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お城生活編

50.邪魔する者と助ける者

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【Side.ジークフリート】

(移動し始めた…っ)

馬を走らせクロヴィスの元へと向かうが、急に移動速度が上がった。
どうやら徒歩から馬車か何かに変わったようだ。
これはまずい。
そう思いながら馬で馬車道を駆けると、無事にクロヴィスが乗っているはずの馬車が目に飛び込んできた。
良かったと安堵し、引き止めようと更に加速しようとしたところでいきなり女が前へと飛び出してきて、慌てて手綱を引く。
危うく踏み潰すところだったと思いながらそちらを見ると、どうやら貴族の令嬢のようだ。
けれど地にへたり込んで顔を伏せていた彼女の顔がゆっくりと上げられ、自分の名を呼んだところで、それが単なる事故ではなく、妨害の一種だったのだと悟ってしまった。

「ジークフリート様…」
「メイラ伯爵令嬢…」

潤む目で見上げ、如何にも被害者であると言わんばかりのその態度に苛立ちが募る。
そこへ『大丈夫か?!』『怪我は?!』などと声を掛けながら街の者達が集まってきて身動きが取れなくなる。
そうこうしているうちに馬車はあっという間に遠ざかってしまった。
最悪だ。

「退け!退いてくれ!」

けれど倒れたメイラ嬢に街人達は同情的で、俺にも手くらい貸せと言わんばかりの批難的な目が向けられてしまう。
俺の服装からあからさまに言ってこられたりはしなかったものの、とてもおとなしく道を譲ってくれそうな状況ではなくなってしまった。

(やられた!)

ここはもうクロヴィスがなんとか隙を見て俺の元に飛んできてくれるのを期待するしかない。
平静な時でクロヴィスの転移魔法の成功率は二回に一回だ。
俺よりも成功率は高い。
こんな短期間でここまでできるようになったのは、偏にあの男から逃げたい一心だったのだろう。
けれどまだ完璧ではないし、動揺している最中にできるとも思えないから、出来る限り向かいたくて仕方がなかった。

「とっとと立て」

馬から降り、いつまでも被害者面でへたり込んでいるメイラ嬢を引っ張り上げるように無理矢理立たせ、街の者達を速やかに手で追い払う。
そうして鬱陶しい者達を散らすことには成功したが、今度は立てないと言わんばかりにメイラ嬢に寄りかかられてしまった。

「申し訳ございません。腰が抜けて上手く立てなくて…」

今すぐ殺してもいいだろうか?
戦場以外で初めて本気でそう思った。

(クロヴィス…ッ!)

こんなところでいつまでものんびりしていられない。
見る限り側に彼女の侍女らの姿はないようだし、適当な店に放り込んで後を追おう。
そう思いながら鬱陶しい女を肩に担ぎ上げ、すぐ近くにあったドレス店に放り込み、彼女の家名を伝えてすぐさま店を出た。
彼女はまるで思っていた展開と違うと言わんばかりの驚愕の表情を浮かべていたが、そんなものどうでもいい。
そんな事よりクロヴィスだ。

予想外に時間を取られてしまったが、これでやっと後を追うことができる。

そうして再度俺は馬を走らせた。


***


【Side.王太子】

叙勲式が終わり一息入れた後、執務室で仕事を始めようと書類に手を伸ばしたところで慌てたように文官が飛んできた。

「王太子様!ジークフリート殿下が、乱心致しました!」

蒼白なその表情は嘘ではなさそうだが…。

(あのジークが?)

ジークフリートは俺が言うのもなんだが、クロヴィスが絡まなければ非常にできた弟だ。
常に冷静沈着。
判断力も決断力も完璧で、指導力もある。
だからこそ父から軍を任せられたと言っても過言ではない。
剣も魔法も得意で、その実力は折り紙つきだ。
そんなジークが乱心などあり得ない。
もしあるとしたらそれはクロヴィスが原因だろう。

「それで、クロヴィスは?」
「お姿はありませんでした」
「ならば原因はそれだ。第三師団に連絡して、ラナキスの身柄を取り敢えず確保するよう伝えておけ。それと共に捜索隊を組みクロヴィスを探せ。場合によってはジークの援護もせよと伝えろ」
「ははっ!」

そしてその文官はすぐさま第三師団の団長の元へと向かった。

(それにしてもこのタイミングでクロヴィスの姿が消えたか…)

怪しいのは当然ラナキスだ。
けれどラナキスは叙勲式で貰える褒章をつい先程まで把握していなかったはずだ。
それを知ってから行動を起こしたにしては早過ぎる。
明らかに予め攫う気満々で味方を作り、叙勲に関係なくジークの隙を突いたとしか思えない。
けれどそれら全てをラナキスがしたというのも俄かには信じ難かった。
それほど手並みが鮮やか過ぎたのだ。

どう考えても王城内部に詳しく、色々な者達の動きを把握していなければできない手並み。
こんなもの、他国から来て間もない一冒険者にできるものではない。

(ラナキスに協力する目的はなんだ?)

それほど鮮やかに動ける者だ。
何か動機があるはず。
有能なクロヴィスをラナキスと一緒に引き抜いて手元に置きたかった?
可能性としてはなくはないだろう。
だがクロヴィスはジークの嫁だ。
リスクが高すぎる。
ならばそちらは囮と考える方が自然だろう。
クロヴィスを攫うことでジークを城から遠ざけ、混乱している城内で起こりうること────。

「カトレア!!」

そこに思い至って俺は慌てて自分の妻の元へと走った。
どうか杞憂であってほしい。
考え過ぎだと微笑んで、いつもみたいに『困った人』と言いながら照れ臭そうに頬を染めて欲しかった。
けれどそんな淡い希望は、扉を守る護衛兵を押し退け部屋に飛び込んだところで吹き飛んでしまう。

「カトレア!」

目の前で床へと頽れるカトレアの姿を目にして血の気が引く。
急いで駆け寄りその身を抱き寄せ必死に声を掛けるが反応がない。

(毒か?!)

そう思って抱き上げようとしたところでカトレアの足に毒蛇が巻きついているのが目に入り、すぐさま風魔法で弾き飛ばし、火魔法で焼き尽くした。

「誰か!医師を呼べ!大至急だ!」

その声に近くにいた者がバタバタと走っていく。

「カトレア!カトレア!目を開けてくれ!」

一先ず安静にとベッドへと運び、常備していた解毒ポーションを口移しで飲ませるがカトレアは目を開けてくれない。
耳につけていた身代わりの守り石のお陰で命の炎は潰えていないが、危険な状態なのは一目瞭然だった。
試しにポーションも飲ませてみるが、これで大丈夫とは言い切れない。

(こんな時、クロヴィスがいてくれたら…!)

恐らく毒蛇をけしかけた人物とクロヴィスを攫わせた者は同一人物だろう。
確実にカトレアを殺すためにこの状況を作り出したに違いない。
ラナキスに大きな手柄を立てさせ、脅威は去ったとこちらに誤認させた手口も見事だ。
すっかり掌の上で踊らされてしまった自分が悔しくて仕方がなかった。
けれどここまで鮮やかに事を運ばれたからこそわかることもある。
こんなことができるのはあの公爵家しかない。

(絶対に許さない)

家ごと潰してやると強く思いながら俺はすぐさま頭の中で計画を立てた。
そもそも尻尾をつかもうとするからダメなのだ。
ならば最初から潰す気で動けばいい。

「カトレア…すまない。必ずあの家の者達を根こそぎ処分してやるからな」

そう言いながら、俺はそっと愛しい妻の手を握り、医師の到着を待った。

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