13 / 30
第1章
幕間 アンバー・モーリス
しおりを挟む
アンバーは他の家族と違って、あまり戦闘に興味を持たなかった。
そのことを両親は特に咎めることもなかった。
歴代の辺境伯には内政に特化した人物もいたので、そういう子がひとりくらいいてもいいと考えたのだろう。
「あたしに勝てないようじゃ、魔境じゃ戦えないわよ」
「はぁ……はぁ……」
まだ10歳のラークが、ふたつ年上の姉を前に膝をつき、息を切らせている。
アンバーは忙しい家族に代わって、ラークの訓練によく付き合っていた。
戦闘に興味はない彼女だが、才能がないわけではない。
護身術にと武術の手ほどきをうけていたアンバーは、それなりの強さを誇っていた。
「まだまだー!」
立ち上がったラークが飛びかかってくる。
「ふふっ」
健気な弟の姿に、アンバーは思わず笑みを浮かべる。
彼女にとってラークは、不器用でかわいい弟だった。
15歳で【白魔道士】のジョブを授かったアンバーは、その時点ですでに父の補佐として事務作業に携わっていた。
「父さん、あたし文官になるわ」
「ええっ!? 待ってよアンバーちゃん! できればあなたには母さんの手伝いをしてほしいのだけど……」
「かまわん、好きにしろ」
「んもう……!」
回復役の増員を望む母は翻意を促したが、父フィリップは、娘の望みを優先した。
文官として本格的に働くようになったアンバーは、家を空けることが多くなった。
「あれは……ラークと、キース兄さんかしら?」
数日ぶりに帰宅すると、次兄がラークの訓練をしているのを見かけた。体術が得意な彼を鍛えるのに、【武闘僧】のキースは適任だろう。
ラークが比較的に体術に秀でていると見抜いたのは、アンバーだった。
「ふふっ……さすがにもう、勝てないわね」
キースの手ほどきを受けるラークの動きを見て、アンバーは少しだけ寂しげに呟いた。
18歳になったラークが【青魔道士】のジョブを授かった。
稀少かつ特殊で、鍛えるのが難しいジョブである。
ラークが父や兄に憧れ、ともに戦いたがっているのは知っていた。
だが、残念ながら戦闘には向かないジョブだった。
少なくとも防衛軍にはひとりもいなかった。
冒険者であっても早々にリタイアすることが多いと言われていた。
魔物の攻撃を受けることが前提となる〈ラーニング〉というスキルの特性上、死亡者も多い。
ラークには申し訳ないが、文官になってもらうのがいいだろう。
そう考え、彼女は弟を説得しようとした。
だがある日、弟は家を出てしまった。
「父さん、どういうことよ!?」
報せを受けて帰宅したアンバーは、父を問い詰めた。
「本当よ! あなた、いくらなんでも勝手すぎるわよ!!」
魔境にいるはずの母も、なぜかフィリップを詰問していた。
夫がなにかたくらんでいると妻の勘が働いたようで、いそいで引き返したようだった。
「ラークが望んだことだ」
静かに答えたフィリップだったが、額には汗が滲んでいた。
「ひどいじゃないですか、私たちに何の相談もなく……」
「相談すれば反対しただろう?」
「当たり前ですっ!」
「当たり前よ!」
「うっ……」
たとえドラゴンを前にしても眉ひとつ動かさない男が、わずかに顔をひきつらせていた。
「と、とにかくだ。ラークが決めたことだ。私はラークを応援すると決めていたし、そう伝えてもいた。だから、やりたいようにやらせてやってくれ」
詰め寄る母と娘を相手に、辺境伯はなんとか威厳を保ちつつそう言い切った。
「はぁ……あなたも一度言い出せば聞きませんからねぇ……」
「そういうとこ、ほんと父子よねぇ……」
フィリップの態度に、母娘そろってため息をつく。
「ところであなた、護衛にはだれをつけたのです?」
「護衛? 冒険者にそんなものは不要だろう」
「はぁ!? なに言ってんのよ父さん! あの子は【青魔道士】なのよ? ひとりで活動なんて危険すぎるわよ!!」
「だから迷宮都市を勧めておいた。あそこならすぐに仲間も見つかるだろう」
「すぐに見つかるとは限らないでしょう!?」
「こうしちゃいられないわ……母さん、あたし……!」
「そうね、最低限の引き継ぎはしておいてちょうだい」
「ええ、わかったわ」
「お、おい、待て、なにを言っている?」
「なにって、ラークを追いかけるに決まってるじゃない」
「いや、アンバーに抜けられると政務が……」
「そこはあなたが頑張るしかないわね」
「そんな……」
それからアンバーは数日で引き継ぎを終え、家を出ることになった。
「父さんは?」
「お仕事よ。魔境で暴れたくて仕方ないみたいだけど、当分はお預けね」
「ま、しょうがないわよね」
ふたりそろって肩をすくめたところで、アンバーは待たせていた馬車に乗り込む。
「あ、そうそう。あの子に伝えてちょうだい」
「なにを?」
「ソロは白銀票冒険者になってからって」
「うん、わかった。それまであたしがしっかりサポートするわ」
「もし仲間がいたらどうするの?」
「お金や物のやりくりなんかを手伝ってあげるわよ。そういうの、得意だから」
「そうね、頼りにしてるわ」
特別に手配した馬車のおかげで、アンバーはラークに先んじて迷宮都市へ到着できた。
再会したラークは運良くメンバーを見つけていた。
そこでアンバーは、パーティーの運営をサポートした。
まず彼女は、持参した資金で早めに装備を調えさせた。
その後も活動状況に適した拠点や物資の調達、資金のやりくりなどを彼女が手伝ったおかげで、パーティーの出世には目を瞠るものがあった。
ただ、【青魔道士】というジョブのせいで少しずつラークが取り残されていく姿を見るのは、少しつらかった。
それでも彼は自分にできることをし、それを評価できるメンバーに巡り会えたことは、本当に幸運なことだと思った。
そんなある日、魔王の代替わりと辺境行きが通達され、ラークは『幸運の一撃』の未来を思ってパーティーを抜けた。
「よかったの? あと少し頑張れば、あなたも白銀票冒険者になれたと思うけど?」
メンバーを見送って寂しそうにしている弟に、アンバーは問いかけた。
あとひとつランクを上げれば、ラークも一緒に辺境へと向かえたのだ。
そして『幸運の一撃』のメンバーは、むしろそれを望んでいた。
「父さんと約束したんだ。聖銀票冒険者になったら帰るって」
だがラークは、父との約束を違えるつもりはないようだった。
「あと3つもランクアップしなきゃだめじゃない。そもそも聖銀票冒険者になれるのなんて、ほんの一握りの冒険者だけでしょう?」
「でも、約束したから」
決意は、揺るぎそうになかった。
「まったく、頑固なんだから」
そういうところは、父に似ていると思った。
それからアンバーは、自身が冒険者となってラークを支えることにした。
戦うことはあまり好きではない。
だが、弟の力になれると思えば、どうということもなかった。
周辺の探索に慣れたラークのおかげで、活動は順調だった。
そんなある日のこと、『神殿』での探索中、アクシデントに見舞われ、死にかけた。
『しばらくは『草原』で姉さんの経験を積もう。ちょっと焦りすぎたんだよ』
少しの言い合いのあと、弟はそう言って部屋を出て行った。
「ふぅ……まったく」
退室する弟を見送ったアンバーは仰向けになり、額に腕を置くと、大きなため息をついた。
「弟の望みひとつ叶えられないなんて……」
ぼそりとそう呟くと、彼女は口の端をあげる。
「あたしがそんな情けない姉だと思ったら大間違いよ」
○●○●
2日も休めば普通に出歩けるようになった。
怪我は完全に治っており、あとは生命力の回復をまつだけだ。
さすがに活動できるほどではないが、日常生活には問題ない。
夜、アンバーは少し高級なレストランの個室にいた。
活動時の白いローブではなく、簡素なドレスに身を包んでいる。
「やぁ、待たせたね」
そこへ、エドモンが現れた。
彼も活動時とは異なり、少し小綺麗な格好をしている。
「気にしないで、時間通りよ」
エドモンが向かいに座ると、ワインが運ばれてきた。
「それじゃ、このあいだのお礼に」
アンバーはそう言って手にしたワイングラスを掲げる。
「あまり気を遣ってほしくはないんだけどね」
苦笑しつつ、エドモンもグラスを手に取る。
先日『神殿』で救われたお礼にと、アンバーが設けた席だった。
エドモンは何度も固持したのだが、アンバーとふたりきりなら、という条件で最後は彼が折れた。
アンバーにとっても、そのほうが都合がよかった。
しばらくは食事をしつつ世間話に花を咲かせた。
「ふふっ……アンバーさんは話が上手だね。こうも打ち解けられるとは思わなかったよ」
「あたしもエドモンくんと話すのは、楽しいわよ」
アンバーは文官として客人をもてなすことも多く、こうした会食が得意なのだ。
「ほんと、エドモンくんが近くにいてくれて助かったわ。本当にありがとうね。あなたは命の恩人よ」
「何度も言うけど、礼には及ばないよ。偶然通りかかっただけだからね」
「偶然、ね。本当に?」
エドモンを見つめるアンバーの瞳が、妖しく光る。
「……どういう意味かな?」
彼女の視線を受け、エドモンの顔から笑みが消える。
「よく考えればおかしいのよ。『神殿』はともかく、なぜ鋼鉄票冒険者のあなたが『草原』にいたのか」
アンバーが最初に助けられた『草原』は初心者向けのダンジョンであり、『最初の草原』といわれるような場所だ。
なぜそんなところに、ベテランとも言える4級冒険者のエドモンがいたのか。
「もしかして、なにか理由があってあたしたちをつけていたんじゃないかしら?」
その言葉にエドモンが小さく息を呑んだのを、アンバーは見逃さなかった。
妖しげな笑みを浮かべるアンバーを見つめていたエドモンが、ふっと身体を弛緩させ、ため息をついた。
「……どうやらお開きにしたほうがよさそうだね」
彼は小さく首を横に振りながら、苦笑を漏らす。
「ごちそうさま。今夜は楽しかったよ、少し前までは、だけど」
「いいの?」
立ち上がったエドモンに、アンバーが問いかける。
「なにがだい?」
「バラすわよ」
アンバーはそう告げて立ち上がり、エドモンに歩み寄る。
「……なにを知っている?」
「なにを知ってるのかしらね?」
アンバーは笑みを浮かべたまま、エドモンに寄り添う。
「あたしに隠し事なんて、できると思わないほうがいいわよ」
「……すべてお見通し、というわけか」
諦めたように彼はそう言い、ため息をついた。
「それで、なにが望みなんだい?」
「お願いをひとつ、聞いて欲しいのよ」
そのことを両親は特に咎めることもなかった。
歴代の辺境伯には内政に特化した人物もいたので、そういう子がひとりくらいいてもいいと考えたのだろう。
「あたしに勝てないようじゃ、魔境じゃ戦えないわよ」
「はぁ……はぁ……」
まだ10歳のラークが、ふたつ年上の姉を前に膝をつき、息を切らせている。
アンバーは忙しい家族に代わって、ラークの訓練によく付き合っていた。
戦闘に興味はない彼女だが、才能がないわけではない。
護身術にと武術の手ほどきをうけていたアンバーは、それなりの強さを誇っていた。
「まだまだー!」
立ち上がったラークが飛びかかってくる。
「ふふっ」
健気な弟の姿に、アンバーは思わず笑みを浮かべる。
彼女にとってラークは、不器用でかわいい弟だった。
15歳で【白魔道士】のジョブを授かったアンバーは、その時点ですでに父の補佐として事務作業に携わっていた。
「父さん、あたし文官になるわ」
「ええっ!? 待ってよアンバーちゃん! できればあなたには母さんの手伝いをしてほしいのだけど……」
「かまわん、好きにしろ」
「んもう……!」
回復役の増員を望む母は翻意を促したが、父フィリップは、娘の望みを優先した。
文官として本格的に働くようになったアンバーは、家を空けることが多くなった。
「あれは……ラークと、キース兄さんかしら?」
数日ぶりに帰宅すると、次兄がラークの訓練をしているのを見かけた。体術が得意な彼を鍛えるのに、【武闘僧】のキースは適任だろう。
ラークが比較的に体術に秀でていると見抜いたのは、アンバーだった。
「ふふっ……さすがにもう、勝てないわね」
キースの手ほどきを受けるラークの動きを見て、アンバーは少しだけ寂しげに呟いた。
18歳になったラークが【青魔道士】のジョブを授かった。
稀少かつ特殊で、鍛えるのが難しいジョブである。
ラークが父や兄に憧れ、ともに戦いたがっているのは知っていた。
だが、残念ながら戦闘には向かないジョブだった。
少なくとも防衛軍にはひとりもいなかった。
冒険者であっても早々にリタイアすることが多いと言われていた。
魔物の攻撃を受けることが前提となる〈ラーニング〉というスキルの特性上、死亡者も多い。
ラークには申し訳ないが、文官になってもらうのがいいだろう。
そう考え、彼女は弟を説得しようとした。
だがある日、弟は家を出てしまった。
「父さん、どういうことよ!?」
報せを受けて帰宅したアンバーは、父を問い詰めた。
「本当よ! あなた、いくらなんでも勝手すぎるわよ!!」
魔境にいるはずの母も、なぜかフィリップを詰問していた。
夫がなにかたくらんでいると妻の勘が働いたようで、いそいで引き返したようだった。
「ラークが望んだことだ」
静かに答えたフィリップだったが、額には汗が滲んでいた。
「ひどいじゃないですか、私たちに何の相談もなく……」
「相談すれば反対しただろう?」
「当たり前ですっ!」
「当たり前よ!」
「うっ……」
たとえドラゴンを前にしても眉ひとつ動かさない男が、わずかに顔をひきつらせていた。
「と、とにかくだ。ラークが決めたことだ。私はラークを応援すると決めていたし、そう伝えてもいた。だから、やりたいようにやらせてやってくれ」
詰め寄る母と娘を相手に、辺境伯はなんとか威厳を保ちつつそう言い切った。
「はぁ……あなたも一度言い出せば聞きませんからねぇ……」
「そういうとこ、ほんと父子よねぇ……」
フィリップの態度に、母娘そろってため息をつく。
「ところであなた、護衛にはだれをつけたのです?」
「護衛? 冒険者にそんなものは不要だろう」
「はぁ!? なに言ってんのよ父さん! あの子は【青魔道士】なのよ? ひとりで活動なんて危険すぎるわよ!!」
「だから迷宮都市を勧めておいた。あそこならすぐに仲間も見つかるだろう」
「すぐに見つかるとは限らないでしょう!?」
「こうしちゃいられないわ……母さん、あたし……!」
「そうね、最低限の引き継ぎはしておいてちょうだい」
「ええ、わかったわ」
「お、おい、待て、なにを言っている?」
「なにって、ラークを追いかけるに決まってるじゃない」
「いや、アンバーに抜けられると政務が……」
「そこはあなたが頑張るしかないわね」
「そんな……」
それからアンバーは数日で引き継ぎを終え、家を出ることになった。
「父さんは?」
「お仕事よ。魔境で暴れたくて仕方ないみたいだけど、当分はお預けね」
「ま、しょうがないわよね」
ふたりそろって肩をすくめたところで、アンバーは待たせていた馬車に乗り込む。
「あ、そうそう。あの子に伝えてちょうだい」
「なにを?」
「ソロは白銀票冒険者になってからって」
「うん、わかった。それまであたしがしっかりサポートするわ」
「もし仲間がいたらどうするの?」
「お金や物のやりくりなんかを手伝ってあげるわよ。そういうの、得意だから」
「そうね、頼りにしてるわ」
特別に手配した馬車のおかげで、アンバーはラークに先んじて迷宮都市へ到着できた。
再会したラークは運良くメンバーを見つけていた。
そこでアンバーは、パーティーの運営をサポートした。
まず彼女は、持参した資金で早めに装備を調えさせた。
その後も活動状況に適した拠点や物資の調達、資金のやりくりなどを彼女が手伝ったおかげで、パーティーの出世には目を瞠るものがあった。
ただ、【青魔道士】というジョブのせいで少しずつラークが取り残されていく姿を見るのは、少しつらかった。
それでも彼は自分にできることをし、それを評価できるメンバーに巡り会えたことは、本当に幸運なことだと思った。
そんなある日、魔王の代替わりと辺境行きが通達され、ラークは『幸運の一撃』の未来を思ってパーティーを抜けた。
「よかったの? あと少し頑張れば、あなたも白銀票冒険者になれたと思うけど?」
メンバーを見送って寂しそうにしている弟に、アンバーは問いかけた。
あとひとつランクを上げれば、ラークも一緒に辺境へと向かえたのだ。
そして『幸運の一撃』のメンバーは、むしろそれを望んでいた。
「父さんと約束したんだ。聖銀票冒険者になったら帰るって」
だがラークは、父との約束を違えるつもりはないようだった。
「あと3つもランクアップしなきゃだめじゃない。そもそも聖銀票冒険者になれるのなんて、ほんの一握りの冒険者だけでしょう?」
「でも、約束したから」
決意は、揺るぎそうになかった。
「まったく、頑固なんだから」
そういうところは、父に似ていると思った。
それからアンバーは、自身が冒険者となってラークを支えることにした。
戦うことはあまり好きではない。
だが、弟の力になれると思えば、どうということもなかった。
周辺の探索に慣れたラークのおかげで、活動は順調だった。
そんなある日のこと、『神殿』での探索中、アクシデントに見舞われ、死にかけた。
『しばらくは『草原』で姉さんの経験を積もう。ちょっと焦りすぎたんだよ』
少しの言い合いのあと、弟はそう言って部屋を出て行った。
「ふぅ……まったく」
退室する弟を見送ったアンバーは仰向けになり、額に腕を置くと、大きなため息をついた。
「弟の望みひとつ叶えられないなんて……」
ぼそりとそう呟くと、彼女は口の端をあげる。
「あたしがそんな情けない姉だと思ったら大間違いよ」
○●○●
2日も休めば普通に出歩けるようになった。
怪我は完全に治っており、あとは生命力の回復をまつだけだ。
さすがに活動できるほどではないが、日常生活には問題ない。
夜、アンバーは少し高級なレストランの個室にいた。
活動時の白いローブではなく、簡素なドレスに身を包んでいる。
「やぁ、待たせたね」
そこへ、エドモンが現れた。
彼も活動時とは異なり、少し小綺麗な格好をしている。
「気にしないで、時間通りよ」
エドモンが向かいに座ると、ワインが運ばれてきた。
「それじゃ、このあいだのお礼に」
アンバーはそう言って手にしたワイングラスを掲げる。
「あまり気を遣ってほしくはないんだけどね」
苦笑しつつ、エドモンもグラスを手に取る。
先日『神殿』で救われたお礼にと、アンバーが設けた席だった。
エドモンは何度も固持したのだが、アンバーとふたりきりなら、という条件で最後は彼が折れた。
アンバーにとっても、そのほうが都合がよかった。
しばらくは食事をしつつ世間話に花を咲かせた。
「ふふっ……アンバーさんは話が上手だね。こうも打ち解けられるとは思わなかったよ」
「あたしもエドモンくんと話すのは、楽しいわよ」
アンバーは文官として客人をもてなすことも多く、こうした会食が得意なのだ。
「ほんと、エドモンくんが近くにいてくれて助かったわ。本当にありがとうね。あなたは命の恩人よ」
「何度も言うけど、礼には及ばないよ。偶然通りかかっただけだからね」
「偶然、ね。本当に?」
エドモンを見つめるアンバーの瞳が、妖しく光る。
「……どういう意味かな?」
彼女の視線を受け、エドモンの顔から笑みが消える。
「よく考えればおかしいのよ。『神殿』はともかく、なぜ鋼鉄票冒険者のあなたが『草原』にいたのか」
アンバーが最初に助けられた『草原』は初心者向けのダンジョンであり、『最初の草原』といわれるような場所だ。
なぜそんなところに、ベテランとも言える4級冒険者のエドモンがいたのか。
「もしかして、なにか理由があってあたしたちをつけていたんじゃないかしら?」
その言葉にエドモンが小さく息を呑んだのを、アンバーは見逃さなかった。
妖しげな笑みを浮かべるアンバーを見つめていたエドモンが、ふっと身体を弛緩させ、ため息をついた。
「……どうやらお開きにしたほうがよさそうだね」
彼は小さく首を横に振りながら、苦笑を漏らす。
「ごちそうさま。今夜は楽しかったよ、少し前までは、だけど」
「いいの?」
立ち上がったエドモンに、アンバーが問いかける。
「なにがだい?」
「バラすわよ」
アンバーはそう告げて立ち上がり、エドモンに歩み寄る。
「……なにを知っている?」
「なにを知ってるのかしらね?」
アンバーは笑みを浮かべたまま、エドモンに寄り添う。
「あたしに隠し事なんて、できると思わないほうがいいわよ」
「……すべてお見通し、というわけか」
諦めたように彼はそう言い、ため息をついた。
「それで、なにが望みなんだい?」
「お願いをひとつ、聞いて欲しいのよ」
0
あなたにおすすめの小説
チート魔力はお金のために使うもの~守銭奴転移を果たした俺にはチートな仲間が集まるらしい~
桜桃-サクランボ-
ファンタジー
金さえあれば人生はどうにでもなる――そう信じている二十八歳の守銭奴、鏡谷知里。
交通事故で意識が朦朧とする中、目を覚ますと見知らぬ異世界で、目の前には見たことがないドラゴン。
そして、なぜか“チート魔力持ち”になっていた。
その莫大な魔力は、もともと自分が持っていた付与魔力に、封印されていた冒険者の魔力が重なってしまった結果らしい。
だが、それが不幸の始まりだった。
世界を恐怖で支配する集団――「世界を束ねる管理者」。
彼らに目をつけられてしまった知里は、巻き込まれたくないのに狙われる羽目になってしまう。
さらに、人を疑うことを知らない純粋すぎる二人と行動を共にすることになり、望んでもいないのに“冒険者”として動くことになってしまった。
金を稼ごうとすれば邪魔が入り、巻き込まれたくないのに事件に引きずられる。
面倒ごとから逃げたい守銭奴と、世界の頂点に立つ管理者。
本来交わらないはずの二つが、過去の冒険者の残した魔力によってぶつかり合う、異世界ファンタジー。
※小説家になろう・カクヨムでも更新中
※表紙:あニキさん
※ ※がタイトルにある話に挿絵アリ
※月、水、金、更新予定!
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
『25歳独身、マイホームのクローゼットが異世界に繋がってた件』 ──†黒翼の夜叉†、異世界で伝説(レジェンド)になる!
風来坊
ファンタジー
25歳で夢のマイホームを手に入れた男・九条カケル。
185cmのモデル体型に彫刻のような顔立ち。街で振り返られるほどの美貌の持ち主――だがその正体は、重度のゲーム&コスプレオタク!
ある日、自宅のクローゼットを開けた瞬間、突如現れた異世界へのゲートに吸い込まれてしまう。
そこで彼は、伝説の職業《深淵の支配者(アビスロード)》として召喚され、
チートスキル「†黒翼召喚†」や「アビスコード」、
さらにはなぜか「女子からの好感度+999」まで付与されて――
「厨二病、発症したまま異世界転生とかマジで罰ゲームかよ!!」
オタク知識と美貌を武器に、異世界と現代を股にかけ、ハーレムと戦乱に巻き込まれながら、
†黒翼の夜叉†は“本物の伝説”になっていく!
少し冷めた村人少年の冒険記 2
mizuno sei
ファンタジー
地球からの転生者である主人公トーマは、「はずれギフト」と言われた「ナビゲーションシステム」を持って新しい人生を歩み始めた。
不幸だった前世の記憶から、少し冷めた目で世の中を見つめ、誰にも邪魔されない力を身に着けて第二の人生を楽しもうと考えている。
旅の中でいろいろな人と出会い、成長していく少年の物語。
クラス全員で転移したけど俺のステータスは使役スキルが異常で出会った人全員を使役してしまいました
髙橋ルイ
ファンタジー
「クラス全員で転移したけど俺のステータスは使役スキルが異常で出会った人全員を使役してしまいました」
気がつけば、クラスごと異世界に転移していた――。
しかし俺のステータスは“雑魚”と判定され、クラスメイトからは置き去りにされる。
「どうせ役立たずだろ」と笑われ、迫害され、孤独になった俺。
だが……一人きりになったとき、俺は気づく。
唯一与えられた“使役スキル”が 異常すぎる力 を秘めていることに。
出会った人間も、魔物も、精霊すら――すべて俺の配下になってしまう。
雑魚と蔑まれたはずの俺は、気づけば誰よりも強大な軍勢を率いる存在へ。
これは、クラスで孤立していた少年が「異常な使役スキル」で異世界を歩む物語。
裏切ったクラスメイトを見返すのか、それとも新たな仲間とスローライフを選ぶのか――
運命を決めるのは、すべて“使役”の先にある。
毎朝7時更新中です。⭐お気に入りで応援いただけると励みになります!
期間限定で10時と17時と21時も投稿予定
※表紙のイラストはAIによるイメージです
魔法使いが無双する異世界に転移した魔法の使えない俺ですが、陰陽術とか武術とか魔法以外のことは大抵できるのでなんとか死なずにやっていけそうです
忠行
ファンタジー
魔法使いが無双するファンタジー世界に転移した魔法の使えない俺ですが、陰陽術とか武術とか忍術とか魔法以外のことは大抵できるのでなんとか死なずにやっていけそうです。むしろ前の世界よりもイケてる感じ?
攻撃魔法を使えないヒーラーの俺が、回復魔法で最強でした。 -俺は何度でも救うとそう決めた-【[完]】
水無月いい人(minazuki)
ファンタジー
【HOTランキング一位獲得作品】
【一次選考通過作品】
---
とある剣と魔法の世界で、
ある男女の間に赤ん坊が生まれた。
名をアスフィ・シーネット。
才能が無ければ魔法が使えない、そんな世界で彼は運良く魔法の才能を持って産まれた。
だが、使用できるのは攻撃魔法ではなく回復魔法のみだった。
攻撃魔法を一切使えない彼は、冒険者達からも距離を置かれていた。
彼は誓う、俺は回復魔法で最強になると。
---------
もし気に入っていただけたら、ブクマや評価、感想をいただけると大変励みになります!
#ヒラ俺
この度ついに完結しました。
1年以上書き続けた作品です。
途中迷走してました……。
今までありがとうございました!
---
追記:2025/09/20
再編、あるいは続編を書くか迷ってます。
もし気になる方は、
コメント頂けるとするかもしれないです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる