簡雍が見た三国志 ~劉備の腹心に生まれ変わった俺が見た等身大の英傑たち~

平尾正和/ほーち

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第一章 黄巾の乱

再会

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 当初、張角ちょうかくのいる冀州きしゅう鉅鹿郡きょろくぐんを目指す予定だった鄒靖すうせいは、俺たちを含む義勇軍と官軍とを率いて、南方を目指して進んだ。
 とりあえず盧植は善戦しているようなので、苦戦している皇甫嵩と朱儁のほうに加勢するためだろう。
 とはいえ、太平道の武装蜂起は各地で起こっており、それらを無視してまっすぐ南下するわけにはいかない。
 俺たちは鄒靖に率いられながら、各地を転戦しつつ南を目指した。
 戦えば必ず勝つ、といった具合だったが、なにせ連中は数が多い。
 倒しても倒してもどこからともなく現れるので、進軍は遅々として進まず、結局四月中旬に幽州を出発した俺たちが、冀州きしゅうを縦断し、洛陽をスルーして荊州けいしゅうにたどり着いたころには七月も終わろうとしていた。

「そういや巴郡はぐんで叛乱がおこったらしいな」
「ああ。五斗米道ごとべいどうといって、太平道の流れは汲むが、別の集団らしいね」

 俺の問いかけに、劉備は暗い表情のまま答える。
 かくいう俺も、酷い顔をしているんだろうけど。

 俺たちはいま、荊州けいしゅう南陽郡なんようぐん宛県城えんけんじょうを包囲する、朱儁率いる官軍に合流している。
 一時は波才はさい率いる十万を相手に敗走した官軍だったが、皇甫嵩こうほすうの焼き討ちが功を奏して撃退に成功。
 さらに曹操と朱儁が皇甫嵩に合流し、みごと波才を討ち倒したのだった。
 一方、宛県城を占領していた張曼成ちょうまんせいは、新たに南陽太守に任命された秦頡しんけつによって討ち取られた。
 しかしすぐに趙弘ちょうこうが後を引き継いで十万人を集めて宛県城に籠もり、現在朱儁率いる官軍が包囲し続けている、という状況だ。

「とまれ」

 劉備、関羽、張飛、そして田豫でんよとともに官軍の野営地を歩き、士官が集まるあたりに着いたところで、俺たちは見張りの兵に止められた。

「どこの所属だ?」
すう校尉こうい麾下きかの劉玄徳と申します」
「鄒校尉の? ああ、義勇兵か。悪いが義勇兵ごときをここから先に通すわけにはいかん」

 まぁ、官軍と違って、義勇兵は身元がきっちり保証されてるわけじゃないからな。
 これはセキュリティ上仕方のないことだ。

「お手数をおかけして申し訳ないのですが、この先にえん本初ほんしょどのがおられるはずですので、おう子伯しはくがきたと、お伝え願えますか?」

 劉備はそう言うと、見張りの兵に金を握らせた。

「ま、まぁ伝えるだけは伝えてやるが、無視されてもしらんぞ?」
「ええ、かまいませんよ」

 この野営地には、袁紹がいることを知った俺たちは、鄒靖の許可を得て別行動を取り、彼に会いに来ていた。
 会えるかどうかは運次第だったが、ほどなく俺たちは奥に通された。

「子伯どの! 久しいなっ!!」

 明るい口調とともに現れた袁紹だったが、表情は暗い。
 どこの戦場も、似たような状況なんだろう。

「あのときはお世話になりました、本初どの」
「ところで子伯どの、劉玄徳なる人物はどちらかな?」
「だまされるな。そいつが劉玄徳だ」

 袁紹の影から小柄な人物が現れ、会話に割って入る。

「おい孟徳もうとく、お前いきなりはなにを?」

 友人の言葉を無視し、曹操は劉備を睨みつけた。
 目の下には濃いクマができており、イケメンぶりが半減していた。

「王子伯などというのは偽名だろう?」

 どうやらお見通しらしい。

「お前が劉玄徳だな」

 劉備はまず劉玄徳と名乗り、続けて“王子伯が来た”と伝えてもらったので、王子伯とは別に劉玄徳なる人物がいる、と袁紹は考えていたのだろう。
 だが曹操は、王子伯というのが偽名だと見抜き、目の前の男が劉玄徳だと考えたわけだ。

「ええ、その通りです」

 劉備は驚き、そして観念したように白状する。

「弁明はあるか?」
「事情があったとはいえ、あのとき部尉どのを欺いて洛陽に入城したことについては、この場を借りて謝罪を」
「ふんっ!」

 曹操は短く鼻を鳴らしたかと思うと、一気に踏み込み、劉備の頬に右フックをかました。

「ぐっ……!」

 関羽と張飛が反応するより早く、劉備に一撃を入れるとは、こいつ相当な腕の持ち主だな。

「キサマっ!」
「てめぇっ!!」
「雲長! 益徳! よせっ!」

 一瞬遅れて反応したふたりの弟分を、劉備はよろけながら制止した。
 その時点で曹操はすでに一歩引き、かわりに別の男がふたり、前に出ている。
 ひとりは中背でがっしりとしていて、もうひとりは少し細身で背が高い。
 その男たちと、関羽、張飛が至近距離でにらみ合あった。

元譲げんじょう妙才みょうさい、さがれ」

 なるほど、このふたりはかの有名な曹操麾下の宿将、夏侯惇かこうとん夏侯淵かこうえんか。
 別の機会に会えたら、感動していたかも知れないな。

「雲長、益徳、さがりなさい」

 体勢を取り戻した劉備は、ふたりの肩に手を置き、下がらせた。
 それをみて、夏侯惇と夏侯淵もさがり、ふたたび劉備と曹操が対峙する。

「今回はこれで勘弁してやる」
「曹騎都尉きといの寛大なる処遇に感謝いたします」

 劉備はそう言って、うやうやしく頭を下げた。
 ちなみに騎都尉ってのがいまの曹操の役職で、中隊長くらいの立ち位置かな。

「おいおい、いったいなんなんだお前たち!? 私にもわかるように事情を説明してくれ!!」

 突然の出来事に呆然としていた袁紹が気を取り直し、尋ねてきたので、劉備はあのときの事情を説明した。

「お、おい、まさか子伯……いや、玄徳どのが、あの役人を……?」

 青ざめる袁紹に、劉備はふるふると頭を振った。

「私はとうに話があってあの屋敷を訪れたのですが、そのときすでに、彼は殺されていました。あのとき益徳がいなければ、私もどうなっていたか」

 嘘はついていない。
 もし先客がいなければ、あの役人と多少なりとも言葉を交わしていただろうしな。
 問題があるとすれば、真犯人がこのなかにいるってことだけど。

「そ、そうか、ならば問題ない……よな、孟徳?」
「しらん。その事件が起きたのは俺が洛陽を離れたあとだからな」

 ぷいっと顔を背けた曹操に、袁紹は苦笑を漏らし、劉備に向き直った。

「そういえば君らは、鄒校尉の麾下にあるのだったな。どうだ、そちらの状況は?」

 袁紹の質問に、劉備は苦い顔をしたがなにも答えず、ばつがわるそうに目を逸らした。

「その様子だと、もう連中のと戦闘は経験済みか……」
「……ええ、何度も」

 しばらく沈黙が続く。
 周りを見れば、その場にいる全員が、暗い表情を浮かべていた。
 そしてほどなく、袁紹がどこか虚ろな笑みを浮かべる。

「私たちは、いったいなにと戦っているんだろうなぁ……?」

 穏やかな調子ながらも、自嘲を孕む袁紹の言葉に、劉備は息を呑み、曹操は舌打ちした。
 どんよりと思い空気が支配する野営地で、未来の英傑たち囲まれているにもかかわらず、俺の心は一切動かなかった。

「まぁ、立ち話もなんだ。茶でも飲みながら、お互いの状況を話し合おうじゃないか」

 袁紹の提案で、俺たちは彼の幕舎に招き入れられた。
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