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第1章
第14話 ディープラーニング
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さらに数日が経った。
ここへ来て半月が過ぎようとしている。
その日も100匹以上のレッドキャップを狩り、なんの成果もなく安全地帯に戻ると、猫獣人が待っていた。
「兄さん、見てくだせぇ」
彼の手には、ジョブペディアがあった。
「ああ、ついに手に入れたんだね!」
「へぃ、ようやくでさ」
あのあと、彼は一度町へ帰った。
もしかするともう戻ってこないかもしれないと思ったが、翌日には姿を見せ、狩りを再開していた。
それからは前よりもペースを上げてがんばっており、それがついに報われたようだ。
「ここで使っていくかい?」
「もちろんでさ!」
それから彼はジョブペディアを開き、ジョブチェンジを終えた。
「どう?」
「あー、どうやら【斥候】のままでやすね」
「そっか」
ジョブペディアは、必ずジョブチェンジができるわけではない。
ほかに適性のあるジョブがなければ、前と同じになってしまうのだ。
それでも男は嬉しそうだった。
「いいスキルを手に入れた?」
「へい」
ジョブペディアに同じジョブが出た場合、新たなスキルを覚えられる。
しかも、かなり高位のスキルを習得できるケースが多いようだ。
「見てくだせぇ」
そう言い終えるが早いか、男の姿が消えた。
「えっ?」
「こっちでさ」
その声に振り返ると、20歩ほど先に男の姿があった。
「いつの間に――!?」
そして次の瞬間、彼はラークの目の前にいた。
「それってもしかして……」
「へぃ、〈縮地〉でさぁ」
それは一瞬で距離を詰める【斥候】の上位スキルだった。
原理としては短距離転移のようなもので、見える範囲の少し先に移動できる。
実際にその空間を移動しているわけではないので、トラップなども無視できるというすぐれものだ。
熟練すれば100歩以上の距離を移動できるが、壁抜けなどはできない。
白銀票冒険者のセッターですら習得していないスキルだった。
「これであっしも、ちったぁ戦えやすかねぇ」
「ちょっとどころじゃないよ」
〈縮地〉を戦闘に応用すれば、前衛攻撃役として充分に戦えるだろう。
「ま、しばらくは調子に乗らず、『草原』で訓練するとしやすかね」
彼は満足げにそう言い残し、去って行った。
○●○●
さらに半月が経った。
相変わらず、成果はない。
「ギャブァ……!」
繰り出した拳が、レッドキャップの頭に直撃する。
青魔法ゆえ拳に返る衝撃はないが、頭を砕く感触だけはなんとなく伝わってきた。
視界の端に赤い帽子を捉えたラークは、魔石も拾わずふらふらとした足取りで通路を歩く。
そして発見した新たな敵へ駆け寄るなり、後ろ回し蹴りを食らわせた。
「はぁ……はぁ……」
乱れた呼吸のまま、彼は塔内を練り歩く。
足下はおぼつかず、身体はゆらゆらと揺れていたが、敵を見つけるなり構えは整い、一撃で魔物を狩っていく。
頬はそげ、目は落ちくぼみ、浅い呼吸を繰り返す彼は、今日もひたすらレッドキャップを狩り続けた。
歩き続け、戦いを繰り返すことによる疲労もさることながら、安全地帯に誰もいなくなったことがなによりつらかった。
まともに、休めないのだ。
ウトウトしている際に何度か襲撃を受け、浅くない傷を負ったこともあった。
「なんで……だれもいないんだよ……」
猫獣人が去ってすぐ、ひとりでいることの危険に気づいたラークは、他の安全地帯を回って自分以外の冒険者を探したのだが、誰とも出会わなかった。
通常だれかしらいるこのエリアに、この時期に限って誰もいないのだ。
「もう、限界かもしれない……」
レッドキャップの落とす赤い帽子を細く切り裂いてできた紐と霊薬の空き瓶と合わせて鳴子を作り、不意打ちに備えた。
それでも、まともに眠れない日が続いている。
「あと1匹……」
それでだめなら、帰ろう。
そう決めた。
このままここで無理をして死んでしまっては元も子もない。
そもそもこのエリアに誰もいないことが異常であり、もしかすると町でなにか起こっている可能性もあった。
「ゲペッ……」
最後の1匹と決めたレッドキャップを倒したが、赤い帽子しか出なかった。
「帰ろう……」
とぼとぼと、帰路につく。
その途中、新たな敵に遭遇した。
「あー、もう! 邪魔なんだよ」
数歩先にいるレッドキャップに向かって、ウィンドスラッシュを放つ。
明らかに過剰な攻撃だが、これだけ疲れていても魔力にはまだ余裕があった。
「ゲギッ……」
風の刃に首を落とされた敵がどさりと倒れ、消滅する。
「嘘だろ……?」
泣き別れたレッドキャップの首と胴が消滅したあとに、分厚い本が現れたのだった。
○●○●
ジョブペディアを手に入れたラークは、最初にいた安全地帯へ戻る道すがら、出会ったレッドキャップを倒していった。
そこなら周辺の敵を倒しておけば、ジョブチェンジの時間を充分に確保できるとわかっていたからだ。
町に戻ってから使うほうがいいに決まっている。
そんなことはわかりきっていた。
だが、待ちきれなかった。
長期間にわたる過酷な作業が、ラークから正常な判断能力を奪っていたのかもしれない。
とにかく彼は、一刻も早くジョブチェンジしたかったのだ。
「さて……」
袋小路の最奥部に辿り着いたラークは、ポーチから数十本はあろうかという霊薬の空き瓶を取り出し、あたりに転がした。
仮に敵が現れたとしても、これで数秒は稼げるはずだ。
「よし……!」
ちょっとした罠を仕掛けたところで彼は壁に背を預けて座り、ジョブペディアを開いた。
開いたページには文字が書かれていたが、読めなかった。
それでも、内容は理解できる。
情報が、頭の中に流れ込んでくるようだった。
そんな不思議な体験も、ほどなく終わりを迎えた。
幸い、敵に襲われることはなかった。
やがてラークの身体が淡い光りに包まれ、ジョブペディアは消滅した。
「はぁぁぁ……」
ラークは座ったまま背中を丸めながら、大きく息を吐き出す。
「俺ってヤツは……」
そこで彼は、ゆっくりと身体を起こす。
「俺ってヤツはどこまで青魔道士の適性が高いんだよぉ!!」
ジョブペディアを使ってなお、彼は【青魔道士】のままだった。
「まいったなぁ……」
他のジョブなら、新たにスキルを得られるのだが、青魔道士には〈ラーニング〉と、そこから派生する〈青魔法〉以外のスキルがない。
「でも……」
だがそれは確認されていないだけの話だ。
青魔道士のジョブを授かり、ジョブペディアでも青魔道士を引き当てた者はいない。
辺境で暮らしていたころに調べた限りではあるが、もし前例があればあの家族がかならずその情報を見つけていたはずだ。
「ジョブペディアでしか得られないスキルが、あったんだ」
そう呟いたラークは立ち上がり、くいっと口角をあげる。
「〈ディープラーニング〉……ふふふ」
それが、ラークが新たに得たスキルだった。
「学んだことから、新たな学びを得るスキル、か」
使い方は、なんとなくだがわかっていた。
それを実際に試してみる。
「ふぅ……」
ラークは軽く腰を落とし、呼吸を整えると、正拳突きを繰り出した。
「ふっ! はっ! せぁっ……!」
ゴブリンパンチからコボルトキック、ヘッドバット、そしてチャージと、続けて青魔法を繰り出していく。
「ふぅ……うん」
最後に呼吸を整えて構えをとき、小さく頷いた。
「動きが、違う」
これまでも体術系の青魔法を連続で使ったことはあったが、あくまで単発の攻撃を続けている、という状態だった。
ひとつの青魔法を撃ち終えたあと、わずかながら動きがリセットされるような感覚があったのだ。
それが、いまは流れるように繰り出すことができた。
「実戦で試してみよう」
とりあえずあたりにばら撒いた霊薬の空き瓶を拾い集めたあと、エリアを歩いてレッドキャップを探す。
「ゲギギッ」
「おっ、いたいた」
ラークは発見した敵に駆け寄るなり、ゴブリンパンチを食らわせた。
「グペッ……!」
「まだだぞ!」
頭を打たれて絶命したレッドキャップが消滅するより早く、コボルトキックとヘッドバットを食らわせ、最後にチャージで吹っ飛ばしてトドメを刺す。
敵は地面に落ちるより早く消滅した。
《ディープラーニング成功! [フルコンタクト]を習得》
そしてラークの頭に、天の声が響いた。
ここへ来て半月が過ぎようとしている。
その日も100匹以上のレッドキャップを狩り、なんの成果もなく安全地帯に戻ると、猫獣人が待っていた。
「兄さん、見てくだせぇ」
彼の手には、ジョブペディアがあった。
「ああ、ついに手に入れたんだね!」
「へぃ、ようやくでさ」
あのあと、彼は一度町へ帰った。
もしかするともう戻ってこないかもしれないと思ったが、翌日には姿を見せ、狩りを再開していた。
それからは前よりもペースを上げてがんばっており、それがついに報われたようだ。
「ここで使っていくかい?」
「もちろんでさ!」
それから彼はジョブペディアを開き、ジョブチェンジを終えた。
「どう?」
「あー、どうやら【斥候】のままでやすね」
「そっか」
ジョブペディアは、必ずジョブチェンジができるわけではない。
ほかに適性のあるジョブがなければ、前と同じになってしまうのだ。
それでも男は嬉しそうだった。
「いいスキルを手に入れた?」
「へい」
ジョブペディアに同じジョブが出た場合、新たなスキルを覚えられる。
しかも、かなり高位のスキルを習得できるケースが多いようだ。
「見てくだせぇ」
そう言い終えるが早いか、男の姿が消えた。
「えっ?」
「こっちでさ」
その声に振り返ると、20歩ほど先に男の姿があった。
「いつの間に――!?」
そして次の瞬間、彼はラークの目の前にいた。
「それってもしかして……」
「へぃ、〈縮地〉でさぁ」
それは一瞬で距離を詰める【斥候】の上位スキルだった。
原理としては短距離転移のようなもので、見える範囲の少し先に移動できる。
実際にその空間を移動しているわけではないので、トラップなども無視できるというすぐれものだ。
熟練すれば100歩以上の距離を移動できるが、壁抜けなどはできない。
白銀票冒険者のセッターですら習得していないスキルだった。
「これであっしも、ちったぁ戦えやすかねぇ」
「ちょっとどころじゃないよ」
〈縮地〉を戦闘に応用すれば、前衛攻撃役として充分に戦えるだろう。
「ま、しばらくは調子に乗らず、『草原』で訓練するとしやすかね」
彼は満足げにそう言い残し、去って行った。
○●○●
さらに半月が経った。
相変わらず、成果はない。
「ギャブァ……!」
繰り出した拳が、レッドキャップの頭に直撃する。
青魔法ゆえ拳に返る衝撃はないが、頭を砕く感触だけはなんとなく伝わってきた。
視界の端に赤い帽子を捉えたラークは、魔石も拾わずふらふらとした足取りで通路を歩く。
そして発見した新たな敵へ駆け寄るなり、後ろ回し蹴りを食らわせた。
「はぁ……はぁ……」
乱れた呼吸のまま、彼は塔内を練り歩く。
足下はおぼつかず、身体はゆらゆらと揺れていたが、敵を見つけるなり構えは整い、一撃で魔物を狩っていく。
頬はそげ、目は落ちくぼみ、浅い呼吸を繰り返す彼は、今日もひたすらレッドキャップを狩り続けた。
歩き続け、戦いを繰り返すことによる疲労もさることながら、安全地帯に誰もいなくなったことがなによりつらかった。
まともに、休めないのだ。
ウトウトしている際に何度か襲撃を受け、浅くない傷を負ったこともあった。
「なんで……だれもいないんだよ……」
猫獣人が去ってすぐ、ひとりでいることの危険に気づいたラークは、他の安全地帯を回って自分以外の冒険者を探したのだが、誰とも出会わなかった。
通常だれかしらいるこのエリアに、この時期に限って誰もいないのだ。
「もう、限界かもしれない……」
レッドキャップの落とす赤い帽子を細く切り裂いてできた紐と霊薬の空き瓶と合わせて鳴子を作り、不意打ちに備えた。
それでも、まともに眠れない日が続いている。
「あと1匹……」
それでだめなら、帰ろう。
そう決めた。
このままここで無理をして死んでしまっては元も子もない。
そもそもこのエリアに誰もいないことが異常であり、もしかすると町でなにか起こっている可能性もあった。
「ゲペッ……」
最後の1匹と決めたレッドキャップを倒したが、赤い帽子しか出なかった。
「帰ろう……」
とぼとぼと、帰路につく。
その途中、新たな敵に遭遇した。
「あー、もう! 邪魔なんだよ」
数歩先にいるレッドキャップに向かって、ウィンドスラッシュを放つ。
明らかに過剰な攻撃だが、これだけ疲れていても魔力にはまだ余裕があった。
「ゲギッ……」
風の刃に首を落とされた敵がどさりと倒れ、消滅する。
「嘘だろ……?」
泣き別れたレッドキャップの首と胴が消滅したあとに、分厚い本が現れたのだった。
○●○●
ジョブペディアを手に入れたラークは、最初にいた安全地帯へ戻る道すがら、出会ったレッドキャップを倒していった。
そこなら周辺の敵を倒しておけば、ジョブチェンジの時間を充分に確保できるとわかっていたからだ。
町に戻ってから使うほうがいいに決まっている。
そんなことはわかりきっていた。
だが、待ちきれなかった。
長期間にわたる過酷な作業が、ラークから正常な判断能力を奪っていたのかもしれない。
とにかく彼は、一刻も早くジョブチェンジしたかったのだ。
「さて……」
袋小路の最奥部に辿り着いたラークは、ポーチから数十本はあろうかという霊薬の空き瓶を取り出し、あたりに転がした。
仮に敵が現れたとしても、これで数秒は稼げるはずだ。
「よし……!」
ちょっとした罠を仕掛けたところで彼は壁に背を預けて座り、ジョブペディアを開いた。
開いたページには文字が書かれていたが、読めなかった。
それでも、内容は理解できる。
情報が、頭の中に流れ込んでくるようだった。
そんな不思議な体験も、ほどなく終わりを迎えた。
幸い、敵に襲われることはなかった。
やがてラークの身体が淡い光りに包まれ、ジョブペディアは消滅した。
「はぁぁぁ……」
ラークは座ったまま背中を丸めながら、大きく息を吐き出す。
「俺ってヤツは……」
そこで彼は、ゆっくりと身体を起こす。
「俺ってヤツはどこまで青魔道士の適性が高いんだよぉ!!」
ジョブペディアを使ってなお、彼は【青魔道士】のままだった。
「まいったなぁ……」
他のジョブなら、新たにスキルを得られるのだが、青魔道士には〈ラーニング〉と、そこから派生する〈青魔法〉以外のスキルがない。
「でも……」
だがそれは確認されていないだけの話だ。
青魔道士のジョブを授かり、ジョブペディアでも青魔道士を引き当てた者はいない。
辺境で暮らしていたころに調べた限りではあるが、もし前例があればあの家族がかならずその情報を見つけていたはずだ。
「ジョブペディアでしか得られないスキルが、あったんだ」
そう呟いたラークは立ち上がり、くいっと口角をあげる。
「〈ディープラーニング〉……ふふふ」
それが、ラークが新たに得たスキルだった。
「学んだことから、新たな学びを得るスキル、か」
使い方は、なんとなくだがわかっていた。
それを実際に試してみる。
「ふぅ……」
ラークは軽く腰を落とし、呼吸を整えると、正拳突きを繰り出した。
「ふっ! はっ! せぁっ……!」
ゴブリンパンチからコボルトキック、ヘッドバット、そしてチャージと、続けて青魔法を繰り出していく。
「ふぅ……うん」
最後に呼吸を整えて構えをとき、小さく頷いた。
「動きが、違う」
これまでも体術系の青魔法を連続で使ったことはあったが、あくまで単発の攻撃を続けている、という状態だった。
ひとつの青魔法を撃ち終えたあと、わずかながら動きがリセットされるような感覚があったのだ。
それが、いまは流れるように繰り出すことができた。
「実戦で試してみよう」
とりあえずあたりにばら撒いた霊薬の空き瓶を拾い集めたあと、エリアを歩いてレッドキャップを探す。
「ゲギギッ」
「おっ、いたいた」
ラークは発見した敵に駆け寄るなり、ゴブリンパンチを食らわせた。
「グペッ……!」
「まだだぞ!」
頭を打たれて絶命したレッドキャップが消滅するより早く、コボルトキックとヘッドバットを食らわせ、最後にチャージで吹っ飛ばしてトドメを刺す。
敵は地面に落ちるより早く消滅した。
《ディープラーニング成功! [フルコンタクト]を習得》
そしてラークの頭に、天の声が響いた。
応援ありがとうございます!
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