幸せを知る異世界転移

ちゃめしごと

文字の大きさ
5 / 55
Prologue

髭の人

しおりを挟む

 何かが、僕を上下に揺すっていた。

「…い…おい…」

 人、だろうか?
 僕を起こそうとしてくれているのかな?

「おい!起きろって!」
 目を開けた僕の視界に飛び込んできたのは、髭をたくわえた男性だった。
 黒い髪の毛に黒い髭、それはまるでファンタジーの挿し絵に出てくる盗賊の様だった。

「あ?おぉ、起きたか、おい坊主、言葉は分かるな?」
 僕に話しかけているのだろう。寝起きの頭に会話は難しいなと思いながらも、僕は上体を起こした。

「はい、ふぁ…ふぁぁあぁあ…う…ぁう…すいません」
 思わず出てしまった欠伸あくびに恥ずかしさを覚えながらも、いつの間に現れたのか僕の膝で眠っているウサギさんの頭を撫でながら答えた。

 その様子に呆れたように笑みを漏らされて、僕は恥ずかしさに自分の顔の色がウサギさんの眼と同じになっていく体温の上昇を覚えた。

「おい坊主、お前ェどうしてこんなところにいる?」
 どうして…?

 素直に理由を話して、分かってもらえるものだろうか…?
 いや、事実の範囲で分かってもらえる話をしよう。

「気が付いたらこの森にいて…歩きまわっていたら疲れたので寝ていました」

 嘘は一つも無いけれど、隠し事は一杯。
 そんな言葉の羅列を僕は口にした。

「…お前、親は?」
 


―――ドクン―――



「親は…」
 今の、今の僕にとって、親って?両親って?
 誰も、居ない?

 そうか、誰も居ないんだ。

「親っ…は…」
 不安が押し寄せてくる。誰にも頼れない?誰も僕を知らない世界?

「…うっ、うぅ」
 木漏れ日が差し込んでいるはずなのに体が寒さを覚える。

『君が送る人生に、幸多からんことを』

 違う。それでも幸せになるんだ。ファーリエルさんと約束したから、幸せになるんだ。

「お、おい坊主、どうした?大丈夫か?」
 目の前の人も心配をしてくれている。
 大丈夫です。弱い僕は涙を流すことが多いけど、慣れているので大丈夫ですと告げたいけれど、最初の質問に、まずは答えよう。


「親は、いません」
 今は、まだいません。
 これから見つけるんです。とは言わないけれど、自分の胸の内でしっかりとその考えを固めた。

「…坊主、お前ェ」
「起こしてくれて、ありがとうございます。不躾に思われるかもしれないのですが、この近くの街の場所を教えていただけませんか?」
 そう、まずは街に行こう。そこで、何をしてでも生き抜こう。幸い、今の僕は頑丈な体を持っているのだから。

「街に行っても、保証人がいなけりゃ何にもなれねぇぞ、なれてもハンターぐらいだ」
「…そんな」
 保証人なんて、いるわけがない。思わず涙が、こぼれそうになった。

「仮にハンターになったとしても、生きていけ無ぇ、ハンターはモンスターと戦う職業だ。子供に務まるモンじゃ無ぇ」
 この命を危険に晒す真似は、出来ることならしたくは無い。
 生きていなければ、幸せにはなれないのだから。幸せを実感できないのだから。

 
 どうすれば、八方塞がりの状況に目を回してる僕を見てか、目の前の男の人が僕の頭にポンと手を置いて、優しげな声音こわねで言った。





「お前ェ、うち来るか?」
 気が付いたら、俺はそう言っていた。
 何処の誰かも知らねぇガキに対してだ。

「え…?」
 まぁ、そりゃそういう反応になるわな、俺からしても知らないガキなんだ。向こうからしたら知らないオッサンだろうよ。

 だがよぉ、こいつ眼は、放っておいたら何をするのか分からねぇ奴の眼だ。

 危険を孕んだ奴の眼だ。それこそ、気が付いたら無茶をして怪我をする様なタイプの…
「俺んところには、ガキこそいねぇがお前と同じ様な境遇の奴がたくさんいる。仲良くは出来ると思うぜ」

 俺達、レイシュルール盗賊団は孤児や社会的底辺の集まりだ。
 誰かに貶められた奴、生まれだけで差別された奴、物心ついた時には親から虐待されていた奴、親を失って拾われた奴。

 そういうやつらが集まって出来たのが俺達だ。

 何処かに留まるのでは無く、移動を続けながら同じ様な奴らを拾っていたら気付いたらこの集団だ。
「なぁ、いきなりこんなこと言われて戸惑うのは分かる。もしかしたら、言葉自体が理解できて無ぇのか?そしたらすまねぇ、だけどよ、俺は悪いオッサンだからよ、お前をここで一人にさせておくなんて出来ねぇんだ」

 一人ってのは、寂しいし辛い、そんなことはよく分かってる。

「意味は、分かってます。ですが…その、僕は、何も出来ません、貴方に良くしてもらっても、何も返せるものがありません」

 なんて、なんて子供だ。

 俺が子供の頃、こんな小さな年齢で自分から何かを差し出すことを考えたか?
 いや、むしろ今になっても、貰える物は貰っておくという考えだ。対価なんて考えるよりも自分にとっての益ばかりを考えている。
 一体どんな生活をしてきたらここまで考えが及ぶ子供になるんだ…

「いらねぇ、いらねぇよ何も、俺はお前を迎えたい、これは俺の我儘なんだ」
 口をいたのはそんな言い訳だった。そう言わないと、こいつが何処かに消えちまう様な気がした。

「分かり、ました…その、ありがとうございます」
 ―――ッ!

 だから、なんでそこまで考えられる!
 俺の我儘だって言ってんのに、それをそのまま捉えずに恩として捉えられるんだ!

 分からねぇ、このガキが何なのか分からねぇ、薄ら寒さすら覚える。
 
 
 だけど、今は忘れよう。
 今、ありがとうとこのガキが礼を告げた時、小さく、本当に小さくだが、このガキは笑みを浮かべていた。

 良く見れば整った顔立ちをしている。黒い髪に黒い瞳、黒曜石オブシディアンを彷彿とさせる美しさだ。
 そんなこいつの笑みは、本当に綺麗な、純粋さを持っていた。


しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。

☆ほしい
ファンタジー
アークライト子爵家の四歳の末娘リリアは、家族から存在しないものとして扱われていた。食事は厨房の残飯、衣服は兄姉のお下がりを更に継ぎ接ぎしたもの。冷たい床で眠る日々の中、彼女は高熱を出したことをきっかけに前世の記憶を取り戻す。 前世の彼女は、ブラック企業で過労死した経理担当のOLだった。 ある日、父の書斎に忍び込んだリリアは、ずさんな管理の家計簿を発見する。前世の知識でそれを読み解くと、父による悪質な横領と、家の財産がすでに破綻寸前であることが判明した。 「この家は、もうすぐ潰れます」 家族会議の場で、リリアはたった四歳とは思えぬ明瞭な口調で破産の事実を突きつける。激昂した父に「疫病神め!」と罵られ家を追い出されたリリアだったが、それは彼女の望むところだった。 手切れ金代わりの銅貨数枚を握りしめ、自由を手に入れたリリア。これからは誰にも縛られず、前世で夢見た美味しいものをたくさん食べる生活を目指す。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

【完結短編】ある公爵令嬢の結婚前日

のま
ファンタジー
クラリスはもうすぐ結婚式を控えた公爵令嬢。 ある日から人生が変わっていったことを思い出しながら自宅での最後のお茶会を楽しむ。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

処理中です...