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番外編
番外編Ⅱ ナナシェにて⑨ Side.母メリーナ
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店に乗り込んできた兵士に攻撃されて気を失い、気づけば私は牢へと入れられていた。
薄汚れた牢の中はネズミも走り回っているし不衛生だし臭いも気になるし最悪だった。
早く出してほしいと鉄格子を掴んで必死に訴えたけど、罪人は黙ってろと怒鳴りつけられ怖くなった。
私は何も悪くないのに、どうしてこんな冷たくて汚い場所に放り込まれなければならないのかと涙が出る。
食事は黒パン二つと味の薄い塩だけで味つけされた野菜スープ、それと冷めきった一切れの固い肉か干物の魚だ。
それが一日三食。全然足りない。
だから文句を言ったのに、文句を言った途端一食分減らされた。
増やすなら兎も角減らすなんて人でなしだとしか思えない。
挙句『文句があるなら食うな!』と言われるし、あんまりだ。
でもこれ以上減らされたらたまったものではないし、仕方なく一日二食で我慢する日々。
何が悪かったんだろう?
そう思ったところで、子供達に話を通しておかなかったのが悪かったのではないかと思い至った。
もしかしたら人攫いと間違えて通報してしまったのかもしれない。
(それなら今度はちゃんと『私のために身体を売って稼いできなさい』と話せば済む話よね)
兎に角ここから出ないと何も始まらないし、何とか出してもらいたい。
でもどうやればいいのかがわからない。
家族の誰かが迎えに来てくれればいいのに…。
そんな日々が一週間ほど続いたところでやっと牢から出してもらうことができた。
もう二度と罪を犯すなよと言われたけど、そもそもが冤罪なのにと悔しさから奥歯を噛み締める。
でもここで下手なことを言ってまた牢に逆戻りなんてことになったら嫌だから、我慢してしおらしく頷いた。
何はともあれこれで無罪放免だ。
さっさと子供達のところへ行って話をしなければ。
そう思ったのに兵舎を出ようとしたところで身柄を確保されて、そのまま前領主の屋敷とやらに連れて行かれてしまう。
なんでも前領主のご指名らしい。
もしかしてどこかで見染められたんだろうか?
私はまだまだ綺麗だから十分有り得る。
(でも太ってたり禿げていたりしたら嫌よね)
そして到着早々その前領主とやらと顔合わせをしたのだけれど、なかなかに見目の良い男だった。
太ってもいなければ禿げてもいない。
寧ろ鍛えられた良い身体をしている人物だ。
見た目は彼の後ろに控えている私の夫の方が断然整っていて好きだけど、今の夫はお金を持っていないから論外だ。
この前領主の方が私に相応しい。
年の頃も自分と近いし、文句のつけようがなかった。
(前領主と言うからにはお金も沢山持っているのよね?)
これはラッキー以外の何物でもない。
苦労せず愛人の座をゲットできて良かったとほくそ笑み、表向きのあれこれを口にし終えた前領主へと向かい私は精一杯の笑みを作って『よろしくお願いします』とカーテシーをした。
***
【Side.ガナッシュ】
ラヴィアンの妻メリーナが牢から出て屋敷へとやってきた。
牢番の話では少しは反省したようだということだったが、どうも反省しているように見えない。
しかもなんだか勘違いしているように見えるのは気のせいだろうか?
ここは最初にしっかり釘を刺しておいた方がいいかもしれない。
そう思って口を開いた。
「私がここの主人、ガナッシュ=レナヴィだ。お前にはこれからここでラヴィアンと共にしっかりと働いてもらうつもりだ。甘やかす気は一切ないからそのつもりで励むように」
「はい。よろしくお願いします」
微笑みを浮かべ、貴族らしい綺麗なカーテシーをするメリーナ。
本当にわかったのだろうか?
(まあいい)
夫であるラヴィアンも一緒なのだし、早々おかしな事もしないだろうと考え直す。
「ラヴィアン。彼女を部屋に案内してやってくれ」
彼女に用意したのはラヴィアンの隣の部屋だ。
夫婦なのだし、慣れるまでわからないことを聞いたり相談事もしやすいようにとそう決めた。
ラヴィアンは最初でこそ手の掛かる奴だったが、きちんと説明して考えさせたらちゃんと納得して動けるようになった。
思い込みが激しく母国では激高しやすい性格だったようだが、きっと根は素直なんだろう。
こちらが褒めれば顔を輝かせるし、叱ればしょんぼり肩を落とす。
なんだか懐いてくれている犬のようで、すっかり絆されてしまった。
だから監視と更生を兼ねてにはなるが、ここに引き取れば、また妻と一緒に住めるようになって喜ぶんじゃないかと思ったのに────。
(…嬉しそうじゃないな)
ラヴィアンの表情はなんだか不安そうで、予想していた嬉しそうな顔からは程遠かった。
もしかして私がメリーナを側に置くと決めた事で、手を出すんじゃないかとあり得ない不安や嫉妬の感情を抱えさせてしまったんだろうか?
もしそうなら完全に誤解だ。
私は五年ほど前に妻に浮気され、そのまま大喧嘩になった挙句離婚に至った経緯を持っている。
それ以来表面には出さないが、男に媚びるような女は心底嫌いになった。
この女はどこからどう見てもそのタイプだろう。
ラヴィアンの妻だからまあいいかとここに引き取っただけで、別に好みだったわけではない。
(失敗したな。早く誤解を解かねば)
そう思い、すぐに手を打った。
二人きりにならないよう常にラヴィアンと二人一組で部屋に呼び指導することにしたのだ。
ラヴィアンも妻が早く仕事を覚えてここに馴染めるようにと頑張っていて、そんな成長した姿を見て嬉しく思った。
そんなラヴィアンとは対照的に、メリーナはやる気が全く見られない。
楽をすることばかり考えている。
例えば掃除一つとってもそうだ。
ラヴィアンが『こうやるんだ』と教えるとする。
すると『わからないわ。あなたがやってよ』と甘えだす。
それでも『ちゃんとやれ』と言って再度丁寧にラヴィアンが説明するとラヴィアンを褒め出し、素敵だなんだと持ち上げ始め、仕事をラヴィアンに丸投げしようとし始める。
なるほど。貴族の妻としてはそれでいいのだろう。
夫を褒めて持ち上げやる気を出させ、仕事に励めるよう鼓舞する。
立派なスキルだ。
だが平民でこれはダメだ。
だからラヴィアンに言って、手本を見せるのは一度でいいからちゃんとメリーナにやらせるようにと言った。
「ラヴィアン。丁寧に教えるのも大事だが、それだとメリーナがいつまで経っても成長できない。手本は一度にして、メリーナはそれをしっかり覚えるように」
「はい。ガナッシュ様」
「わかりましたわ。ご期待に沿えるよう頑張ります」
本当に返事だけは立派だな。
だが満面の笑みのメリーナとは対照的にラヴィアンはどことなく悲しそうな顔をしている。
どうしてそんな顔をしているんだろう?
以前ならすぐに聞いてやれたのに、メリーナがいるからそれもできない。
しかもその後が酷かった。
ちゃんと絞れていない雑巾で拭き掃除をしようとするから注意したら『私、力が弱いのでこれが精一杯なんです』とか弱い女アピールをしながらチラチラとこちらを見てくる。
それでももっとしっかり絞ってやるようにと言ったら今度はラヴィアンの方に向かって『あなた、お願い』と笑顔で頼む始末。
「ラヴィアン。自分でやらせなさい」
「…はい。ガナッシュ様」
また悲しそうな顔をさせてしまった。
そんな顔をされるとすごく慰めてやりたくなる。
それに比べメリーナの方ははっきり言って鬱陶しい。
身支度の際もベタベタと身体に触れてきて不快だし、それだけでは飽き足らず、茶をラヴィアンが淹れている隙を狙い『ガナッシュ様。夜のお世話が必要な時はいつでもお声がけくださいね』などと小さな声で伝えてくる始末。
本当に気持ち悪くて鳥肌が立ったくらいだ。
夫の前で他の男に媚びるなんて、一体どう言う神経をしてるんだと言いたくなる。
なのにソファの後ろから囁くようにメリーナが唇を耳元へ寄せていたから、仲良くしているようにラヴィアンの目に映ってしまったんだろう。
明らかにショックを受けたような表情を浮かべていて、そんなラヴィアンに誤解だと弁明したくなった。
私はこんな女に靡く気はないし、ラヴィアンの妻でなければもっと冷たい対応をしていただろう。
そんな日々が続き、私はラヴィアンが気になって気になって仕方がなくなっていた。
二人きりになりたい。
お前の妻に手を出す気なんてないんだと言い訳をさせてほしい。
そしてまた以前のような笑顔を見せてほしい。
ラヴィアンから笑顔が消え、悲しそうな顔が増える度に心が痛んで、ふと気づいてしまった。
(ああ、そうか)
いつの間にか自分に懐いてくれたラヴィアンのことが好きになってしまっていたのだと、そこに来てやっとわかったのだ。
妻子持ちに惚れるなんて、なんて不毛なのだろう?
どう考えても叶わぬ想いでしかないというのに。
だから気持ちに蓋をして、せめて勘違いだけはされないよう振舞おうと思った。
ラヴィアンに誤解されないよう、メリーナとは適度な距離を取りたい。
そう思うのに────どうしてこの女は色目を使って迫ってくるんだ?
お前がラヴィアンをいらないと言うなら、さっさと別れて俺にくれと言ってやりたい。
「ガナッシュ様。お茶が入りましたわ♡」
ただでさえ色がついているだけのマズい茶を、ボディタッチしながら置いてくるのが凄く不快だった。
こちらが座っていて身を引けないのをいいことにグイグイ身体を押し付けてくる浅ましい姿に、思わず眉間に皺を寄せてしまう。
ラヴィアンはこんなことをしてきたりはしなかった。
色々なことを教えたが、都度ちゃんと考え反省し、次の時には僅かながらでも改善していたというのに…。
「武器の手入れなんて私には無理ですわ。あんな重たい物、女の細腕では持てません。怪我をしてしまいますわ」
「ナイフの類ならできるだろう?それさえ重くて持てないとは言わないだろうな?」
「持てますけど、刃物は怖いですわ。手を切りそうですもの。以前食堂で働いていた時に包丁で手を切ったんですよ?とても痛かったですわ。私には無理です」
目に涙を浮かべ甘ったれたことを言ってくるメリーナ。
「掃除の水が冷たくて手が荒れてしまいそうですの。どうしてもやらなければなりませんか?」
ラヴィアンの隙を突いてはそう訴えてくるメリーナ。
使用人として雇っているんだから仕事はちゃんとやれ。
「私もラヴィアン様みたいなお食事、食べてみたいです。どれもとても美味しそうですよね」
雇い主である私の食事を食べたいとねだってくるメリーナ。
どこまで厚かましいんだ。
お前は自分が罪人だという自覚がないのか?
勝手に私の愛人になったと勘違いしていないか?
そんな事実は一切ないから黙って働けと本気で怒鳴りつけてやりたい。
でもラヴィアンの前だから我慢だ。
そんなこれまで見せたことのない感情的な姿を見せて嫌われたくはない。
だから冷静にと己を律し、理路整然と諭したがこの女は本当に返事だけは立派で、言われたことは右から左へと聞き流し、何一つ変わろうとはしなかった。
ラヴィアンと違い、その場さえ誤魔化せばなんとでもなると思ってるのが丸わかりだからこそ腹立たしい。
糠に釘とはこの事だ。
「はぁ……」
癒しが欲しい。
ラヴィアンと二人だけの時間がどうしようもなく恋しくなった。
薄汚れた牢の中はネズミも走り回っているし不衛生だし臭いも気になるし最悪だった。
早く出してほしいと鉄格子を掴んで必死に訴えたけど、罪人は黙ってろと怒鳴りつけられ怖くなった。
私は何も悪くないのに、どうしてこんな冷たくて汚い場所に放り込まれなければならないのかと涙が出る。
食事は黒パン二つと味の薄い塩だけで味つけされた野菜スープ、それと冷めきった一切れの固い肉か干物の魚だ。
それが一日三食。全然足りない。
だから文句を言ったのに、文句を言った途端一食分減らされた。
増やすなら兎も角減らすなんて人でなしだとしか思えない。
挙句『文句があるなら食うな!』と言われるし、あんまりだ。
でもこれ以上減らされたらたまったものではないし、仕方なく一日二食で我慢する日々。
何が悪かったんだろう?
そう思ったところで、子供達に話を通しておかなかったのが悪かったのではないかと思い至った。
もしかしたら人攫いと間違えて通報してしまったのかもしれない。
(それなら今度はちゃんと『私のために身体を売って稼いできなさい』と話せば済む話よね)
兎に角ここから出ないと何も始まらないし、何とか出してもらいたい。
でもどうやればいいのかがわからない。
家族の誰かが迎えに来てくれればいいのに…。
そんな日々が一週間ほど続いたところでやっと牢から出してもらうことができた。
もう二度と罪を犯すなよと言われたけど、そもそもが冤罪なのにと悔しさから奥歯を噛み締める。
でもここで下手なことを言ってまた牢に逆戻りなんてことになったら嫌だから、我慢してしおらしく頷いた。
何はともあれこれで無罪放免だ。
さっさと子供達のところへ行って話をしなければ。
そう思ったのに兵舎を出ようとしたところで身柄を確保されて、そのまま前領主の屋敷とやらに連れて行かれてしまう。
なんでも前領主のご指名らしい。
もしかしてどこかで見染められたんだろうか?
私はまだまだ綺麗だから十分有り得る。
(でも太ってたり禿げていたりしたら嫌よね)
そして到着早々その前領主とやらと顔合わせをしたのだけれど、なかなかに見目の良い男だった。
太ってもいなければ禿げてもいない。
寧ろ鍛えられた良い身体をしている人物だ。
見た目は彼の後ろに控えている私の夫の方が断然整っていて好きだけど、今の夫はお金を持っていないから論外だ。
この前領主の方が私に相応しい。
年の頃も自分と近いし、文句のつけようがなかった。
(前領主と言うからにはお金も沢山持っているのよね?)
これはラッキー以外の何物でもない。
苦労せず愛人の座をゲットできて良かったとほくそ笑み、表向きのあれこれを口にし終えた前領主へと向かい私は精一杯の笑みを作って『よろしくお願いします』とカーテシーをした。
***
【Side.ガナッシュ】
ラヴィアンの妻メリーナが牢から出て屋敷へとやってきた。
牢番の話では少しは反省したようだということだったが、どうも反省しているように見えない。
しかもなんだか勘違いしているように見えるのは気のせいだろうか?
ここは最初にしっかり釘を刺しておいた方がいいかもしれない。
そう思って口を開いた。
「私がここの主人、ガナッシュ=レナヴィだ。お前にはこれからここでラヴィアンと共にしっかりと働いてもらうつもりだ。甘やかす気は一切ないからそのつもりで励むように」
「はい。よろしくお願いします」
微笑みを浮かべ、貴族らしい綺麗なカーテシーをするメリーナ。
本当にわかったのだろうか?
(まあいい)
夫であるラヴィアンも一緒なのだし、早々おかしな事もしないだろうと考え直す。
「ラヴィアン。彼女を部屋に案内してやってくれ」
彼女に用意したのはラヴィアンの隣の部屋だ。
夫婦なのだし、慣れるまでわからないことを聞いたり相談事もしやすいようにとそう決めた。
ラヴィアンは最初でこそ手の掛かる奴だったが、きちんと説明して考えさせたらちゃんと納得して動けるようになった。
思い込みが激しく母国では激高しやすい性格だったようだが、きっと根は素直なんだろう。
こちらが褒めれば顔を輝かせるし、叱ればしょんぼり肩を落とす。
なんだか懐いてくれている犬のようで、すっかり絆されてしまった。
だから監視と更生を兼ねてにはなるが、ここに引き取れば、また妻と一緒に住めるようになって喜ぶんじゃないかと思ったのに────。
(…嬉しそうじゃないな)
ラヴィアンの表情はなんだか不安そうで、予想していた嬉しそうな顔からは程遠かった。
もしかして私がメリーナを側に置くと決めた事で、手を出すんじゃないかとあり得ない不安や嫉妬の感情を抱えさせてしまったんだろうか?
もしそうなら完全に誤解だ。
私は五年ほど前に妻に浮気され、そのまま大喧嘩になった挙句離婚に至った経緯を持っている。
それ以来表面には出さないが、男に媚びるような女は心底嫌いになった。
この女はどこからどう見てもそのタイプだろう。
ラヴィアンの妻だからまあいいかとここに引き取っただけで、別に好みだったわけではない。
(失敗したな。早く誤解を解かねば)
そう思い、すぐに手を打った。
二人きりにならないよう常にラヴィアンと二人一組で部屋に呼び指導することにしたのだ。
ラヴィアンも妻が早く仕事を覚えてここに馴染めるようにと頑張っていて、そんな成長した姿を見て嬉しく思った。
そんなラヴィアンとは対照的に、メリーナはやる気が全く見られない。
楽をすることばかり考えている。
例えば掃除一つとってもそうだ。
ラヴィアンが『こうやるんだ』と教えるとする。
すると『わからないわ。あなたがやってよ』と甘えだす。
それでも『ちゃんとやれ』と言って再度丁寧にラヴィアンが説明するとラヴィアンを褒め出し、素敵だなんだと持ち上げ始め、仕事をラヴィアンに丸投げしようとし始める。
なるほど。貴族の妻としてはそれでいいのだろう。
夫を褒めて持ち上げやる気を出させ、仕事に励めるよう鼓舞する。
立派なスキルだ。
だが平民でこれはダメだ。
だからラヴィアンに言って、手本を見せるのは一度でいいからちゃんとメリーナにやらせるようにと言った。
「ラヴィアン。丁寧に教えるのも大事だが、それだとメリーナがいつまで経っても成長できない。手本は一度にして、メリーナはそれをしっかり覚えるように」
「はい。ガナッシュ様」
「わかりましたわ。ご期待に沿えるよう頑張ります」
本当に返事だけは立派だな。
だが満面の笑みのメリーナとは対照的にラヴィアンはどことなく悲しそうな顔をしている。
どうしてそんな顔をしているんだろう?
以前ならすぐに聞いてやれたのに、メリーナがいるからそれもできない。
しかもその後が酷かった。
ちゃんと絞れていない雑巾で拭き掃除をしようとするから注意したら『私、力が弱いのでこれが精一杯なんです』とか弱い女アピールをしながらチラチラとこちらを見てくる。
それでももっとしっかり絞ってやるようにと言ったら今度はラヴィアンの方に向かって『あなた、お願い』と笑顔で頼む始末。
「ラヴィアン。自分でやらせなさい」
「…はい。ガナッシュ様」
また悲しそうな顔をさせてしまった。
そんな顔をされるとすごく慰めてやりたくなる。
それに比べメリーナの方ははっきり言って鬱陶しい。
身支度の際もベタベタと身体に触れてきて不快だし、それだけでは飽き足らず、茶をラヴィアンが淹れている隙を狙い『ガナッシュ様。夜のお世話が必要な時はいつでもお声がけくださいね』などと小さな声で伝えてくる始末。
本当に気持ち悪くて鳥肌が立ったくらいだ。
夫の前で他の男に媚びるなんて、一体どう言う神経をしてるんだと言いたくなる。
なのにソファの後ろから囁くようにメリーナが唇を耳元へ寄せていたから、仲良くしているようにラヴィアンの目に映ってしまったんだろう。
明らかにショックを受けたような表情を浮かべていて、そんなラヴィアンに誤解だと弁明したくなった。
私はこんな女に靡く気はないし、ラヴィアンの妻でなければもっと冷たい対応をしていただろう。
そんな日々が続き、私はラヴィアンが気になって気になって仕方がなくなっていた。
二人きりになりたい。
お前の妻に手を出す気なんてないんだと言い訳をさせてほしい。
そしてまた以前のような笑顔を見せてほしい。
ラヴィアンから笑顔が消え、悲しそうな顔が増える度に心が痛んで、ふと気づいてしまった。
(ああ、そうか)
いつの間にか自分に懐いてくれたラヴィアンのことが好きになってしまっていたのだと、そこに来てやっとわかったのだ。
妻子持ちに惚れるなんて、なんて不毛なのだろう?
どう考えても叶わぬ想いでしかないというのに。
だから気持ちに蓋をして、せめて勘違いだけはされないよう振舞おうと思った。
ラヴィアンに誤解されないよう、メリーナとは適度な距離を取りたい。
そう思うのに────どうしてこの女は色目を使って迫ってくるんだ?
お前がラヴィアンをいらないと言うなら、さっさと別れて俺にくれと言ってやりたい。
「ガナッシュ様。お茶が入りましたわ♡」
ただでさえ色がついているだけのマズい茶を、ボディタッチしながら置いてくるのが凄く不快だった。
こちらが座っていて身を引けないのをいいことにグイグイ身体を押し付けてくる浅ましい姿に、思わず眉間に皺を寄せてしまう。
ラヴィアンはこんなことをしてきたりはしなかった。
色々なことを教えたが、都度ちゃんと考え反省し、次の時には僅かながらでも改善していたというのに…。
「武器の手入れなんて私には無理ですわ。あんな重たい物、女の細腕では持てません。怪我をしてしまいますわ」
「ナイフの類ならできるだろう?それさえ重くて持てないとは言わないだろうな?」
「持てますけど、刃物は怖いですわ。手を切りそうですもの。以前食堂で働いていた時に包丁で手を切ったんですよ?とても痛かったですわ。私には無理です」
目に涙を浮かべ甘ったれたことを言ってくるメリーナ。
「掃除の水が冷たくて手が荒れてしまいそうですの。どうしてもやらなければなりませんか?」
ラヴィアンの隙を突いてはそう訴えてくるメリーナ。
使用人として雇っているんだから仕事はちゃんとやれ。
「私もラヴィアン様みたいなお食事、食べてみたいです。どれもとても美味しそうですよね」
雇い主である私の食事を食べたいとねだってくるメリーナ。
どこまで厚かましいんだ。
お前は自分が罪人だという自覚がないのか?
勝手に私の愛人になったと勘違いしていないか?
そんな事実は一切ないから黙って働けと本気で怒鳴りつけてやりたい。
でもラヴィアンの前だから我慢だ。
そんなこれまで見せたことのない感情的な姿を見せて嫌われたくはない。
だから冷静にと己を律し、理路整然と諭したがこの女は本当に返事だけは立派で、言われたことは右から左へと聞き流し、何一つ変わろうとはしなかった。
ラヴィアンと違い、その場さえ誤魔化せばなんとでもなると思ってるのが丸わかりだからこそ腹立たしい。
糠に釘とはこの事だ。
「はぁ……」
癒しが欲しい。
ラヴィアンと二人だけの時間がどうしようもなく恋しくなった。
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