ディープラーニングから始まる青魔道士の快進撃

平尾正和/ほーち

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第1章

第0話 青魔道士ラーク

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 雲ひとつない空を、小型の飛竜が悠然と飛んでいる。

 それを追うように、ふたりの冒険者が『草原』を駆けていた。

 ダークブルーのコートに身を包んだ青年が前を走り、白いローブの女性がそのあとを追っている。

「ラーク、待って……! さすがに、しんどいわよっ!」

 ローブの女性はくすんだ金色の髪をなびかせながら、ダークグリーンの瞳に縋るような色を浮かべ、前を走る青年に声をかけた。

「ごめん、アンバー姉さん……やっと見つけたレッサーワイバーンなんだ! 逃すわけにはいかないんだよ!!」

 ラークと呼ばれた青年は朱色の髪を揺らしながら軽く振り向き、銀色の瞳で姉を一瞥すると、すぐさま前に向き直ってそのまま駆け続ける。

「ちょっとラーク!?」

 さらにペースを上げた弟に、アンバーは手にした杖を掲げて抗議したが、彼にうしろを気にする余裕はなさそうだった。

「ああっもう! こんなところで魔力の無駄遣いなんかしたくないのにっ……!」

 文句を言いながらも杖を持つ手にぐっと力を入れると、彼女の身体が淡く光る。
 次の瞬間、アンバーの走るペースが上がり、ラークとの差を詰め始めた。

 そんな姉の状態を気にすることなく、ラークは走りながら空に向かって拳を振り上げる。

「こらぁー! クソトカゲーッ!! こっちだよー!! 気付けよぉーっ!!」

 前を走るラークは悠然と飛行する小型の飛竜に向けて、自身の存在をアピールするように大声を上げたが、相手が気づく様子はない。

「あーもう! マイセンなら簡単に〈挑発〉して気を引けるのに……!」
「いない人のことを言ってもしょうがないでしょ」

 いつのまにか追いつき、併走するアンバーが、呆れたように声をかけ、腰のポーチからなにかを取り出す。

「ほら、これ使いなさい」

 それは両端に持ち手となる輪がついた、幅の広い紐だった。

「おっ、投石紐スリング! サンキュー姉さん」

 姉から投石紐を受け取ったラークは、飛竜を追いかけ続けながら地面に目を向ける。

「よし、あれにしよう!」

 手頃な大きさの石を見つけた彼は、走りながら身をかがめてそれを拾う。
 そして投石紐の中央に拾った石を乗せてふたつに折り、両端の輪を重ねて片手で握った。

「よーし、いくぞー」

 ラークは石を乗せた投石紐を回転するように振り回し始めた。
 その回転が勢いを増したところで足を止め、握った輪の片方を離す。

「おりゃー!」

 ブンッ! と風を切る音が鳴り、投げ出された石が勢いよく飛んでいく。

「ゲァッ!?」

 それは空を飛んでいた小型の飛竜、レッサーワイバーンに直撃した。

「よしっ!」

 ラークが拳を振り上げると、レッサーワイバーンが上空で旋回し、地面を見下ろす。
 そして自身を攻撃した犯人を見つけたのか、クワッと目を見開いた。

「ギュァーッ!!」

 敵意に満ちた雄叫びとともに、レッサーワイバーンが急降下してくる。

「ラーク、気をつけて!」

 自分より数歩うしろで立ち止まり、身構えた姉の声に無言で頷くと、ラークは投石紐を振り回し始めた。
 すでにふたつ目の石はセットしている。

「もう一発くらえっ!」

 敵が接近するよりも早く、今度は先ほどよりもコンパクトに振った投石紐から、石を飛ばす。

「ゲァッ……!」

 敵は大きく羽ばたいて急降下を止め、身をよじって石を避けた。

 続けてラークが石を拾うと、レッサーワイバーンはさらにはばたき、上空へと距離をとる。

「おっ」

 石を手に警戒していたラークが、なにかに気づいて声をあげると、敵は上空で大きく背を反らした。

「きたきたきたぁー!」

 敵の挙動に嬉しそうな声を上げながら、ラークは持っていた投石紐と石を投げ出し、コートのボタンに手をかける。
 視線の先では、滞空して背を反らすレッサーワイバーンの胸が大きく膨らんでいた。

「ラーク、無理しちゃだめだからね!」
「だいじょぶだいじょぶ! 準備だけよろしくー」

 姉の言葉に返事をしながら、ラークはコートを脱ぎ去ってインナー姿になった。

「言っとくけどあたし、【白魔道士】としてはまだ駆け出しみたいなものだからね!? あんまりアテにしないでよ!!」

 ラークの姉アンバーは、回復や支援、防御関連の魔法が得意な【白魔道士】というジョブに就いている。
 わけあって最近冒険者になった彼女は、そのジョブの力を使って弟のサポートをしていた。

 当のラークは姉の声が聞こえたのかどうか、敵の正面に立ち、身構えた。

「さあ、こい!!」
「カアアアアアアアアッ!!」

 ラークが叫ぶのと同時に、レッサーワイバーンの口から、熱風が吐き出された。

「うぎゃぁぁぁああああぁぁぁ……!!」

 敵の正面に立っていたラークは、高温の熱風を吐き出すレッサーワイバーンの特殊攻撃[ヒートブレス]をもろに食らった。

「うぅ……あつい……いたい……」

 ブレスを受けたラークが情けない呻きを漏らしながら、がっくりと膝をつく。
 肌の露出した部分は赤く焼け、ところどころに水ぶくれができていた。

「グォオオゥッ!」

 そこへ、レッサーワイバーンが襲いかかる。

「させないわよっ!」
「ギュァッ!?」

 アンバーがラークに駆け寄りながら杖をかざすと光の壁が現れ、敵を押し返した。
 【白魔道士】であるアンバーが、防御魔法[バリア]を使ったのだ。

「どう?」

 アンバーの問いかけに、ラークは首を横に振る。

「そう……」

 ラークの様子にアンバーは俯いたが、すぐ思い直したように顔を上げた。

「ラーク、回復を!」
「待って……!」

 アンバーの言葉を、ラークは手を上げて制した。

「も、いっかい……」
「ラーク!?」

 ふらつきながら立ち上がろうとするラークに、アンバーが慌てて寄り添う。

「バカいわないでっ! 軽い火傷やけどでも、広い範囲に負うと死んじゃうことだってあるのよ!?」

 そう言いながら彼を支えようとするアンバーを、ラークは軽く手で押しのけ、拒絶の意を伝えた。

「……まったく、アンタって弱いくせに昔っから頑固なところあったわよねぇ」

 アンバーは苦笑を浮かべて呆れたようにそう言ったあと、すぐに表情をあらためて真剣な眼差しをラークに向けた。

「ラーク、あと1回失敗したら諦めて。ただし、その前にあたしが危ないと判断したら、すぐに回復するからね?」
「うん……わかったよ」
「はぁ……」

 アンバーは弟の行動に呆れつつも、数歩下がって距離を取った。

 アンバーの魔法によって行動を阻まれたレッサーワイバーンが、先ほどと同じように上空で背を反らしている。

「さぁ……こいよっ……!」

 ふらつきながらも声を上げたラークだったが、敵の高度が先ほどよりも低く、胸の膨らみが小さいことに、気づいていない。
 アンバーもまた弟の状態を注視し、レッサーワイバーンを見ていなかった。

「ギャオオオオオオオオッ!!!!」

 次の瞬間、レッサーワイバーンの咆哮が響き渡った。
 直接ダメージを与えるヒートブレスとは違い、状態異常を引き起こす特殊攻撃である。

「くっ……!」
「きゃっ……!?」

 ラークだけでなく、近い位置にいたアンバーも咆哮の影響で硬直する。

「ちくしょう、油断した……!」

 敵に注意を向けていたラークは、間もなく動けるようになった。

「あ……う……」

 だがラークに意識を向けていたアンバーは、身動きが取れないままだった。
 そんな彼女へ、レッサーワイバーンの長い尾が襲いかかる。

「させる、かぁ……!」

 硬直のとけたラークが、なんとか敵とアンバーのあいだに割って入った。

「ラーク!?」
「ぐっ……ごほっ……!」

 間もなく硬直がとけたアンバーが叫ぶのと同時に、ラークの口から血がこぼれ落ちる。
 もりのようになった尾の先端が、彼の腹に深々と刺さっていた。

「うっ……ぐぁあっ!」

 すぐに敵が退き、尾が引き抜かれた。

 大きく開いた傷口から血が大量に流れ、インナーを赤く染め上げていく。

「ラーク、しっかりして!」

 必死に呼びかけるアンバーの声が、遠ざかる。

 そして――、

《ラーニング成功! [パラライズテイル]を習得》

 ――天の声が、彼の頭に響いた。

 ラークのジョブは【青魔道士】

 それは魔物からの攻撃を受け、特殊能力を習得する〈ラーニング〉によってのみ成長できる、希少なジョブだった。
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