ディープラーニングから始まる青魔道士の快進撃

平尾正和/ほーち

文字の大きさ
26 / 30
第1章

第22話 最後の一撃

しおりを挟む
(だからって……!)

 セーラムを置いて逃げて、いいのだろうか。

 冒険者として考えるなら、ここで生き延び、オリヴァの情報をギルドに伝えるのが正解だ。

 だが、辺境伯家に身を置いていた者として、父の名に恥じるような真似はしたくない。

(ちがう、そうじゃない!)

 頭に浮かびそうになった父や、家族たちの姿を消し去るように、ラークは頭を振る。

(俺が、そうしたくないんだ!)

 それは自己満足そのものの、小さな意地だった。
 だがそれを曲げるのなら、最初から家を出たりはしなかった。

 自分の意地を貫き通すため、家族のもとを離れて冒険者になったのだ。
 ここでセーラムを見捨ててしまえば、たとえ生き残ったとしても後悔に満ちた人生を歩むことになるだろう。

 ラークは、覚悟を決めた。

「オリヴァ、取引をしよう」
「んー、取引だってぇ?」

 オリヴァが、興味深げな視線をラークに向ける。

 ただ、歩みを止めることはない。

「おとなしくついていくよ。だから彼女を見逃してくれ」
「ラーク!!」

 ラークの言葉に、セーラムが抗議の声を上げる。

 提案を聞いたオリヴァだったが、呆れたように眉を下げていた。

「キミ、ワタシの話を聞いていたのかい? ワタシはここでそのムスメを殺し、青魔道士くんを連れて帰る。キミの意志は関係ない」

 そしてラークへの興味を失ったかのように、セーラムへと視線を戻す。

(くそ……!)

 今度こそ、万策尽きた。

 勝ち目はない。

 セーラムを見捨てれば逃げられるが、それはしたくなかった。

 だが、そんな意地を張って、町を危険にさらしてもいいのだろうか。

「ラーク、早く逃げるんだ!」
「逃げたければご自由に。このムスメを殺したら、すぐに追いかけてあげよう」

 オリヴァはあと数歩でセーラムに届くというところまで近づいていた。

 彼女は青ざめた顔に汗を滲ませている。
 もう、魔力が枯渇しかけているのだろう。
 [チャージ]を食らわせれば、多少は吹っ飛ばせるかもしれないが、それも悪あがきの域を出ない行為だ。

 セーラムを連れて逃げようとすれば妨害魔法が解除され、オリヴァはすぐにふたりを捕捉するに違いない。

(ほかに、なにか手は……!)

 ラークが打開策を練っているあいだに、オリヴァはさらに一歩進む。

「……と思ったけど、やっぱり面倒だね」

 不意にオリヴァはそう言うと、ラークを見た。

「がぁっ!!」

 腹に衝撃を受け、そのあとに激痛が走る。

「そこで、じっとしているといい」

 呪いを受けたラークは、痛みのせいでその場に膝をつき、腹を押さえてうずくまった。

「ラーク!!」

 悲鳴のような声がコアルームに響き、そのあとに天の声が続いた。

《ラーニング成功! [呪撃]を習得》

「ラーク、早く回復を!!」

 うずくまるラークを横目に見ながら、セーラムが訴える。
 だが彼はうずくまったまま、動く様子がない。
 小さく呼吸はしているが、それが精一杯のようだった。

「あぁ……そんな……」

 そんなラークの姿を目の当たりにしたセーラムが、その場にへたり込む。

「ようやくあきらめたかね」

 妨害魔法が解除されたのか、オリヴァは背筋をのばしてたち、身体をほぐすように何度か肩を回した。

「では、先にムスメを始末するとしようかねぇ」

 オリヴァは一歩踏み出してセーラムの前に立つと、その傍らでうずくまるラークを見下ろした。

「キミはそこでおとなしくしているといい」

 淡々とそう告げると、オリヴァはふたたびセーラムを見た。

 そして、嗜虐的な笑みを浮かべる。

「さぁ覚悟はいいかな? せっかくだから父親と同じ呪いで殺してあげよう」
「好きに、しろ……」

 諦めたように呟くセーラムに、オリヴァは手をかざす。

 彼の手から呪いが放たれようとした、まさにその瞬間。

 ――ドンッ!!

 鈍い音とともに、オリヴァが吹っ飛んだ。

「ごはぁっ!」

 地面に倒れ込んだオリヴァが、脇腹を押さえて血を吐き出す。

「ラー……ク……?」

 セーラムが隣を見ると、ラークは拳を突き出した状態で止まっていた。

 立ち上がりざまに繰り出した正拳突きが、オリヴァの脇腹を打ったのだと、わかった。

「いやぁ……いまのは、効いたねぇ……」

 脇腹を押さえて呟きながら、オリヴァがゆらりと立ち上がる。

「ゲホッ! ゴホッ……! これは……?」

 彼はさらに何度か咳き込んで血を吐き、よろめいた。

「ああ、そうか……これは、呪い……まんまとラーニングしたわけだねぇ……」

 そこでオリヴァは顔を上げ、ラークを見る。

「なるほど、ワタシは敵に塩を送ってしまったわけか……まったく、青魔道士というのはおもしろいねぇ……ククク」

 そしてオリヴァはラークを見据えたまま、嘲るような笑みを浮かべた。

「だが、残念だったねぇ。ワタシの呪いでワタシを倒せるとでも、思ったのかねぇ」

 オリヴァはニタニタと笑いながら、打たれた脇腹に手を当てる。

「ワタシ自身の呪いだけじゃないよ? 【呪術士】であるワタシに解けない呪いなんて、どこにも――ゴホッ!?」

 オリヴァは大きく咳き込んでよろめき、膝をついた。

「呪いが……解けない……? そんなはずが……ゲェホォッ! ゴボボ……」

 何度も咳き込んでいたオリヴァは、地面に手をつき、大量の血を吐き出し続けた。

 そんなオリヴァの姿を、ラークは拳を突き出したままの状態で、じっと見据えていた。

 そうやって敵を警戒しながら、先ほど頭に流れた天の声を思い出す。

《ディープラーニング成功! [カウントゼロ]を習得》

 最後に[呪撃]を受けたラークは、[黒癒]による回復をやめて、反撃に出ることにした。

 だが[呪撃]をそのまま返しても、倒せるかどうかはわからなかった。

 いや、どう考えても勝てないと、そう考えた。

 そこで〈ディープラーニング〉による新魔法習得の可能性に懸けたのだった。

 そして[呪撃]や[黒癒]、[フルコンタクト]に限らず、すべての青魔法を混ぜ合わせるようにイメージした結果、[カウントゼロ]を習得できたのである。

「ああっ……これは……存在が……崩れる……? ああああっ! イタい! イタいよ……! 助けて……!!」

 オリヴァは痛みにのたうち回っていた。

[カウントゼロ]を受けた脇腹を中心に、グズグズと身体が崩れているように見えた。

「ああああああああぁぁぉぉぉおおおおお願いだ……助けてくれよぉ……ワタシは、こんなところで、死にたく……ぎゃああああああっ!!」

 もがき苦しむオリヴァの身体から、ブチリと嫌な音がした。

 見れば、上半身と下半身とがちぎれていた。

 むき出しになった内臓や骨も、やがて黒ずみ、崩れ落ちていく。

「なあああああああっ! たのむぅぅぅっ……たのむよぉぉぉっ! キミたちならぁ……たすけられるだろぉぉおおぉおおぉ!?」

 悲鳴混じりにそう言いながら、オリヴァは地面に爪を立て、ラークたちのほうへ這い寄ってくる。

 ああなってしまっては、いかな腕利きの白魔道士でも回復はできないだろう。

 可能性があるとすれば、回復ではなく回帰ともいうべき[黒癒]のみであったが、それにしたところで効果があるとは限らない。

 仮に効果があったとしても、無意味だった。

「悪いね、ボクたちにはもう、魔力が残っていない」

 セーラムはそう言って、わざとらしく肩をすくめた。

「ああぁぁぁああぁぁあるだろぉおぉおおおぉ……霊薬ポーションとかああぁぁ……うぎぃいいぃぃいっ!!」

 崩壊は、胸のあたりにまで届こうとしていた。

「万分の一でもいい、父さんの苦しみを、思い知れ」

 苦しむオリヴァに、セーラムは冷たく言い放つ。

「ぎゃああああああああ――」

 ぷつりと糸が切れた人形のように、オリヴァは動きを止めた。

 心臓が、崩れたのだろう。

 やがて彼の身体は完全に崩れ去り、あとには何も残らなかった。

「よし……」

 オリヴァの消滅を見届けたラークの身体が、ゆらりと倒れる。

 ――ッ!!

 遠くから、声が聞こえたような気がした。

 自分をのぞき込む、セーラムの顔が見える。

 彼女は涙を流して、なにかを訴えていた。

 ――しっかりしろ! 死ぬな!!

(死ぬだなんて、大げさな……)

 そう言ったつもりだったが、声は出なかった。

 身体の感覚が、なくなっていく。

 セーラムは相変わらず、泣きじゃくっている。

 その姿が、白くぼやけていく。

 ――死んじゃやだよ! ラーク!!

 セーラムの声が聞こえる。

 その直後に、別の声が頭に響いた。

《[カウントゼロ]の効果によりすべての青魔法を忘却》
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

チート魔力はお金のために使うもの~守銭奴転移を果たした俺にはチートな仲間が集まるらしい~

桜桃-サクランボ-
ファンタジー
金さえあれば人生はどうにでもなる――そう信じている二十八歳の守銭奴、鏡谷知里。 交通事故で意識が朦朧とする中、目を覚ますと見知らぬ異世界で、目の前には見たことがないドラゴン。 そして、なぜか“チート魔力持ち”になっていた。 その莫大な魔力は、もともと自分が持っていた付与魔力に、封印されていた冒険者の魔力が重なってしまった結果らしい。 だが、それが不幸の始まりだった。 世界を恐怖で支配する集団――「世界を束ねる管理者」。 彼らに目をつけられてしまった知里は、巻き込まれたくないのに狙われる羽目になってしまう。 さらに、人を疑うことを知らない純粋すぎる二人と行動を共にすることになり、望んでもいないのに“冒険者”として動くことになってしまった。 金を稼ごうとすれば邪魔が入り、巻き込まれたくないのに事件に引きずられる。 面倒ごとから逃げたい守銭奴と、世界の頂点に立つ管理者。 本来交わらないはずの二つが、過去の冒険者の残した魔力によってぶつかり合う、異世界ファンタジー。 ※小説家になろう・カクヨムでも更新中 ※表紙:あニキさん ※ ※がタイトルにある話に挿絵アリ ※月、水、金、更新予定!

『25歳独身、マイホームのクローゼットが異世界に繋がってた件』 ──†黒翼の夜叉†、異世界で伝説(レジェンド)になる!

風来坊
ファンタジー
25歳で夢のマイホームを手に入れた男・九条カケル。 185cmのモデル体型に彫刻のような顔立ち。街で振り返られるほどの美貌の持ち主――だがその正体は、重度のゲーム&コスプレオタク! ある日、自宅のクローゼットを開けた瞬間、突如現れた異世界へのゲートに吸い込まれてしまう。 そこで彼は、伝説の職業《深淵の支配者(アビスロード)》として召喚され、 チートスキル「†黒翼召喚†」や「アビスコード」、 さらにはなぜか「女子からの好感度+999」まで付与されて―― 「厨二病、発症したまま異世界転生とかマジで罰ゲームかよ!!」 オタク知識と美貌を武器に、異世界と現代を股にかけ、ハーレムと戦乱に巻き込まれながら、 †黒翼の夜叉†は“本物の伝説”になっていく!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

修復スキルで無限魔法!?

lion
ファンタジー
死んで転生、よくある話。でももらったスキルがいまいち微妙……。それなら工夫してなんとかするしかないじゃない!

少し冷めた村人少年の冒険記 2

mizuno sei
ファンタジー
 地球からの転生者である主人公トーマは、「はずれギフト」と言われた「ナビゲーションシステム」を持って新しい人生を歩み始めた。  不幸だった前世の記憶から、少し冷めた目で世の中を見つめ、誰にも邪魔されない力を身に着けて第二の人生を楽しもうと考えている。  旅の中でいろいろな人と出会い、成長していく少年の物語。

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

攻撃魔法を使えないヒーラーの俺が、回復魔法で最強でした。 -俺は何度でも救うとそう決めた-【[完]】

水無月いい人(minazuki)
ファンタジー
【HOTランキング一位獲得作品】 【一次選考通過作品】 ---  とある剣と魔法の世界で、  ある男女の間に赤ん坊が生まれた。  名をアスフィ・シーネット。  才能が無ければ魔法が使えない、そんな世界で彼は運良く魔法の才能を持って産まれた。  だが、使用できるのは攻撃魔法ではなく回復魔法のみだった。  攻撃魔法を一切使えない彼は、冒険者達からも距離を置かれていた。 彼は誓う、俺は回復魔法で最強になると。  --------- もし気に入っていただけたら、ブクマや評価、感想をいただけると大変励みになります! #ヒラ俺 この度ついに完結しました。 1年以上書き続けた作品です。 途中迷走してました……。 今までありがとうございました! --- 追記:2025/09/20 再編、あるいは続編を書くか迷ってます。 もし気になる方は、 コメント頂けるとするかもしれないです。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

処理中です...