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閑話1-1.父上のお嫁さん① Side.***
僕はサザナード国の王太子の子として生まれた。
父上はいつも優しくて、僕に会いに来るたびに笑顔で抱き上げてくれるし大好きだ。
周りにいる皆もいつも優しい。
平和で優しい世界が僕を取り巻くすべてだった。
だからそれが当たり前だと思ってたんだ。
5才になって僕は初めて自分の宮を飛び出しお城の中へと入りこんだ。
僕の宮は城のすぐ近くに建てられた大きな白い別宮だから、庭をちょっと歩いたらすぐに到着する。
そこでは父上が王太子として日々仕事をしているらしい。
もちろん僕の祖父母である国王夫妻も一緒だ。
まあ一度も会ったことはないのだけど。
誰に聞いても『お二方は国のトップなのでお仕事が忙しいのです。お会いできないのも仕方がありません』と言われるし、それなら自分から会いに行った方がいいのかなとふと思い立ったんだ。
勿論仕事の邪魔をする気はないし、忙しそうならそっと遠目に姿を見るだけでもよかった。
言ってみれば初めての冒険のような気持ちでやってみたこと。
それに父上ならきっと『一人でこんなところまで来れるなんて凄いな』と笑って言ってくれると思ったんだ。
ちょこちょこと城の中をなるべく人目につかないように歩き回る僕。
城の中はまるで迷路みたい。
そんな中、『クリストファー!』という声が耳へと飛び込んできた。
クリストファーというのは父の名だ。
そんな父を呼び捨てにしているということはその声の主が国王。つまり祖父なんだろうか?
そう思いながらヒョコッと柱の陰から顔だけ出してそちらを見てみる。
そこにいたのは父よりも更に豪華な服を身にまとった貫禄のある人物。
まず王様で間違いはないだろう。
髪の色は父と同じ深緑色だし、鋭い眼光を宿した瞳の色は僕と同じペリドットのような翠色。
ちなみに父の瞳の色はトパーズのような蜂蜜色で、これは王妃様に似たらしい。
僕は髪色が王妃様に似て金色で瞳の色が翠色だから、一見父とは似ていない。
でも顔立ちは似ているし、親子であることに間違いはない。
皆もそう言うし、父だって自分にそっくりだといつも言ってくれるから、それに関しては何も疑ったことなんてなかった。
それなのに────。
「父上。何の御用ですか?」
「よりにもよって男を嫁に迎えようとしていると聞いたが、どういう了見だ?!」
「別に構わないでしょう?俺には既に立派な跡継ぎがいるんですから」
「リオンの子か?!そんなもの跡継ぎとして認めんぞ!あの娼婦の血が流れた子を次期王などと、私は絶対に認めん!」
「ウィルバートは俺の子です。お間違いなきよう」
「何がお前の子だ!お前は忘れたのか?!リオンが娼婦に騙されて自死したのを!私は絶対に忘れん!あの娼婦の血が流れている限り私も妃もあれを認める気はない!」
「父上と母上が認めずとも、俺が王となれば自動的にウィルバートが王太子となります」
「今からでも遅くはない!男などを嫁にせず、女を嫁に迎えろ!」
「困りましたね。俺はジオラルドに夢中なので、それ以外の相手に興味はないのです」
「どこの馬の骨か分からん輩を嫁になどと、ふざけるのも大概にしろ!」
「ふっ…ジオラルドは隣国マーヴァインの公爵家の嫡男ですよ?しかもこの国に来て間もないにもかかわらず既に功績を挙げつつあります。彼は紛うことなき天才です。確実に国のためになる男だと言えるでしょう」
「では百歩譲ってお前の側近という形にすればよいではないか!何故嫁にする必要がある?!」
「それは俺が心底惚れた男だからです。それ以外に理由なんてありません」
「ふざけるな!いいか、そんな男、私も妃も絶対に認めん!近いうちに必ず別の嫁を迎えてもらうぞ!わかったな?!」
「お断りします。失礼」
そう言って父上は颯爽とその場を後にしたのだけれど、話を聞いた僕は蒼白になった。
難しくて全部は理解できなかったけど、父上が男の人をお嫁さんにしようとしていることと、僕が父上の子でない可能性が高いということだけは理解することができた。
(そんな……)
それからどこをどう歩いて自分の宮に戻ったのか僕は覚えていない。
それほどショックだったんだ。
食事も喉を通らなかったから侍女達にも心配されたけど、僕は体調が悪いとだけ言ってベッドにもぐりこんだ。
今は誰にも会いたくない。
そんな気持ちでいっぱいだった。
だから父上が来ても会わなかったし、引きこもっている理由も誰にも言わなかった。
そしたら数日後、変な人がドアを叩いてやってきたんだ。
赤銅色にルビーのような瞳を持った炎のような男の人だった。
黙って立ってたら綺麗系の人なんだけど、その表情は凄く偉そうに見えた。
「お前がウィルバートか」
でもその声は澄んだよく通る声で、何故だか聞く気もないのに話を聞いてしまう不思議な声質だった。
「俺は隣国から来たジオラルドだ。ジオと呼べ」
「ジオラルド?」
どこかで聞いたような名前だ。
どこでだっただろう?
「お前の遊び相手として来てやったぞ。顔色は悪くないな。だがベッドから出たくないならそこでできる遊びを考えてやろう。俺は天才だからな。それくらい簡単だ」
如何にもエッヘンとした態度がこれまで周りにいなかったタイプで新鮮だ。
これまで会ったことがないタイプだけに、ただただ圧倒されてしまう。
「よし。まずは空中に光る文字を書く遊びを教えてやる。これは光魔法の応用だが、将来魔法陣を扱う際に便利だから覚えておいて損はないぞ!俺の弟もすぐにできていたからな。お前にだってすぐにできるようになる」
そう言っていきなり光魔法を教えてくるジオラルド。
なんて変な人なんだろう?
僕はまだ魔法は全く教わってないんだけど?
「あの…」
「なんだ?」
「僕、まだ魔法は何も教わってないんですけど」
「?教わってないから俺が教えるんだろう?」
何言ってんだコイツみたいな目で見られて僕は戸惑いの目を向けたけど、やる前からできないと決めつけるなと叱られた。
何事もやってからダメだったら試行錯誤するんだと教えられる。
まあできなければ諦めてくれるだろう。
そう思って取り掛かったのだけど……。
「ジオ!凄い!僕できた!」
「そうだろう。そうだろう。俺の教え方がいいからな」
それからその光る文字を使って簡単な算数を教えてもらった。
最初は9つのマスを書いて、そこに数字を上と横に並べて書いて、縦横で交差してぶつかるところに足した答えを書くというものだった。
これは引き算でも掛け算でもなんにでも使えるから暇つぶしにやってみろと言われた。
光魔法を使いながら計算で頭も使うから基礎の魔法コントロール力を鍛えながら学習できるのが良いとのこと。
字がブレるようになったら魔力が安定していない証拠だから、一応そこでコントロールをしてみて無理ならやめて休憩を取るように言われた。
魔力は休むと回復するらしい。
「ベッドから出れるようになったら他にも色々教えてやる。お前はクリスの子だからな。特別だぞ」
でもジオラルドが何気なく口にしたその言葉にそれまで弾んでいた気持ちが萎んでしまう。
「なんだ。どうした?」
「……なんでもない」
正直ジオラルドに何かを言う気はなかった。
他の親しい相手にも言う気がなかったのだから当然だ。
でもそう口にした途端ジオラルドはムッとした顔で僕の両頬をムニュッと摘まんできた。
「ふぇ?!」
「それはなんだ?心配してくださいアピールか?俺は時間の無駄が大嫌いだ。要点をまとめて端的に問題点を言え」
その言葉に僕は目を丸くした。
こんなことを言われたのは初めてだったからだ。
『ウィルバート様、何かあったのならご相談に乗らせてください』
『私にこっそりお話してくださいませんか?私でなくとも、誰にでもお悩みは言ってくださって構いませんよ?』
皆優しい言葉をかけてくれて、僕が引きこもった原因を聞いてくれたけど、僕がどうしても口を割らないのを見て心配げに接してくれるようになった。
このままじゃダメだとわかっていても誰にも何も言えなかった僕。
そんな僕にジオラルドは心配してくださいアピールかと聞いてきた。
それに関してははっきりと違うと言えるけど、ジオラルドの問いかけは非常にスマートだった。
自分の時間を無駄に使わせるなと。
(ふふっ。ジオらしいな)
ジオラルドは確かに無駄な時間を過ごすのは嫌いなんだろう。
じゃあ何も聞かずに帰ればいいじゃないかと思わなくはないけれど、きっとこの人は本質的に世話好きなんだと思う。
頼られるのが好きって言うのはさっきまでの時間でもうわかっていたから。
「……誰にも言わない?」
「知らん。問題の内容にもよるのに安易に誰にも言わないなんて言うはずがないだろう。俺を馬鹿にするな」
その言葉に『ああ、この人は嘘も嫌いなんだな』と素直に思った。
「わかった。じゃあ話を聞いて、ジオの考えを聞かせてくれる?」
「それならいいぞ」
裏表のない返事に後押しされるように僕は先日城で聞いた話をジオへと話して聞かせた。
「それで…僕は父上の子じゃないって知って、ショックだったんだ」
全部気持ちを吐き出した僕は、暗い気持ちでジオを見た。
多分こんな話をしたらこれまで僕の周りにいた者達は痛まし気な顔で気遣いの言葉を口にしただろう。
(ジオもきっと…)そう思ったのに、返ってきた答えは全く斜めの言葉だった。
「クリスに似て聡明だと思ったが、まだまだ子供だな。いいか?ウィル。大好きなクリスと血が繋がっていなかったと聞いてショックを受けたのならそれは見当違いだ。血はちゃんと繋がっている。詳しくはクリスに聞けば教えてもらえるだろう。あと、戸籍上お前はちゃんとクリスの実子として登録されている。難しい言い方になったが、簡単に言うとお前はちゃんと法的にもクリスの実の息子なんだ。クリスや周りが嘘つきだったとかそういうことはないし、お前の居場所はちゃんとここにある。以上、ここまでで何か質問はあるか?」
「え?」
「お前はちゃんと皆に愛されている。ここまでで何か気になる点はあるかと聞いている」
「……ううん」
「ならいい。あとは…そうだな。初めて見た祖父が酷い言葉の数々を口にするのを見てショックを受けたというのはあるかもしれないな」
確かにあれはショックだった。
これまで自分の周りは平和そのもので、あんな風に罵るような言葉なんて聞いたこともなかったのだから。
「お前の世界はまだまだ狭い。世の中は綺麗で優しいだけのものじゃないと知れて一つ賢くなったと思えばいいんだ。俺なんて実の親は金食い虫で最低だし、側近として王太子の側で仕事の効率を上げようと奮闘したら国から追い出されたんだぞ?ふざけるなクソ王太子!と何度思ったことか。世の中理不尽なことなんて沢山あるんだから、いざそうなった時に潰れないよう、今からしっかり精神面を鍛えておけ。お前が必要とするなら俺がいくらでも手伝ってやる」
「ジオが?」
「ああ。俺はクリスと結婚するからな。言ってみればお前の母親代わりのようなものだ。いくらでも頼ってくれていいぞ!」
自信満々でそんなことを言ってくるジオラルドを見て、僕は目を見開く。
そしてジオラルドが言った言葉を何度も反芻してみる。
あんなに悩んでいたのに、何故か心が軽くなっている。
ジオが言ってくれた言葉の全部が全部分かったわけじゃない。
でも僕と父の血がちゃんと繋がっていて、別に皆に騙されていたわけじゃないことはわかったし、愛されているというのもちゃんとわかった。
祖父の姿は衝撃的だったけど、よく考えたら祖父母とはこれまで接点なんてなかったんだ。
僕が城に行かなければ会うこともなかった人達だし、案外気にするほどの事ではないのかもしれない。
ジオは僕の世界はまだまだ狭いと言った。
これから広がっていく世界で出会う沢山の人達を考えると、たった二人に嫌われるくらいどうってことはないだろう。たぶん。
うん。そう考えたら大丈夫な気がしてきた。
「ありがとう。ジオ」
「元気になったか?」
「うん」
「そうか。それならまずはクリスに会ってやれ。珍しく悩んでいたぞ?」
「父上が?」
「ああ。あれは立派な親バカだな。『反抗期かもしれない。ジオ、俺はどうしたらいいと思う?』と真剣に相談してきたからな。そんな引きこもっているだけの時間はただの時間の無駄だから、俺がこうして来てやったという次第だ」
その言葉に僕は思わず笑ってしまった。
どうやら二人は凄く仲が良いのがそれだけでわかってしまったから。
父がジオラルドに惹かれた気持ちはなんとなくわかる気がする。
だって僕はこの口の悪いちょっぴり破天荒な人を、この短い時間ですっかり気に入っていたのだから。
父上はいつも優しくて、僕に会いに来るたびに笑顔で抱き上げてくれるし大好きだ。
周りにいる皆もいつも優しい。
平和で優しい世界が僕を取り巻くすべてだった。
だからそれが当たり前だと思ってたんだ。
5才になって僕は初めて自分の宮を飛び出しお城の中へと入りこんだ。
僕の宮は城のすぐ近くに建てられた大きな白い別宮だから、庭をちょっと歩いたらすぐに到着する。
そこでは父上が王太子として日々仕事をしているらしい。
もちろん僕の祖父母である国王夫妻も一緒だ。
まあ一度も会ったことはないのだけど。
誰に聞いても『お二方は国のトップなのでお仕事が忙しいのです。お会いできないのも仕方がありません』と言われるし、それなら自分から会いに行った方がいいのかなとふと思い立ったんだ。
勿論仕事の邪魔をする気はないし、忙しそうならそっと遠目に姿を見るだけでもよかった。
言ってみれば初めての冒険のような気持ちでやってみたこと。
それに父上ならきっと『一人でこんなところまで来れるなんて凄いな』と笑って言ってくれると思ったんだ。
ちょこちょこと城の中をなるべく人目につかないように歩き回る僕。
城の中はまるで迷路みたい。
そんな中、『クリストファー!』という声が耳へと飛び込んできた。
クリストファーというのは父の名だ。
そんな父を呼び捨てにしているということはその声の主が国王。つまり祖父なんだろうか?
そう思いながらヒョコッと柱の陰から顔だけ出してそちらを見てみる。
そこにいたのは父よりも更に豪華な服を身にまとった貫禄のある人物。
まず王様で間違いはないだろう。
髪の色は父と同じ深緑色だし、鋭い眼光を宿した瞳の色は僕と同じペリドットのような翠色。
ちなみに父の瞳の色はトパーズのような蜂蜜色で、これは王妃様に似たらしい。
僕は髪色が王妃様に似て金色で瞳の色が翠色だから、一見父とは似ていない。
でも顔立ちは似ているし、親子であることに間違いはない。
皆もそう言うし、父だって自分にそっくりだといつも言ってくれるから、それに関しては何も疑ったことなんてなかった。
それなのに────。
「父上。何の御用ですか?」
「よりにもよって男を嫁に迎えようとしていると聞いたが、どういう了見だ?!」
「別に構わないでしょう?俺には既に立派な跡継ぎがいるんですから」
「リオンの子か?!そんなもの跡継ぎとして認めんぞ!あの娼婦の血が流れた子を次期王などと、私は絶対に認めん!」
「ウィルバートは俺の子です。お間違いなきよう」
「何がお前の子だ!お前は忘れたのか?!リオンが娼婦に騙されて自死したのを!私は絶対に忘れん!あの娼婦の血が流れている限り私も妃もあれを認める気はない!」
「父上と母上が認めずとも、俺が王となれば自動的にウィルバートが王太子となります」
「今からでも遅くはない!男などを嫁にせず、女を嫁に迎えろ!」
「困りましたね。俺はジオラルドに夢中なので、それ以外の相手に興味はないのです」
「どこの馬の骨か分からん輩を嫁になどと、ふざけるのも大概にしろ!」
「ふっ…ジオラルドは隣国マーヴァインの公爵家の嫡男ですよ?しかもこの国に来て間もないにもかかわらず既に功績を挙げつつあります。彼は紛うことなき天才です。確実に国のためになる男だと言えるでしょう」
「では百歩譲ってお前の側近という形にすればよいではないか!何故嫁にする必要がある?!」
「それは俺が心底惚れた男だからです。それ以外に理由なんてありません」
「ふざけるな!いいか、そんな男、私も妃も絶対に認めん!近いうちに必ず別の嫁を迎えてもらうぞ!わかったな?!」
「お断りします。失礼」
そう言って父上は颯爽とその場を後にしたのだけれど、話を聞いた僕は蒼白になった。
難しくて全部は理解できなかったけど、父上が男の人をお嫁さんにしようとしていることと、僕が父上の子でない可能性が高いということだけは理解することができた。
(そんな……)
それからどこをどう歩いて自分の宮に戻ったのか僕は覚えていない。
それほどショックだったんだ。
食事も喉を通らなかったから侍女達にも心配されたけど、僕は体調が悪いとだけ言ってベッドにもぐりこんだ。
今は誰にも会いたくない。
そんな気持ちでいっぱいだった。
だから父上が来ても会わなかったし、引きこもっている理由も誰にも言わなかった。
そしたら数日後、変な人がドアを叩いてやってきたんだ。
赤銅色にルビーのような瞳を持った炎のような男の人だった。
黙って立ってたら綺麗系の人なんだけど、その表情は凄く偉そうに見えた。
「お前がウィルバートか」
でもその声は澄んだよく通る声で、何故だか聞く気もないのに話を聞いてしまう不思議な声質だった。
「俺は隣国から来たジオラルドだ。ジオと呼べ」
「ジオラルド?」
どこかで聞いたような名前だ。
どこでだっただろう?
「お前の遊び相手として来てやったぞ。顔色は悪くないな。だがベッドから出たくないならそこでできる遊びを考えてやろう。俺は天才だからな。それくらい簡単だ」
如何にもエッヘンとした態度がこれまで周りにいなかったタイプで新鮮だ。
これまで会ったことがないタイプだけに、ただただ圧倒されてしまう。
「よし。まずは空中に光る文字を書く遊びを教えてやる。これは光魔法の応用だが、将来魔法陣を扱う際に便利だから覚えておいて損はないぞ!俺の弟もすぐにできていたからな。お前にだってすぐにできるようになる」
そう言っていきなり光魔法を教えてくるジオラルド。
なんて変な人なんだろう?
僕はまだ魔法は全く教わってないんだけど?
「あの…」
「なんだ?」
「僕、まだ魔法は何も教わってないんですけど」
「?教わってないから俺が教えるんだろう?」
何言ってんだコイツみたいな目で見られて僕は戸惑いの目を向けたけど、やる前からできないと決めつけるなと叱られた。
何事もやってからダメだったら試行錯誤するんだと教えられる。
まあできなければ諦めてくれるだろう。
そう思って取り掛かったのだけど……。
「ジオ!凄い!僕できた!」
「そうだろう。そうだろう。俺の教え方がいいからな」
それからその光る文字を使って簡単な算数を教えてもらった。
最初は9つのマスを書いて、そこに数字を上と横に並べて書いて、縦横で交差してぶつかるところに足した答えを書くというものだった。
これは引き算でも掛け算でもなんにでも使えるから暇つぶしにやってみろと言われた。
光魔法を使いながら計算で頭も使うから基礎の魔法コントロール力を鍛えながら学習できるのが良いとのこと。
字がブレるようになったら魔力が安定していない証拠だから、一応そこでコントロールをしてみて無理ならやめて休憩を取るように言われた。
魔力は休むと回復するらしい。
「ベッドから出れるようになったら他にも色々教えてやる。お前はクリスの子だからな。特別だぞ」
でもジオラルドが何気なく口にしたその言葉にそれまで弾んでいた気持ちが萎んでしまう。
「なんだ。どうした?」
「……なんでもない」
正直ジオラルドに何かを言う気はなかった。
他の親しい相手にも言う気がなかったのだから当然だ。
でもそう口にした途端ジオラルドはムッとした顔で僕の両頬をムニュッと摘まんできた。
「ふぇ?!」
「それはなんだ?心配してくださいアピールか?俺は時間の無駄が大嫌いだ。要点をまとめて端的に問題点を言え」
その言葉に僕は目を丸くした。
こんなことを言われたのは初めてだったからだ。
『ウィルバート様、何かあったのならご相談に乗らせてください』
『私にこっそりお話してくださいませんか?私でなくとも、誰にでもお悩みは言ってくださって構いませんよ?』
皆優しい言葉をかけてくれて、僕が引きこもった原因を聞いてくれたけど、僕がどうしても口を割らないのを見て心配げに接してくれるようになった。
このままじゃダメだとわかっていても誰にも何も言えなかった僕。
そんな僕にジオラルドは心配してくださいアピールかと聞いてきた。
それに関してははっきりと違うと言えるけど、ジオラルドの問いかけは非常にスマートだった。
自分の時間を無駄に使わせるなと。
(ふふっ。ジオらしいな)
ジオラルドは確かに無駄な時間を過ごすのは嫌いなんだろう。
じゃあ何も聞かずに帰ればいいじゃないかと思わなくはないけれど、きっとこの人は本質的に世話好きなんだと思う。
頼られるのが好きって言うのはさっきまでの時間でもうわかっていたから。
「……誰にも言わない?」
「知らん。問題の内容にもよるのに安易に誰にも言わないなんて言うはずがないだろう。俺を馬鹿にするな」
その言葉に『ああ、この人は嘘も嫌いなんだな』と素直に思った。
「わかった。じゃあ話を聞いて、ジオの考えを聞かせてくれる?」
「それならいいぞ」
裏表のない返事に後押しされるように僕は先日城で聞いた話をジオへと話して聞かせた。
「それで…僕は父上の子じゃないって知って、ショックだったんだ」
全部気持ちを吐き出した僕は、暗い気持ちでジオを見た。
多分こんな話をしたらこれまで僕の周りにいた者達は痛まし気な顔で気遣いの言葉を口にしただろう。
(ジオもきっと…)そう思ったのに、返ってきた答えは全く斜めの言葉だった。
「クリスに似て聡明だと思ったが、まだまだ子供だな。いいか?ウィル。大好きなクリスと血が繋がっていなかったと聞いてショックを受けたのならそれは見当違いだ。血はちゃんと繋がっている。詳しくはクリスに聞けば教えてもらえるだろう。あと、戸籍上お前はちゃんとクリスの実子として登録されている。難しい言い方になったが、簡単に言うとお前はちゃんと法的にもクリスの実の息子なんだ。クリスや周りが嘘つきだったとかそういうことはないし、お前の居場所はちゃんとここにある。以上、ここまでで何か質問はあるか?」
「え?」
「お前はちゃんと皆に愛されている。ここまでで何か気になる点はあるかと聞いている」
「……ううん」
「ならいい。あとは…そうだな。初めて見た祖父が酷い言葉の数々を口にするのを見てショックを受けたというのはあるかもしれないな」
確かにあれはショックだった。
これまで自分の周りは平和そのもので、あんな風に罵るような言葉なんて聞いたこともなかったのだから。
「お前の世界はまだまだ狭い。世の中は綺麗で優しいだけのものじゃないと知れて一つ賢くなったと思えばいいんだ。俺なんて実の親は金食い虫で最低だし、側近として王太子の側で仕事の効率を上げようと奮闘したら国から追い出されたんだぞ?ふざけるなクソ王太子!と何度思ったことか。世の中理不尽なことなんて沢山あるんだから、いざそうなった時に潰れないよう、今からしっかり精神面を鍛えておけ。お前が必要とするなら俺がいくらでも手伝ってやる」
「ジオが?」
「ああ。俺はクリスと結婚するからな。言ってみればお前の母親代わりのようなものだ。いくらでも頼ってくれていいぞ!」
自信満々でそんなことを言ってくるジオラルドを見て、僕は目を見開く。
そしてジオラルドが言った言葉を何度も反芻してみる。
あんなに悩んでいたのに、何故か心が軽くなっている。
ジオが言ってくれた言葉の全部が全部分かったわけじゃない。
でも僕と父の血がちゃんと繋がっていて、別に皆に騙されていたわけじゃないことはわかったし、愛されているというのもちゃんとわかった。
祖父の姿は衝撃的だったけど、よく考えたら祖父母とはこれまで接点なんてなかったんだ。
僕が城に行かなければ会うこともなかった人達だし、案外気にするほどの事ではないのかもしれない。
ジオは僕の世界はまだまだ狭いと言った。
これから広がっていく世界で出会う沢山の人達を考えると、たった二人に嫌われるくらいどうってことはないだろう。たぶん。
うん。そう考えたら大丈夫な気がしてきた。
「ありがとう。ジオ」
「元気になったか?」
「うん」
「そうか。それならまずはクリスに会ってやれ。珍しく悩んでいたぞ?」
「父上が?」
「ああ。あれは立派な親バカだな。『反抗期かもしれない。ジオ、俺はどうしたらいいと思う?』と真剣に相談してきたからな。そんな引きこもっているだけの時間はただの時間の無駄だから、俺がこうして来てやったという次第だ」
その言葉に僕は思わず笑ってしまった。
どうやら二人は凄く仲が良いのがそれだけでわかってしまったから。
父がジオラルドに惹かれた気持ちはなんとなくわかる気がする。
だって僕はこの口の悪いちょっぴり破天荒な人を、この短い時間ですっかり気に入っていたのだから。
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