ見ていないはずですし」
「ああ!大親友の初の観劇に付き合えるなんて嬉しいし、是非!」

てっきりここからは別行動になるのかと思っていたのに、何故か姫とレオが観劇に付き合うと言い出した。
どうやら二人きりにはさせてもらえないらしい。

(折角兄上といい雰囲気だったのに……)

非常に残念でならない。
できれば空気を読んでもらいたかった。
それこそセドリック王子のように。

「そうか。では俺達はここで別行動にするとしよう。アルフレッド、久しぶりに闘技場にでも顔を出さないか?」
「え?!」
「お前は観劇には一切興味はないだろう?」
「ま…まあ?」
「じゃあ決まりだ。オーガストを呼びに行かせたし、あっちは大丈夫だろう。ではロキ、楽しんできてくれ」
「ありがとうございます」

そうして名残惜しそうにするアルフレッドを引っ張ってセドリック王子は鮮やかに去って行ってくれた。
流石空気の読める大人は違う。
その点レオとアルメリア姫はまだ子供なのだろうと思って割り切ることにした。

「アルメリア、ちなみに今人気の演目は?」
「うふふ。実は今やっている演目は私が監修したアルフレッドのお話なんですのよ」
「え?!本当に?!」

レオナルド皇子が驚いているがこれには俺も流石に驚いた。
どうやら姫は実に多才な人だったらしい。

「セドリック王子のイメージ払拭のために陛下に頼まれてシナリオを共同で作らせてもらいましたの。会心の出来でしたわ」
「へぇ…。イメージ払拭かぁ」
「ええ」
「あれは本人を知っていたら笑いしか出てきませんでしたけどね」

嬉々として話す姫とは対照的に、呼ばれてやってきたオーガストが苦笑しながら話に混ざってくる。
どうやらオーガストは既に観たことがあるようだが、本人からは逸脱したイメージに仕上がっているらしい。
どんな感じなんだろうか?
取り敢えずあくまでも劇だと思って観ればいいんだなと理解し、そのまま全員で観に行ったのだが……。

終わってみると全員の抱いた感想は全く違っていたように思う。

純粋に楽しみ、大満足な感じのアルメリア姫。
やっぱりおかしいと笑っているオーガスト。
あれは別人過ぎるだろうと頬を引き攣らせているレオと兄。
でも……。

「セドリック王子っていつもあんな感じですよね?」

そう言った俺にだけは全く誰からも共感はしてもらえなかった。
おかしいな?

「ロキ!目は大丈夫か?!」
「え?大丈夫ですよ。だってセドリック王子っていつもあんな感じの親切な人じゃないですか」

別に大きく違いはなかったように思うけどと首を傾げていたら、アルメリア姫にまでおかしいと言われてしまった。

「ええっ?!し、親切なんて初めて聞きましたけど?!」
「そうですか?いつも親身に相談に乗ってくれますし、話の分かる人だと思いますけど」
「そ、そうかなぁ?!」

レオにまで驚かれたけど、レオはまあ接点が少ないからそう思うのかもしれない。

「そうですよ」
「で、でもほら、意地悪だったり機嫌が悪いと殺気出したりしてるだろう?!」
「機嫌が悪かったら誰だってピリピリするでしょう?意地悪はわかりますけど、別にそんなに言う程酷くはないと思いますけど?」

特におかしいとは思わない程度のものだし、どうしてそんなに言われるのかが俺にはさっぱりわからない。

(十分『普通』の範囲内だと思うんだけどな…)

そう思うのに、その場の皆から驚愕の眼差しで見られてしまった。

「そ、そうだわ!きっとあの悪魔はロキ陛下がお気に入りだから殺気とかを向けたことがないのでは?!」
「以前怒って剣を向けられたことはありますけど?」

刺客がガヴァムからとわかった時に剣を向けられたなぁと思い出す。
あの時は多分一番怒っていたんじゃないだろうか?
まあ普通に命を狙われたらああなると思う。

「ひぃっ?!それでもそんなことが言えるなんて…なんて大らかな」
「いえ。その時も結局あっさり剣を引いてくれましたし。本当に冷酷非情な人ならそのままバッサリいくでしょう?」
「ま…まあ?」
「話す余地をちゃんと残している理性的な人ですよ?」

殺してもいいですよと言ったのに殺さなかった時点であの人はちゃんと理性的な人だと思う。
セドリック王子は『大国ブルーグレイの王太子』という立場をしっかり理解して行動しているのに、皆上辺だけ見てそこを理解することなくただ怯えているだけなんじゃないだろうか?

「どうして皆が怖がるのかがさっぱりわからないです」
「……あの悪魔をそんな風に言う人を初めて見ましたわ。流石友人…」
「だから違いますと何度も言っているのに…」

どうしてそんなに皆で友人と言ってくるのかがわからない。

「もしかしてロキって俺以外友人がいないとか…?」
「まあそうですね。俺の中では友人と言えばレオのイメージがどうしても強いので」
「そっか…それでか。でも嬉しい!」

ギュウッといきなり抱き着かれた。
うん。こういうスキンシップをしてくるところがなんとなく友人という気がする。
苦しいから早く放して欲しい。
ついでに鬱陶しいからやめてほしい。

「こら!ロキから離れろ!」
「いいじゃないか!大親友なんだし!」
「ロキは俺のだ!」

ぎゃあぎゃあと兄と言い合いを始めたので俺は溜息を吐いてアルメリア姫に謝っておいた。

「騒がしくてすみません」
「いいえ。兄の大親友というのは聞いておりますので」

フフッと笑う姿は可愛らしい。
一般的に女性というのはこんな感じなんだろうか?
これまでガヴァムの女性からは睨まれたことしかないからよくわからない。

「姫、俺は女性のエスコートもしたことがないので、もしよければこの機会に教わっても?」
「まあ、光栄ですわ。私で良ければいくらでも」

そしてあれこれ話していたら兄が飛んできて、焦ったように『男以外も誑かす気か?!』と言ってきたけど、それは流石に穿ちすぎだと思う。

「俺は誰かを誑かしたりしませんよ?」
「してるだろ?!しょっちゅう!」
「兄上?俺が国で嫌われているのをご存知でしょう?それに俺が好きなのは兄上だけですよ?」

どこをどう誤解したらそうなるんだろう?
不思議でならない。

「うぅ…合ってるけど間違ってるとどう言えば……?」

そんな風に気落ちする兄を横目に姫へと声を掛ける。

「実はアンシャンテのシャイナー陛下の婚約者の方が決まり次第もてなしをしないといけなくて」
「まあ!」
「もしよければ相談に乗ってください」
「わかりましたわ。ロキ陛下のお力になれるのならいくらでも」
「ありがとうございます」

そして街歩きを楽しみつつ色々と教えてもらった。
勿論兄とは適度にイチャついていたので気は遣ってもらったりもしたけれど、随分勉強になったと思う。
これでシャイナーの婚約者がいつ来ても大丈夫なよう対策も取りやすくなったのではないだろうか?
リヒターにもまた後で色々相談してマニュアルでも作っておこう。

「ほら、リヒターも合間でちゃんと食べてくれ」
「ありがとうございます」
「ロキ?!イチャつくのは俺とだけにしてくれ!」
「でも兄上。リヒターは真面目なので言わないと職務を優先して食べてくれないんですよ」
「リヒター!いいから一人で食べろ!お前、俺がいない間ロキとそうやってイチャついてたんじゃないだろうな?!」
「兄上…やめてあげてください。精々やけ酒に付き合って添い寝してくれたくらいですよ?」
「添い寝?!」
「そうですよ。全く…。自分はレオと一緒で俺を放ったらかしだったくせに…」
「どう考えてもそっちの方が酷いと思うぞ?!」
「一晩と三日は全然違います。言い掛かりはやめてください」
「言い掛かりじゃない!不用意にキスなんてしてないだろうな?!」
「え?軽く挨拶程度のものならしましたけど?」
「ロキの馬鹿!!浮気者~!!」

やけに兄は怒ってるけど、冷たくツンナガールを切った兄の方が悪いと思うのは俺だけだろうか?

「お兄様…」
「うん。ロキってちょっとズレてるから」
「そうですか。ええ、ええ。あの悪魔と親しくできる方ですし、これくらいズレていないときっと無理なんですね」
「そうだと思うよ?」

言い合いをし始めた俺達の隣で仲良し兄妹はそんなことを言っていたとか。


****************

※劇の内容については本編の方の『閑話6.バカンス中の出来事 Side.アルメリア』を参照してください(^^)
宜しくお願いします。


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