ディープラーニングから始まる青魔道士の快進撃

平尾正和/ほーち

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第1章

第25話 新たな冒険の始まり

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 翌日の昼過ぎ。
 ラーク、アンバー、セーラムの3人は、ギルドマスターの執務室にいた。

 セーラムの事情をすべて知っているチェブランコに、今回の件を詳しく報告するためだ。

 そう、ギルドマスターのチェブランコは、先代【赤魔道士】エドモンが先代魔王モンテクリストであること、そしてセーラムがその血を引いた魔族であることも、すべて知っていた。

 昨夜遅くに帰ってきてぐっすり眠っていたところをラークに叩き起こされたアンバーは、最初のほうこそぼんやりとしていたが、話を聞くにつれ目を見開き、表情をこわばらせた。

「えっと……先代魔王? セーラム? エドモンくんが女性で、魔族?」

 そして大いに混乱した。

「ちょっとまって姉さん、全部お見通しじゃなかったの?」
「少なくともあの日、ボクにはそう言ってたはずけど……違うのかい?」
「いやぁ……あはは……なんていうか、思ってたのと違うっていうか……」
「はぁ……やっぱりなぁ……」

 姉の態度に、ラークはがっくりと肩を落として大きく息を吐き出す。

「そんなことじゃないかと思ってたんだよ。姉さんは賢くて勘も鋭いけど、たまにそれが変な方向にいっちゃうんだからさ」
「あはは……」
「どうせ姉さんのことだから〝エドモンくんがあたしに惚れてるからそれを利用してお願いを聞いてもらっちゃおう! あわよくば抱いてもらえるかもー〟なんてことを考えてたんじゃないの?」
「う、うるさいわね……!」

 顔を真っ赤にして抗議するアンバーは、まんまと弟に図星を突かれたようだった。

「……そんなことを考えてたのかい?」

 心底呆れたようなセーラムの態度に、アンバーはさらに顔を赤らめる。

「だってしょうがないじゃない! ピンチに都合よく現れて助けてくれるんだもの、そりゃあたしに気があるのかなって思っちゃうわよ! そもそも『神殿』はともかくなんで鋼鉄票冒険者スティールタグが『草原』にいるのよ! おかしいでしょ!? そりゃ勘違いもするでしょうよ!!」
「あー、それは俺も気になってたんだよね。『廃坑』へ一緒にいった最初のうちは【赤魔道士】エドモンの正体を知らないものだから、剣術がへったクソなくせにえげつない効果の妨害魔法や回復魔法を使うこいつは何者なんだ? 『草原』や『神殿』で俺たちを待ち伏せしてたんじゃないか? もしかしてなんか企んでんじゃないの? とか思ったし」
「し、失礼だな……!」
「ったく、姉弟そろってよくしゃべる……」

 セーラムが抗議し、チェブランコが呆れたようにぼそりと呟く。

「ボクはただ、キミたちを気にかけていただけで……」
「俺たちを?」
「そうだとも。ラークは突然ソロになったというし、経験の浅いアンバーさんが冒険者になるというし、心配だったんだよ」

 セーラムにとって、父の治療を了承してくれた辺境伯夫妻と、あの日話し相手になってくれたラークは特別な存在だった。
 少女時代の生活と、彼らの存在があったからこそ、人間に対して悪感情を持たずに済んだといってもいい。

「だから、しばらく様子を見ていようと思ったんだ。そしたらキミたちは危なっかしいもんだから、目が離せなくてね」
「む……」
「……悪かったわね」

 クスクス笑うセーラムから、ラークとアンバーはバツが悪そうに目を逸らした。

「よし、誤解も解けたようだな」

 そこで空気を変えるように、チェブランコが声を上げ、パンと手を叩いた。

「それで、お前らこれからどうする?」
「これから、ですか?」
「ああ。町の防衛に残ってくれるってんならありがたいが、しばらくすれば落ち着くだろうからな。ひと月後くらいには辺境への第二陣を考えている」

 つまり、望むなら辺境行きも可能だと、言いたいのだろう。

「お気遣いありがとうございます。でも俺、やりたいことができたので」

○●○●

 大氾濫スタンピード終息からおよそひと月後。

 ラークとアンバー、そしてセーラムの姿は、『草原』にあった。

「本当に、いいんだね?」
「ああ、もちろん」

 セーラムの問いかけに、ラークが答える。
 辺境いきと町への残留の両方を断ったラークは、旅に出ると告げて、迷宮都市を去ることにした。

 それに、アンバーとセーラムも同行することとなった。

「俺としては姉さんが心配なんだけどな」
「あら、言っておくけどあたし、相当腕を上げたのよ?」

 彼女はそう言いながら、首にかけた鋼鉄製の認識票をこれ見よがしに掲げる。

 アンバーは大氾濫スタンピードの際、治療院でひたすら怪我人の回復に努めた。
 その経験と生来の才能もあってめきめきと能力を伸ばした。
 そして治療院での功績が認められ、異例のランクアップとなったのだ。

「俺たちに自慢されてもねぇ」
「だね」

 そう言うふたりの首には、白銀に輝く認識票があった。
 彼らも魔人討伐の功績を認められ、ランクアップしていたのだ。

「むぅ……言っておくけど、3ヶ月未満で鋼鉄票冒険者スティールタグなんて前代未聞なんだからね!」
「まぁ、それはすごいよね、確かに」

 3人がパーティーを組めば、さらなる躍進も期待できるだろう。
 チェブランコの見立てでは、1年以内に全員が黄金票冒険者ゴールドタグに到達できるということただった。
 辺境にいけば、聖銀票冒険者ミスリルタグも見えてくるだろう、とも。

 だがラークは、その両方を断って、旅に出ると決めた。

 目的地は決まっている。

「魔界へいけば、俺はもっと強くなれる」

 オリヴァと戦って[呪撃]をラーニングし、アビリティを大幅に上昇できたように。
 セーラムのおかげで[黒癒]を習得できたように。

「魔族と関わることで、俺はどんどん強くなれるんだ」

 ふと、オリヴァの言葉を思い出す。

 ――貴重な戦力となる青魔道士が手に入るとはねぇ。

 あのときはよくわからなかったが、いまならわかる。
 ラークは魔族と戦うことで、あるいは手を取り合うことで、際限なく強くなれるのだ。

 ならばいつか、あの背中に追いつくことができるかもしれない。
 遙かなる高みにある父と、そして家族と肩を並べて戦う日々が、訪れるのかもしれない。

 そんな未来を実現するために、ラークは魔界へいくと決めたのだった。


「でも、ほんとうに隠し通路があるのか? この『草原』に?」

 『草原』は広く、ギルドもその全容を知っているわけではない。
 だからといって、ここから魔界へと通じる道があるなどとは、到底信じられなかった。

「第三魔王が隠蔽しているからね。あると知らなければ、絶対に見つけられないよ」

 ラークの問いかけに、セーラムは自信ありげに答えた。

「それと、前にも説明したけど、ここを抜けてすぐ魔界に到着するわけじゃない」
「別のダンジョンを、いくつも抜ける必要があるんだよね」

 魔界へいくためには、この『草原』を抜けた先にある複数のダンジョンを越えなくてはならなかった。

 『草原』よりも遙かに過酷な荒野、極寒の地に立ち塞がる氷壁、灼熱の溶岩が流れる洞窟、そしてそれらのダンジョンに棲息する強い魔物たち。

 過酷な環境と凶悪な敵のなかを切り抜けなければ、魔界へは辿り着けないという。

「こちらへくるときは第三魔王が護衛をつけてくれたからよかったけど、ボクひとりなら半日とかからず死んでいただろうね」

 セーラムは当時を思い出し、自嘲気味に呟いた。

「ごめんな、付き合わせちゃって」
「いいよ。もう、人界に用はないしね」

 セーラムが人界を訪れたのは、父を母と同じ墓に弔うためだった。
 その目的を果たしたあともこちらに残ったのは、魔界へ帰る理由がなかったからだ。

 だがオリヴァを父の仇と知り、彼を討ったことで、心に区切りがついた。

 なら、そろそろ魔界に帰るのもいいだろう。

 彼女はそう思ったのだった。

「それに、キミの頼みは断れないしね」

 ラークは命の恩人であり、ともに父の仇を討ってくれた仲間だが、それだけが理由ではない。

「なによりキミたちと過ごすのは、楽しそうだから」

 彼らと一緒にいれば、これまでよりも楽しいことが起こりそうな気がするのだ。

 それはきっと、父と穏やかに過ごしていたのとはまた違った、心躍る日々になるだろう。
 目の前に苦難は待ち受けているが、それでも彼らと一緒なら乗り越えられるに違いない。

 なにか根拠があるわけではないが、彼女はそう確信していた。


「ところでラーク、青魔法の再習得は進んでいるのかい?」
「それが全然。ようやくひとつってところ」

 ラークはそう言うと、その場で正拳突きを披露した。

「それは、ゴブリンパンチかい?」
「そう。最弱の青魔法ってやつ」

 この1ヶ月、ラークは格闘系の青魔法だけでも再習得しようと訓練を続けたが、結局うまくいかなかった。

「たぶん、実戦のほうが効率がいいと思うから、道すがらがんばるよ」
「大丈夫なのかい?」
「ああ。オリヴァのおかげで、いまなら青魔法なしでもドレイクを倒せるくらいには強くなってるし、それに」

 そこでラークはセーラムに微笑みかける。

「セーラムが教えてくれた[弱化]があるからさ」

 それはセーラムが使っていた妨害魔法で、ラークは彼女の協力を得てそれをすでにラーニングしていた。

「かなりすごい魔法だよね、これ」
「まぁ、使い勝手はいいね」

 [弱化]は対象のあらゆる能力を下げ、弱体化する。
 その結果、攻撃力、防御力、敏捷性、反応速度、思考能力にいたるまで、低下させられるのだ。

「そりゃセーラムのへっぽこ剣術でも通用するわけだよ」
「悪かったね、へっぽこで」
「あはは、ごめんごめん。まぁ、ちょっとは成長したみたいだし」

 先日の報告の際にラークが言った『剣術がへったクソ』というのを気に留めたチェブランコによって、セーラムはこのひと月かなり搾られていた。
 その成果もあり、少しはマシになっている。

「それにしても、ディープラーニングねぇ。青魔道士にそんな可能性があるとは、思いもしなかったわ」

 アンバーが思い出したように呟く。

「さっそく新しい魔法を作ったんでしょ?」
「うん。[リダクトアタック]ね」

 セーラムの協力で[弱化]を習得したラークは、それと[ゴブリンパンチ]を〈ディープラーニング〉で組み合わせて[リダクトアタック]という新たな青魔法を習得していた。

「いまのアビリティなら、こいつで小型のドラゴンくらいは倒せると思うよ」
「それはすごいね」
「だろ? 最弱の青魔法も捨てたもんじゃない、ってね」
「最弱の青魔法、か……」

 不意に、セーラムが考え込むような仕草を見せる。

「どうしたの?」
「いや、ラーニングというのは、生命の危機に関わるような大きなダメージを受けたときに成功しやすいと聞いてね」
「まぁ、そういうところはあるね」
「だから、最弱の青魔法であるゴブリンパンチは、意外と習得が難しいという話だろう? ラークはどうやってラーニングを成功させたのか、気になってね」
「あー、いや、それは……」
「ぷっ……くくっ……!」

 とぼけるラークの隣で、アンバーが吹き出す。

「アンバーさん?」
「くくくっ……いえ、あのときは、大変だったわねぇ」
「ちょっと、姉さん」
「セーラムちゃん、聞きたい?」

 窘める弟の声を無視して、アンバーは意地の悪い笑みを浮かべたまま、セーラムに尋ねる。

「なんだか面白そうな話のようだから、ぜひ」
「だめだよ姉さん。っていうかなんで知ってるの? あのときいなかったよね?」
「白魔道士のワカバちゃんから聞いたのよ、治療が大変だったって……ふふっ」
「くっ……ワカバのやつ……!」
「なるほど、やはり大けがを負ったんだね」
「いやいや、そんな大した話じゃ……」
「あら、ある意味人生が終わりかけてたじゃない、男として」
「姉さん!?」
「ますます気になるね」
「セーラム、だめ! キミに聞かせるような話じゃないから!」
「あら、セーラムちゃんに秘密だなんてかわいそうよ」
「そうだね。ボクだけのけものなんて、悲しいな」
「もう、かんべんしてよ……」

 この先にどんな冒険が待ち受けているのか、彼らはまだ知りようもないが、賑やかな旅になることは間違いなさそうだ。

 3人はそれぞれ期待と不安を胸に抱きながら、草原を歩くのだった。
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