4 / 55
Prologue
楽しさ
しおりを挟む気が付いたら、目覚めの感覚を味わった。
何かが、僕の頬を突いて、それで目が覚めた。
「う…ん?」
肌に、暖かさを感じる。
家の中では感じた事が無い、不思議な暖かさだった。
何かに突かれたと考えていたけれど、太陽の陽射しが僕の頬に差し込んでいたんだ。
外…だろうか?うっすらと開けた視界に、挿しこむ木漏れ日が僕に降り注いでいるのが見えた。
木々の隙間、しかし確かな明りは僕を照らしてくれている。
「ここ…は…?」
体を動かしてみると、いつもとは違う不思議な感覚に襲われた。
改めて視線を下に、自分の体を見下ろしてみる。
「小さくなってる?」
そこで、ファーリエルさんが言っていた言葉を思い出した。
『体の成長を五年間頂くわ』
そうか、それで僕は小さくなっているんだ。
そしてここが、厳しくも…僕の望む物が見られる世界。
ファーリエルさんの優しさが、まだ少し心に残っている。
何故か、明確には思い出せないあの人の姿を思いだそうとすると…何か靄が掛かったみたいで…。
だけど、頑張って頑張って、ぼやけた輪郭を明確にしていく。忘れたくないから、絶対に覚えていたい人だから。
ようやく明確な姿を思い出せた。
思い出したら、不思議と涙が溢れてきた。
「…うぅ」
優しかった。本当に優しかった。
誰かと一緒にいられる幸せを、久しぶりに噛みしめた。
「うぅううぅ」
木漏れ日が与えてくれる暖かさに、彼女の触れていた部分が覚えている熱を喚起させた。
もっとありがとうと言いたかった。
もっと、もっと一緒にいたかった。
「うぅ、う、うわぁああああぁあぁああぁああん!!」
涙だけじゃない、声も溢れた。
悲しみと喜びが同時に襲ってきた。
今はもう感じることが出来ない暖かさを思い出して、僕はただ泣いた。
どれ程時間が経ったのだろうか、僕は涙に濡れる頬をぬぐって、その場に立ち上がった。
「行こう…約束を果たさなきゃ」
ここにいたら、生きていけない。
街だ。街を探そう。
僕の様な少年でも働ける場所があるといいな。
無ければ…別の街へと移るしかないだろうな。
「体が軽い…まるで僕の体じゃ無いみたいだ」
以前の僕の身体とは比較にならない程に動かしやすい、まるで、走れるかの様に感じる。
そう考えて、僕は徐々に歩幅を開き始めた。
最初は大股で歩くだけだった。しかし、段々とその速度は上がり、僕は気が付けば走り出していた。
風が頬を撫で、目の前の景色が目まぐるしく変化していく。
そこに僕は、世界の広がりを感じた。
走りながら、様々な景色が目に飛び込んでくる。
「あれが木!あれが鳥!あれが空!」
本の中の世界では無い、夢見た様な外の世界。
木々が自然の中に根付き、鳥達が独特のハーモニーを演奏する。
それらの頭上には広い広い空が青々としたキャンバスを広げている。
「はは、あはは、あははははは!」
笑ったのはいつぶりだろうか?
そもそも、僕は笑ったことがあっただろうか?
楽しさって、こうやって胸の内から溢れ出てくる物だったんだ!
「あははは、あはははは!」
開けた場所に辿りついて、僕はごろんと横になった。
起きぬけで走ったのがいけなかったのか、それともこれまで走ったことが無かったのが原因なのか、急激な疲れが僕に降りかかった。
楽しさをこんなに感じる事が出来るなんて、元気な体って…凄いんだな。
僕は、こういう幸せを知らなかった。
自分の幸せが広がる事も幸せで、新しい幸せを知る事も幸せで…幸せが、溢れてる。
これまでの人生に、心から感謝したい。
僕は自分の人生を不幸だと思った事は無い、だって、生きていたから。
生きる事が幸せな事だって、病弱だった僕はよく知ってるんだ。
何度も死にそうになって、その度に苦しい想いをしたから、ただ生きているだけが僕には幸せだった。
肌で感じる冷たさも、誰かに怒鳴られて震える鼓膜も、死にそうになっている時には感じる事が出来ないんだ。
だから、僕はこれまで幸せに生きていた。
楽しいと感じた事は無くても、生きている幸せは確かに感じていたんだ。
「あぁ…なんだか、眠いや」
街までの距離は分からない、今は、眠い、寝てしまおう。
僕は、鳥達が奏でる子守唄を耳に、眠りへと就いた。
自然の中で、初めての自然の中で―――。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。
☆ほしい
ファンタジー
アークライト子爵家の四歳の末娘リリアは、家族から存在しないものとして扱われていた。食事は厨房の残飯、衣服は兄姉のお下がりを更に継ぎ接ぎしたもの。冷たい床で眠る日々の中、彼女は高熱を出したことをきっかけに前世の記憶を取り戻す。
前世の彼女は、ブラック企業で過労死した経理担当のOLだった。
ある日、父の書斎に忍び込んだリリアは、ずさんな管理の家計簿を発見する。前世の知識でそれを読み解くと、父による悪質な横領と、家の財産がすでに破綻寸前であることが判明した。
「この家は、もうすぐ潰れます」
家族会議の場で、リリアはたった四歳とは思えぬ明瞭な口調で破産の事実を突きつける。激昂した父に「疫病神め!」と罵られ家を追い出されたリリアだったが、それは彼女の望むところだった。
手切れ金代わりの銅貨数枚を握りしめ、自由を手に入れたリリア。これからは誰にも縛られず、前世で夢見た美味しいものをたくさん食べる生活を目指す。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね
竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。
元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、
王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。
代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。
父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。
カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。
その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。
ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。
「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」
そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。
もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる