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Prologue
髭の人
しおりを挟む何かが、僕を上下に揺すっていた。
「…い…おい…」
人、だろうか?
僕を起こそうとしてくれているのかな?
「おい!起きろって!」
目を開けた僕の視界に飛び込んできたのは、髭をたくわえた男性だった。
黒い髪の毛に黒い髭、それはまるでファンタジーの挿し絵に出てくる盗賊の様だった。
「あ?おぉ、起きたか、おい坊主、言葉は分かるな?」
僕に話しかけているのだろう。寝起きの頭に会話は難しいなと思いながらも、僕は上体を起こした。
「はい、ふぁ…ふぁぁあぁあ…う…ぁう…すいません」
思わず出てしまった欠伸に恥ずかしさを覚えながらも、いつの間に現れたのか僕の膝で眠っているウサギさんの頭を撫でながら答えた。
その様子に呆れたように笑みを漏らされて、僕は恥ずかしさに自分の顔の色がウサギさんの眼と同じになっていく体温の上昇を覚えた。
「おい坊主、お前ェどうしてこんなところにいる?」
どうして…?
素直に理由を話して、分かってもらえるものだろうか…?
いや、事実の範囲で分かってもらえる話をしよう。
「気が付いたらこの森にいて…歩きまわっていたら疲れたので寝ていました」
嘘は一つも無いけれど、隠し事は一杯。
そんな言葉の羅列を僕は口にした。
「…お前、親は?」
―――ドクン―――
「親は…」
今の、今の僕にとって、親って?両親って?
誰も、居ない?
そうか、誰も居ないんだ。
「親っ…は…」
不安が押し寄せてくる。誰にも頼れない?誰も僕を知らない世界?
「…うっ、うぅ」
木漏れ日が差し込んでいるはずなのに体が寒さを覚える。
『君が送る人生に、幸多からんことを』
違う。それでも幸せになるんだ。ファーリエルさんと約束したから、幸せになるんだ。
「お、おい坊主、どうした?大丈夫か?」
目の前の人も心配をしてくれている。
大丈夫です。弱い僕は涙を流すことが多いけど、慣れているので大丈夫ですと告げたいけれど、最初の質問に、まずは答えよう。
「親は、いません」
今は、まだいません。
これから見つけるんです。とは言わないけれど、自分の胸の内でしっかりとその考えを固めた。
「…坊主、お前ェ」
「起こしてくれて、ありがとうございます。不躾に思われるかもしれないのですが、この近くの街の場所を教えていただけませんか?」
そう、まずは街に行こう。そこで、何をしてでも生き抜こう。幸い、今の僕は頑丈な体を持っているのだから。
「街に行っても、保証人がいなけりゃ何にもなれねぇぞ、なれてもハンターぐらいだ」
「…そんな」
保証人なんて、いるわけがない。思わず涙が、こぼれそうになった。
「仮にハンターになったとしても、生きていけ無ぇ、ハンターはモンスターと戦う職業だ。子供に務まるモンじゃ無ぇ」
この命を危険に晒す真似は、出来ることならしたくは無い。
生きていなければ、幸せにはなれないのだから。幸せを実感できないのだから。
どうすれば、八方塞がりの状況に目を回してる僕を見てか、目の前の男の人が僕の頭にポンと手を置いて、優しげな声音で言った。
☆
「お前ェ、うち来るか?」
気が付いたら、俺はそう言っていた。
何処の誰かも知らねぇガキに対してだ。
「え…?」
まぁ、そりゃそういう反応になるわな、俺からしても知らないガキなんだ。向こうからしたら知らないオッサンだろうよ。
だがよぉ、こいつ眼は、放っておいたら何をするのか分からねぇ奴の眼だ。
危険を孕んだ奴の眼だ。それこそ、気が付いたら無茶をして怪我をする様なタイプの…
「俺んところには、ガキこそいねぇがお前と同じ様な境遇の奴がたくさんいる。仲良くは出来ると思うぜ」
俺達、レイシュルール盗賊団は孤児や社会的底辺の集まりだ。
誰かに貶められた奴、生まれだけで差別された奴、物心ついた時には親から虐待されていた奴、親を失って拾われた奴。
そういうやつらが集まって出来たのが俺達だ。
何処かに留まるのでは無く、移動を続けながら同じ様な奴らを拾っていたら気付いたらこの集団だ。
「なぁ、いきなりこんなこと言われて戸惑うのは分かる。もしかしたら、言葉自体が理解できて無ぇのか?そしたらすまねぇ、だけどよ、俺は悪いオッサンだからよ、お前をここで一人にさせておくなんて出来ねぇんだ」
一人ってのは、寂しいし辛い、そんなことはよく分かってる。
「意味は、分かってます。ですが…その、僕は、何も出来ません、貴方に良くしてもらっても、何も返せるものがありません」
なんて、なんて子供だ。
俺が子供の頃、こんな小さな年齢で自分から何かを差し出すことを考えたか?
いや、むしろ今になっても、貰える物は貰っておくという考えだ。対価なんて考えるよりも自分にとっての益ばかりを考えている。
一体どんな生活をしてきたらここまで考えが及ぶ子供になるんだ…
「いらねぇ、いらねぇよ何も、俺はお前を迎えたい、これは俺の我儘なんだ」
口を吐いたのはそんな言い訳だった。そう言わないと、こいつが何処かに消えちまう様な気がした。
「分かり、ました…その、ありがとうございます」
―――ッ!
だから、なんでそこまで考えられる!
俺の我儘だって言ってんのに、それをそのまま捉えずに恩として捉えられるんだ!
分からねぇ、このガキが何なのか分からねぇ、薄ら寒さすら覚える。
だけど、今は忘れよう。
今、ありがとうとこのガキが礼を告げた時、小さく、本当に小さくだが、このガキは笑みを浮かべていた。
良く見れば整った顔立ちをしている。黒い髪に黒い瞳、黒曜石を彷彿とさせる美しさだ。
そんなこいつの笑みは、本当に綺麗な、純粋さを持っていた。
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