幸せを知る異世界転移

ちゃめしごと

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Prologue

盗賊団 目覚め

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 前方で上がる土煙が、訪れを告げていた。

 間違いない、衛兵隊だ。

 私は、自身の斧に強く力を込めた。

 勝てるだろうかという心配は無かった。答えを見つけるその時まで、私はユーマと共に居たい。

 十人にも及ぶ鉄装備の男達が私の前方に立ち塞がった。

「そこな大男、何故この様な場所にいる?」

 問い掛けは至って懐疑的、もう決め付けているんだろう?聞かずとも分かるさ、じゃなければ武器を構えたりなんてしないだろう。

「答えろ、何故この様な場所に居る!?」

 鉄鎧が金属音を鳴らして一歩踏み出してくる。対する私は獣の革とは心許無いと思うのも仕方あるまい。

 この装備が心細いのなら、心で補えば良い。

 考えろ、今、一番心細いのは誰なのか、間違いなく私では無いだろう。目の前の男達でも無い、レイシュールやベンダル、ダイナーにジュネでも無い、ユーマだ。

 ユーマを思えば、心細さなど掻き消せる。

「私はな」

 衛兵隊の向こう、何人もの街人がこちらを窺い見ていた。とても目立っている事は分かっていた。ジュネの鞭の音は空気を叩き破裂音を生み出していた。目立たない方が難しいだろう。

 聞こえるのなら聞き届けてくれ、私達の誰もが思っている。

 間違っている行いであろうとも、我々はこの時を望むがままに生きている。

 正しいや正しく無い、悪や正義など度外視だ。レイシュールの考えとも異なる行動だが、我々の今の行動理念は唯一つ。


「私は、己が望む未来の為に、此処に居る!」


 十対一など、やる事は簡単だ。

 斧を一振りする。風が巻き起こり、路面の砂が浮き上がり砂塵となって空へと消える。背に手を回し、その斧をもう一本取り出す。

 私が最も得意とする武器は剣、だが…今日この斧を二振り持ってきたのには理由がある。

 単純な理由だ。自分でも人に語る時が来れば恥ずかしさに顔を覆うだろう。

『斧…両手に構えたら、凄く強そうで格好良いですよね!』

 あの言葉に影響されたのさ、格好良いと言われたい、ただそれだけの理由で。

 衛兵隊の連携も、力の一振りで捻り潰す。盾を砕き、鎧を裂き、心を折る。

 突き出された槍が私の頬を掠める中で、力を込めて上段から振り下ろす一撃で顔面の骨もろとも粉砕する。

 この光景をユーマに見せずに済んだ事は良い事だろう。


 本気で戦うと決めた私は、盗賊団の中で最も…獰猛な獣と成り下がるのだから。





 口元を僅かに動かして言葉を選んだ後に、男爵は遂に答えを述べた。

「その少年ならば、今日の朝に既に送った」

 レイシュールが一瞬、大きく…ブレた。

 動揺からなのか、怒りからなのかまでは分からない、だが…思わず俺は一歩後ろに下がった。

 こんな雰囲気を醸し出すレイシュールは初めてだったから、別に、何十年という付き合いって訳じゃ無い、それでも六年か七年近く。片腕とも呼べる立場で俺は立ち振舞ってきた。

 だけど、こんなレイシュールは知らない、まるで感情を全て消しさった様な…冷たさしか感じさせないレイシュールは…。

「送ったと言ったな、何処に…送った」

 扉は開け放たれていて、その向こうでは誰かが戦っているハズだ。

 なのに、その音すらも聞こえない。

 張りつめた緊張とは別の、動けば身体ごと押しつぶされてしまいそうな、そんな…重く圧し掛かる空気だ。

 盗賊団の首領レイシュールという一人の男が、この場を全て支配していた。

「ひ、ひはは…そんな事、話すと思うか?」

 その男爵の言葉に、より重たい何かが肩に圧し掛かった。圧力プレッシャーと呼ぶには重たすぎる物が…。

「いいか」

 ゆっくりとしゃがみ込み、床を這う男爵の髪の毛を掴んで無理やりにレイシュールは眼を合わせた。

「話せ…これは、命令だ」

 盗賊の首領が発する圧力では無い、まるで一国の主を前にしたかのような絶対的な圧力、ただの男爵風情がそれに逆らえる訳も無く。僅かな震えを見せながら男爵は口を開いた。


「隣国…だ…隣国の伯爵家に…嗜虐趣味の人間が居る…そいつに、送り…ました」


 隣国…それはあまりにも遠過ぎる距離だった。既に馬車で出発しているのだとしたら、到底間に合わない…。

 レイシュールもそれに気が付いたのか、先程までの恐ろしい圧が消え、何も言わずに男爵の首に剣を添えた。

「次だ」

 そう言いながらも、男爵に未来は存在しないのだと理解した。

 レイシュールの剣は添えたと言うよりも、差し込んだ。血は噴き出していないけれど、それはあまりに綺麗に首元に食い込んでいるから、まだ血が出ていないだけ。

 頸動脈は斬られているだろう。段々と…滲み出てくる。

「順路を教えろ」

 俺の視点から見れば、その質問に応える訳が無いと思ったんだ。だって、もう死ぬかもしれない状況だ。男爵の最初の言葉、『ゲーム』がどうのという点からも男爵の横暴ぶりが窺える。
 そんな男が正直に話す訳が無いと思っていたが、男爵は不思議と口を開いた。

「街の…東門を出てま…まっすぐ…」
「アトラス山脈の方角か?」

 正直に頷く男爵の様子には違和感しか無かった。

 何故そんなに正直に喋るんだ?恐怖からにしては、言葉が流暢過ぎる。

 そこで俺は気が付いたんだ。レイシュールの身体が薄ぼんやりと光り輝いている事に…。

「ベンダル、馬だ…確か、邸から少し離れた場所に繋がれた奴がいた」
「任せろ」

 走りながら俺は思い出していた。昔聞いた一つの話、この世界に存在する何人かの『覚醒者』と呼ばれる者達の話を。
 尋常ならざる感情の発露、何かを成し遂げた瞬間、成し遂げる為の一歩が足りない時、そうした何かが起因して超常的な力に目覚める者がいるのだと。

 その者達こそ、『覚醒者』。

 稲妻を落としたり、真空の刃を身に纏ったり、とにかく現実離れした存在になるんだという。

 レイシュールがもしも『覚醒者』ならば、きっとユーマは見つかる筈だ。

 待っていろよユーマ、お前の義父はお前の為に歴史に名を刻む程の強さを手にしたぜ。




 
 地下から戻って来た俺とダイナーが目にしたのは、斧を砕かれ、今にもやられそうなマシェットの姿だった。



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